1.はじめに 近年分子遺伝学的手法の進歩により、細胞周期に関与する重要な遺伝子が次々とクローニングされた。これらの遺伝子産物は細胞の増殖を直接制御するため、腫瘍の増殖に密接に関与することが推測され、実際癌遺伝子あるいは癌抑制遺伝子としてこれらの遺伝子の異常が各種腫瘍の発生に関与していることが明らかになりつつある。癌抑制遺伝子では染色体13q14上のRB遺伝子、17p13上のp53遺伝子等について精力的に研究が行われ、とくにp53遺伝子の不活性化は成人の癌の半数以上の症例に関与していることが明らかになった。染色体9p21は各種の腫瘍で欠失が報告され、ここに座位する新たな癌抑制遺伝子の存在が推測されていたが、最近その有力な候補として9p21上に隣接して座位する互いに相同性の高いp16(MTS1/CDKN2/CDK4I)遺伝子およびp15(MTS2)遺伝子がクローニングされた。p16およびp15蛋白は細胞周期においてcyclin dependent kinase4および6のinhibitorとして細胞増殖に抑制的に作用するため、その不活性化は細胞の増殖を促進すると考えられる。実際に悪性黒色腫、膵癌、頭頚部癌等の腫瘍で高頻度にp16およびp15遺伝子の欠失や変異が認められている。白血病においては、細胞株では比較的高頻度に欠失が認められるが、新鮮白血病では報告により頻度は様々であり、微小変異の報告はまれである。 小児急性リンパ性白血病(ALL)は種々の染色体異常を伴うことが知られている。主要な染色体転座における切断点の遺伝子についてはかなり解明されてきているが、高頻度に欠失の見られる6q,9p,12p等に存在が推定されている癌抑制遺伝子はいまだ明らかにされていない。本研究では小児ALL上において9p21上にあるp16およびp15遺伝子の異常について検討した。 2.対象、方法 対象は小児B precursor ALL細胞株15株および患者検体60例、小児T-ALLの細胞株17株および患者検体56例である。Southern blot法およびPCR-SSCP(polymerase chain reaction-single strand comformation polymorphism)法を用い、p16,p15遺伝子の欠失および再構成、点変異について検討を行った。Southern blot法ではBam HIを制限酵素として用い、p16のcDNA probeを使って、c-sis probeを対照として欠失の判定を行った。SSCP法ではp16のexon1,2を3つの領域に分け、以下のプライマーを用いてPCR法により増幅し、微小変異の検出を行った。異常が認められた場合にはdideoxy chain termination法により直接塩基配列を決定した。 exon1:sense 5’-TCTGCGGAGAGGGGGAGAGCAGGCA-3’ anti-sense5’-GCGCTACCTGATTCCAATTC-3’ exon2a:sense 5’-ACAAGCTTCCTTTCCGTCATGCCG-3’ anti-sense5’-CCAGGCATCGCGCACGTCCA-3’2a, exon2b:sense 5’-TTCCTGGACACGCTGGTGGT-3’ anti-sense5’-TCTGAGCTTTGGAAGCTCTCAG-3’ 最後にこれらの異常と性別、年齢、初診時白血球数、生存率等の臨床像との関連を統計学的手法を用い検討した。 3.結果 B-precursor ALL細胞株では15株中9株にp16遺伝子の欠失が、1株に再構成が認められた。B-precursor ALL患者検体では60例中13例(22%)に欠失が、1例に再構成が、3例に微小変異が認められた。興味深いことに,1;19転座を伴う例ではp16遺伝子の欠失の頻度が有意に低く、欠失は細胞株5株中1株(20%)のみ、患者検体では検索した13例中ではみられなかった。9;22転座の8例では2例で欠失が認められた。T-ALL細胞株では17株中13株(77%)に異常が認められ、10株は欠失、1株は再構成、2株は微小変異だった。T-ALL患者検体56例では欠失は22例(39%)、再構成が3例、微小変異が3例であった。p16遺伝子の欠失の認められた例では5例を除いてすべてp15遺伝子も同時に欠失していた。p16遺伝子の微小変異は合計8例に見られ、7例がexon2に認められた。3例が同じcodon72のnonsense mutation,1例がmissense mutation,4例が微小欠失あるいは挿入であった。このうち細胞株の2株と患者検体2例ではもう一方のアレルの欠失が見られたが、患者検体4例では正常のアレルも認められた。 次にp16遺伝子の欠失があった例、再構成または微小変異があった例、および異常がなかった例の3者について臨床像の比較を行った。B-precursor ALL,T-ALLとも性別については差はなく、年齢、初診時白血球数は、p16遺伝子の欠失があった例の方が異常がなかった例に比べて高い傾向にあったが、有意差はなかった。 最後にp16遺伝子の異常と予後との関連を検討した。T-ALLでは、2年生存率はp16遺伝子の欠失を認めた例と異常のない群とで有意な差はなかった。p16遺伝子の欠失の頻度について、初診例と再発例の間で比較を行った。欠失はB-precursor ALLでは初診例で27例中8例(30%)、再発例で17例中3例(18%),T-ALLでは初診例で49例中19例(39%)、再発例で10例中6例(60%)であり、欠失の頻度の有意な差は見られなかった。 4.考察 これまでの報告では、p16遺伝子の欠失の頻度は癌の種類により様々である。白血病においては、ALLで欠失の頻度が高く、患者検体ではB-precursor ALLで10-50%,T-ALLで30-80%で、細胞株ではさらに高頻度であると報告されている。今回我々は小児B-precursor ALLおよびT-ALL多数例においてp16遺伝子の検討を行った。その結果、B-precursor ALLで22%,T-ALLで39%にp16遺伝子の欠失を認めた。T-ALLはB-precursor ALLに比べp16遺伝子の欠失の頻度が高いとする報告が多いが、そのような関係を認めない報告もある。われわれの結果でも若干T-ALLの方が頻度が高かったが、1;19転座型ALLを除いたB-precursor ALLとT-ALLとでは有意な差はなかった。これらは年齢や人種差の関与があると思われた。今回の検討では新たに、1;19転座をもつALLではp16遺伝子の欠失の頻度が有意に低いことが明らかになった。1;19転座型のALLはB-precursor ALLの中では細胞質 鎖が見られるなど比較的matureなphenotypeをもつこと、よりmatureなB細胞系の腫瘍であるBurkitt type ALLでもほとんどp16遺伝子の欠失が見られないことなどから、分化したB細胞系ALLの発症、進展にp16は関与しないことが示唆された。この理由として、V(D)J recombinaseの活性の違いにより、recombinaseの認識配列を近傍にもつp16遺伝子の欠失の起こりやすさに差がある可能性が考えられた。また、1;19転座型ALLの方がcommon ALLよりp53遺伝子の異常の頻度が高いことが知られており、膀胱癌において認められるような、p16遺伝子の異常とp53遺伝子の異常との逆相関が可能性として挙げられる。 またこれまでALLではp16遺伝子の微小変異は1例のみが報告されていたが、今回の検討では細胞株2株、および患者検体6例において微小変異が認められた。このうち7例はnonsense mutationまたはframeshiftを伴う、蛋白に大きな異常をもたらす変異であり、またうち4例では正常のアレルの欠失も認められ、これらの変異はALLの発生、進展に関与している可能性が高いと考えられた。また逆にp53遺伝子で多く見られるmissense mutationは1例のみにしか見られず、少なくとも小児ALLではp16遺伝子の失活には欠失やnonsense mutationまたはframeshiftなどの蛋白の大きな構造異常をひきおこす変異が必須であることが示唆された。最近p16遺伝子のプロモーター領域のメチル化の異常が白血病においても見られることが明らかとなり、このタイプの異常のもつ臨床的意義について今後検討が必要になると思われる。 p16遺伝子の異常とALLの臨床像との関連では、OkudaらやFizzottiらはp16遺伝子の欠失のある群の方が白血球数が高く、予後不良であると報告している。しかし最近のRubnitzらの小児ALL多数例での検討ではp16の異常の有無は予後と無関係であると結論している。我々はやはりp16遺伝子の欠失のある群の方が白血球数が高い傾向を認めたが、生存率の差や、初診例と再発例での欠失の頻度の差は認めなかった。この理由としては、年齢や人種差以外にも、p16遺伝子の欠失が白血病の発生の初期に起こる可能性や、p16の失活による悪性度の増加が強力な抗癌剤の治療により抑制されうる可能性などが考えられる。p16遺伝子の変異の白血病における臨床的意義の解明には今後の基礎的研究および前方視的な臨床研究の成果を待たねばならないと思われる。 |