近年、悪性黒色腫の発生率は世界的に増加傾向にあるにもかかわらず、その予後はむしろ改善されてきている。その主たる原因は早期発見例の増加にある。悪性黒色腫は他の悪性腫瘍に比べて、比較的若年者に多いうえに、進行例の生命予後が非常に悪いため、早期発見・早期治療の重要性はいっそうである。また、悪性黒色腫は主に皮膚に発生する悪性腫瘍なので、早期発見は十分に可能であり、悪性黒色腫の早期診断のために診断能力の向上と社会の啓蒙に努めるのは、我々皮膚科医の責務であるといえる。 最近、病変部を拡大するとともに皮膚表面に強い光源をあて、表面の透光性を増加させて真皮上層程度までの色素沈着の具合を観察できる機器(Epiluminescence microscope)が開発され、色素性病変、特に悪性黒色腫の診断に臨床応用されている。悪性黒色腫の発生は、まず表皮・真皮境界部における異型メラノサイトの増殖とそれに伴うメラニン色素の増殖として始まるので、Epiluminescence microscopeはその早期診断に重要な役割を果たす。この診断手技は欧米に比べると、本邦では未だ十分に検討されているとはいえない。我々はEpilunminescence microscopeのなかでも、小型で使用法の簡便なDermatoscopeを使用し、日本人に多い末端黒子型悪性黒色腫および爪部悪性黒色腫と足底と爪部の良性色素性母斑との鑑別を試みた。これらのDermatoscope所見について病理組織学的所見と対比して系統的に検討した研究は今のところなされていない。 足底の後天性色素性母斑のDermatoscope所見を過去の報告と比較して再検討してみると、過去の報告例(Akasu5型分類)と自験例とにそのパターンにも頻度にも大きな違いはなく、いずれも皮溝と皮丘とに密接に関わった非常に規則的な線状のパターンで構成されていた。これらの切除標本を皮溝・皮丘のラインに垂直に切り出してみると、皮膚紋理と表皮の下面は対応する波形をなし、皮溝の直下とその間の汗腺導管部に表皮突起が存在していた。皮溝に沿った線状の色素沈着が見られた症例では、皮溝に対応した表皮突起に豊富なメラニン色素、母斑細胞の胞巣、角層へのメラニン色素のcasting offを多く認め、これによりDermatoscope上、線状を呈すると考えた。また、皮丘上の点状色素沈着は汗腺開口部付近の母斑細胞の胞巣ないしメラニン色素の沈着、皮丘部の刷毛ではいたような色素沈着は角層のメラニン色素の沈着が関与しているのではないかと考えた。いずれにせよ、足底の後天性色素性母斑のDermatoscope所見における規則的な線のパターンは母斑細胞やメラニン色素の表皮内における規則的な分布によって形成されるものだと考えた。5型分類から逸脱したDermatoscope所見を示した症例には、病理組織学的に通常の色素性母斑であったもの、Clark’s nevusであったもの、atypical melanosis of the footであったものなどheterogeneousな症例が含まれていた。Dermatoscopeで規則的な線状色素沈着とびまん性色素沈着とが混在するものでは、病理組織学的にcompound typeの色素性母斑で真皮上層の母斑細胞の胞巣およびメラニン色素を多く認めるものが多く、この部分がびまん性の色素沈着を呈するものと考えた。また、線状色素沈着が部分的に途切れていたり、濃淡不整がみられるものでは胞巣が表皮内に不規則に分布していたり、胞巣そのものが不規則形を呈していたり、ときに胞巣の存在する表皮突起にbridgingなどがみられ、これにより不規則な色素沈着を呈するものと考えた。 それに対して、Acral lentiginous melanoma in situ(ALM in situ)では、ほとんど線のパターンは形成せず、皮溝・皮丘に無関係なびまん性色素沈着、皮溝よりも皮丘に強いびまん色素沈着、全体的に色調のむらが非常に強く、色素沈着のみられない部分は相対的に色素脱失をきたしているかのようにみえた。これらを色素性母斑の規則的な線のパターンに対して、ALMの無秩序な面のパターンと表現した。組織学的には、表皮内に異型メラノサイトが不規則に分布しており、色素性母斑のように皮溝に対応した表皮突起や皮丘部の汗孔周囲に腫瘍細胞が限局するということはなかった。また、腫瘍局面内におけるDermatoscope所見の違いは表皮内における腫瘍細胞の密度の違いによるものであることがわかった。そして、これらの秩序のない不規則な腫瘍細胞の分布によりALM in situの非常に不規則な面のパターンは形成されるものと思われた。Dermatoscope所見で5型分類から逸脱したパターンを呈するものでも、線状を呈さないびまん性色素沈着を認めるが、色素性母斑では、それが部分的であったり、色調がやや濃褐色で一様であるのに対し、ALM in situでは全体的に色素沈着に著明なむらがある。両者のDermatoscope所見の鑑別点は、この局面全体の色調のheterogeneityといえるが、5型分類から逸脱したものでは、atypical melanosis of the footやClark’s nevusなど病理組織学的に個々の細胞の異型性は乏しくても母斑細胞が表皮内で不規則に分布したり、胞巣を形成するものがあった。これらをALM in situと完全に鑑別することは困難で、5型分類から逸脱するパターンの後天性色素性母斑は切除して組織学的に検討するべきであると考えた。 爪部色素性母斑(UPN)とUngual melanoma in situ(UM in situ)との鑑別については、爪甲のDermatoscope所見のみで鑑別することは困難と思われた。しかし、指趾尖部の色素沈着のDermatoscope所見は明らかに異なり、UM in situのHutchinson徴候はALM in situと同様の皮溝・皮丘に無関係なびまん性色素沈着ないし皮溝よりも皮丘に強いびまん性色素沈着、すなわち、無秩序な面のパターンであるのに対して、UPNの指尖部の色素沈着は刷毛ではいたような線状の色素沈着、すなわち規則的な線のパターンであった。良性のUPNであっても、小児であれば、色素線条が6mm以上、時に爪甲全体に色素沈着がおよび、指尖部の色素沈着も見られることがあるが、それはDermatoscopeによりUM in situのHutchinson徴候とは区別できる可能性があると思われた。 白人におけるSuperficial spreading melanoma in situ(SSM in situ)と悪性黒子のDermatoscope所見の特徴についてはほぼ確立されている。簡単にまとめると、SSM in situでは不規則で幅の広いpigment networkと色調に濃淡むらのある色素沈着や色素沈着を認めない部分が混在し、辺縁部ではpigment networkが周囲の正常部へ向けてfade outせず、放射状に拡がってabruptに停止する像(radial streaming)やむしろ、強い色素沈着をともなって偽足状に停止する像(pseudopods)が見られる。悪性黒子では、色調にむらのある褐色斑のなかに毛孔や汗孔の円形無色素沈着部とそれらを縁取る色素沈着によって作られるpseudopigment networkが不規則に存在する。局面内の色調の濃淡差は著明で、in situであっても微細構造が明らかでなくなるほど、強い色素沈着を呈することがある。自験例もこれらの特徴とほぼ合致する所見を呈しており、白人と自験日本人症例とでこれらの疾患のDermatoscope所見に大きな差異はなく、白人についてまとめられた研究成果は本邦でも参考にできると思われた。 |