学位論文要旨



No 213879
著者(漢字) 佐藤,洋一
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ヨウイチ
標題(和) HTLV-1キャリアー妊婦の解析と胎内感染のハイリスクグループの抽出
標題(洋)
報告番号 213879
報告番号 乙13879
学位授与日 1998.05.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13879号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 教授 杉下,知子
 東京大学 助教授 別所,文雄
 東京大学 講師 細井,孝之
内容要旨

 高月らにより、1976年に報告された成人T細胞白血病(ATL)の原因で、1980年にR Galloに発見されたHuman T lymphotropic virus type1(HTLV-1)のキャリアー(以下、単にキャリアーと呼ぶ)は九州を中心とする西日本に高率に分布し、低率ながらも東日本にまで広く分布している。HTLV-1の自然の感染経路としては、母子感染と性行為感染が考えられている。母子感染の経路は、母乳感染が主といわれていてキャリアーより生まれた児には人工哺育により母子感染予防の試みがなされている。キャリアー妊婦からその児への母子感染率は、報告者により大きな開きがあるが、多くの症例について検討したHTLV-1高度浸淫地区のデータでは母乳哺育児では15-25%程度の母子感染率ではないかと考えられている。即ち、母乳哺育の場合でも母子感染が成立する例としない例があり、これに関連するリスク因子が抽出できれば、出生時の授乳方法の決定に役立つ。そこで、母子感染のハイリスク群を抽出するべく母体のHTLV-1感染病態とその胎内感染への関連について検討した。

<対象と方法>

 東京大学医学部産婦人科学教室並びに、同分院産婦人科学教室の関連17施設に通院する妊婦より採血し、PA(ゼラチン凝集)法(14施設)もしくは、EIA(酵素免疫測定)法(3 施設)により、HTLV-1抗体のスクリーニングを行った。スクリーニングで陽性または疑陽性者については、10mlの末梢血をヘパリン加採血し、リンパ球を培養し、抗原の検出を行った。さらに、HTLV-1抗体陽性キャリアー妊婦の出産時、母体血と臍帯血について、HTLV-1抗原とプロウイルスの検出を行った。

<結果>

 (1)17施設に通院する妊婦33036名について検討のところ、東京周辺(関東)地区の妊婦キャリアー率は約0.2%であった。

 (2)70検体中、PA法で陽性と判定した検体は64検体でそのうち、40検体(62.5%)に抗原が検出された。EIA法で抗体陽性と判定した検体は70検体中59検体であり、そのうち、40検体(67.8%)より抗原を検出した。WB法陽性55例中40例(72.7%)、疑陽性3例中1例(33.3%)、合わせると58例中41例(70.7%)から抗原が検出されている。IF抗体陽性とされた検体は62例で、そのうち、41例(66.1%)に抗原が検出された。抗体検出法によりやや差はあるが、全体として約3分の2に抗原が検出された。

表1 各抗体測定法における抗体陽性数(率)と抗原陽性数(率)

 (3)WB法陽性の49例について、ウイルス抗原蛋白p53、p28、p24、p19に対する抗体の出現パターンと抗原ならびにプロウイルス検出率の関係について検討した。これらの4抗原に対してすべてが陽性である群では39例中25例(64.1%)が抗原陽性であった。p53、p24、p19の三つの抗原に対して陽性であった群では3例中1例が抗原陽性であった。しかし、その他の抗原陽性パターン群合わせた7例では、抗原陽性例はなかった。一方、HTLV-1プロウイルスは、49検体中44検体(89.7%)でプロウイルスが検出された。

 IF抗体価と抗原陽性率については、母体の血清抗体価10倍以下陽性群では26例中16例(62%)に対し、20倍以上では14例中12例(86%)であり、IF抗体価が高い程、抗原陽性率が高い傾向にあった。

 (4)IFまたは、WBで抗体陽性の妊婦40例について、IF抗体陽性キャリアー妊婦40例中2例(5%)の臍帯血リンパ球から抗原が検出された。これらはいずれも抗原陽性の母から生まれた児であった。即ち、母体末梢血で抗原が陽性になった28例では2例(7.1%)の臍帯血リンパ球に抗原が検出されたが、陰性の12例の母から生まれた児では、1例も陽性例がなかった(表2)。

表2 HTLV-1抗体キャリアー妊婦における抗原検出と胎内感染率との関係

 さらに、母体末梢血中にプロウイルスが検出された陽性40例の臍帯血のうち3例(7.5%)がプロウイルス陽性であった。これをIF法による抗体価20倍以上陽性群と10倍以下の群に分けてみると20倍以上で陽性の15例に3例とも入り、10倍以下で陽性の残りの25例には含まれず、同様に、PA法の抗体価で2048倍以上で陽性の16例に3例とも含まれ、1024以下の陽性24例でも、0例であった。以上より、抗体価の高い群、また、WB法では4抗原に対して抗体陽性の群に胎内感染を起こす傾向があると考えられた。

<考察>

 妊婦におけるHTLV-1キャリアー率は、南九州で5-7%と高率であるのに対し、東京を中心とする関東地区では約0.2%とかなり低い頻度であった。このことは、妊婦のスクリーニングにおいてHTLV-1抗体を入れるかどうかを考える時、費用対効果の観点からみると地域差がかなりあることを示している。

 HTLV-1抗体陽性者のうちでも培養により抗原が検出されるのは約3分の2であり残りの3分の1は検出されないことはキャリアーの中でも感染病態に差があることを示している。今回の研究では、胎内感染が約7%にみられそのハイリスク因子として母体の抗原検出陽性や高い抗体価に可能性を考えた。これらの因子がどのように胎内感染に関連するかを今後検討する必要があろう。

審査要旨

 本研究は、HTLV-1キャリアー頻度が低率で遺伝的背景も西日本とは異なると考えられる関東地区のキャリアー妊婦について母子感染のハイリスクグループを特定するべくHTLV-1の感染病態を解析するため、母体血、臍帯血の抗体測定、抗原、プロウイルスの検出を行い、さらに胎内感染についても検討し、下記の結果を得ている。

 1.関東地区の妊婦33036名を対象として妊娠中のHTLV-1抗体をスクリーニングし、陽性者の再検査、確認(確定診断検査)法を施行した結果、抗体陽性率は、スクリーニング検査(PA、EIA)法のPA(凝集)法で0.19%、EIA(酵素免疫)法で0.18%で、それらは確認(WB,IF)法のWB(ウェスタンブロット)法で0.18%、IF(間接蛍光抗体)法で0.19%となり、関東地区での妊婦のキャリアー率は約0.2%であることが示され、スクリーニング検査法の妥当性も示された。

 2.各抗体測定法陽性検体の抗原陽性数(率)は、PA法で陽性64検体中40検体(62.5%)、EIA法で59検体中40検体(67.8%)、対して、確認法のWB法で58検体中41検体(70.7%)、IF抗体では62検体中41検体(66.1%)で、スクリーニング法の限界と確認法の実施の必要性が示された。

 3.gag蛋白のみを抗原に用いたWB法の抗体(バンド)の出現パターンと母体ウイルス抗原検出(率)との関係は、p53、p28、p24、p19陽性群では39検体中25検体(64.1%)、p53、p24、p19に陽性群では3検体中1検体で陽性であったが、他の7検体では抗原陽性検体はなかった。さらにPCR(polymerase chain reaction)法によるプロウイルスの検出結果も加えて、このgag蛋白だけを抗原とした明瞭なWB法のパターン分類から感染状況をふくめた判定のできる可能性が示された。

 4.母体IF抗体価と母体抗原陽性率との関係では、抗体価5-10倍で62%に対し、20倍以上で86%であり、高抗体価群で抗原陽性率が高いことが示された。

 5.抗体陽性の妊婦40検体中28検体で抗原陽性であった。この28例の出産時の臍帯血2例(7.1%)で抗原が陽性であり、胎内感染の存在が示された。また、抗原陽性妊婦に胎内感染のハイリスクグループの可能性が示された。

 6.プロウイルス陽性妊婦37検体の臍帯血では、3検体(8.1%)でプロウイルス陽性で、DNAレベルでも胎内感染の存在が示された。さらに、これら3検体の抗体価はPA法2048倍以上、IF法20倍以上の高抗体価群、そして母体抗原陽性群に3検体とも入り、胎内感染のハイリスクグループの可能性が示された。

 以上、本論文はHTLV-1の母子感染において、non endemic areaの関東地区で研究を行い、母体及び臍帯血の抗体、抗原、プロウイルスの解析から、HTLV-1のキャリアー妊婦の診断法の確立と、胎内感染の存在を明らかにし、その胎内感染のハイリスクグループの抽出の検討をした。本研究により、判定に保留、false positive例の多かったキャリアー妊婦検査診断の確立、胎内感染を看過しての母子感染予防対策の再考、胎内感染研究の分野に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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