本研究はヒト前立腺癌の病態および予後に影響する因子を明らかにする目的で、病理組織標本の連続切片を用いて、アポトーシスに関連する核内DNA断片、bcl-2遺伝子蛋白、p53遺伝子蛋白の局在とPCNAの発現およびレクチンの結合部位に関する組織化学的検討を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.標識レクチン結合部位の染色の結果、各レクチンの結合陽性率と臨床病期、組織学的分化度、予後との相関は認めなかったが、前立腺癌組織と非癌前立腺組織では糖鎖の細胞内での局在に相違がみられ、UEA-IとSBAで結合陽性率に有意差を認めた(それぞれp<0.05,p<0.01)。このことから癌細胞組織では糖鎖の代謝の変化が起こっていることが示された。 2.抗PCNA抗体の染色陽性率をLabelling Index(LI)(%)で検討した結果、中分化型癌と低分化型癌でLIが高い傾向がみられた。治療前後の比較では、有効群で治療後のLIが著明に低下しており、分化度の低い細胞ほど増殖性が高く、内分泌療法に不応性ないしは再燃性であることが示唆された。 3.抗p53抗体の免疫組織化学的染色の結果、非癌前立腺組織では染色陰性であったのに対し、前立腺癌組織では染色陽性率が50.6%(44/87)であった。内分泌療法施行例では、治療有効群の染色陽性率45.5%(10/22)に対して不応・再燃群の染色陽性率は86.3%(19/22)と有意に高く(p<0.05)、変異型p53蛋白の発現が再燃の機序に関連している可能性が示唆された。さらに、p53染色陽性群の前立腺癌死亡率は染色陰性群より有意に高く(p<0.05)、変異型p53蛋白の発現が前立腺癌の予後に影響する因子であることが示唆された。 4.抗bcl-2抗体の免疫組織化学的染色の結果、前立腺癌組織の染色陽性率は31.9%(29/91)であったが、染色陽性細胞は散在せず集団として限局する傾向が認められた。前立腺全摘除術前にネオアジュバント療法を施行した16例では、非ステロイド性アンチアンドロゲン製剤投与例で染色陽性率が87.5%(7/8)と、他の製剤投与例8例の染色陽性率25%(2/8)に対して有意に高かった(P<0.05)。このことから非ステロイド性アンチアンドロゲン製剤の単独投与は、bcl-2の発現に関与し、内分泌療法不応性癌のクローン選別を促進する可能性が示唆された。 5.intranuclear DNA fragmentationの免疫組織化学的染色の結果、前立腺癌細胞では核に局在が認められ、組織学的にapoptosisの所見を示す細胞以外にviableな細胞にも染色された。前立腺癌組織でのbcl-2とintranuclear DNA fragmentationの局在は著明に解離しており、bcl-2が発現する細胞ではアポトーシスが起こり難いことが示された。 以上、本論文はヒト前立腺癌組織において、核内DNA断片、bcl-2遺伝子蛋白、p53遺伝子蛋白の局在とPCNAの発現およびレクチンの結合部位に関する組織化学的検討から、前立腺癌の病態および予後に影響する因子を明らかにした。本研究は前立腺癌における組織内糖鎖の変化、p53遺伝子蛋白の再燃性と予後への関与、アポトーシス抑制因子の発現の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |