脳内芳香族アミン系神経伝達物質セロトニン(5-HT)、ノルエピネフリン(NE)、及びドーパミン(DA)は、覚醒・睡眠や行動等の脳全体基調・機能階調調節、下位情報の統合・伝達、そして、主要内因性精神疾患に関与する代表的な統合調節系として、重要な役割を果たす。現在はこれら3系の多様な受容体、輸送体、共存調節系等の薬理学的・分子生物学的研究により、その"複雑性"が改めて再認識され、また、横断的な"ノックアウト実験"では"補償性"の問題が登場し、これら3系の脳高次代謝生理機能に対応する直接的な調節機構解明はますます困難を極めている。このため、本研究は、特に脳全体の基調調節、脳内の時間秩序と階層性に焦点を当て、神経情報伝達物質水準の"動的高次構造"の存在を仮定し、新しい観点からの追究を試みた。実際には、これら全体調節系3系の活動を情報伝達物質芳香族アミンの代謝に託し、局所固有の代謝動態を脳広域各所で平行探索して、内在性の時空特性や3系間の連関や誘発・擾乱に対する局所応答を求め、下記の結果を得た。 1.5-HT/DA/NE系はいずれも脳幹・中脳局在細胞体から広域投射し、しかもvaricosityでの拡散伝達により全体・局所調節の両方が可能であることに注目し、微小分割/微小透析法を駆使して空間水準、時間水準で3系平行して脳全域に多階層の代謝動態構造を求めた。その結果、脳局所単位では劇的な揺動が多数の周期で共存し、部位・系により順・逆位相(同一系)、特定領域間同調(同領域)、特定系間同調の、含量変化の領域固有の日周・日内律動と、多くの領域で局所代謝回転の暗期優勢な(一部明期優勢や明暗混在/フリーランも存在)律動が観測され、系としての全体同調よりは局所固有機構の優勢が示唆された。 2.トリプトファン分解酵素の生体投与による脳内5-HTの迅速特異的除去擾乱法を開発し、"全体調節・局所調節"の代謝動態構造や5-HTとDA/NEの局所系間相互作用の系統的探索に用いた。まず、その前提となる生理応答は、"睡眠・覚醒相の交替周期の"一日から分単位への崩壊"という、時間構造の擾乱"で、後述する代謝応答の重要な対応原理となった。 3.この5-HT除去法により、脳のほぼ全域で5-HT含量及び代謝回転は60-90%減少したが、線条体・淡蒼球の5-HT含量は減少せず、5-HT代謝プールの複数性と明確な領域差が示唆された。 4.また、脳内各領域の同時微小透析実験で判明した5-HT系と非常に同調のよいDA系回転は、5-HT除去擾乱により、内在日周律動の保持、消失、鏡像的上昇、低下という局所固有な応答を示し、各局所における5-HTとDAの相互関連は一様ではなく、多階層で複雑であることが推測された。 5.アミン系輸送体に作用しCa2+非依存性で莫大なアミン(特にDA)遊離を引き起こすチラミン誘発実験により、前脳基底部、特に中隔・対角帯は、DAの非小胞体遊離機構が優勢の特異領域と判明した。しかしこの応答は5-HT除去で消失し、5-HTのDAに対する未知の調節機構の手掛かりを与えた。 本研究の成果は、5-HT,DA,NEの代謝回転に関し、広域同調成分と匹敵する"局所固有の著明な内在動態構造"が観測・確立された事で、これらの集合は、系・領域間、時間連関の2次の動的パラメーターを生み、従来の暗黙の認識、"アミン系末端活動は、脳幹・中脳からのトップダウンの全体同調で、局所パラダイムは、共存系や後シナプス受容体構築が規定する"に対し大きな疑問を投げかけた。開発した酵素生体投与によるユニークな汎脳的5-HT除去擾乱法は、DA/NE系に領域固有の多様な応答を誘発し、より直接的な5-HT・DA/NE系間の内在相互作用追及への手掛かりを与えた。一方、高カリウム/チラミン誘発応答のマッピングは、局所固有の応答特性やその原点機構に有力な示唆を与えた。以上の著明な内在動態構造と誘発擾乱応答の多様性の詳細な観測により、これまで明確な提唱のなかった、"放散調節系末端活動への局所パラダイムの寄与の可能性"として、局所・全体調節の接点となるアミン系前シナプス調節機構の作業概念が導き出され、本論文は広域調節芳香族アミン系の関与する多様な調節機構解明に重要な知見を与えると考えられ、学位の授与に値するものと判断された。 |