学位論文要旨



No 213883
著者(漢字) 岡野,明
著者(英字)
著者(カナ) オカノ,アキラ
標題(和) インターロイキン6の血小板と造血幹細胞に対する作用
標題(洋)
報告番号 213883
報告番号 乙13883
学位授与日 1998.05.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13883号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 助教授 佐藤,典治
 東京大学 助教授 平井,久丸
内容要旨

 生体はその生命活動を維持するために構成的な恒常性維持システムと誘導的な生体防御システムを持つ。哺乳類ではこのようなシステムとして免疫系、造血系、神経系といった高次な機構が構築されているが、近年これらシステムは種々のサイトカインのクロストークにより制御されていることが明らかになりつつあり、個々のサイトカインが生体内で果たす生理的役割を解明することは基礎医学的に重要な課題と考えられる。

 インターロイキン6(IL-6)はB細胞分化因子として遺伝子クローニングされたサイトカインであるが、免疫系のみならず肝細胞や神経細胞など多様な細胞に対し種々の作用を有すること、さらに巨核球や造血幹細胞など造血系の細胞にも作用することが、主にin vitroの検討で報告された。一方、炎症時等に血中IL-6濃度が上昇することが判明し、IL-6は誘導的因子として産生され生体の急性期反応過程に寄与している可能性が示唆されてきた。

 そこで私は生体内におけるIL-6の造血系、特に血小板と造血幹細胞に対する作用に興味を持ち、これを解明することを目的に、遺伝子組替型ヒトIL-6を正常、造血抑制マウス及び正常サルに投与し、IL-6の造血系に対する生理的作用とその役割について検討した。

 まずIL-6のマウス骨髄造血系細胞への作用をin vitroで評価したところ、IL-6単独では増殖作用はほとんど認められなかったが、IL-3共存下で、致死量放射線照射マウスを救命させる能力を有する骨髄造血幹細胞(CFU-S)を増幅させた。

 一方ヒト骨髄または臍帯血を用いた検討でも、その増幅率はマウスに比べ低かったが、IL-6とIL-3による造血前駆細胞(CFU-GM)の増幅が認められた。

 In vitroのシステムは純化された系であることから、生体内においてIL-6がどのように作用するかを個体レベルで確認する目的で、正常及び造血抑制マウスへのIL-6投与により、その造血作用をin vivoで検討した。

 造血抑制マウスにおいて末梢血球数の回復に先行して数日間、100-300pg/mlの内因性IL-6が一過性に誘導されたことから、まず正常マウスへIL-6を7日間皮下徐放投与したところ、1g/マウス/日(血中濃度400pg/ml)以上の投与で血小板数が約1.2倍と有意に増加することが認められた。また10g/マウス/日の投与では脾臓造血幹細胞数が約8倍に増加することも認められた。

 次に造血抑制モデルマウスにIL-6を7日間皮下徐放投与したところ、白血球及び血小板の有意な回復促進が、それに先行する骨髄造血幹細胞、造血前駆細胞の増加を伴って認められた。

 そこで各種癌化学療法剤投与などでグレードの異なる血小板減少モデルを作成し、IL-6投与の巨核球/血小板系への効果をより詳細に検討したところ、マイルドな血小板減少モデルでIL-6投与は血小板減少抑制効果を示し、その時骨髄巨核球の成熟が認められた。一方シビアな血小板減少モデルではIL-6投与は血小板数の回復促進効果を示し、骨髄造血幹細胞、巨核球前駆細胞の増加が認められた。

 さらに造血幹細胞への評価に適した同系骨髄移植モデルを用い、骨髄移植されたマウスへIL-6を移植後9日間投与したところ、脾臓及び骨髄細胞数の回復促進が経時的、投与量依存的に認められ、同時に脾臓、骨髄の造血前駆細胞数、末梢血白血球数の回復が、特に移植細胞数が少ない系で有意に認められた。

 最後に、in vitro及びマウスでの結果をもとに、血小板減少症への臨床応用の可能性について確認する目的で、正常サルに対しIL-6(5-80g/kg/日)を14日間皮下投与し、IL-6のような多機能性因子が生体内投与で霊長類にどのように作用するか、その影響を検討した。

 その結果、最大2倍の血小板数増加が5g/kg以下の低用量で認められ、IL-6投与は期待されたように霊長類に対しても血小板を増加させることが明らかとなった。血小板数の増加は投与量依存的であり、投与終了後も1週間以上高値を示した。また20g/kg以上の投与では増加は2峰性を示し、投与終了3日後に第二のピークを示した。また投与7日目で骨髄巨核球のサイズの増加が見られ、巨核球成熟が起きていることが示唆された。一方、投与量依存的な体重減少、貧血、好中球・単球の増加、血中急性期蛋白の増加とアルブミンの減少等、炎症様の反応が認められたが、いずれも投与後1週間以内に正常値に回復し、10g/kg以下の投与は受忍しうると考えられた。

 以上本研究において、IL-6は生体内投与により造血幹細胞の増幅、巨核球の成熟、血小板増加といった造血作用を示すことが明らかとなり、IL-6が生体の造血系、特に血小板数を制御している因子の一つであることが強く示唆された。

 IL-6は誘導的エンドクライン因子として、巨核球の成熟を介し急性期の血小板増多を惹起するとともに、造血抑制時にはIL-6以外の内因性因子と相乗的に造血幹細胞増幅作用を介して血液系の回復にも寄与している可能性が考えられた。

 またIL-6ノックアウトマウスでの骨髄CFU-S数の減少が報告されており、骨髄微小環境下では造血系細胞の増殖分化に構成的パラクライン因子として関与している可能性も考えられる。

 一方、サルへの生体内投与により、炎症様作用を示すものの、耐用量以下で血小板増加効果を示したことから、IL-6投与が血小板減少症への治療法として有用である可能性が示唆された。

 このような知見をもとにIL-6の臨床治験が実施され、癌化学療法後の血小板減少症患者等において、IL-6投与による血小板の増加、回復例も報告されている。しかし一方発熱、悪寒などの感冒様症状、急性期蛋白の増加、貧血がほぼ全例で認められた。これらの結果はIL-6が炎症に伴うこれら諸症状に直接関与する因子であることを改めて確認させたものとも言える。

 今後のIL-6の臨床応用としては、生理的なサイトカインと低用量IL-6をコンビネーション投与するようなアプローチ、あるいは臍帯血バンク等への利用もふまえたex vivo幹細胞増幅への応用などが期待される。一方、IL-6の生体内での作用がより明らかとなってきたことから、今後いくつかの疾患における病態原因として、IL-6の産生あるいは作用を抑制することも試みられていくと予想される。

 生体蛋白の遺伝子情報は加速度的に増加しているが、これらの生理的な機能解析はまだ途上である。今後のサイトカイン研究においては、疾患病態とサイトカインの関係を基礎的に解明し、生体の恒常性維持、あるいは反応性の生体防御機構に則った新しい治療方法を開発していくことがますます重要となると思われる。

審査要旨

 本研究は、B細胞分化因子としてクローニングされたサイトカインであるインターロイキン6(IL-6)が造血系にも関与する可能性が示唆されたことから、生体でのIL-6の役割を個体レベルで解明する目的で遺伝子組替型ヒトIL-6を用いその造血作用を検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1.IL-6のマウス骨髄造血系細胞への作用をin vitroで評価したところ、IL-6単独では増殖作用はほとんど認められなかったが、IL-3共存下で、致死量放射線照射マウスを救命させる能力を有する骨髄造血幹細胞(CFU-S)を増幅させる事が示された。一方ヒト骨髄または臍帯血を用いた検討でも、その増幅率はマウスに比べ低かったが、IL-6とIL-3による造血前駆細胞(CFU-GM)の増幅が認められた。

 2.造血抑制マウスにおいて末梢血球数の回復に先行して数日間、100-300pg/mlの内因性IL-6が一過性に誘導される事が示された。

 3.正常マウスへIL-6を7日間皮下徐放投与したところ、1g/マウス/日(血中濃度400pg/ml)以上の投与で血小板数が約1.2倍と有意に増加する事が示された。また10g/マウス/日の投与では脾臓造血幹細胞数が約8倍に増加する事も示された。

 4.造血抑制モデルマウスにIL-6を7日間皮下徐放投与したところ、白血球及び血小板の有意な回復促進が、それに先行する骨髄造血幹細胞、造血前駆細胞の増加を伴って認められた。各種癌化学療法剤投与などでグレードの異なる血小板減少モデルを作成し、IL-6投与の巨核球/血小板系への効果をより詳細に検討したところ、マイルドな血小板減少モデルでIL-6投与は血小板減少抑制効果を示し、その時骨髄巨核球の成熟が認められた。一方シビアな血小板減少モデルではIL-6投与は血小板数の回復促進効果を示し、骨髄造血幹細胞、巨核球前駆細胞の増加が認められた。

 5.同系骨髄移植モデルを用い、骨髄移植されたマウスへIL-6を移植後9日間投与したところ、脾臓及び骨髄細胞数の回復が経時的、投与量依存的に促進される事が示された。同時に脾臓、骨髄の造血前駆細胞数、末梢血白血球数の回復が、特に移植細胞数が少ない系で有意に認められた。

 6.正常サルに対しIL-6(5-80g/kg/日)を14日間皮下投与し、その影響を検討した。その結果、最大2倍の血小板数増加が5g/kg以下の低用量でも認められた、また投与7日目で骨髄巨核球のサイズの増加が認められ、巨核球成熟が起きていることが示唆された。一方、投与量依存的な体重減少、貧血、好中球・単球の増加、血中急性期蛋白の増加とアルブミンの減少等、炎症様の反応が認められたが、いずれも投与後1週間以内に正常値に回復し、10g/kg以下の投与は受忍しうると考えられた。

 以上、本論文はIL-6がin vivoで造血幹細胞及び巨核球に作用する因子であることを明らかにした。本研究は免疫系サイトカインであるIL-6が生体内の造血系、特に血小板数を制御している因子の一つでもあることを強く示唆するものであり、造血系制御機構と疾患病態の解明、新しい治療法の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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