学位論文要旨



No 213884
著者(漢字) 小林,園子
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,ソノコ
標題(和) ヒト末梢血Bリンパ球およびBリンパ球由来細胞株のスーパーオキシド産生系に関する研究
標題(洋) Study on the Superoxide-Generating System in Human Peripheral B Lymphocytes and B Lymphoid Cell Lines
報告番号 213884
報告番号 乙13884
学位授与日 1998.05.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13884号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高津,聖志
 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 助教授 森田,寛
 東京大学 助教授 片山,榮作
 東京大学 講師 瀧,伸介
内容要旨

 細菌等の異物の侵入に際して、その排除にあたるのが、好中球、次いでマクロファージである。これらの細胞による菌の排除が充分でない場合にはリンパ球による免疫系が発動される。好中球、マクロファージ等の食細胞は細菌の貪食に際し大量の酸素を消費して、これをスーパーオキシド(O2-)に変換する。O2-は細胞外あるいはファゴソーム中に放出され、それから派生するH2O2等の活性酸素が殺菌に使用される。この機能に欠損があり、これらの食細胞がO2-を産生できないと殺菌がうまくいかず、細菌や真菌の重篤な感染をくり返すことになる。慢性肉芽腫症(CGD)はその典型的な例である。好中球のO2-の産生には形質膜に存在する大小鎖から成るシトクロムb558(Cyt b558)、細胞質に存在し、細胞の活性化に伴って膜に移行する47K、65Kの蛋白質、小分子GTP結合蛋白質が関与する。CGD患者の食細胞は、小分子GTP結合蛋白質以外のいずれかの蛋白質に欠損がある。

 食細胞で見いだされたスーパーオキシド産生系はphagocyte oxidaseとも呼ばれ、末梢血においては、好中球、マクロファージ等の食細胞にのみ発現していると考えられてきた。近年Tリンパ球、ナチュラルキラー(NK)細胞、Epstein Barr(EB)virusでtransformした細胞株等から活性酸素が生成するという報告がなされたが、リンパ球の活性酸素産生に関する実体は明らかでなかった。

 私は末梢血中の好中球をCyt b558の抗体で染色する研究をしている時にリンパ球の一部がこの抗体で染色されることを見いだしCyt b558を発現している細胞が食細胞以外おそらくリンパ球に存在することを知った。

 そこで(1)いかなるリンパ球にCyt b558が発現しているのか(2)Cyt b558を発現している細胞はスーパーオキシドを産生しうるのか(3)スーパーオキシド産生能がある場合、その産生系は好中球と完全に同じものなのか(4)またリンパ球のスーパーオキシド産生量は好中球に比べて遜色のないものか(5)そしてそのスーパーオキシド産生系の発現時期はいつで、スーパーオキシドの機能は如何なるものか等を調べることにした。

 まず、Flowcytometryを用いた解析の結果、食細胞特異的なCyt b558はB細胞に特異的に発現されており、T細胞、NK細胞上には発現されていないことがわかった。X染色体にコードされているCyt b558の大鎖gp91-phoxが欠損しているために好中球にCyt b558の発現が見られないCGD(X-CGD)患者では、Bリンパ球上にもその発現がみられないことから、食細胞の場合と同一のgp91-phox遺伝子がBリンパ球でも発現していることが明らかである(図1)。

 次にこの正常人Bリンパ球のスーパーオキシド産生能についての知見を得る為に末梢血リンパ球分画に対してNBTテストを行った。同時に細胞種特定のために細胞をBリンパ球の特異抗原IgMに対する抗体で染色し、顕微鏡下で観察した。刺激をPhorbol myristate acetate(PMA)で行っても、抗体を用いてsurface IgM(sIgM)をクロスリンクさせてもBリンパ球の半分以上の細胞がNBTテスト陽性であり、これはSuperoxide dismutase(SOD)inhibitableであったので、Bリンパ球にもスーパーオキシド産生能があることが明らかとなった。更にこのことは、末梢血より好中球や単球の混入のない(0.02%以下)Bリンパ球を用いて、これを確認した。即ち、ルシゲニン依存性SOD inhibitableな化学発光で、Bリンパ球はPMA刺激でも、抗体によって表面抗原をクロスリンクさせてもスーパーオキシドの産生がみられたが、同じ個数の好中球に比べ、2-3オーダー低かった(PMA刺激)。

 次に好中球のスーパーオキシド産生系と同じ構成蛋白質がBリンパ球にも発現しているかどうかをWestern Blotで調べた。Cyt b558の大小両鎖(gp91-phoxおよびp22-phox)、47K,65Kの細胞質因子(それぞれp47-phox、p67-phox)について、Bリンパ球での発現の有無およびその発現量について検討した。末梢血より分離精製したBリンパ球分画(好中球や単球の混入が0.02%以下)を用いてWestern Blotを行った処、Cyt b558(gp91-phoxおよびp22-phox)に加え、細胞質因子p47-phox、p67-phoxも発現していることが明らかとなった。(因みにTリンパ球ではいずれの因子も検出されなかった。)更に各因子のBリンパ球における発現量を同数の好中球と比較した時、gp91-phox、p22-phox、p47-phox、p67-phoxそれぞれで好中球の1.1±0.3,2.6±0.6,17.9±2.2,3.9±1.3%であり、好中球に比べて遙かに少ないことが判明した。このこと特にCyt b558の両鎖が好中球に比べて非常に少ないことが、Bリンパ球でスーパーオキシド産生能の低いことに関係していると思われる。(プロモーター異常により、gp91-phoxの含量が極端に少なくなったCGD患者の好中球が殆どスーパーオキシドを産生しないことは、この推定を支持している。)

 以上で正常人由来のBリンパ球に好中球と同じスーパーオキシド産生系が備わっていることは明らかとなった。しかし、これらの構成要素がBリンパ球でスーパーオキシド産生の際に働いているかどうかを確認する為に、正常人、及びCyt b558の大鎖、47K、65Kの可溶性蛋白質を欠く慢性肉芽腫症(CGD)患者のBリンパ球をEB virusでtransformした細胞株(EBV-BCL)を作成した。PMA刺激により、正常人B細胞由来の細胞株ではスーパーオキシドを産生したが、CGD患者由来の細胞株では、いずれの欠損のものでもその産生はみられなかった。また、正常人由来のB細胞株の表面抗原(sIgM、sIgD、sIgG、CD19、HLA-DR)をそれぞれに対する抗体を用いてクロスリンクさせた時、スーパーオキシドの産生はみられたが、CGD患者由来のB細胞株では産生されなかった。即ちB細胞においても好中球と同じスーパーオキシド産生系が機能していると考えられ、それはPMA刺激のみならず表面抗原をクロスリンクさせた際のスーパーオキシド産生にも機能している。正常EBV-BCLでも細胞表面抗原CD23の架橋では、末梢Bリンパ球と同様活性酸素の産生が認められず、オキシダーゼへの細胞内情報伝達経路の有無は細胞表面抗原に依存していることを示していた。

 更に、骨髄細胞を用いてBリンパ球でのCyt b558の発現時期を検討した。幼若Bリンパ球、成熟Bリンパ球、プラズマ細胞(抗体産生細胞)等の特異抗原に対する抗体とCyt b558にする単クローン抗体とで二重染色しFlowcytomery(FCM)で調べた処、Cyt b558は幼若なB細胞では発現されておらず、sIgMの発現とほぼ一致して発現している事が明らかとなった。このCyt b558は、B細胞が抗体産生細胞へと移行するのに伴って消失する。

 以上の結果から、好中球と同様の分子量の大小両鎖から成るCyt b558、47K、65Kの可溶性蛋白質がヒト末梢血Bリンパ球にも発現しており、スーパーオキシドの産生の必須な構成成分として関与している事が明らかとなった。それら構成成分の発現量は好中球に比べて少なく、そのためBリンパ球においてはスーパーオキシド産生が少ない。スーパーオキシド産生が少ない事から、B細胞におけるスーパーオキシドは好中球等での殺菌作用とは異なる働きをしているのではないかと思われる。Cyt b558を発現しているのは主に成熟B細胞であり、抗原に模した働きをすると考えられるsIgに対する抗体(特にsIgがクロスリンクした時)や抗原提示に必須なHLA-DRに対する抗体で、効率よくスーパーオキシドの産生を誘導出来る事は、これらを経由するシグナルを介したB細胞の特異的機能-抗原提示・クラススイッチ・超変異・アポトーシス等-において、スーパーオキシドが何らかの役割を担っている事を示唆しており、今後の詳細な解析が必要である。

 EBV-BCLが、その由来する個体の食細胞のスーパーオキシド産生系構成成分と同じものを持ちその機能を発揮できることは、患者由来株化細胞をCGD遺伝子治療の標的細胞モデルとして用いる事ができることを示している。繊維芽細胞の場合は、そのスーパーオキシド産生系の構成成分は、食細胞のそれと異なっていると言われており、当然、食細胞における機能回復を目指した遺伝子治療のin vitroモデル系とは成りえない。

 EBV-BCLは、細胞外からの刺激がスーパーオキシドの産生に至る道程の解析やスーパーオキシド産生系自体の解析を行うのに有効なtoolの一つとなることであろう。

図1 シトクロムb558に対する抗体を用いたヒトリンパ球のフローサイトメトリーによる解析末梢血リンパ球をPE-7D5とFITC-抗CD19(A,B)、FITC-抗CD2(C)、FITC-抗CD16(D)のいずれかと二重染色後、フローサイトメトリーを行う。7D5はシトクロムb558に対する抗体であり、抗CD19はBリンパ球、抗CD2はTリンパ球、抗CD16はNK細胞に特異的な抗体である。(A,C,D)は正常人由来末梢血リンパ球を、(B)X-CGD患者由来末梢血リンパ球を用いた。
審査要旨

 好中球で見出されたスーパーオキシド産生系は、好中球、マクロファージ等の食細胞にのみ発現し、これらの細胞による細菌、真菌その他の殺菌に寄与すると考えられてきた。本研究は末梢血Bリンパ球に食細胞と同じスーパーオキシド産生系が存在することを見出し、更に以下のことを明らかにしている。

 1)ヒト末梢血リンパ球分画を用いたFlowcytometry(FCM)による解析の結果、好中球のスーパーオキシド産生系の構成成分であるCytochrome b558(Cyt b558)はB細胞に特異的に発現されており、T細胞、NK細胞上には発現されていないことを示した。(X染色体にコードされているCyt b558の大鎖gp91-phoxが欠損しているために好中球にCyt b558の発現が見られない慢性肉芽種症(X-CGD)患者では、Bリンパ球上にもその発現がみられないことから、食細胞の場合と同一のgp91-phox遺伝子がBリンパ球でも発現していることを明らかにしている。)

 2)Bリンパ球のスーパーオキシド産生能について、NBTテストあるいはルシゲニン依存性Superoxide dismutase(SOD)inhibitableな化学発光で調べ、刺激剤としてphorbol myristate acetate(PMA)を用いても、surface IgM(sIgM)等の表面抗原をクロスリンクさせてもスーパーオキシドの産生がみられるが、産生されるスーパーオキシドの量は同じ個数の好中球に比べ、2-3オーダー低い。

 3)好中球のスーパーオキシドの産生には形質膜に存在する大小鎖(gp91-phox、p22-phox)から成るCyt b558、細胞質に存在し、細胞の活性化に伴って膜に移行する47K、65Kの蛋白質(p47-phox、p67-phox)、小分子GTP結合蛋白質が関与する。Bリンパ球にも好中球と同じスーパーオキシド産生系構成蛋白質が発現している事をWestern Blotによって示した。(Tリンパ球では gp91-phox、p22-phox、p47-phox、p67-phoxのいずれも検出されない。)各蛋白質のBリンパ球における発現量を同数の好中球と比較し、gp91-phox、p22-phox、p47-phox、p67-phoxそれぞれで好中球の1.1±0.3,2.6±0.6,17.9±2.2,3.9±1.3%であり、好中球に比べて遥かに少ないことを示した。このことは、Bリンパ球のスーパーオキシド産生能が低いことに関係していると思われる。

 4)正常人、及び各構成成分を欠きスーパーオキシドを産生できない慢性肉芽腫症(CGD)患者由来Bリンパ球細胞株(EBV-BCL)を用いて、これらの構成成分がBリンパ球スーパーオキシド産生でも働いている事を示した。

 5)更に、骨髄細胞を用いてBリンパ球でのCyt b558の発現時期を検討し、幼若Bリンパ球、成熟Bリンパ球、プラズマ細胞(抗体産生細胞)の特異抗原に対する抗体とCyt b558に対する単クローン抗体とで二重染色しFCMで調べ、Cyt b558は幼若なB細胞では発現しておらず、sIgMの発現とほぼ一致して発現している事を明らかにした。このCyt b558は、B細胞が抗体産生細胞へと移行するのに伴って消失する。

 以上、本論文はこれまで食細胞にのみ発現していると考えられ、実体の明らかでなかったリンパ球のスーパーオキシド産生系について研究し、同一の構成成分がヒト末梢血Bリンパ球でも発現していることを明らかにしたものである。

 EBV-BCLが、その由来する個体の食細胞のスーパーオキシド産生系構成成分と同じものを持ちその機能を発揮できることは、患者由来株化B細胞をCGD遺伝子治療の標的細胞モデルとして用いる事ができることを示している。

 本研究は医学的に重要な発見を含み、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク