学位論文要旨



No 213885
著者(漢字) 平松,謙一
著者(英字)
著者(カナ) ヒラマツ,ケンイチ
標題(和) 精神分裂病患者の幻聴と左半球聴覚皮質機能の異常 : 脳磁図を用いた聴覚誘発N100磁場の発生源の検討
標題(洋)
報告番号 213885
報告番号 乙13885
学位授与日 1998.05.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13885号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加我,君孝
 東京大学 助教授 関根,義夫
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 教授 桐野,高明
 東京大学 教授 杉下,守弘
内容要旨

 精神分裂病患者の幻聴の背景に聴覚皮質の異常が存在するか否かを検討する目的で、健常者10名と幻聴のある分裂病患者(幻聴(+)群)8名および幻聴のない分裂病患者(幻聴(-)群)8名を対象に、37チャンネル生体磁気計測装置を用いて聴覚誘発脳磁場を記録した。両群とも男性4名、女性4名からなり、平均年齢と平均抗精神病薬服用量(CPZ換算一日服用量)は両群で差を認めなかった。幻聴(+)群では妄想型が多く(妄想型6名、その他2名)、GH(-)群では妄想型以外の亜型が多かった(妄想型3名、その他5名)。磁気シールド室内の被験者の一側耳に、800Hz、2000Hz、6000Hzの3種類の純音がランダムに等確率で各々400回出現する刺激系列を呈示し、刺激呈示耳側の対側の側頭部より誘発脳磁場を記録した。左耳刺激呈示-右側頭部記録条件と、右耳刺激呈示-左側頭部記録条件を行った。得られた誘発磁場のN100m成分のピーク前後でdipole推定演算を行い、磁界分布の理論値と実測値の相関が0.98以上で推定された結果(dipoleの位置、向き、大きさ)を採用した。

 同じ刺激に対して左右の側頭部でともに0.98以上でdipoleが推定された結果のみを採用すると、健常者群では10例で25組のdipoleが、幻聴(+)群では8例で18組のdipoleが、GH(-)群では8例で15組のdipoleが得られた。

 健常者群では、右半球のN100mのdipoleは左半球に比しモメントが大きくより前方に位置していた。dipoleのモメントが右半球で大きいのは、刺激が非言語刺激であるためと考えられた。dipoleの位置については、言語半球である左半球の方が右半球より側頭葉聴覚野の体積が大きくより後方に位置するという解剖学的左右差によるものと考えられた。

 分裂病患者のX軸上(前後方向)のdipoleの位置は、幻聴(+)群では、左半球のdipoleは右半球より後方に位置していたが、幻聴(-)群では左右差を認めなかった。さらに、幻聴(+)群の左半球のdipoleは幻聴(-)群よりも後方に位置していた。健常者群の左半球のdipoleのX軸上の位置を参照しても、この幻聴(+)群の左半球のdipoleの位置は明らかに後方へ偏位していた。dipoleのモメントは、分裂病患者では右半球優位性は認められず、幻聴(+)群では健常者群とは逆に左半球のdipoleが大であった。この幻聴(+)群の左半球のdipoleは幻聴(-)群のそれより大であった。従って、幻聴(+)群は左半球のdipoleが幻聴(-)群より後方に位置しモメントが大きいとまとめられた。

 幻聴(+)群の左側頭葉の解剖学的構造は頭部MRIからも明らかな異常はなく、左側の一次聴覚野(上側頭回)の位置が大きく偏位している可能性は否定される。従って、幻聴(+)群の左側頭部N100mのdipoleの異常は、左側頭部の一次聴覚野内の電流発生源のほかに、より後方にもう一個の電流発生源が存在し、この二つの電流発生源の合成ベクトルが記録されたと推定できる。DeLisiらは、PETで慢性幻聴患者の左側頭部のグルコース代謝の亢進を報告しているが、今回の結果は慢性持続性幻聴患者の左側頭部での異常な神経活動の存在を示唆するものであり、その結果として代謝の亢進が生じると考えることができる。左側頭部の一次聴覚野の後方には感覚性言語野(Wernicke野)が存在することから、幻聴発生メカニズムとしてWernicke野の異常活動の関与の可能性が興味深いが、この点は、左右両半球を同時に記録できる全頭型生体磁気計測装置を用い、誘発脳磁場記録のS/N比を改善し、2-dipoleモデルを用いて、左側頭部のN100m誘発磁場を一次聴覚野のdipoleとより後方のdipoleの二つに分離することによって確認することが可能となろう。

審査要旨

 本研究は、精神分裂病患者の幻聴の発生機序に左半球聴覚皮質の異常が関与している可能性を明らかにするために、37チャンネル生体磁気計測装置を用いて、聴覚誘発脳磁場を記録して、N100mのdipole推定演算を行い、幻聴のある分裂病患者群(幻聴(+)群)と幻聴のない分裂病患者群(幻聴(-)群)のdipoleの脳内三次元的位置とdipoleのモメントを比較し、以下の結果を得ている。

 1.幻聴(+)群の左半球のN100mのdipoleは幻聴(-)群より後方に位置していたが、右半球のN100mのdipoleの位置は両群で差を認めなかった。

 2.幻聴(+)群の左半球のN100mのdipoleのモメントは右半球のそれよりも大きく、また、幻聴(-)群の左半球のそれよりも大であった。

 3.両群の側頭葉の解剖学的構造に明らかな異常は認められなかった。

 4.幻聴(+)群の左半球のN100mのdipoleが後方へ偏位しモメントが大きくなっていることから、左半球で一次聴覚野の後方に存在する感覚性言語野(Wernicke野)の異常活動が存在すると考えられた。

 以上、本論文は、分裂病患者の幻聴には、左半球の聴覚野の異常活動が存在することを明らかにした。本研究はこれまで明らかではなかった、分裂病の幻聴の発生機序に左半球聴覚野の異常な神経活動の存在を確認し、感覚性言語野の関与の可能性を示したもので、分裂病の病態解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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