学位論文要旨



No 213890
著者(漢字) 福田,昌史
著者(英字)
著者(カナ) フクダ,マサフミ
標題(和) 公共工事の積算システムに関する研究
標題(洋)
報告番号 213890
報告番号 乙13890
学位授与日 1998.06.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13890号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 岡村,甫
 東京大学 教授 森地,茂
 東京大学 教授 篠原,修
 東京大学 教授 吉田,恒昭
内容要旨

 現在、日本の建設事業は大きな転換期に立っている。特に公共工事の分野でWTO政府調達協定の発効、相次ぐ不祥事の発生、国民のニーズの多様化、行政改革と財政改革の要請、技術の高度化等、これまで経験しなかった新しく、複雑な数多くの課題に直面している。

 公共工事は、品質と価格についてよいものを安く調達することが目標となる。公共工事の財源は、多数の国民が負担しているので、公正さというものが制約条件として付加される。したがって公共工事費の算出、すなわち積算においては、工事の内容や位置、自然環境、社会経済条件を適切に把握、計量することにより、妥当性のある価格を算定することが求められる。しかし、工事を取り巻く諸条件の把握、計量に基づく積算の手法や手続きは工事の執行体制、建設技術の水準等複雑な要因と密接な関連があるため、これまで多種多様で大量の公共工事が行われてきたにもかかわらず、公共工事の積算に関して論理的、学術的に論じられることは殆んどなかった。現行の積算システムは、公共発注機関が直営施工時代に培ったシステムを踏襲しており、請負の時代となった今日でも機械、労務、資材を施工単位毎に積み上げる原価管理手法が採用されている。その結果、現行の積算システムは、公共工事に関わる社会経済状況の変化に直面し、透明性の確保や多様な入札契約制度の導入等の要請に対応しきれないことが明らかになりつつある。

 本研究は、公共工事積算に関する諸要因、すなわち入札契約制度、発注組織および発注作業等において必要となる技術的要件の歴史的経緯と現状について調査研究し、公共工事積算システムを健全な建設マネジメントという視点から評価し、将来の社会資本整備の円滑な推進に寄与できる新しい公共工事積算システムを開発することを目的とした。

 現行の積算システムの抱える課題は、大きく二つに分類できる。一つは予定価格制度に関する課題である。我が国の公共機関が行う積算は、工事請負契約における予定価格を作成するために行うものと位置づけられている。国際化が進展し我が国の入札契約制度の特徴である予定価格制度は、アメリカ、イギリスなど、他の欧米主要国と著しく異なる制度であるという認識が深まりつつある。予定価格制度を維持する場合は、国内外からの理解を得る必要があり、予定価格制度の合理性に関する説明が強く求められる。

 二つ目の課題は、積算作業の手法に関するものである。すなわち、公共発注機関の役割や体制の変化、国際化、建設技術の高度化・多様化、施工形態の変化等の状況で、工事過程で必要となる各資源量を逐一積み上げるという現行の原価積み上げ手法によって適切に対応することが困難になりつつある。

 原価積み上げ手法の欠点の一つは、標準施工プロセスを想定して単位時間当りの単価を出すまでの労力が膨大となることである。これを改善するためには、個別に施工プロセスの細部を逐一追うのではなく、工事成果物の特性に応じて妥当な計量単位を規定し、その単位毎に単価を合理的かつ簡明に算出する必要がある。

 また、工事内容の記述が発注者ごとに異なることが、積算業務を複雑にしているだけでなく、技術の継承、合理性の追求という観点からも著しく大きな障害となっていることが分かった。したがって、工事内容を適確にかつ統一して記述する規則と手法を確立することも合理的な積算システム開発のために必要なのである。

 将来の公共調達システムや積算システムを開発する場合、契約の一方の当事者である発注機関の姿勢と立場について、どこまでの範囲と内容に関して、どの程度の責任と権限を保有するかを明示することが第一歩と考えられる。公共事業に関する社会経済環境の急激な変化と発注機関の将来のあり方を考察し、本研究の範囲内で、公共発注機関の姿勢と立場は以下に示す通りであるべきというのが著者の主張である。

 (1)公共発注機関は、従来のモノを作るという立場から、モノを調達する、モノを買うという立場に意識を明確に転換すべきであること。

 (2)この基本的認識に立ち、積算システムも、モノを作る積算からモノを買う積算、すなわち、プロセスを重視する積算からアウトプット(成果物)を重視する積算への転換が必要であること。

 (3)システム全体として、簡明で透明性のある積算システムであること。そして近年、多様化し、高度化する情報通信技術を活用できる積算システムの構築を見据えて全体像を構築をすべきであること。

 積算は事業執行における各段階、すなわち計画、設計、積算、施工、維持管理等のすべてに関係している。したがって、新しい積算システムの枠組を構築するためには、公共事業執行プロセスの変化との十分な整合性を念頭においた新しい積算の枠組みを構築することが必要である。

 新しい積算システムを構築する場合に基本となるのは工事工種の体系化である。工事内容を適確に表現するために工事の階層の定義、用語の定義、数量の定義等の事項をルール化する作業である。工事工種の体系化にあたっては、工事目的物ごとの構成を基本とし、工事内容に対応した7つの階層に区分し、全ての工事をツリー状に表現することとした。

 この工事工種の体系化により工事費の算出に必要となる「数量算出要領」、「積算基準書」等の契約・積算図書が統一され、新しい積算システムの実効を高めることができる。工事工種体系と共通仕様書の構成を全て合致させ、共通仕様書全体の記述順序も、工事の施工手順とすることで簡明に表現することができた。

 良いものを安く、上手に調達する技術に関して、公共発注機関では、これまで本格的に論じられたことは殆どなく、調査研究や技術開発も活発に行われてこなかった。

 モノを上手に調達する技術は、注文書(仕様書・図面等の設計図書)を明快かつ確実に示す技術と、注文書が求めている品質機能が達成されているかどうかを正しく見抜く検査技術である。この2つの技術こそ、発注者が将来の社会と国民から要請される基本技術であると考えられるのである。

 本研究は、公共発注機関の役割の転換、意識の転換を必要とする背景について要因を分析し、積算システムについては、モノを作る積算からモノを買う積算システムの転換への必要性を論証し、その具体的手法として、工事の記述法として工事工種体系化を開発した。

 今後はモノを買う技術という視点で、例えば施工管理、品質管理の基準値の設定手法及び検査の手法や技法等についての研究や論理的検証を一層進める必要がある。

審査要旨

 公共工事における積算は、公共工事の発注過程において中核を占めるものの一つであり、発注者にとって重要であるのみならず建設産業のあり方に重大な影響を与えるものである。それにもかかわらず、公共工事の積算を対象とした既往の調査研究は、我国においては極めて乏しく科学的かつ論理的な分析や考察は殆ど行われてこなかった。

 本研究は、公共工事の積算システムに関連する入札契約制度や発注業務の様態および技術開発水準に関わる調査研究に基づき、建設マネジメントの視点から公共工事の積算システムの改善策を開発することを目的としたものである。

 本論文は、まず公共工事の発注機関である建設省が、公共工事において果たしてきた役割が歴史的にどのように変化してきたかを積算の観点から調査分析している。そして、近年では直営施工とは異なる請負契約が主流になっているにもかかわらず、直営施工時代に馴染んだ発注過程に基づく機械、労務、資材等の施工単位の各資源量を積み上げる原価管理手法によっていることを明らかにし、透明性の確保や多様な入札契約制度の導入が要請される公共工事の発注機関においては、「買う立場」へ意識転換した新しい積算システムをデザインする必要があることを論証している。また、公共工事の発注機関における積算に関する業務の効率性を確保するために、積算業務におけるツール改良に結びつく積算構造の改善の具体的方策を開発した。さらに、外国企業の参入、契約社会の到来および内外価格差の顕在化等、国際化が進展する時代における積算の位置づけを明確にするべきことの必要性を、種々の国内外の資料の調査分析に基づき論じている。さらに、新工法・機械化施工・情報化施工を始めとした建設技術の多様化に伴ない、公共工事の発注機関の積算システムが、「多様に造る」ことを許容できる必要があることを明らかにしている。

 本論文は、公共工事の執行プロセスやそれをとりまく社会経済状況を通観し、新しい積算システムを構築するための課題として、以下に示す二つの事項について詳細な考察を行っている。

 一つは、予定価格制度の位置づけである。わが国の予定価格制度を、その法理論と運用の両方の視点から、予定価格制度の上限拘束機能、総価主義、秘密主義等の妥当性について分析し、英国、米国、ドイツ、フランス、韓国、台湾(中華民国)等の諸外国の制度との国際比較を通じて、我国の予定価格制度が諸外国の制度と著しく異なる実状を明らかにしている。

 もう一つは、積算手法の合理化である。現行の積算体系の構成要素である労務費、機械費、歩掛り等の算出方法を調査分析し、標準的な施工プロセスを想定して単位時間あたりの単価を出すまでの労力が著しく膨大となること、工事内容の記述方法が公共工事の発注機関によって異なり技術の継承や合理性の追求のための障害になっていること等の実態を明らかにしている。

 これらの調査分析や考察に基づき、本論文は、(1)契約対象となる工事目的物の明確化(モノを作る積算からモノを買う積算)(2)積算見積りの合理化と容易化、(3)工事契約に関する共通認識と透明性の確保、(4)国内建設事業の国際化対応、を目的とする「新土木工事積算体系」の枠組みを構築している。

 この「新土木工事積算体系」は、工事目的物のごとに構成される工事工種の体系化が根幹となっており、工事内容を7種の階層(事業区分、工事区分、「工種」区分、ワークグループ「種別」区分、ワークパッケージ「細別」区分、材質・規格・契約対象条件「規格」区分、積算用条件)に分類し、全ての工事をツリー状に表現する体系に記述することとしている。この体系を用いれば、造るプロセスに依存しないで工事成果物の特性に応じた計量単位を合理的かつ簡明に得ることができる。また、公共工事の工事内容を記述する方法を標準化することによって、「数量積算要領」、「積算基準書」等の契約・積算図書を一元化することができる。

 本研究は、工事工種の体系化の実効性を高めるために共通仕様書の構成を工事工種の体系とを整合させる具体的方策と工事工種の体系と整合した積算ツールの基本的枠組みを開発することに成功している。

 公共工事の発注機関が「良いモノを安く、うまく調達する」技術について、我国においてはこれまで殆ど調査研究されてきたことはなかった状況で、本研究は、建設マネジメントの新しい学問分野を切り開くものとして高い意義をもつばかりでなく、公共工事の積算システムの実態調査分析を通じて開発された工事工種の体系化を根幹とする「新土木工事積算体系」は、十分な説得力と論理性および実用性を有している。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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