現在、日本の建設事業は大きな転換期に立っている。特に公共工事の分野でWTO政府調達協定の発効、相次ぐ不祥事の発生、国民のニーズの多様化、行政改革と財政改革の要請、技術の高度化等、これまで経験しなかった新しく、複雑な数多くの課題に直面している。 公共工事は、品質と価格についてよいものを安く調達することが目標となる。公共工事の財源は、多数の国民が負担しているので、公正さというものが制約条件として付加される。したがって公共工事費の算出、すなわち積算においては、工事の内容や位置、自然環境、社会経済条件を適切に把握、計量することにより、妥当性のある価格を算定することが求められる。しかし、工事を取り巻く諸条件の把握、計量に基づく積算の手法や手続きは工事の執行体制、建設技術の水準等複雑な要因と密接な関連があるため、これまで多種多様で大量の公共工事が行われてきたにもかかわらず、公共工事の積算に関して論理的、学術的に論じられることは殆んどなかった。現行の積算システムは、公共発注機関が直営施工時代に培ったシステムを踏襲しており、請負の時代となった今日でも機械、労務、資材を施工単位毎に積み上げる原価管理手法が採用されている。その結果、現行の積算システムは、公共工事に関わる社会経済状況の変化に直面し、透明性の確保や多様な入札契約制度の導入等の要請に対応しきれないことが明らかになりつつある。 本研究は、公共工事積算に関する諸要因、すなわち入札契約制度、発注組織および発注作業等において必要となる技術的要件の歴史的経緯と現状について調査研究し、公共工事積算システムを健全な建設マネジメントという視点から評価し、将来の社会資本整備の円滑な推進に寄与できる新しい公共工事積算システムを開発することを目的とした。 現行の積算システムの抱える課題は、大きく二つに分類できる。一つは予定価格制度に関する課題である。我が国の公共機関が行う積算は、工事請負契約における予定価格を作成するために行うものと位置づけられている。国際化が進展し我が国の入札契約制度の特徴である予定価格制度は、アメリカ、イギリスなど、他の欧米主要国と著しく異なる制度であるという認識が深まりつつある。予定価格制度を維持する場合は、国内外からの理解を得る必要があり、予定価格制度の合理性に関する説明が強く求められる。 二つ目の課題は、積算作業の手法に関するものである。すなわち、公共発注機関の役割や体制の変化、国際化、建設技術の高度化・多様化、施工形態の変化等の状況で、工事過程で必要となる各資源量を逐一積み上げるという現行の原価積み上げ手法によって適切に対応することが困難になりつつある。 原価積み上げ手法の欠点の一つは、標準施工プロセスを想定して単位時間当りの単価を出すまでの労力が膨大となることである。これを改善するためには、個別に施工プロセスの細部を逐一追うのではなく、工事成果物の特性に応じて妥当な計量単位を規定し、その単位毎に単価を合理的かつ簡明に算出する必要がある。 また、工事内容の記述が発注者ごとに異なることが、積算業務を複雑にしているだけでなく、技術の継承、合理性の追求という観点からも著しく大きな障害となっていることが分かった。したがって、工事内容を適確にかつ統一して記述する規則と手法を確立することも合理的な積算システム開発のために必要なのである。 将来の公共調達システムや積算システムを開発する場合、契約の一方の当事者である発注機関の姿勢と立場について、どこまでの範囲と内容に関して、どの程度の責任と権限を保有するかを明示することが第一歩と考えられる。公共事業に関する社会経済環境の急激な変化と発注機関の将来のあり方を考察し、本研究の範囲内で、公共発注機関の姿勢と立場は以下に示す通りであるべきというのが著者の主張である。 (1)公共発注機関は、従来のモノを作るという立場から、モノを調達する、モノを買うという立場に意識を明確に転換すべきであること。 (2)この基本的認識に立ち、積算システムも、モノを作る積算からモノを買う積算、すなわち、プロセスを重視する積算からアウトプット(成果物)を重視する積算への転換が必要であること。 (3)システム全体として、簡明で透明性のある積算システムであること。そして近年、多様化し、高度化する情報通信技術を活用できる積算システムの構築を見据えて全体像を構築をすべきであること。 積算は事業執行における各段階、すなわち計画、設計、積算、施工、維持管理等のすべてに関係している。したがって、新しい積算システムの枠組を構築するためには、公共事業執行プロセスの変化との十分な整合性を念頭においた新しい積算の枠組みを構築することが必要である。 新しい積算システムを構築する場合に基本となるのは工事工種の体系化である。工事内容を適確に表現するために工事の階層の定義、用語の定義、数量の定義等の事項をルール化する作業である。工事工種の体系化にあたっては、工事目的物ごとの構成を基本とし、工事内容に対応した7つの階層に区分し、全ての工事をツリー状に表現することとした。 この工事工種の体系化により工事費の算出に必要となる「数量算出要領」、「積算基準書」等の契約・積算図書が統一され、新しい積算システムの実効を高めることができる。工事工種体系と共通仕様書の構成を全て合致させ、共通仕様書全体の記述順序も、工事の施工手順とすることで簡明に表現することができた。 良いものを安く、上手に調達する技術に関して、公共発注機関では、これまで本格的に論じられたことは殆どなく、調査研究や技術開発も活発に行われてこなかった。 モノを上手に調達する技術は、注文書(仕様書・図面等の設計図書)を明快かつ確実に示す技術と、注文書が求めている品質機能が達成されているかどうかを正しく見抜く検査技術である。この2つの技術こそ、発注者が将来の社会と国民から要請される基本技術であると考えられるのである。 本研究は、公共発注機関の役割の転換、意識の転換を必要とする背景について要因を分析し、積算システムについては、モノを作る積算からモノを買う積算システムの転換への必要性を論証し、その具体的手法として、工事の記述法として工事工種体系化を開発した。 今後はモノを買う技術という視点で、例えば施工管理、品質管理の基準値の設定手法及び検査の手法や技法等についての研究や論理的検証を一層進める必要がある。 |