学位論文要旨



No 213893
著者(漢字) 小松原,実
著者(英字)
著者(カナ) コマツバラ,ミノル
標題(和) 高真空中における高分子材料の帯電・放電現象
標題(洋)
報告番号 213893
報告番号 乙13893
学位授与日 1998.06.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13893号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 教授 高野,忠
 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 日高,邦彦
内容要旨

 高分子材料は,その絶縁性をはじめとして,軽量,耐腐食性等の性質により多くの分野において必要不可欠なものとなっており,その用途も屋内屋外を問わずあらゆる環境下で使用されるようになっている。宇宙環境においても,人工衛星の各部への高分子材料の利用が行われている。人工衛星の表面には,熱真空から内部の機器等を保護するために熱制御材料が使用される。この熱制御材料には通常,fluoroethylenepropylene(FEP),polyimide(PI),polyethyleneterephthalate(PET)等の高分子フィルムの片面に銀,アルミニウム等の金属蒸着を施したものが使用され,宇宙環境に露出した状態で表面に取り付けられる。また,構造材量として,繊維強化プラスチックFRPの表面にゲルマニウム蒸着を施したものや,炭素繊維強化プラスチックCFRPが用いられる。これらの熱制御材料や構造材量が宇宙環境における荷電粒子の照射を受けることにより,帯電放電現象を発生することがあり,その影響で人工衛星搭載機器の故障,性能の低下等の様々な問題が生じる可能性があるため,高真空環境における高分子材料の帯電放電現象のメカニズムを解明し,その制御を行なうことは今後の宇宙開発の進展にとってきわめて重要な意味を持つものである。

 本論文では,まず,宇宙環境を模擬した高真空容器を用いて,高分子試料に電子線照射を行うことによる高分子フィルムの帯電実験を行ない,その帯電特性を測定した。また,材料の誘電率,抵抗率に加えて,2次電子放出特性を考慮に入れた1次元シミュレーションモデルを用いた計算を行ない,これらのパラメータによる帯電特性を実験結果と比較,検討した。その結果,本論文で用いた1次元モデルによる帯電特性評価が,人工衛星表面材料としての高分子材料の帯電特性を検討する上で有効であることが示され,真空装置等がない場合においても容易に1次元モデルにより材料の帯電特性評価を行なうことができることが明らかになり,今後の人工衛星表面材料の開発にとって,有益な特性評価手法であることを示した。最終到達電位に関しては,抵抗率が大きい高分子材料の場合には,2次電子放出係数と後方散乱係数の和が1になる時の照射エネルギーの値が,最終到達電位の値の決定において支配的となることが1次元モデルからも示された。実際の宇宙環境における電子線照射電流密度を考慮すると,厚さ127m以上の高分子表面材料において,図1のように1014m程度以上の抵抗率の場合には,最終到達電位の値に対する影響は,2次電子放出および後方散乱の大きさが支配的であり,試料の内部を流れる導電電流の影響は,ほぼ無関係になる。

図1 試料の抵抗率と到達電位の関係

 したがって,表面材料の抵抗率を下げることにより人工衛星表面の帯電現象を抑制しようとする場合は,帯電抑制に有効な抵抗率の下限を1次元モデルによって計算することが可能であり,人工衛星表面材料の使用における帯電制御の問題に対して,有用なデータを提供できるものと考えられる。

 人工衛星表面材料上での放電制御のためには,放電開始条件のパラメータを把握することが必要となる。そこで高分子フィルムに対して電子線照射を行いながら電極間電圧を上昇させた場合と,電子線照射により試料表面に帯電を生じさせた後は電子線を停止し,その後,電極間電圧の上昇を開始した場合のそれぞれの方法で真空中での高分子材料上の放電開始電圧に関する測定を行い,電子線照射の影響も含めて放電開始条件を検討した。実験結果から,電子線照射による試料表面の帯電がコンディショニング効果を打ち消すような形で作用し,放電開始電圧の上昇を抑制する現象につながっているものと考えられる。また,試料を電子線照射により帯電させた場合の帯電電位と放電開始電圧の関係は,電極間電圧が少なくとも表面電位を越えなければ放電は生じないことが明らかになり,帯電電位が高い場合には,放電開始電圧がその影響を強く受けることになる。

 宇宙環境においては本来は超高真空環境であるが,試料表面からの放出ガス分子が存在することによって,帯電および放電現象に対して何らかの影響を及ぼし,純粋な高真空環境下とは異なる帯電放電現象をもたらしている可能性がある。電子線照射および放電現象に伴う放出ガスに関する測定を行ない,さらに,それらの結果に基づき放電機構に関しての検討を行なったところ,電子線照射を受けた状態で,試料表面からのガス放出がかなり認められた。これは人工衛星軌道における宇宙環境では,相対的に多量のガス放出量であることがわかった。また,放電時に発生する放電光が試料上の一部の領域に集中する傾向を持つPETの場合には,試料表面の放電による損傷がFEPに比較して大きいことから,試料から放出されたガスが放電路の導電度を高め,放電エネルギーの限られた部分への集中をもたらすという機構の存在が考えられる。放電時に放出されるガス分子の分析結果をもとに,FEPとPETを比較した場合,PETの方が一酸化炭素や炭化水素ガスの放出が多く,FEPフィルムに比べて放電により,その構成分子が分解,放出されやすい。この点は実際の人工衛星表面材料を決定する際に考慮するべきデータとなる。さらに127mFEPの放電形態とH2Oの分解の間に関連性が存在することが示された。H2Oは吸着しやすいことから,人工衛星軌道上でもなお表面に残留している可能性があり,人工衛星表面材料における放電形態の検討においては,本来高真空の宇宙環境下であっても,このような吸着分子に関して考慮する必要がある。また,真空容器中での電子線照射を応用しての,屋外用有機絶縁材料の劣化評価法として電子線照射時のガス分析を行なう方法を新たに提案し,その利用可能性を示した。

 放電時に発生する放電光は,発光に関与する各種のラジカルからの特定のスペクトルの光を含んでいる。放電光に関する測定を行なうために図2に示した装置を製作し,人工衛星の熱制御材料表面の放電光強度の時間変化,放電光スペクトル,放電電流等に関して測定,検討を行った。

図2 放電光測定装置の概略

 放電時に発生する放電光中に占める波長656nm()および,470nm(CH基)の発光強度の相対的な割合の時間変化を求めた結果から,放電伸展時に試料表面近傍の水素を含む物質(主に水分子)が分解され,それにより発生した水素原子が発光に関与しており,人工衛星自体から放出されるガスに含まれる水素原子は,放電に影響を与えているものと考えられる。一方,放電継続中,試料のフラグメントの放出と,その発光は,放電光強度(リファレンス光強度)にほぼ比例した大きさで推移している。放電の規模および形態の双方の点から測定結果を検討したところ,PETや薄い試料において放電路により大きなエネルギーが集中しており,材料の劣化や電磁界パルスの発生等を考慮すると,放電全体の規模だけではなく,放電時のエネルギーの集中の程度にも注意する必要がある。

 人工衛星の構造材料には,軽量であることと高強度であることが同時に要求され,このような用途にエポキシ樹脂に炭素繊維やガラス繊維を加えて材料の強度を上げたCFRPやGFRP等が用いられ,GFRP表面には熱制御のためにゲルマニウム(Ge)蒸着を施す場合もある。それらの材料の帯電特性の評価に関しては,これまで具体的な検討,報告はほとんどなされていないが,電子線等の荷電粒子の照射を受ける宇宙環境においては,このような人工衛星の外側に使用される材料が,宇宙環境における荷電粒子等の照射を受けた場合の帯電・放電現象は,人工衛星の信頼性に強い影響を及ぼしうる。CFRPにおいては,抵抗率は比較的大きいにもかかわらず,同程度の高分子材料に比べ,帯電電位は小さくなる。また,Ge蒸着したGFRP試料の場合は表面電位の絶対値が低くなる。帯電した状態のGe蒸着試料や,アルミニウム蒸着試料に対して1〜2keV程度の電子線照射を行うと,図3のように急速に帯電が緩和されることがわかった。

図3 Ge蒸着GFRPの電子線照射による帯電の緩和

 これらの複合材料では,帯電電位の上昇は,単一材料と比較して明らかに遅く,さらに低エネルギーの電子線照射により帯電が除去される現象が見られた。さらにGe蒸着FRPでは,Ge蒸着膜厚と,帯電電位の大きさや帯電除去の速度等には関連があることが見出された。このような帯電特性の機構には2次電子放出が関連しているものと考えられる。これらの結果から複合材料を人工衛星構造材として用いる場合の帯電電位に関しては,単体の材料とは異なる場合があることに留意する必要がある。人工衛星の帯電現象を制御するための方法として,このような複合材料の帯電しにくい特性,あるいは電子線照射により帯電が緩和される場合があるという特性を利用することが可能である。

審査要旨

 本論文は「高真空中における高分子材料の帯電・放電現象」と題し、7章より成る。

 第1章は「緒言」で、本研究の動機となっている人工衛星の帯電放電現象の概要、現象の背景をなす宇宙環境について説明し、帯電現象、放電現象、それらへの対策についてのこれまでの研究、提案されたメカニズムのレビューを行い、本論文の位置づけと構成について述べている。

 第2章は「帯電のパラメータ」と題し、宇宙環境を想定した高真空容器中で高分子フィルムに電子線照射を行ない、その帯電特性を測定している。また材料の誘電率、抵抗率に加えて、2次電子放出特性を考慮に入れた1次元シミュレーションモデルによる計算を行ない、算出された帯電特性を実験結果と比較検討して、本論文で用いた1次元モデルによる帯電特性シミュレーションが人工衛星表面材料の評価に有効であることを示した。

 第3章は「放電開始条件」と題し、高真空中の高分子フィルム表面に設置した一対の電極間に直流高電圧をかけて、放電開始電圧を測定し、電子線照射の影響も含めて放電開始条件を検討している。

 第4章は「真空中での帯電放電に伴うガス放出現象」と題し、電子線照射および放電現象に伴う放出ガスに関する測定を行ない、さらに,それらの結果に基づいて放電機構を検討した結果を述べている。電子線照射を受けた状態では試料表面からのガス放出がかなり認められた。また、真空容器中での電子線照射を応用しての屋外用有機絶縁材料の劣化評価法として、電子線照射時の放出ガス分析を行なう方法を新たに提案している。

 第5章は「放電光の検討」と題し、人工衛星の熱制御材料表面の放電光強度の時間変化、放電光スペクトル、放電電流等に関して測定、検討を行った結果を述べている。材料の劣化や電磁界インパルスの発生等を考慮すると,放電全体の規模だけではなく,放電時のエネルギーの集中の程度にも注意する必要があることを指摘している。

 第6章は「人工衛星構造材の帯電特性」と題し、エポキシ樹脂に炭素繊維やガラス繊維を加えて材料の強度を上げたCFRPやGFRPの帯電特性について述べている。GFRP表面には熱制御のためにゲルマニウム蒸着を施す場合もある。それらの材料の帯電特性の評価に関しては、これまで具体的な検討、報告はほとんどなされていない。CFRPは抵抗率は比較的大きいにもかかわらず、帯電電位は低い。ゲルマニウム蒸着したGFRP試料の場合も帯電電位は低い。これらの複合材料では帯電電位の上昇は単一材料と比較して明らかに遅く、さらに低エネルギーの電子線照射により帯電が除去される現象が見られた。このような帯電特性の機構には2次電子放出が関連しているものと考察している。

 第7章は「結言」で、各章で得られた成果にもとづいて、第1章でレビューした放電機構に関する各種のモデルを評価し、本研究の成果をとりまとめて述べている。

 以上これを要するに、本論文は、人工衛星表面材、構造材として用いられる高分子材料、複合材料の帯電放電現象の機構、関与する諸物理量を実験、理論の両面で検討、解明することにより、衛星で使用するそれら材料の評価、選定、および帯電制御に有用な提言をしており、電気工学上貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51077