学位論文要旨



No 213897
著者(漢字) リー,ペンヒン
著者(英字) Lee,Peng Hin
著者(カナ) リー,ペンヒン
標題(和) 時変系におけるH制御への鎖散乱アプローチ
標題(洋) Chain Scattering Approach to H Control For Time-Varying Systems
報告番号 213897
報告番号 乙13897
学位授与日 1998.06.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13897号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,英紀
 東京大学 教授 合原,一幸
 東京大学 助教授 新,誠一
 東京大学 助教授 堀,洋一
 東京都立科学技術大学 教授 原島,文雄
内容要旨

 本論文では,標準4ブロック線形連続時変H制御問題の解法として,鎖散乱アプローチを適用することについて述べる.線形時不変(LTI)の場合について,鎖散乱アプローチは,H制御系の基礎的な構造的性質を明らかにするので,H制御理論に対するひとつの自然な枠組を与えることが示されている.時不変の場合における鎖散乱アプローチに関連する2つの主要な概念,つまり,J無損失共役化とJ無損失分解の2つを線形時変(LTV)の場合に拡張する.状態空間アプローチを使うが,これは線形時変の場合この方法がもっとも自然で説得力があるからである.4ブロック線形時変H制御問題の可解性と等価なものとして,プラントの鎖散乱表現についての線形時変(Jmr,Jpr)無損失分解問題の可解性と,プラントの双対鎖散乱表現についての双対(Jmr,Jpr)無損失分解問題の可解性との2つが示される.

 本解法の最初の課題は,J無損失線形時変な系と作用素の特徴を調べることである.証明のテクニックは全く異なり,乖離性のような時変系に関連する概念を含んでいるが,得られた特徴は線形時不変系と良く似ており,無損失線形時変系の鎖散乱表現はJ無損失である.これらの結果を(Jmr,Jpr)無損失線形時変系に拡張した.

 線形時不変の場合について安定化J無損失共役化の概念は完成しており,最近では非線形の場合や離散時間時不変の場合に対してこの概念が拡張された.この概念を線形時変の場合へ拡張する.さらにこの概念を2つの組み合わさった行列Riccati微分方程式の解の形で,乖離線形時変系の(Jmr,Jpr)無損失分解に対する完全解を得るのに用いる.定理を解釈するための簡単な例を与える.

 双対な場合として,双対J無損失線形時変系の特徴も調べる.双対無損失線形時変系の双対鎖散乱表現は双対J無損失であることを示す.双対(Jmq,Jmr)無損失線形時変系およびそれらに関連する有界入出力作用素に特徴づけを拡張することも行なう.乖離線形時変系の双対(Jmq,Jmr)無損失分解を行なうための簡単かつ便利な道具として,安定化双対J無損失双対共役化の概念を導入する.ここでは,2つの組み合わさった行列Riccati微分方程式の解の形で存在性の条件を得る.

 Hへの時変(Jmr,Jpr)無損失埋め込み定理と時変双対(Jmr,Jpr)無損失埋め込み定理は,鎖散乱アプローチによって時変H制御問題の解法を得るための鍵となる結果である.本質的には,これらの定理は,有界実な線形時変系をホモグラフィック変換の形でJ無損失線形時変系に写像しても有界実となることを保証している.これの双対となる結果は,有界実な線形時変系を双対ホモグラフィック変換の形で双対J無損失線形時変系に写像しても有界実となるということである.鎖散乱表現を用いることの一つの利点は,2つの鎖散乱表現の接続が単純にそれらの積により表現できることにある.鎖散乱表現での接続の構造を利用することにより,2つの埋め込み定理の状態空間での証明はシステムの構造的分解を通じて明白で素直な形で与えられている.

 正方でないプラントに対しては,プラントの鎖散乱表現もしくは双対鎖散乱表現を得るためにプラントを拡大する手法を導入した.得られた結果は,4ブロック線形時変H制御問題に対して統一的で系統的な手法として完成されている.すなわち4ブロック線形時変H制御問題が鎖散乱表現においては(Jmr,Jpr)無損失分解問題として再構成され,双対鎖散乱表現においては双対(Jmq,Jmr)無損失分解問題として再構成される.プラントの拡大のためのいくつかの技術的な補題と共に,標準4ブロック線形時変H制御問題に対する最終的な解が2つの組み合わさった行列Riccati微分方程式の形で得られた.また,全ての安定化制御器のパラメトリゼーションも得られた.

審査要旨

 本論文は「Chain-Scattering Approach to H Control for Time-Varying Systems(時変系におけるH-無限大制御への鎖散乱アプローチ)」と題し、時変のプラントに対するH-無限大制御問題を、錯散乱行列にもとづく手法を用いて理論的に解決したものであり、英文8章から構成されている。

 第1章は序章であり論文全体の位置付けと内容の梗概にあてられている。特に本論文で用いた手法である鎖散乱行列の特徴を幾つかの角度から述べている。

 第2章は本論文で必要となる時変システムの性質に関する理論的な結果を要約したものである。特に「dichotomy(二分化)」といわれる時変システムの特徴づけは本論文でしばしば用いられる新しい理論的な結果であり、詳しく考察されている。そのほかリッカチ微分方程式の基本的な事項も分かりやすく簡潔にまとめられている。

 第3章では時変システムに対するJ-無損失性の概念を定式化し、その特徴づけをリッカチ微分方程式にもとづいて行っている。

 第4章では時不変系で知られているJ-無損失共役化の概念を時変システムに拡張した結果を導いている。J-無損失共役化を用いてJ-無損失因子分解のアルゴリズムを周波数領域および時間領域の両方でもとめている。この結果は時不変システムの直接的な拡張となっており、代数リッカチ方程式に代わってリッカチ微分方程式が主要な役割を演じている。

 第5章は4章の結果の双対化である。特に「双対-無損失性」の概念の物理的な意味つけを与えている。

 第6章はH-無限大空間(Hardy space with exponent infinity)における時変システムの「埋め込み問題」すなわちパワーの保存問題を鎖散乱行列の視点から行っている。

 第7章は本論文の主要な結果を構成しており、前章までに得られた結果にもとづいて時変システムのH-無限大制御問題の完全な解を導いている。可解条件は二本のリッカチ微分方程式によって記述され、その条件が満足される場合にすべての解の集合を得ている。その解を用いた場合の閉ループ系の構造が明らかにされている。特に注目すべきことは、時変システムの場合も時不変システムの場合と同様にオブザーバーと状態フィードバックを併合した擬似状態フィードバックの形で制御器が記述されていることである。

 第8章は結論を要約し、将来解くべき課題とそのために必要となる理論的な展望を述べている。

 以上、これを要するに、本論文は時間的に特性が変動する時変システムに対するH-無限大制御問題を弱い前提条件のもとで完全に解決すると共に、その解法がきわめて明瞭で結果の意味づけもはっきりしているという点でロバスト制御理論にとどまらず制御理論全体に大きな貢献を行った。また手法として用いた鎖散乱表現が時変システムに用いられたのは本論文が初めてであり、それがH-無限大制御問題に見事に生かされたという点でシステム理論への貢献も顕著である。

 よって本論文は東京大学大学院工学系研究科計数工学専攻における博士(工学)の論文審査に合格と認められる。

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