学位論文要旨



No 213898
著者(漢字) 佐藤,嘉晃
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ヨシテル
標題(和) 高温岩体の開発技術と発電システムに関する研究
標題(洋)
報告番号 213898
報告番号 乙13898
学位授与日 1998.06.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13898号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大久保,誠介
 東京大学 教授 藤田,和男
 東京大学 教授 山冨,二郎
 東京大学 助教授 金田,博彰
 東京大学 助教授 福井,勝則
内容要旨

 本論文には、高温岩体発電システムに関連する、いくつかの要素技術の研究結果と、発電システム実現のための展望を示した。まず、高温岩体発電システムを、熱水対流系を対象とした従来の地熱発電と比較して能動的な発電システムであると捉え、今後の環境・エネルギー問題の解決の一手段である地熱発電の飛躍的な増加に役立てるべきと意義を示している。その上で、提案以来約四半世紀に渡る各国の高温岩体実験の結果から、人工的な注水・循環も地質や地圧等に大きく影響されており、地下システム設計、造成、及び、計測・評価を繰り返しながら、目標とする規模に拡張していくことが必要であると、開発プロセスを整理した。

 高温岩体地下システム設計の要素技術として岩石強度特性の試験方法、地下システム計測の要素技術としてAEの計測と震源決定、及び、地下システム評価として水圧破砕によるき裂進展を単純化したモデル計算プログラム、の研究を実施した。また、肘折高温岩体実験場の地下システムに関して、水圧破砕時の坑口水圧データから注水井周辺の透水係数を、及び、循環時の注水圧力と生産流量から貯留層の透水係数を、評価した。最後に、高温岩体発電システムの実現を展望した。本論文で述べた主たる結果をまとめると下記のようになる。

 岩石強度特性の試験方法:岩石は先在欠陥を多数含むため、その強度測定には破壊力学の適用を考慮すべきである。本論文中では、岩石の圧裂試験での破壊荷重と破壊開始位置をGriffith理論に基づいて検討した。十分偏平な楕円状の先在欠陥があらゆる方向に多数存在するとすれば、破壊荷重と破壊開始位置は接触角2に強く影響されるので、圧裂強度はとすべきである。P*は破壊荷重、Rは試験片半径、Lは試験片厚さである。試験実施に当たっては、円盤中心で破壊が開始するように接触角2は0.34以上で、かつ、できる限り小さい値にすべきである。

 AEの連続記録方法と震源決定:AE連続記録システムは、岩石破壊時に頻発するAEをできる限り漏れなく記録するために、容量の大きいメモリに書込む方式とした。震源決定については、複数のセンサへのAE初動到達時刻の差から逐次近似法によって計算するプログラムを、縦波伝播速度の異方性を考慮して作成した。AE初動については、AE波形に自己回帰モデルを当てはめて、赤池の情報量基準によって自動検出するプログラムを作成した。さらに、対称帯行列の逆行列計算では、行列を適当に分割して計算時間とメモリも小さくし、計算時間が乗算回数にほぼ比例すること示してその効果を概算する式を求めた。この記録装置と震源決定方法の精度は、実験室での岩石コアの一軸圧縮実験のAEを測定で確認した。なおこの実験では、AE発生率は最大で35個/s以上、応力増加とともにAEの集中発生域が明瞭となること、振幅の大きなAEは主要なき裂付近に偏在ししかも早い段階で発生していること、さらに、時間間隔が0.1秒以下で空間的にもごく近傍で、類似した波形の2個のAEが発生していることを見出した。

 水圧破砕によるき裂進展を単純化したモデル計算:坑井を含め面内に高さ一定のフラクチャが進展するという単純化したモデルで、水圧破砕の坑口圧力変化をシミュレーションするプログラムを作成した。坑井内圧力変化、フラクチャ開口変位、先在フラクチャ長さや注入流体物性等のパラメータの効果が、いずれも実際の傾向に近いことを示されており、単純化にもかかわらず実際の現象をかなり妥当にモデル化できた。なお、導出の過程で、先在フラクチャ長が0に近い場合はと表せること、つまり、従来の水圧破砕の式と破壊力学に基づく式とを結び付ける式を見出した。ここで、Pbは破砕時の坑井内圧力、P0は周辺岩盤の空隙圧、SHは最大水平地圧、Shは最小水平地圧、Laは開口フラクチャ長さ。KIを岩石の破壊靭性値KICに等値とすれば、右辺第4項が岩石の引張強度と考えられる。

 肘折高温岩体貯留層の注水井周囲の透水係数の評価:注入坑井裸坑部の半径方向への拡散方程式を基礎として、坑井注水時の圧力データから注水井周囲の透水係数を推定した。上部貯留層の注入井SKG2への4回の注水中の坑口圧力変化から透水係数kは0.6×10-13m2<k<0.9×10-13m2の範囲に求まり,この4回を通じてkは変化しなかったとすればほぼ0.8×10-13m2であると評価した。また、注入開始からある程度の時間が経過すると坑口圧力の増加は小さくなることを利用して、坑口圧力の経時変化を測定していない場合でも、ほとんど変化しなくなった時点の坑口圧力から注水井周囲の透水係数を推定できることを示した。その結果、注水流量と注水井周囲の透水係数の間におおよそ一次式の関係が2桁に渡る広い範囲で成り立つこと、大流量注水後は透水係数が増大していることを示した。

 肘折高温岩体貯留層の透水係数の評価:LANLで開発された、多孔質の物体中に熱水や蒸気が流れる際の温度及び圧力を有限要素法によって計算するコードを用いて、1988年及び1989年に実施された上部貯留層の循環抽熱実験のデータとのマッチングにより、肘折高温岩体貯留層の透水係数を求めた。1988年のデータからは透水係数7.5×10-12m2と求めたが、1989年のデータにでは高透水性のゾーン2.0×10-12m2とその他の部分4.0×10-14m2と求めた。

 高温岩体発電システムの実現の展望:重要な技術課題は、現在までの高温岩体実験場規模から商用の高温岩体発電につなげるために、回収率低下や注水圧力上昇を抑えながら高温岩体地下システム規模を拡大することである。具体的には、坑井周辺の透水性を改善すること、精度の高い循環抽熱シミュレーション、あわせて、環境影響評価としてseismic hazardの可能性を詳細に検討しておくこと等が重要である。国内における高温岩体資源量として、促進調査20地域で2900万kW×20年発電可能である。なお、高温岩体発電では、循環水量によって岩体の有する熱量から地上に生産できる熱量の割合が変化することが予測され、最適な循環量は発電所寿命を考慮して発電コストを最小とするように決定されるべきである。また、高温岩体発電システムの発電単価試算として3万kWで22円/kWhを取り上げ、掘削と破砕の単価低減、開発期間の短縮、利用率の向上等によって、さらにコスト低減が図れることを指摘した。技術的には確実に前進しており、条件の良い地質で小規模であれば現段階でも発電は可能である。しかし、高温岩体の最大の特長はその資源の広がりと量にあり、これを生かして将来大きく実用化すべく重要な技術課題に着実に取り組むべきである。

 上記のごとく,開発技術全体を体系的に整理して、個々の技術分野の重要な部分で新たな知見を得るとともに、実際の肘折高温岩体実験場の貯留層評価も高温岩体技術全体の進展に寄与すべく本論文をまとめた次第である。

審査要旨

 佐藤嘉晃氏により提出された論文には、高温岩体発電システムに関連する、いくつかの要素技術の研究結果と、発電システム実現のための展望が示されている。

 まず、高温岩体発電システムを、熱水対流系を対象とした従来の地熱発電と比較して能動的な発電システムであると捉え、今後の環境・エネルギー問題の解決の一手段である地熱発電の飛躍的な増加に役立てるべきと意義を示している。その上で、提案以来約四半世紀に渡る各国の高温岩体実験の結果から、人工的な注水・循環も地質や地圧等に大きく影響されており、地下システム設計、造成、及び、計測・評価を繰り返しながら、目標とする規模に拡張していくことが必要であると、開発プロセスを整理している。

 高温岩体地下システム設計の要素技術として岩石強度特性の試験方法、地下システム計測の要素技術としてAEの計測と震源決定、及び、地下システム評価として水圧破砕によるき裂進展を単純化したモデル計算プログラム、の研究を実施した。また、肘折高温岩体実験場の地下システムに関して、水圧破砕時の坑口水圧データから注水井周辺の透水係数を、及び、循環時の注水圧力と生産流量から貯留層の透水係数を、評価した。最後に、高温岩体発電システムの実現を展望した。本論文で述べられている主たる結果をまとめると下記のようになる。

 (1)岩石強度特性の試験方法:岩石は先在欠陥を多数含むため、その強度測定には破壊力学の適用を考慮すべきである。本論文中では、岩石の圧裂試験での破壊荷重と破壊開始位置をGriffith理論に基づいて検討した。十分偏平な楕円状の先在欠陥があらゆる方向に多数存在するとすれば、破壊荷重と破壊開始位置は接触角2に強く影響されるので、圧裂強度は213898f03.gifとすべきである。P*は破壊荷重、Rは試験片半径、Lは試験片厚さである。試験実施に当たっては、円盤中心で破壊が開始するように接触角2は0.34以上で、かつ、できる限り小さい値にすべきである。

 (2)AEの連続記録方法と震源決定:AE連続記録システムは、岩石破壊時に頻発するAEをできる限り漏れなく記録するために、容量の大きいメモリに書込む方式とした。震源決定については、複数のセンサへのAE初動到達時刻の差から逐次近似法によって計算するプログラムを、縦波伝播速度の異方性を考慮して作成した。AE初動については、AE波形に自己回帰モデルを当てはめて、赤池の情報量基準によって自動検出するプログラムを作成した。さらに、対称帯行列の逆行列計算では、行列を適当に分割して計算時間とメモリも小さくし、計算時間が乗算回数にほぼ比例すること示してその効果を概算する式を求めた。この記録装置と震源決定方法の精度は、実験室での岩石コアの一軸圧縮実験のAEを測定で確認した。なおこの実験では、AE発生率は最大で35個/s以上、応力増加とともにAEの集中発生域が明瞭となること、振幅の大きなAEは主要なき裂付近に偏在ししかも早い段階で発生していること、さらに、時間間隔が0.1秒以下で空間的にもごく近傍で、類似した波形の2個のAEが発生していることを見出した。

 (3)水圧破砕によるき裂進展を単純化したモデル計算:坑井を含め面内に高さ一定のフラクチャが進展するという単純化したモデルで、水圧破砕の坑口圧力変化をシミュレーションするプログラムを作成した。坑井内圧力変化、フラクチャ開口変位、先在フラクチャ長さや注入流体物性等のパラメータの効果が、いずれも実際の傾向に近いことを示されており、単純化にもかかわらず実際の現象をかなり妥当にモデル化できた。なお、導出の過程で、先在フラクチャ長が0に近い場合は213898f04.gifと表せること、つまり、従来の水圧破砕の式と破壊力学に基づく式とを結び付ける式を見出した。ここで、Pbは破砕時の坑井内圧力、P0は周辺岩盤の空隙圧、SHは最大水平地圧、Shは最小水平地圧、Laは開口フラクチャ長さ。KIを岩石の破壊靭性値KICに等値とすれば、右辺第4項が岩石の引張強度と考えられる。

 (4)肘折高温岩体貯留層の注水井周囲の透水係数の評価:注入坑井裸坑部の半径方向への拡散方程式を基礎として、坑井注水時の圧力データから注水井周囲の透水係数を推定した。上部貯留層の注入井SKG2への4回の注水中の坑口圧力変化から透水係数kは0.6×10-13m2<k<0.9×10-13m2の範囲に求まり,この4回を通じてkは変化しなかったとすればほぼ0.8×10-13m2であると評価した。また、注入開始からある程度の時間が経過すると坑口圧力の増加は小さくなることを利用して、坑口圧力の経時変化を測定していない場合でも、ほとんど変化しなくなった時点の坑口圧力から注水井周囲の透水係数を推定できることを示した。その結果、注水流量と注水井周囲の透水係数の間におおよそ一次式の関係が2桁に渡る広い範囲で成り立つこと、大流量注水後は透水係数が増大していることを示した。

 (5)肘折高温岩体貯留層の透水係数の評価:LANLで開発された、多孔質の物体中に熱水や蒸気が流れる際の温度及び圧力を有限要素法によって計算するコードを用いて、1988年及び1989年に実施された上部貯留層の循環抽熱実験のデータとのマッチングにより、肘折高温岩体貯留層の透水係数を求めた。1988年のデータからは透水係数7.5×10-12m2と求めたが、1989年のデータにでは高透水性のゾーン2.0×10-12m2とその他の部分4.0×10-14m2と求めた。

 (6)高温岩体発電システムの実現の展望:重要な技術課題は、現在までの高温岩体実験場規模から商用の高温岩体発電につなげるために、回収率低下や注水圧力上昇を抑えながら高温岩体地下システム規模を拡大することである。具体的には、坑井周辺の透水性を改善すること、精度の高い循環抽熱シミュレーション、あわせて、環境影響評価としてseismic hazardの可能性を詳細に検討しておくこと等が重要である。国内における高温岩体資源量として、促進調査20地域で2900万kW×20年発電可能である。なお、高温岩体発電では、循環水量によって岩体の有する熱量から地上に生産できる熱量の割合が変化することが予測され、最適な循環量は発電所寿命を考慮して発電コストを最小とするように決定されるべきである。また、高温岩体発電システムの発電単価試算として3万kWで22円/kWhを取り上げ、掘削と破砕の単価低減、開発期間の短縮、利用率の向上等によって、さらにコスト低減が図れることを指摘した。技術的には確実に前進しており、条件の良い地質で小規模であれば現段階でも発電は可能である。しかし、高温岩体の最大の特長はその資源の広がりと量にあり、これを生かして将来大きく実用化すべく重要な技術課題に着実に取り組むべきである。

 高温岩体の開発技術という広い分野での研究論文でありやや散逸な印象はあるが、開発技術全体を体系的に整理して、個々の技術分野の重要な部分で新たな知見を得ており、また、実際の肘折高温岩体実験場の貯留層評価も高温岩体技術全体の進展に寄与している。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51078