学位論文要旨



No 213901
著者(漢字) 内田,雄幸
著者(英字)
著者(カナ) ウチダ,タケユキ
標題(和) 一軸性応力場における高温高圧X線その場観察とその地球物理学への応用
標題(洋)
報告番号 213901
報告番号 乙13901
学位授与日 1998.06.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第13901号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井田,喜明
 東京大学 助教授 栗田,敬
 東京大学 教授 八木,健彦
 東京大学 助教授 川勝,均
 東京大学 教授 深尾,良夫
内容要旨 I.はじめに

 焼結ダイヤモンド製アンビルを用いた対向アンビル(Drickamer型)高圧装置と放射光を組み合わせ、一軸性の応力場における歪の測定および解析方法の開発を行った。Drickamer型高圧装置はダイヤモンドアンビルセルと比較して、発生圧力では劣るものの試料容積が2桁程度大きくとれること、ヒーターを内部に組み込んで試料を均一に加熱することができるなど、幾つかの特徴を持つ。本研究ではこのDrickamer型装置の特徴を生かし、深発地震の発生との関わりを探ることを目標に高温高圧X線その場観察から差応力の圧力、温度、及び相転移にともなう変化を測定することを試みた。

II.研究の手順

 1)これまでに立方晶系(Singh[1993])および六方晶系(Singh and Balasingh[1994])の結晶に対して提出されている一軸性の応力場における歪の解析方法を全ての結晶系に拡張した。

 2)1)の解析方法に基づいて差応力を測定するために、Drickamer型装置と放射光を組み合わせ、加圧軸に対して異なる2方向で回折線の測定を行うことの出来るX線光学系の開発を行った。(図1)

図1.Drickamer型高圧装置とX線光学系の概念図。試料は上下2つの焼結ダイヤモンド製アンビル間の隙間を埋められた圧力媒体(アモルファスのボロンとエポキシ樹脂の混合物)によって一方向に加圧される。X線その場観察の際、X線は加圧軸に対して垂直な方向から試料の中心に入射される。回折X線は加圧軸に対して独立な2つの方向でエネルギー分散法により測定される。その2つの方向には、加圧軸を含む垂直面内("V")と加圧軸に対して垂直な水平面内("H")が取られる。これら2つの面内で測定された結晶格子の歪から弾性定数Cijを用いて、静水圧(応力の静水圧成分)p=(21+3)/3や差応力t=3-1が求められる。

 3)1)の解析方法が実験結果を適正に反映しているか否かを検証するためにZnS、GaP、及びZrの圧力定点の値を決定し、これまでに得られている値と比較した。

 4)室温下でAu、MgO、およびCsClのX線その場観察実験を行い、差応力tとパラメータ(試料の粒境界における応力-歪状態を記述するパラメータ)を測定した。また、差応力とパラメータの決定に関わる問題点を考察した。

 5)Mg2SiO4相や相を出発物質として用いた高温高圧X線その場観察実験を行い、差応力の圧力、温度、相転移にともなう変化を測定した。

 6)Mg2SiO4の差応力の変化と深発地震の分布および発生機構との関わりを考察した。

III.結果と考察

 1)によってフォルステライトやペロフスカイト(斜方晶系)の差応力を求めることが可能となった。その結晶格子の歪の表式は全ての結晶系に対して一義的に表され、パラメータを用いた応力一様モデルの歪と歪一様モデルの歪の線形結合によって次のように記述された。

 

 ただし、

 

 ここで、l1l2l3は結晶軸とコンプライアンスの記述されている軸との方向余弦、(l1l2l3)は線形圧縮率、E(l1l2l3)はYoung率である。また、上添字RおよびVはそれぞれ応力一様および歪一様モデルでの量であることを、下添字pおよびdは静水圧成分および非静水圧成分であることを意味する。この解析方法によると、差応力を求めるためには加圧軸に対して少なくとも2つの独立な方向での測定が不可欠なのであるが、2)によってそのような測定が可能となった。3)により一軸圧縮の影響を考慮に入れて補正された圧力定点の値は、ZnSで15.2±0.1GPa、GaPで24.9±0.6GPa、Zrの-転移で32.4±0.1GPaであった。これらの値はこれまでに報告されている値に誤差の範囲で一致し、1)の方法の正当性が検証されたと言える。4)において差応力tの圧力変化はいずれの物質においても単調に増加した。しかしながら、パラメータはMgOやCsClでは物理的に意味のある0から1の値を取らないこともあった。これは差応力tが主に"V"および"H"方向の歪の差に依存するのに対し、パラメータは"V"および"H"方向の歪の差だけでなく異方性因子Sの値にも依存するためであると考えられる。パラメータが全くでたらめな値を取る場合、それを1や0に固定して差応力tを決定するとその誤差は僅か数%であった。従って、パラメータがどのような値を取ろうとも差応力の定性的な変化は変わらないことがわかった。5)の結果は図2に示した。このような差応力の変化から次のことが言える。

 (i)相や相では、低温においても高温においても、一定温度下において一軸加圧を行うことにより差応力は増加する。

 (ii)相転移や加熱により差応力は減少する。

 (iii)分解相(MgSiO3ペロフスカイトおよびMgOペリクレースの混合相)では本研究の圧力領域で1GPa程度まで差応力が蓄えられるのは確認されたが、相や相のように更に蓄えられるのか、或いはこの程度のままであるのか今回の実験結果からはまだ何とも言えない。

 (iv)回収された試料では逆転移等の形跡は見られなかった。また、回収試料の粒径は走査型電子顕微鏡で確認することのできる粒径よりも小さく、大きく見積もっても1mに満たない。

図2.Mg2SiO4における差応力の圧力変化。出発試料としては相(a)および相(b)を用いた。記号○、□、、および◇はそれぞれ相、相、ペロフスカイト(Pv)、ペリクレース(Pc)を表す。加熱途中のデータについては黒く塗りつぶした。エラーバーは差応力を求める際に行われる"V"および"H"方向の歪の差とミラー指数の関係における最小自乗フィットによって与えられたものである。(b)で示された実験においては、ペリクレースの回折線がPbの特性X線と重なってしまったため差応力を求めることができなかった。高温下のデータはその温度を保持しながら測定されたものである。

 加熱や相転移により差応力が急激に減少することが観測されたが、そのメカニズムは異なったものであった。相転移を起こした場合、結晶格子の体積が小さくなって歪を解放し、静水圧性が増すため差応力が減少する。加熱を行った場合には、歪の解放および熱膨張の2つの効果により、"V"方向の歪が大きく減少する反面、"H"方向の歪はほとんど変化せず格子歪の大きさがほぼ等しくなることが観測された。これら歪の解放および熱膨張により試料の体積は膨張するが、差応力は減少する。

 本研究で観測されたように分解相では差応力がそれほど増加しないとするなら、差応力蓄積の有無は深発地震発生の有無と良い対応を示している。即ち、深発地震の発生する深さ(690kmまで)に対応する圧力領域(約25GPa)では差応力が増加し、深発地震の発生しない深さ(690km以深)では殆ど蓄積しない。分解相で差応力が増加しないことを確定するためには、出発試料に分解相を用いて同様の温度圧力経路で差応力を測定するか、本研究の圧力領域よりも更に高圧側で差応力を測定していく必要があろう。また、深発地震発生のメカニズムについても一軸圧縮によって主応力方向に大きく歪んだ試料が相転移により差応力を解放すると、そのまわりの物質には試料が支えていただけの応力が集中し、破壊が起こるといった機構が考えられる。しかしながら、本研究では実験的に破壊を観測することはできなかったので、更に詳しく差応力の減少と地震発生の関係を論ずることは難しい。

V.結論

 1.一軸性の応力場における結晶格子の歪の表式が全ての結晶系にまで拡張された。

 2.一軸性の応力場においても一軸応力場であることを考慮に入れて補正された圧力定点の値は他の装置で得られた結果と誤差の範囲内で一致した。

 3.差応力決定の際パラメータの値は必ずしも物理的に意味のある値とはならないが、そのような場合を1や0に固定して差応力を求めても絶対値の誤差は数%であった。

 4.加熱を行った場合や相転移を起こした際、差応力は急激に減少する。相転移の場合は高圧相への体積減少により、加熱の場合には歪の解放と熱膨張の2つの効果によるという異なったメカニズムによることが明らかになった。

 5.実験技術や解析方法の開発により一軸圧縮下での試料の差応力を測定することができるようになり、上部マントルから下部マントルまでの条件下において、沈み込むスラブ中のオリビンの応力状態の予備的な議論を行うことが可能となった。

参考文献Singh,A.K.,The lattice strains in a specimen(cubic system)compressed nonhydrostatically in an opposed anvil device.,J.Appl.Phys.,73,4278-4286,1993.Singh,A.K.and C.Balasingh,The lattice strains in a specimen(hexagonal system)compressed nonhydrostatically in an opposed anvil high pressure setup.,J.Appl.Phys.,75,4956-4962,1994.
審査要旨

 本論文は6つの章から構成されており、1章が序論、2章が1軸応力下の結晶格子の歪みの解析法、3章が1軸応力下の高圧X線実験技術、4章が圧力測定の問題点、5章が差応力の測定とその地球物理学への応用、そして最後の6章がまとめとなっている。

 従来、超高圧下のX線回折実験は、圧力媒体が室温10GPa以上ではすべて固化してしまうために厳密には非静水圧条件下で行われているにもかかわらず、静水圧と仮定してさまざまな解析が行われてきた。本研究では、静水圧ではなく一軸性応力場としての厳密な解析を行い、地球内部で重要な役割を果たすと考えられる差応力が物質によりどのように蓄積されるかを明らかにしたものである。

 研究は次にまとめた手順で行われた。

 1)これまでに立方晶系および六方晶系の結晶についてのみ解かれていた一軸性の応力場における歪の解析方法を、全ての結晶系に適用できるよう拡張した。

 2)この解析方法に基づいて差応力を測定するために、Drickamer型超高圧発生装置とシンクロトロン放射光を組み合わせ、加圧軸に対して異なる2方向で回折線の測定を行うことのできるX線光学系の開発を行った。

 3)この装置を用いてZnS、GaP、及びZrの室温における転移圧力を測定し、これまでに準静水圧下で得られている値と比較することにより1)の解析方法の正当性を検証した。

 4)室温下でAu、MgO、およびCsClのX線その場観察実験を行い、差応力tとパラメータ(試料の粒境界における応力-歪状態を記述するパラメータ)を測定した。また、差応力とパラメータの決定に関わる問題点を考察した。

 5)オリビン構造及びスピネル構造のMg2SiO4を出発物質として高温高圧X線その場観察実験を行い、差応力の圧力、温度、相転移にともなう変化を測定した。

 6)Mg2SiO4の差応力の変化と深発地震の分布および発生機構との関わりを考察した。

 1)の解析法の拡張によって、結晶格子の歪の表式は全ての結晶系に対して一義的に表され、パラメータを用いた応力一様モデルの歪と、歪一様モデルの歪の線形結合によって記述されることが明らかにされた。この解析方法によると、加圧軸に対して少なくとも2つの独立な方向での格子歪みの測定を行えば、試料に蓄えられている差応力を求めることが可能になる。そこで加圧機構や試料構成の対称性から一軸性の応力場が生成すると考えられるDrickamer型対向アンビル装置と極微小領域での精密なX線回折実験が可能なシンクロトロン放射光を組み合わせ、加圧軸を含む面に対して平行及び垂直な2方向でのX線回折実験を行うことにより、実際に試料中の差応力が測定可能なことを示した。このシステムを用いて測った標準物質の転移圧を、従来の準静水圧条件下での転移圧と比較すると、圧力値の計算法にこの差応力による補正を施すと良い一致を示すことから、この解析方法の妥当性が確かめられた。

 この測定、解析方法を用いてMgO,CsCl,Au等圧力標準としてよく用いられる物質の差応力が加圧と共にどのように蓄えられるかを調べたところ、いずれの物質においても絶対値は単調に増加するものの、その値は物質によりかなり異なる事が明らかになった。またパラメータはしばしば物理的に意味のない、負または1以上の値をとることもあるが、これは解析上の誤差の問題に起因しており、差応力に関する限りいずれの場合でも議論に耐えうる精度の値が求まることが明らかになった。

 これらの準備のもとにマントルで重要な役割を果たすオリビンの差応力の、圧力、温度、及び相転移に伴う変化を明らかにした。その結果、相や相では、低温においても高温においても、一定温度下において一軸加圧を行うことにより差応力は増加すること、相転移や加熱により差応力は減少すること、分解相(MgSiO3ペロフスカイトおよびMgOペリクレースの混合相)では本研究の圧力領域で1GPa程度まで差応力が蓄えられるのは確認されたが、相や相のように更に蓄えられるのか、或いはこの程度のままであるのか今回の実験結果からはまだ何とも言えないこと、等が明らかにされた。

 このように本研究は、地球内部物質を用いた実験はまだ必ずしも充分とは言えないが、地球内部の問題に関連した差応力を明らかにする新しい実験、および解析法を確立したものとして、今後の地球物理学の進展に大きく寄与するものと考えられる。

 なお、本論文には船守展正、八木健彦両氏との共同研究による部分も含まれているが、いずれも論文提出者が主体となって実験、および解析を行ったものであり、論文提出者の寄与が充分であると判断する。

 したがって、博士(理学)を授与できると認める。

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