本論文は6つの章から構成されており、1章が序論、2章が1軸応力下の結晶格子の歪みの解析法、3章が1軸応力下の高圧X線実験技術、4章が圧力測定の問題点、5章が差応力の測定とその地球物理学への応用、そして最後の6章がまとめとなっている。 従来、超高圧下のX線回折実験は、圧力媒体が室温10GPa以上ではすべて固化してしまうために厳密には非静水圧条件下で行われているにもかかわらず、静水圧と仮定してさまざまな解析が行われてきた。本研究では、静水圧ではなく一軸性応力場としての厳密な解析を行い、地球内部で重要な役割を果たすと考えられる差応力が物質によりどのように蓄積されるかを明らかにしたものである。 研究は次にまとめた手順で行われた。 1)これまでに立方晶系および六方晶系の結晶についてのみ解かれていた一軸性の応力場における歪の解析方法を、全ての結晶系に適用できるよう拡張した。 2)この解析方法に基づいて差応力を測定するために、Drickamer型超高圧発生装置とシンクロトロン放射光を組み合わせ、加圧軸に対して異なる2方向で回折線の測定を行うことのできるX線光学系の開発を行った。 3)この装置を用いてZnS、GaP、及びZrの室温における転移圧力を測定し、これまでに準静水圧下で得られている値と比較することにより1)の解析方法の正当性を検証した。 4)室温下でAu、MgO、およびCsClのX線その場観察実験を行い、差応力tとパラメータ(試料の粒境界における応力-歪状態を記述するパラメータ)を測定した。また、差応力とパラメータの決定に関わる問題点を考察した。 5)オリビン構造及びスピネル構造のMg2SiO4を出発物質として高温高圧X線その場観察実験を行い、差応力の圧力、温度、相転移にともなう変化を測定した。 6)Mg2SiO4の差応力の変化と深発地震の分布および発生機構との関わりを考察した。 1)の解析法の拡張によって、結晶格子の歪の表式は全ての結晶系に対して一義的に表され、パラメータを用いた応力一様モデルの歪と、歪一様モデルの歪の線形結合によって記述されることが明らかにされた。この解析方法によると、加圧軸に対して少なくとも2つの独立な方向での格子歪みの測定を行えば、試料に蓄えられている差応力を求めることが可能になる。そこで加圧機構や試料構成の対称性から一軸性の応力場が生成すると考えられるDrickamer型対向アンビル装置と極微小領域での精密なX線回折実験が可能なシンクロトロン放射光を組み合わせ、加圧軸を含む面に対して平行及び垂直な2方向でのX線回折実験を行うことにより、実際に試料中の差応力が測定可能なことを示した。このシステムを用いて測った標準物質の転移圧を、従来の準静水圧条件下での転移圧と比較すると、圧力値の計算法にこの差応力による補正を施すと良い一致を示すことから、この解析方法の妥当性が確かめられた。 この測定、解析方法を用いてMgO,CsCl,Au等圧力標準としてよく用いられる物質の差応力が加圧と共にどのように蓄えられるかを調べたところ、いずれの物質においても絶対値は単調に増加するものの、その値は物質によりかなり異なる事が明らかになった。またパラメータはしばしば物理的に意味のない、負または1以上の値をとることもあるが、これは解析上の誤差の問題に起因しており、差応力に関する限りいずれの場合でも議論に耐えうる精度の値が求まることが明らかになった。 これらの準備のもとにマントルで重要な役割を果たすオリビンの差応力の、圧力、温度、及び相転移に伴う変化を明らかにした。その結果、相や相では、低温においても高温においても、一定温度下において一軸加圧を行うことにより差応力は増加すること、相転移や加熱により差応力は減少すること、分解相(MgSiO3ペロフスカイトおよびMgOペリクレースの混合相)では本研究の圧力領域で1GPa程度まで差応力が蓄えられるのは確認されたが、相や相のように更に蓄えられるのか、或いはこの程度のままであるのか今回の実験結果からはまだ何とも言えないこと、等が明らかにされた。 このように本研究は、地球内部物質を用いた実験はまだ必ずしも充分とは言えないが、地球内部の問題に関連した差応力を明らかにする新しい実験、および解析法を確立したものとして、今後の地球物理学の進展に大きく寄与するものと考えられる。 なお、本論文には船守展正、八木健彦両氏との共同研究による部分も含まれているが、いずれも論文提出者が主体となって実験、および解析を行ったものであり、論文提出者の寄与が充分であると判断する。 したがって、博士(理学)を授与できると認める。 |