学位論文要旨



No 213906
著者(漢字) 平田,晴路
著者(英字)
著者(カナ) ヒラタ,セイジ
標題(和) 手びきのこぎりびきに関する研究
標題(洋)
報告番号 213906
報告番号 乙13906
学位授与日 1998.06.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13906号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡野,健
 東京大学 教授 有馬,孝禮
 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 助教授 安藤,直人
 東京農工大学 教授 喜多山,繁
内容要旨

 一般に,木工具の使用方法を教育課程の一つとして指導する場合,単に使用方法に限定するのではなく,その木工具の歴史,構造,各部の名称と役目,木材へ作用する機構,使い方,安全の保持と管理の仕方などの広い範囲について指導できるように,文献的に,理論的に,そして経験的に十分検討しておくのがよい。

 この考えに立つと,木材の手加工において最も基本的で重要な作業の一つである手びきのこぎりびきを指導する場合にも,手びきのこぎりの構造,作用過程および使用方法などの検討が不可欠であろう。しかし,手びきのこぎりは機械のこぎりに比べて産業活動に直接的には寄与しにくいので客観的な検討がされにくい面があり,のこぎりびきについてもほとんど検討されてないのが実状である。そこで本研究では,手びきのこぎりびきについてその一端ではあるが科学的な検討を行い,より容易で的確なのこぎりびきの実現にいくらかでも貢献したいと考えた。本研究で検討した内容を各章別に述べる。

第1章手びきのこぎりの切れ味とその耐久性について

 一定の大きさのパーティクルボードを切削する実験装置を用いて,教育現場で使用されている市販手びきのこぎりの切れ味とその切れ味がどれだけ持続できるかという耐久性とを検査した。その結果、「(1)切れ味とその耐久性は,のこぎりの銘柄によって著しい違いがある。(2)初期の切れ味がよいのこぎりは,切断を重ねた後も切れ味がよく寿命も長い。従って,のこぎりの初期の切れ味は,寿命までの切れ味とその耐久性を推測するための手がかりとなる。」ことがわかった。

 また,アガチスを被削材とした中学生の手びきによる官能検査結果では,中学生は新品ののこぎりの切れ味の良否の順位を実験装置による場合と同様に指摘した。したがって,中学生がのこぎりびきを行う授業では,切れ味のよいのこぎりの使用が必要である。切れ味とその耐久性のよいのこぎりの使用は,生徒にうまく実習ができたという成就感を与え,技術・家庭科のよい授業の成立にも寄与すると思われる。

第2章手びきのこぎりののこ身厚,あさりの出の偏り,ひき曲がりについて

 市販手びきのこぎりについて,のこ身厚,あさりの出,あさり幅などを調べた。また,製作した切削装置によってあさりの出の偏りを含むのこ歯が原因のひき曲がりを測定した。結果は,次に示す。

 (1)のこ身厚は,両刃のこぎりでは元が厚く末が薄いものもあるが元と末が厚く中央部が薄いものもある。替え刃式のこぎりでは,元から末までほぼ一定の厚みである。(2)あさりの出が刃渡りの元から先までの平均の約2倍まで大きく突出したのこ歯を有するなど,あさりの出の不均一なのこぎりがある。(3)のこ身の左右におけるあさりの出の偏りの程度を表すあさりの出の偏り率を,あさりの出の偏り率=(右のあさりの出-左のあさりの出)×100/のこ身厚[%]なる式によって定義した。検討したのこぎりでは,あさりの出の偏り率は,最も大きいもので約14%であった。(4)切削装置によって検出したひき曲がりは,被削材の表面だけでなく深さ方向にも生じた。また,あさりの出の偏り率とひき曲がりとには,5%水準の相関が認められた。

 あさりの出がのこ身の左右で偏り,ひき曲がりが生じるのこぎりは,正確なのこぎりびきに支障をきたすので,のこぎりびき指導では,あさりの不均一がひき曲がりに影響することを再認識する必要があるといえる。

第3章垂直柄によるのこぎりびき

 片手びきで比較的大きな材を短時間かつ楽に切削できるように,わが国の前挽大鋸と手曲りのこぎり,西洋のPanel handsaw,Backsawなどの柄を参考にして,柄がのこ身に対して垂直に位置する両刃のこぎりを開発した。開発した垂直柄両刃のこぎりの効果を調べるため,被削材を厚さ12mm幅200mmのラワンとして,中学校第1学年の右利きの生徒による片手びきの横びきについて,普通の柄の両刃のこぎりによるのこぎりびきと垂直柄両刃のこぎりによるのこぎりびきとを比較した。その結果,垂直柄両刃のこぎりによるのこぎりびきは,次のことで優れることが明らかになった。(1)切断に要する時間が短い。この原因は,垂直柄ではのこ身を被削材に押し当てる力を大きくすることができ,そのため,のこ歯の切込み深さが大きくなり,のこぎりの切削力も増大するためと考えられる。(2)切削が進むと,ひき道のけがき線からのひき曲がりは,普通の両刃のこぎりに比べて小さくなる。(3)のこぎりびき直後の官能検査では,のこぎりびきしやすいと感じる生徒が多い。

第4章横びき用定規を用いたのこぎりびき

 幅200mm程度の板材の横びきが正確かつ容易に行えるように,押し当て式定規とはさみ式定規の2つの横びき用定規を開発した。両定規を中学生に使用させると,普通ののこぎりびきに比べて板材の固定が確実になるほか,次に示す結果が得られた。(1)押し当て式定規では,のこぎりびきに予想以上の力と時間を必要とし,ひき道とけがき線とのずれも大きい。背板を定規板に押し当てることによって,のこ身を横方向に動かないようにしてのこぎりびきすることは容易でないと思われる。(2)はさみ式定規では,案内板の働きによってのこぎりびきが簡単であり,ひき道とけがき線とのずれやひき曲がりは小さく,そしてひき肌も平滑である。しかし,案内板の存在は,けがき線を切断される位置に合わせて固定するのを面倒にし,のこぎりびきしている箇所を見にくくする。また,板材の固定に要する時間を多く必要とするため,のこぎりびき時間が短い利点が生かされないという問題点があり,今後,さらに検討が必要である。

第5章単一モデル歯による逐次切削

 両刃のこぎりの横びき歯にかかる切削抵抗と横びき歯によるひき溝の状態を解析するために,被削材を密度が0.64g/cm3のアガチスとして,対称形状の2枚の単一モデル歯を用い,のこ身の左右の歯による交互の切削を模した逐次切削の単一モデル歯を用い,のこ身の左右の歯による交互の切削を模した逐次切削実験を行った。結果を次に示す。

 (1)一方のモデル歯で平面の被削材を切削する1回目切削では,切りくずは発生しなかった。このとき,Fig.5-6に示すように,横分力は下刃から歯裏に向かって生じ,各分力とも切り込み深さの増大に伴って増加した。(2)1回目切削の後にもう一方のモデル歯を用いあさり幅を設けて行う2回目切削では,あさり幅が大きいとき切りくずは発生せず,得られた結果は1回目切削とほとんど同様であった。Fig.5-10は,2回目切削での各分力を示す。(3)2回目切削であさり幅が小さいときには,切くりずは発生し,のこぎりびきでの切削状態が得られた。このとき,Fig.5-10からわかるように,主分力と垂直分力は切り込み深さの増大に伴って増加したが,横分力はほとんど変化せず大変小さかった。また,切削後のひき溝の状態は写真撮影によって記録し解析した。

第6章単一モデル歯にかかるパラフィンの切削抵抗とその理論的予測

 横びき歯による切削機構の理論的解析を手がける第1歩として,単一のモデル歯でパラフィンを切削した。パラフィンの切りくず生成機構は木材の場合とは異なることが容易に予想されるが,あえて解析しやすいよう簡略化を行った。横びき歯のすくい面は3角形であり砥粒形状に似ている。横びき歯のすくい面を砥粒に見立てると,金属を被削材とした砥粒切削に関する既往の研究手法が適用できると考えた。モデル歯の切込み深さ,下刃傾斜角,歯裏逃げ角,および切削抵抗の関係を求めて,切削抵抗の理論的予測を試みた。結果は次に示す。

 (1)歯裏逃げ角が0°のときの主分力,歯裏逃げ角が5°未満のときの横分力は,下刃によって生じるだけでなく歯裏によっても生じ,相加される。歯裏による横分力は,下刃による横分力の逆向きに生じる。(2)歯裏逃げ角が1°以上のときの主分力,歯裏逃げ角が5°以上のときの横分力は下刃によってのみ生じると考えられる。この実験範囲において,臼井らの理論によってモデル歯の切込み深さの平均の切削厚さで得た2次元切削データを用い,下刃にかかる切削抵抗を算出して実験値と比較すると,主分力,横分力は,計算値のそれぞれ約0.9倍,約0.7倍となり,実験値がほぼ予測できた。

審査要旨

 手びきのこぎりについて技術教育の立場から検討を行い、生徒がより容易に、また的確にのこぎりびきを行うことができるようにしようとした研究である

 第1章では、パーティクルポードを鋸断する実験装置を開発し、市販手びきのこぎりの切れ味とその切れ味がどれだけ持続できるか検討した。その結果、切れ味とその耐久性は、のこぎりの銘柄によって著しい違いがあり、初期の切れ味が良いのこぎりは、切断を重ねた後も切れ味が良く、寿命も長いことが分かった。このことは、中学生によるのこびきの官能検査結果でも確認された。

 第2章では、市販手びきのこぎりについて、のこ身厚、あさりの出、あさり幅、あさりの出の偏り率(のこ身厚に対する左右のあさりの出の差の百分率)などを調べた結果、市販の教材品には、あさりの出の不均一なのこぎりがあり、あさりの出の偏り率は、最も大きいもので約14%あった。次いで、のこ歯が原因と思われる挽き曲がりについて、開発した切削装置を用いて検討した。その結果、挽き曲がりとあさりの出の偏り率には、密接な関連があることが認められた。

 第3章では、比較的大きな材を短時間でかつ楽に切削できるように、前挽大鋸(おが)や手曲がりのこぎり、Panelhandsaw、Backsawなどの柄を参考にして、のこ身に対して垂直な握り柄を持つ両刃のこぎりを開発した。次いで、この垂直柄両刃のこぎりの効果を中学1年生によって判定検査したところ、切断に要する時間が短く、さらに挽き曲がりも、一般の両刃のこぎりに比べて小さいことが判明した。その理由は、垂直柄はのこ身を被削材に押し当てる力を大きくすることができ、のこ歯の切込み深さが大きくなるためであるとした。また、官能検査でも、のこぎりびきし易いと感じる生徒が多かった。

 第4章では、幅200mm程度の板材の横びきが正確かつ容易に行えるように、材の固定を確実にした押し当て式定規とはさみ式定規の2つの横びき用定規を開発した。両定規を中学生に使用させると、普通ののこぎりびきに比べて、押し当て式定規では、のこぎりびきに予想以上の力と時間を必要とし、挽き道とけがき線とのずれも大きい。背板を定規板に押し当てることによって、のこ身を横方向に動かないようにしてのこぎりびきすることは容易ではない。他方、はさみ式定規では、案内板の働きによってのこぎりびきが簡単であり、挽き道とけがき線とのずれや挽き曲がりは小さく、そして挽き肌も平滑である。しかし、案内板の存在は、けがき線を切断される位置に合わせて固定する作業に手間を要し、また、のこぎりびきしている箇所を見にくくするので間題点がある。

 第5章では、挽き曲がりの誘因を検討するために、対称形状の2枚の単一モデル歯を用いて横びき歯にかかる切削抵抗と挽き溝の関係を調べた。のこ身の左右の歯による交互の遂次切削実験を行った結果、一方のモデル歯による1回目切削では切りくずは発生せず、横分力は下刃から歯裏に向かって生じ、各分力とも切り込み深さの増大に伴って増加した。1回目切削後、対のモデル歯による2回目切削では、切りくずの発生する範囲で切削抵抗の水平分力ならびに垂直分力とあさり幅とが正の相関を示した。ところが、横分力はほとんど変化せず、しかも大変小さく、横分力による挽き曲がりの直接的な可能性は小さいとした。

 第6章では、横びき歯による単一のモデル歯でパラフィンを切削し、切削抵抗と切込み深さ、下刃傾斜角、歯裏逃げ角の関係を求めて、臼井らの砥粒に対する理論によって切削抵抗を算出して実験値と比較した。実験では、歯裏逃げ角が0°のときの主分力、歯裏逃げ角が5°未満のときの横分力は、下刃によって生じるだけでなく歯裏によっても生じ、相加されること、歯裏による横分力は、下刃による横分力の逆向きに生じることを見出した。さらに、歯裏逃げ角が10°以上のときの主分力、歯裏逃げ角が50°以上のときの横分力は下刃によってのみ生じることを示した。また、この実験条件の範囲において、実験値は計算値と良く一致した。ところが、歯裏逃げ角が2°以下になると急激に横分力が発生し、これが挽き曲がりの誘因である可能性が高いとした。

 以上、本論文は手びきのこぎりびきに関する数多くの知見を与えたもので、学術上、応用上貢献するところが大である。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54085