プラバスタチンナトリウム(以下プラバスタチン、メバロチン)は、コレステロール合成系の律速酵素である3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリルコエンザイムA(HMG-CoA)還元酵素の阻害剤で、血清コレステロール低下剤として広く臨床で用いられている。多くの動物種においても血清コレステロール低下作用(薬効)を示すにもかかわらず、ラット、マウスにおいてこの薬効が見られない。これはシンバスタチンやロバスタチンなどの他のHMG-CoA還元酵素阻害剤においても共通に見られる現象で、生体内の脂質代謝がヒトを含めた薬効動物とは異なると考えられた。本研究はHMG-CoA還元酵素阻害剤の薬効の動物種差の解明を目的として、特にプラバスタチンによって行ったものである。 HMG-CoA還元酵素阻害剤投与により血清コレステロール低下する動物として正常ウサギとビーグル犬を用いた。HMG-CoA還元酵素阻害剤の薬効発現機序は以下のように考えられている。細胞内コレステロール合成阻害により、コレステロール代謝に関る酵素活性を制御するコレステロールプールが縮小し、そのシグナルによって低密度リポタンパク(LDL)受容体が特に肝臓において誘導される。その結果、肝細胞に取り込まれるLDLの量が増加することにより、血清コレステロールが低下する。そこでこの説を確認するため、まず正常ウサギ初代培養肝細胞においてプラバスタチンのLDL受容体活性に及ぼす影響を検討した。プラバスタチンとのプレインキュベーションにより上昇したLDL受容体活性は、薬剤除去後24時間においても無処理の細胞より高いレベルを保っており、その半減期は約9時間であった。この値はプラバスタチンのウサギでの血中半減期(約3時間)よりもかなり長く、血清コレステロール低下効果が長時間持続する可能性があることを示しており、in vivoにおいて一日一回あるいは二回という投与法の相違によって血清コレステロール低下効果に差がでないことが予想された。そこで正常ウサギに一日一回(朝または夕、50mg/kg)、一日二回(25mg/kg×2)それぞれ14日間、プラバスタチンを投与したところ、朝すなわち最終投与14時間後または24時間後において、両者で同等の血清コレステロール低下効果が見られ、LDL受容体タンパクの上昇度にも差がなかった。このことは、in vivoにおいても、一旦誘導されたLDL受容体活性は長時間にわたって対照より高いレベルを維持していることを示唆している。 ビーグル犬においても一日一回(3mg/kg)、および一日二回(1.5mg/kg×2)21日間投与でそれぞれ同等の血清コレステロール低下作用が見られ、リポタンパク分析の結果からLDL、超低密度リポタンパク(VLDL)画分のコレステロールの低下率が高密度リポタンパク(HDL)画分の低下率よりも高いことが判明した。このことからビーグル犬における血清コレステロール低下の機序は、前述したウサギの場合と同様であると考えられる。 次いで、正常ウサギの脂質代謝に対するプラバスタチンの効果を詳細に検討した。プラバスタチン50mg/kg/dayの14日間連続投与により、血清コレステロール、血清トリグリセライドが低下した。HMG-CoA還元酵素阻害剤投与により細胞内コレステロール合成が抑制されると、その補償作用として本酵素の誘導によりコレステロール合成が上昇する。この制御機構は動物種を問わず同じように機能している。ウサギの場合、肝臓のHMG-CoA還元酵素のレベルは約5倍にまで誘導されたものの、肝臓中のコレステロールは有意に低下していた。それに伴って肝LDL受容体活性の上昇と肝臓からのVLDL-コレステロール分泌速度の低下が見られた。一方、胆汁酸合成の律速酵素であるコレステロール7-水酸化酵素活性は変化しなかった。これらの結果から、正常ウサギにおいてはプラバスタチン投与により肝臓コレステロールプールが縮小し、肝LDL受容体活性の上昇および肝臓からのVLDL分泌抑制により薬効が発現すると考えられる。 一方ラットにプラバスタチンを250mg/kg/dayで7日間連続投与すると、血清および肝臓中のコレステロールが対照群に比し、それぞれ27%および11%有意に上昇した。後述するように、ラットにおいてもウサギと同様に細胞内コレステロールプールの縮小によりHMG-CoA還元酵素の誘導が早期から見られ、最終投与24時間後のHMG-CoA還元酵素活性は約13倍に上昇していた。別の実験から、血清および肝臓コレステロールの上昇とHMG-CoA還元酵素の誘導の程度は、プラバスタチンの投与量に依存していることが示されている。250mg/kg投与の場合、肝LDL受容体活性は誘導されず、肝臓からのVLDL-コレステロール分泌昂進が見られた。これらの現象はウサギでは見られなかったもので、肝臓コレステロールの上昇に起因すると考えられた。したがって肝臓におけるコレステロール合成の実質的な上昇が予想されたので、プラバスタチン連続投与後の肝臓での酢酸からのコレステロール合成活性を調べたところ、投与直後においても対照群を下回らず、24時間後で約5倍に上昇しており、24時間で合成されるコレステロール量は対照群の約2倍に上昇していた。すなわちラットにおいてはプラバスタチン投与により誘導されたコレステロール合成は、阻害剤存在下においても対照群のレベル以下まで阻害し切れず、ウサギとは逆にかえって肝臓コレステロールプールが拡大し、VLDL-コレステロールの分泌昂進によって血中コレステロールが上昇したと考えられた。 また同時に脂肪酸の合成誘導が見られたが、細胞にとって有毒な遊離コレステロールの蓄積をエステル化によって防ぐというホメオスタシスの観点から合目的的な生体内反応であり、その合成誘導の機序は最近報告されているsterol regulatory element(SREBP)を介したものであると考えられる。 上述のように、ラットにHMG-CoA還元酵素阻害剤を連続投与すると血清コレステロールの有意な上昇が見られた。次に、阻害剤投与後早期に見られる細胞内コレステロールの一時的な枯渇に対する肝臓の応答を見るために、500mg/kgという高用量のプラバスタチンを単回投与した。投与9時間後に一過性の血清コレステロールの低下が見られたので、投与後12時間までのラット肝臓の脂質代謝の変化を3時間毎に調べた。肝臓では細胞内コレステロールの枯渇に対し、合成の誘導、異化代謝の抑制、血中からの取り込みのいずれかの経路が補償作用として機能すると考えられる。HMG-CoA還元酵素は投与後6時間で誘導され始め、12時間まで上昇を続け約4倍になった。一方、コレステロール7-水酸化酵素は9時間で活性、タンパク量とも抑制されていたが、肝コレステロールの回復と共に12時間では抑制は解除されていた。LDL受容体タンパクは12時間を通して変化はみられなかった。これらの結果から、ラットにおいては、細胞内コレステロールプールの枯渇に対する初期の反応として、1)最初にコレステロールの合成誘導が起こる、2)補足的に異化の抑制がはたらくが、コレステロールプールの回復とともに抑制は解除され、合成誘導のみ持続する、3)LDL受容体を介した血中からのコレステロールの取り込み促進は起こらない、ことが示唆された。一過性の血清コレステロールの低下は肝コレステロールの低下に基づくVLDL-コレステロール分泌抑制に因ると推定される。 ラットはもともと他の動物種に比しコレステロールの合成および異化代謝の活性が高いことが知られている。HMG-CoA還元酵素阻害剤が薬効を示す動物では、阻害剤投与による肝細胞内コレステロール低下に対する補償作用としてHMG-CoA還元酵素の誘導、肝LDL受容体の誘導が起こるが、肝臓内のコレステロールは低いレベルに保たれている。然るにラットにおいては、肝LDL受容体の誘導は起こらず、過剰なHMG-CoA還元酵素の誘導がかかり、上昇した酵素活性を阻害剤が対照のレベルにまで低下させることができないため、肝臓内コレステロールが対照よりもむしろ増加していることが明らかになった。 以上総括すると本論文では、ラット、マウスにおいては、HMG-CoA還元酵素阻害剤投与による細胞内コレステロールプールの縮小に対して、肝LDL受容体の誘導でなく、肝コレステロール合成の強力な誘導によりコレステロールを補っている点で、ウサギなどの薬効動物と異なることを明らかにした。ラット、マウスは小動物であることから薬物の薬効評価にはよく用いられるが、本論文で明らかになったように、脂質代謝を制御する薬物の評価にあたっては、代謝機構の動物種差を考慮する必要があると思われる。 |