学位論文要旨



No 213908
著者(漢字) 山地,昇
著者(英字)
著者(カナ) ヤマジ,ノボル
標題(和) 骨形成因子群とその受容体の遺伝子クローニングに関する研究
標題(洋)
報告番号 213908
報告番号 乙13908
学位授与日 1998.06.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13908号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 阿部,啓子
 東京大学 教授 北本,勝ひこ
 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 助教授 片岡,宏誌
内容要旨 【研究の背景・目的】

 BMP(Bone Morphogenetic Protein:骨形成因子)は、異所性骨・軟骨形成誘導活性を有する蛋白性因子として発見された。BMP-2〜BMP-8は、アミノ酸数110〜140のC末端側成熟領域2分子がS-S結合を介して二量体を形成した分子量約30Kの蛋白で、お互いの高い相同性より、TGF-スーパーファミリー中にサブファミリーを構成していた。BMPは骨格形成に重要な役割を果たしているのみならず、腹側中胚葉の誘導、背腹軸決定にも機能していることが示されていた。また、発生過程や成体でのmRNAの局在様式から、種々の臓器や歯の形成においても上皮-間葉相互作用(epithelial-mesenchymal interaction)に重要な役割を果たしていると考えられていた。

 このようなBMPの多彩な機能の作用メカニズムの詳細な解明のために、受容体の構造解明が待ち望まれていた。また、それまで、BMPは、そのほとんどが、骨基質中から精製した骨・軟骨形成誘導活性を示す蛋白画分の配列をもとに、遺伝子クローニングされてきた。そのため、骨では発現しない未知の形態形成活性を有するBMP類縁因子が同定されないまま残されている可能性があった。このような背景から、以下を目的として研究を行った。

 (1)BMP受容体の遺伝子クローニングとその特性の解析

 (2)BMP類縁蛋白の遺伝子クローニングとその機能の解析

 (3)クローニングしたBMP受容体を介したBMP類縁蛋白のシグナルの解析

【研究の成果】(1)BMP受容体の遺伝子クローニングとその特性の解析

 TGF-スーパーファミリーに属するアクチビンの受容体であるアクチビン受容体II型(ActR-II)と同じく細胞内にセリン/スレオニンキナーゼドメインを持つ1回膜貫通型の受容体構造を有するC.elegansのdaf-1遺伝子産物で保存された配列EXVAVK、HRDIKSに対するオリゴヌクレオチドをプライマーとしたRT-PCRから出発し、Low Stringency Hybridizationを繰り返すことにより、5種のセリン/スレオニンキナーゼ型受容体遺伝子をクローニングした。この中で、BMP応答細胞株CFK1細胞からクローニングしたCFK-23a、CFK-43aが単独で、特異的にBMPに結合した。

 CFK-43a、CFK-23aはそれぞれ、502アミノ酸および532アミノ酸からなる。セリン/スレオニンキナーゼ型受容体蛋白ファミリーの中で、細胞内のキナーゼドメインにおいては、CFK-43aとCFK-23aはお互いに最も高い相同性を示し、85%のアミノ酸が一致している。他のI型受容体とは平均で65%、II型受容体とは38%である。この相同性と、キナーゼドメインの直上流およびキナーゼドメイン内にI型受容体に特徴的な配列があること、また、キナーゼドメインの下流の長さが短いという特徴から、CFK-43a、CFK-23aはI型受容体に分類される。

 細胞外のCys残基に富むリガンド結合領域においても、CFK-43aとCFK-23aは最も高い相同性を示すが、細胞内よりは低く、59%である。この領域において、CFK-43aとCFK-23aは、II型BMP受容体であるBMPR-II、daf-4を含めた他のI型、II型受容体とCys残基の配置の保存性を示すが、アミノ酸レベルでの相同性は12-28%と低い。

 CFK-43a、CFK-23aは単独で、BMP-4に結合し、結合定数(Kd)はそれぞれ0.53nM、1.3nMであった。CFK-43aの結合親和性は、BMP-4,-2>BMP-2/6>BMP-3,-5,-6,-7の順で、TGF-には結合親和性を示さなかった。CFK-23aの結合親和性はBMP-4,-2>BMP-2/6>BMP-3,-5,-6,-7,TGF-の順で、TGF-にも弱い結合親和性を示した。すなわち、CFK-23aに比べて、CFK-43aがより特異的かつ強くBMPに結合することが示された。

 in situハイブリダイゼーションによる解析で、発生過程の四肢において、CFK-43a mRNAは前軟骨性間充織(骨形成部位)に特異的かつ一過性に強く発現しており、BMP-2と相補的な発現様式であることが示された。一方、新生児マウスの骨では、CFK-43a mRNAの発現は極めて弱かった。すなわち、CFK-43a mRNAの発現は、骨格形成時に一過性に強く発現誘導されるように、厳格に制御されていることが示唆された。CFK-23a mRNAは、CFK-43a mRNAとは対照的に、脾臓を除く広い組織分布を示し、BMP応答細胞のみならずBMP非応答性のマウス繊維芽細胞NIH3T3細胞でも検出された。

(2)BMP類縁蛋白の遺伝子クローニングとその機能の解析

 BMP-2からBMP-8の中で保存されている配列W-Q/N-D-W-I-V/I-AおよびH-A-I-V/L-Q-T-Lに対するオリゴヌクレオチドをプライマー、ヒト染色体DNAを鋳型としたPCRを行い、BMP類縁遺伝子の配列を得た。このBMP類縁遺伝子配列由来の38merのオリゴヌクレオチドをプローブとして、ヒト染色体遺伝子ライブラリーをスクリーニングし、BMP類縁蛋白ヒトhBMP-12(hBMP-12)の成熟蛋白部分を含む遺伝子をクローニングした。さらに、hBMP-12遺伝子の部分断片をプローブとして、ヒト染色体遺伝子ライブラリーをスクリーニングし、BMP類縁蛋白ヒトBMP-13(hBMP-13)の成熟蛋白部分を含む遺伝子をクローニングした。hBMP-12、hBMP-13は、成熟蛋白部内ではそれぞれ、97%、99%のアミノ酸が保存されていることから、先に報告されたマウスGDF-7、GDF-6のヒトカウンターパートと考えれる。hBMP-12、hBMP-13、既報のヒトGDF-5(hGDF-5)は、保存された1番目のCys残基からC末までの領域で互いに81%-86%のアミノ酸配列が一致しており、TGF-スーパーファミリーに属するBMP/GDFファミリーの中に独立したサブファミリーを形成している。

 大腸菌で発現・調製したhBMP-12を、他のBMPの場合と同じく担体とともにラットの皮下もしくは筋肉中に埋植することにより、その組織形成誘導活性を組織学的、分子生物学的に解析した。その結果、hBMP-12に腱/靭帯組織を形成誘導する活性があることが明らかとなった。hBMP-13、hGDF-5にも同様の活性が認められた(下表)。同じ部位への埋植でhBMP-2は骨/軟骨組織を形成誘導することから、BMP-12、BMP-13、GDF-5は、おそらくBMP-2受容体とは異なる受容体を介して腱/靭帯組織を形成誘導することが示唆された。

表 BMP-12、BMP-13、GDF-5およびBMP-2の組織形成誘導活性ラットの皮下にhBMP-12、hBMP-13、hGDF-5を25g、hBMP-2を5g埋植し、10日後に形成された組織の解析結果

 発生過程において、腱・靭帯が形成される部位である関節近辺での発現をin situハイブリダイゼーションで検討した結果、同じく異所性に腱・軟骨を形成誘導するBMP-13、GDF-5が滑膜関節の骨と骨の接触面(関節軟骨)に発現しているのに対して、BMP-12は肩甲骨の腱・靭帯の形成、付着部および指の先端の腱の付着部に隣接した部分で発現していることが示された。BMP-12が実際に腱・靭帯の器官形成に重要な役割を果たしていることを示唆される。

(3)クローニングしたBMP受容体を介したBMP類縁蛋白のシグナルの解析

 非標識BMP-12で、125I-BMP-4の受容体への結合阻害について検討した結果、BMP-12はBMP-2、BMP-4に比べて弱いながら、CFK-43a、CFK-23aに低親和性で結合することが示めされた。骨系への分化の指標であるアルカリフォスファターゼ(ALP)の産生誘導に関して、BMP-2応答するマウス筋芽細胞C2C12株(CFK-23a発現、CFK-43a非発現)はBMP-12に応答しなかったが、RobC26細胞(CFK-23a発現、CFK-43a発現)はBMP-12の濃度依存的にALPを産生した。このことは、BMP-12がCFK-43aを介してALP産生を誘導しうる可能性を示唆する。この可能性は、C2C12株にCFK-43aを発現させた形質転換細胞株にBMP-12を作用させた結果、親株および発現ベクターのみの導入株ではみられないBMP-12の濃度依存的なALP産生誘導がみられたことにより証明された。BMP-12、CFK-43aの発現はともに限局されていることから、BMP-12の骨形成シグナルが伝達される部位は、両者の発現が隣接している腱/靭帯の付着部の骨表面に限局されると考えられる。

審査要旨

 骨形成因子(Bone Morphogenetic Protein;BMP)は、異所性骨/軟骨形成誘導活性を有する蛋白性因子であり、BMP-2〜BMP-8は110〜140アミノ酸の成熟体分子がS-S結合により二量体を形成し、TGF-サブファミリーに属するものである。BMPは、骨格形成のみならず、腹側中胚葉の誘導、背腹軸決定、種々の臓器や歯の形成における上皮-間葉相互作用等に重要な役割を果たしていると考えられている。このようなBMPの多彩な機能の解明のためには、受容体の構造とともに、骨以外の形態形成活性を有するBMP類縁因子の解析が必要である。本論文は、このような背景のもとで、新規BMP受容体及び新規BMP類縁因子の遺伝子をクローン化しその機能を解析した結果をまとめたもので、本文は5章よりなっている。

 研究の背景と意義を述べた第1章に続き、第2章では、新規なI型BMP受容体の遺伝子クローニングとその特性の解析結果が述べられている。TGF-スーパーファミリーに属するアクチビンの受容体ActR-IIと線虫のdaf-I遺伝子産物の間で保存された配列に基づくプライマーによるRT-PCRで得たプローブを手がかりに、ハイブリダイゼーションを繰り返して、相同的な構造をもつ5種類のセリン/スレオニンキナーゼ型受容体遺伝子をクローン化した。このうち、502アミノ酸のCFK-43aと532アミノ酸のCFK-23aは、85%のアミノ酸が一致しており、配列の特徴からI型受容体に分類された。これらはCOS細胞で発現させると、各々単独で特異的にBMPと結合した。リガンド特異性としては、いずれにもBMP-4とBMP-2がよく結合し、特異性・強度ともCFK-43aが優っていた。発生過程のマウス四肢において、CFK-43aは骨になる予定の前軟骨性間充織に特異的かつ一過性に強く発現しており、新生児になると発現はきわめて弱かった。前軟骨性間充織はBMP-2を発現する間葉系細胞群に囲まれており、リガンドとレセプターが隣接した位置に発現していることになる。一方、CFK-23aは脾臓を除く広い組織分布を示した。

 第3章では、新規なBMP類縁因子hBMP-12,hBMP-13の遺伝子クローニングとその特性の解析結果が述べられている。BMP-2〜BMP-8に保存されている配列に基づくプライマーを用いたPCRによってプローブを作製し、ヒト染色体DNAからMBP類縁因子の成熟体領域をコードしうるDNA断片を得た。このうち、hBMP-12,hBMP-13はマウスのGDF-7,GDF-6及びヒトのhGDF-5と81〜86%のアミノ酸が一致しており、新規なサブファミリーに属する。大腸菌で発現・調製したhBMP-12は、担体に結合させてラットの皮下や筋肉中に埋植すると、組織学的及び生化学的に腱/靭帯組織と認められるものを形成誘導した。同様の処理で、hBMP-2の場合は骨/軟骨組織を形成誘導することから、hBMP-12とは明らかに異なる受容体を介している。また、発生過程においてBMP-12は、他のBMPと異なり、肩甲骨の腱/靭帯の形成付着部及び指の先端の腱の付着部に隣接した領域で発現していた。

 第4章では、第3章で述べたhBMP-12が第2章で述べたCFK-43aを介して情報伝達を行なう可能性について調べた結果が述べられている。まず、標識BMP-4の結合に対する阻害を検討したところ、BMP-4,BMP-2に比べると弱いながらhBMP-12がCFK-43aに結合することが分かった。そこで、分化誘導活性の有無を細胞レベルで検討した。マウス筋芽細胞C2C12株はBMP2には応答しhBMP12には応答しないが、CFK-43aを発現するようになった形質転換細胞株は、hBMP-12によりアルカリ性ホスファターゼ産生誘導などの骨系への分化誘導応答を示した。これらの因子と受容体は発生過程で発現部位が隣接していることから、腱/靭帯と骨の付着部の形成誘導に関与していると考えられる。

 第5章は論文全体の総括で、今後の展望についても考察されている。

 以上、本論文は骨形成因子の新規な受容体と類縁因子の遺伝子をクローン化し、性質を調べるとともに、これらが骨と腱/靭帯の付着部形成に重要な役割を果たしている可能性を示したもので、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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