学位論文要旨



No 213909
著者(漢字) 栗本,重陽
著者(英字)
著者(カナ) クリモト,シゲハル
標題(和) 前立腺肥大症における1アドレナリン受容体の分布と機能
標題(洋)
報告番号 213909
報告番号 乙13909
学位授与日 1998.06.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13909号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 豊岡,照彦
 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 教授 北村,唯一
 東京大学 講師 有田,英子
内容要旨

 前立腺肥大症における排尿障害には交感神経系が関与しており、前立腺組織には豊富に交感神経受容体、特に1アドレナリン受容体(以下、1受容体)が存在することが知られている。これらの刺激により前立腺は収縮し、尿道抵抗が増大し、排尿困難が増強される。前立腺は、解剖学的には、尿道周囲に存在する中心帯、上部尿道前側方に存在する移行帯、及び被膜下に存在する辺縁帯の3つの領域に分けられ、前2者が過形成を起こす事により、腺様構造をもった腫瘤を形成し、前立腺肥大症が生じてくる。この腫瘤は、臨床的には腺腫と表現されることが多いが、組織学的には結節性過形成組織であり、多くの腺房を中心とする結節とその間に隔壁をなす間質組織からなるが、両者の構成は個体による差が著明である。こうした観点から、1受容体の量的解析には、組織学的構築を考慮する必要があると考えられ、en blocに摘出した肥大前立腺組織を尿道に垂直な面で全割した標本を用い、腺腫の構造と対比しながら、autoradiographyにより1受容体の分布像を作製し、コンピューターを用いた計測を行い、更に、Mallory-Azan染色を併用することにより組織学的構築の影響を考慮して、収縮の中心となる平滑筋あたりの1受容体密度を求め、腺腫結節と隔壁での局在差について検討したところ、腺房結節内の平滑筋あたりの1受容体密度は周囲間質組織よりも有意に高いことが示された。一方、前立腺重量と1受容体密度との関係を検討したが、1受容体密度は前立腺重量の影響を受けないことが併せて解明された。

 本論文においては、en blocに前立腺摘出を行った前立腺肥大症14例を対象とした。14例の平均年齢は65.9±7.3歳(MEAN±SE)であり、平均前立腺重量は37.5±8.6g(MEAN±SE)であった。摘出された肥大前立腺組織を、最大径部位で尿道に対し垂直面で割断し、幅約1cmの全割標本を採取し、10mの切片に薄切し、1nMの[3H]塩酸タムスロシンで60分間、25℃で反応を行った。また非特異結合部位を検出するために隣接切片は、PBSでincubation後、100mMのphentolamineで30分間さらにpreincubateした後、同上の反応を行った。得られた組織を3H-sensitive filmに、-20℃で、12週間露光させた。露光後、filmの現像、定着を行い、computerized image analysis system、(Spicca)に取り込み、組織あたりの[3H]塩酸タムスロシン結合量を測定した。全結合量から非特異結合量を引いた値を特異結合量とした。[3H]塩酸タムスロシン結合量は、全割面(n=14)では0.82±0.21nCi/mg(MEAN±SE)であった。またそれぞれの部位は、1)尿道(n=7)0.65±0.32、2)腺房結節(n=14)1.15±0.19、3)周囲間質組織(n=14)0.72±0.15nCi/mgであり、腺房結節のほうで高値である傾向が見られた。尿道近接部と、辺縁部でそれぞれについて検討したが、腺房結節では1.25±0.30vs1.14±0.25nCi/mg、周囲間質組織では、0.72±0.21vs0.73±0.22nCi/mgであり、差は認めなかった。

 更に、1受容体は平滑筋組織に分布し、腺管組織内にはほぼ存在しない事から、平滑筋含有比率による補正を行った。Mallory-Azan染色標本を用い、間質比率および平滑筋細胞比を自動画像解析器SP-500で算出した。この値から、下記式により、平滑筋あたりの1受容体密度を求めた。

 平滑筋あたりの1受容体密度=[3H]tamsulosin結合量x100/平滑筋比率

 この測定を施行したところ、Mallory-Azan染色でえられた、腺房結節及び周囲間質組織での平滑筋比は、それぞれ、28.3±3.7%、68.9±1.2%であり、この値より平滑筋あたりの1受容体密度を求めると、図8に示す様に、それぞれ6.04±1.89nCi/mg、1.17±0.32nCi/mgであり、腺房結節内の平滑筋あたりの1受容体密度は周囲間質組織よりも有意に高かった(p<0.05)。

[3H] tamsulosin binding per smooth muscle(nCi/mg)

 また、全割面における1受容体密度は、前立腺重量に関わらず、受容体密度(mCi/mg)=-0.001x前立腺重量(g)+0.87(r=-0.06)の関係が得られ、全割面における1受容体密度はほぼ前立腺重量に関わらず、ほぼ一定である事が示された。

 以上より、本研究では、autoradiographyの定量的解析により、肥大前立腺組織内の1受容体の局在を明らかにした。1受容体は、腺房周囲の平滑筋に豊富に分布しており、このことから、交感神経刺激をうけて、腺組織自体が収縮することが推察される。また、腺房過形成組織間に隔壁として存在する組織にも平滑筋は存在しているが、この部位での1受容体の分布は粗であることが当研究で示された。このことは、前立腺肥大症における排尿障害は、肥大結節自体が動的に尿道を圧迫することを示すものである。また、1受容体の密度は組織重量の影響を受けないことが、併せて示され、当研究は前立腺肥大症の症状の多様性の成因を示したと考えられる。1受容体阻害薬は前立腺肥大症の治療に有効な薬剤であり、その作用を詳細に検討することにより、治療法の選択についてより良い情報が得られると考えられる。当研究は、肥大前立腺組織の1受容体の分布を解明し、今後の1受容体阻害薬の臨床適用に関する情報として寄与すると考えられた。

審査要旨

 本研究は前立腺肥大症における排尿障害の発生において重要な役割を果たしていると考えられる1アドレナリン受容体が組織収縮の過程でどのように作用しているかを明らかにするため、手術標本として得られたヒト肥大前立腺組織内で、内部構造に基づいた同受容体の分布の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.1アドレナリン受容体に特異的に結合するリガンド、[3H]-tamsulosin chlorideを用いて、得られた組織切片に対して、autoradiographyを施行した。

 得られた感光フィルムを画像解析装置にて解析し、Hematoxylin-Eosin染色標本と対比しながら、腺腫結節及び、腺房周囲組織における1アドレナリン受容体の分布について検討した。この結果、1アドレナリン受容体は、ヒト肥大前立腺組織内では、腺腫結節内で高値であることが示された。

 2.1アドレナリン受容体の発現は主として平滑筋細胞であり、組織内の構造の違いによって平滑筋の含まれる比率は異なる。1アドレナリン受容体の、組織内平滑筋あたりの密度を検討するため、Mallory-Azan染色を用いて、それぞれの部位で、平滑筋の面積あたりの比率を算定した。染色した組織を画像解析装置にて観察したところ、腺腫結節組織内では、腺房周囲組織に比して、有意に平滑筋比率が低値であることが示された。

 3.上記測定をもとに、1アドレナリン受容体の平滑筋あたりの密度を算定した。この結果、腺腫結節では、腺房周囲結節に比して、有意に密度が高値であることが示された。この結果より、肥大前立腺組織においては、主たる収縮は、腺腫部分が能動的に収縮するのであることが示された。

 4.Autoradiographyによる量的解析の妥当性を検討するため、従来の飽和結合実験との相関についての検討を行った。両者の値の間には有意な相関関係が認められ、手法としての妥当性が示された。

 5.摘出された前立腺重量と、1アドレナリン受容体の組織内密度との関係について検討を行ったが、両者の間には関連が認められず、前立腺の大きさは、受容体解析に影響を与えないことが示された。

 以上、本論文はヒト肥大前立腺組織における1アドレナリン受容体の組織内分布を解明し、同受容体を介した収縮機構を明らかにした。また、形態学的構造を考慮した前立腺組織内の受容体計測法を確立した。本研究はこれまで未知に等しかった、前立腺肥大症において、組織構造の排尿障害にはたす役割の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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