学位論文要旨



No 213910
著者(漢字) 田中,良典
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ヨシノリ
標題(和) 表在性膀胱癌におけるvascular endothelial growth factor(VEGF)発現の意義と血管新生阻害剤TNP-470による再発防止に関する研究
標題(洋)
報告番号 213910
報告番号 乙13910
学位授与日 1998.06.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13910号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武藤,徹一郎
 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 助教授 北村,聖
 東京大学 助教授 吉川,裕之
 東京大学 講師 保坂,義雄
内容要旨 a研究目的・研究の背景

 血管新生は固形腫瘍の発育に必須であるが、誘導因子のうちvascular endothelial growth factor(VEGF)は血管内皮細胞の増殖を選択的に促進する因子で、グリオブラストーマ、腎癌、乳癌などで過剰発現が認められ、固形腫瘍の血管新生の分野で最も注目されている因子である。膀胱癌の75-80%は粘膜下層にとどまる表在癌で、内視鏡切除後に50-80%に再発をし、この再発の予防が臨床上の最大の問題である。膀胱癌の血管新生はbasic fibroblast growth factor(bFGF)を中心に研究されてきたが、最近VEGFが表在癌の再発に関連があるとされている。血管新生の抑制は癌の新しい治療法として注目され、特にTNP-470は血管内皮細胞に選択的に作用し血管新生抑制を介して抗腫瘍効果を発揮するとされる最も注目される血管新生阻害剤である。以上より本研究は表在性膀胱癌の再発に焦点をあて、ヒト膀胱癌におけるVEGFの発現とラット膀胱癌におけるTNP-470の再発抑制効果を検討した。

b研究方法1)ヒト膀胱癌におけるVEGFの発現

 東京大学医学部附属病院でえられた手術標本のパラフィン包埋切片を用い、(1)ビオチン化レクチンUlex(UEA I)により免疫染色した腫瘍内血管の血管密度の測定と(2)抗VEGF抗体による膀胱癌組織の免疫染色を行った。また膀胱腫瘍組織からtotalRNAを抽出し、(3)RT-PCRにより癌組織中のVEGFmRNAの発現を検討した。

2)ラット膀胱癌に対するTNP-470の抑制効果

 ラット膀胱癌細胞株(MYU3L)、ウシ毛細血管内皮細胞(BCE)およびラット膀胱移植システム(HTB)を用い、TNP-470の抗腫瘍効果をin vitroとin vivoで検討した。(1)MYU3L、BCEの増殖に対するTNP-470の抑制能をMTTアッセイで検討した。(2)BCEの遊走能に対するTNP-470の抑制効果をBoyden chamberアッセイを用い検討した。(3)HTB(heterotopicary transplanted rat urinary bladder):コネクタに接続したラットの膀胱を、同種ラットの大殿筋内に移植したもので、背部からコネクタを穿刺し様々な因子を定期的に注入して膀胱癌の発育に対する種々の因子の影響を検討する実験モデルである。(4)長期実験に先立ちHTB内に注入したTNP-470の安定性をBCE細胞の増殖能を指標としてMTTアッセイで検討した。(5)HTB移植を受けた140匹のラットを4群にわけた。MNUでイニシエートさせた後3群にわけ、第1群には正常ラット尿を週1回注入した。尿に混じた1g/mlのTNP-470を第2群は第4週から、第3群は第21週からそれぞれ注入開始した。第4群はMNUを投与せずPBSに混じた1g/mlのTNP-470を注入した。実験第9週と第30週のHTB内容液は個体別に採取した。実験第31週にラットを屠殺しHTBを摘出して腫瘍数、大きさを記録した。大きな腫瘍は一部をOCTに包埋し液体窒素で固定後冷凍保存した。HTBはホルマリン固定後、パラフィン包埋した。(6)上記各個体から回収したHTB内容液の血管内皮細胞の増殖抑制に対する影響をMTTアッセイで調べた。(7)腫瘍の発生頻度はFisherの直接確率法を、MTTアッセイの細胞数はStudent’st検定を用い検定した。(8)膀胱腫瘍の凍結標本から作製した薄切切片をアセトン固定し、抗VEGF抗体を用いABC法で免疫染色を行った。

c結果1)ヒト膀胱癌におけるVEGFの発現(1)腫瘍内血管密度の測定

 表在性腫瘍の腫瘍基底膜近傍の問質内の血管密度は208.3±148.5/mm2(平均±SD)、浸潤性腫瘍の腫瘍浸潤先端部のそれは172.7±109.8/mm2で両者間に有意差を認めなかった。

(2)抗VEGF抗体による膀胱癌組織の免疫染色

 正常膀胱上皮は胞体が弱陽性に染色された。腫瘍組織では腫瘍細胞および血管内皮細胞の胞体が強く染まった。表在牲腫瘍では浸潤性腫瘍に比べ腫瘍細胞の染色性が強く、特に基底膜に近い深層の細胞で強かった。

(3)膀胱癌組織中のVEGFmRNAの発現

 15例全例から209bpに相当するパンドが検出され、VEGFmRNAの発現を確認した。非膀胱癌から採取した2例の正常膀胱粘膜には発規を認めなかった。

2)ラット膀胱癌に対するTNP-470の抑制効果(1)TNP-470による血管内皮細胞の選択的増殖抑制

 BCEの50%静細胞濃度(IC50)が100pg/mlと1ng/mlの間であるのに対しMYU3LのIC50は1g/mlと、1000倍低い濃度で内皮細胞の増殖を抑制した。

(2)TNP-470による血管内皮細胞の遊走能の抑制

 10ng/ml lbFGFで刺激されるBCEの遊走能を濃度依存的に抑制した。50%抑制濃度は100pg/mlであった。

(3)HTB内に注入したTNP-470の安定性

 10g/mlのTNP-470を注入した群のHTB内容液は7日後でも同等にBCEの増殖を抑制した。またTNP-470を注入しないコントロール群のHTB内容液はBCEの細胞数に影響を与えず、HTB外からHTB内に血管内皮細胞の増殖に影響を与える物質が流入しないことも分かった。長期実験には1g/mlのTNP-470の週1回注入で十分な活性が持続すると判断した。

(4)TNP-470によるラット膀胱腫瘍の発育抑制

 最終的に122匹のHTBを解析した。MNU処理後、正常尿を注入した第1群では24HTB(63.2%)に腫瘍を認めた。実験早期にTNP-470注入を開始した第2群では14HTB(37.8%)と、腫瘍の発生は有意に抑制された(第1群vs第2群p=0.04)。後期に注入開始した第3群では9HTB(37.5%)に腫瘍を認めたが差はなかった(第1群vs第3群p=0.08)。第4群では粘膜に異常を認めなかった。これらHTBに発生した腫瘍はgrade1-2の表在牲移行上皮癌で、腫瘍の大きさ、抗VEGF抗体による免疫染色を含めた組織学的所見に差を認めなかった。

(5)実験第9週と第30週のHTB内容液の血管内皮細胞の増殖抑制能

 実験第9週、第30週の第2群および第4群のHTB内容液は第1群に比べ共にBCEの増殖を抑制した(第1群vs第2群p=0.0001、第1群vs第4群p=0.016、第1群vs第2群p=0.0001,第1群vs第4群p=0.035)。つぎに第1、2群のうち、径3mm以上の腫瘍を形成した6個体、形成しなかった6個体につき第9週と第30週でHTB内容液を比較すると、第1、2群とも第9週では内皮細胞の増殖抑制能は最終的な腫瘍の有無に関わらずほほ同等であったが、第30週では両群とも、腫瘍を形成した個体の内容液は形成しなかった個体に比べ内皮細胞の増殖抑制能が減弱した(第1群(+)vs第1群(-)p=0.023,第2群(+)vs第2群(-)p=0.005)。しかしTNP-470を投与した第2群では腫瘍を形成した個体でも第1群と比べると内皮細胞の増殖を抑制した(第1群(+)vs第2群(+)P=0.003)。

d考察

 ヒト膀胱癌の血管密度には表在癌と浸潤癌で差はなかった。膀胱癌では腫瘍内血管密度と癌の進行度・転移の有無に関する一定見解はない。抗VEGF抗体による免疫染色の結果は間質の血管に近い腫瘍細胞ほどVEGFの発現が強いためと考えた。PT-PCRの結果からVEGFは正常膀胱上皮及び血管では産生されず腫瘍細胞で産生されると考えた。O’Brienらは、VEGFmRNAの発現は正常膀胱に比べ表在癌では10倍、浸潤癌では2.5倍と強く発現し、VEGFが特に表在癌の発育と膀胱内再発に重要であるとしている。

 この様に膀胱癌の発育にVEGFが関与することから血管新生阻害が腫瘍の発育、転移の抑制に繋がると予想される。特に表在癌に対しては、TUR後の再発が血管新生の抑制により間接的に抑制され、化学療法剤やBCGとは異なる機序で抗腫瘍効果を発揮すると期待できる。

 TNP-470の抗腫瘍効果は動物モデルで報告されているが、本研究の特徴は、他の報告と異なり移植した異種腫瘍ではなく同種の新たに発生する腫瘍であること、TNP-470を全身投与ではなく局所(膀胱内)に投与したこと、このため投与量が極めて少量であること、最後に膀胱腫瘍の再発予防を意図した投与であることである。

 TNP-470の作用機序としては、種々の細胞のうち血管内皮細胞に最も選択的に作用し、血管新生の各ステップのうち遊走、増殖、管腔形成を抑制するといわれているが、全容は解明されていない。in vitroの結果からTNP-470は血管内皮細胞に選択的に作用しその遊走、増殖を抑制することで、腫瘍の発育、増殖を抑制すると期待された。長期実験の結果からは、TNP-470が腫瘍の形成されない早期の段階で投与された場合にのみ抗腫瘍効果を発揮すると解釈できたが、VEGFの免疫染色を含め、組織学的所見に差を認めなかったためTNP-470とVEGFの関連性を解明するには至らなかった。

 TNP-470を早期にHTB内に注入することでラット表在性膀胱癌の発生を抑えたことはヒト表在性膀胱腫瘍の最大の問題である膀胱内の再発予防の治療にも臨床応用できるものである。

eまとめ

 以上、VEGFのヒト膀胱癌での発現と、血管新生阻害剤TNP-470のラット表在性膀胱癌の発育抑制を示した。TNP-470のヒト表在性膀胱癌の再発予防への臨床応用が期待された。

審査要旨

 本研究はヒト表在性膀胱癌の発育に焦点をあて、血管新生誘導因子VEGF(vascular endothelial growth factor)のヒト膀胱癌での発現と、ラット表在性膀胱癌の系を用いて血管新生阻害剤TNP-470による再発予防の効果を検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1.東京大学附属病院で治療した膀胱癌患者から得られた膀胱癌組織におけるVEGFmRNAの発現をRT-PCRで解析した結果、2例の正常膀胱粘膜ではmRNAの発現を認めなかったのに対し、15例の膀胱癌組織では全例に発現を認め、癌組織におけるVEGFmRNAの過剰発現が示された。

 2.抗VEGF抗体によるヒト膀胱癌の免疫染色を行った結果、腫瘍細胞および血管内皮細胞の染色性は浸潤癌よりも表在癌に強く、更に基底膜に近い細胞ほど強く染色される傾向を認めた。

 3.血管新生阻害剤TNP-470の腫瘍細胞および血管内皮細胞への作用をin vitroで検討した結果、腫瘍細胞に比べ血管内皮細胞の増殖を選択的により低濃度で抑制し、また血管内皮細胞の遊走も抑制することが示された。

 4.TNP-470の表在性腫瘍の再発抑制効果をラット表在性膀胱発癌モデルを用いた結果、局所投与したTNP-470は少量でラット表在性膀胱癌の発育を抑制することが示された。

 以上、本論文はヒト膀胱癌、中でも表在性膀胱癌の発育にVEGFが強く関与していることを明らかにするとともに、新しい血管新生阻害剤であるTNP-470がラット表在性膀胱癌の発育を抑制することを示した。本研究はヒトの表在性膀胱癌の臨床上の最大の問題である再発予防への臨床応用が期待され、学位の授与に値するものと考えられる。

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