学位論文要旨



No 213911
著者(漢字) 栗田,浩樹
著者(英字)
著者(カナ) クリタ,ヒロキ
標題(和) 脳動静脈奇形に伴う症候性てんかんに対するガンマナイフの治療効果
標題(洋)
報告番号 213911
報告番号 乙13911
学位授与日 1998.06.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13911号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 青木,幸昌
 東京大学 教授 鈴木,紀夫
 東京大学 教授 杉下,守弘
 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 助教授 郭,伸
内容要旨 研究目的

 病変に現局した一回大量照射を行うgamma knife(ガンマナイフ)によるradiosurgery(放射線外科療法)は、脳動静脈奇形(AVM)の治療法の一つとして確立しつつあるが、現在までの報告では主に出血予防の面から治療成績が論じられており、radiosurgery後のAVMに伴う症候性てんかんの予後の詳細は不明である。本研究ではgamma knife後のてんかん発作の消長、ならびに発作のコントロールに関与する因子を解析し、一回大量照射がAVMに伴う症候性てんかんに与える効果を検討した。

研究方法

 1990年6月から1995年12月までにgamma knifeで治療され、最低12カ月の追跡が可能であった未出血のテント上AVM連続57例を、症候性てんかんの既往のある35例(epileptogenic AVM群)と既往のない22例(non-epileptogenic AVM群)に分け、照射後の発作の消長をretrospectiveに調査・解析した。epileptogenic AVM群は男性22例女性13例で、平均年齢は31.5才であった。症候性てんかんの初発年齢は平均28.7才で、初回発作後に全例で坑てんかん薬の投与が開始され、gamma knife施行時平均2.8年のてんかんの罹患歴があった。発作型は単純部分発作(SPS)11例、複雑部分発作(CPS)5例で、うち8例に二次性全般化発作を認め、また20例では先行する部分発作の明瞭でない全般発作のみを認めた。照射前の発作回数は1回が18例(51.4%)、2-4回が7例(20%)で、10例(28.6%)では10回以上の発作を月1回以上の頻度で繰り返していた。AVMの部位は側頭葉が13例、前頭葉が10例、頭頂葉が7例、後頭葉が5例で、nidusの平均径、体積はそれぞれ平均1.7cm、3.9cm3であり、照射後の追跡期間は平均43.0カ月(18-83カ月)であった。一方non-epileptogenic AVM群は男性15例女性7例で、平均年齢は34.2才、AVMの部位は前頭葉が6例、側頭葉が6例、頭頂葉が5例、後頭葉が5例で、nidusの平均径、体積はそれぞれ平均2.0cm、4.7cm3、追跡期間は平均30.2カ月(12-62カ月)であり、両群で患者の性別や年齢、およびAVMの形態学的特徴に有意差はなかった。

 gamma knife治療は全例で局所麻酔下に行い、線量はnidus全体を20Gy以上で照射する事を原則とした。57例の平均中心線量は41.2Gy(30-50Gy)、平均辺縁線量は20.9Gy(15-25Gy)であり、治療後は神経学的検査、CTおよびMRIによる神経放射線学的検査を6カ月毎に行なった。また抗てんかん薬は原則として治療前の投与量を照射後も持続し、2年以上発作のない症例の一部では注意深く漸減した。てんかんコントロールの指標としては、抗てんかん薬の投与状況にかかわらず最終follow up時点で1年以上発作を認めないものを発作消失(seizure free)と定義し、また治療前に頻回の発作を呈してした症例ではEngelの分類を用いてgrade I(発作消失)、grade II(年1-2回の発作のみ)、grade III(発作頻度の明らかな減少)、およびgrade IV(発作減少なし)の4段階で評価した。

結果

 照射直後(24時間以内)にepileptogenic AVM群の4例(11.4%)、non-epileptogenic AVM群の1例(4.5%)でけいれん発作を生じ、うち1例で以降数ヵ月間発作頻度が増加したが、その他の症例では以降発作を認めず、またnon-epileptogenic AVM群22例で遅発性にてんかん発作を生じたものはなかった。epileptogenic AVM群35例では28例(80%)が最終的にseizure freeと判定され、うち10例では坑てんかん薬の中止が可能であった。一方発作継続と判定された7例中4例では発作頻度が治療前と比して軽快、2例では不変であり、1例は照射後数ヶ月間発作頻度の一過性の上昇を認めた。発作消失に関与する因子として有意であったのは、治療前の発作回数およびてんかん罹患歴の長さのみであり、発作回数が少ないほど(P=0.01)、またてんかん歴が短いほど(P=0.02)治療後の発作コントロールが良好であった。またactuarial法で求めた治療3年後のAVMの治癒率は発作消失群で86.6%、継続群で35.7%と発作消失群でより良好であったが統計学的有意差はなく(P=0.10)、周囲脳浮腫などの放射線障害の発生率や、てんかんの発作型や初発年齢、患者の年齢・性別、およびAVMの部位や大きさ、照射線量などもてんかんの予後を左右しなかった。

 術前に頻回の発作を認めた10例の治療後の発作の消長を経時的に検討すると、2例では治療後発作を認めず、6例ではAVMの形態学的変化に先行して照射0-5ヶ月(平均3.2ヶ月)後より発作頻度の明らかな減少を認め、うち3例で最終的に発作が消失した。また1例ではAVMの形態学的変化なしに発作頻度のみが減少し、1例は不変であり、最終的なてんかんの予後はEngelのgrade Iが5例(50.0%)、grade IIIが4例(40.0%)、grade IVが1例(10.0%)であった。

結論

 gamma knifeによるradiosurgeryはAVMの消失のみでなく症候性てんかんのコントロールにも有効であった。照射直後はてんかん原性が賦活される可能性があるが、照射によるてんかん抑制効果は照射後数ヶ月の比較的早期から認められ、てんかんの焦点となっているAVM周囲脳が一回大量照射により治療的効果を受けた可能性が示唆された。

審査要旨

 本研究はガンマナイフによるradio surgery(一回大量照射)が脳動静脈奇形に伴う症候性てんかんの発作に与える治療的効果をretro spectiveに解析したものであり、下記の結果を得ている。

 1、ガンマナイフ照射直後(24時間以内)は照射の直接的影響により発作が誘発される可能性があるが、長期的にはガンマナイフは脳動静脈奇形に伴う症候性てんかんのコントロールに有効である。

 2、照射による発作抑制効果は、脳動静脈奇形の形態学的変化に先行して治療数カ月後の比較的早期から認められ、以降長期的に持続する。

 3、このような抗てんかん作用は患者の年齢や性別、てんかんの発作型や脳動静脈奇形の部位・大きさに関わりなく一定であり、また脳動静脈奇形の消失率や画像上の周囲脳障害の発生率にも左右されず、てんかんの予後は治療前の発作回数(P<0.01)およびてんかん罹患歴の長さ(p<0.02)のみに影響を受ける。

 4、発作改善の機序としては、脳動静脈奇形の消失に伴う二次的な現象であるよりも、てんかんの焦点である脳動静脈奇形周囲脳(epileptic neuron)が、一回大量照射により機能的に抑制を受けた可能性が高い。

 以上、本論文はガンマナイフによるradio surgeryが脳動静脈奇形に伴う症候性てんかんに与える治療的効果を明らかにした。これらのデータはlesional epilepsyに対する一回大量照射の効果に関する初めての定量的データであり、これまで未知に等しかった神経細胞のてんかん原性に対する放射線の抑制効果に関する関接的な事実として、将来的な難治性てんかんに対する定位的放射線治療の応用に際して貴重なデータを供給するとともに、てんかんで発症した未出血の脳動静脈奇形の治療方針の決定に関して、臨床上も重要な貢献をなすものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54086