学位論文要旨



No 213915
著者(漢字) 山田,禎
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,タダシ
標題(和) 低分子ペプチド性医薬品octreotideならびにBQ-123の体内動態支配要因の解析
標題(洋)
報告番号 213915
報告番号 乙13915
学位授与日 1998.07.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第13915号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 今井,一洋
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 助教授 佐藤,均
 東京大学 助教授 鈴木,洋史
内容要旨

 近年、somatostatin analog、renin inibitor、endothelin receptor antagonistなどの低分子ペプチドが経口性医薬品として多く開発されている。これらは効率よく肝臓に取り込まれ、投与量の大部分が未変化体として速やかに胆汁中へ排泄され、肝初回通過による消失が大きくバイオアベイラビリティの低下を生じるため、医薬品としての開発上大きな問題となっている。これらペプチド性薬物のうちいくつかのものは肝への取り込みに能動輸送が関与する事が報告されている。これらの肝取り込みは胆汁酸や有機アニオンによって阻害を受けることが報告されている。一方、胆管側膜上における排泄機構については未だ十分な情報が得られていない。低分子ペプチドの体内動態の支配要因を明らかとすることは医薬品としての開発上、重要であると考えられる。

 本研究ではcation性のsomatostatin analog、octreotide、anion性のendothelin receptor antagonist、BQ-123を低分子ペプチドのモデル化合物として用い、その体内動態の支配要因を解明する事を目的とした。1.低分子ペプチドの組織分布メカニズム、肝胆系移行動態について検討を加え、2.EHBRを用いたin vivo肝胆系移行動態の解析、3.胆管側膜ベシクルを用いた輸送特性の解析をおこなった。

1.低分子ペプチドの組織分布

 cation性のoctreotideをラットに投与速度を変えてinfusionし、定常状態血漿中濃度(Cpss)と組織分布についてin vivoで検討した。Km値約180Mの能動的な取り込み機構の存在をラット遊離肝細胞を用いて確認している肝臓において能動輸送によると思われる高い取り込みがみられたが、この血漿中濃度範囲では線形性を示した。octreotideの標的臓器であり、somatostatin receptorの存在が報告されている膵臓においてのみCpssの上昇にともなう明確な組織-血漿中濃度比(Kp値)の低下が観察された。膵臓における低濃度での高いKp値はreceptorへの結合を反映している可能性が考えられた。anion性のendothelin antagonist BQ-123についても肺、心臓、脾臓を含むendothelin receptorの存在が報告されている多くの臓器においてKp値に血漿中濃度依存性が観察され、飽和性の部分と非飽和性の部分が見られた。速度論モデルに基づき結合パラメーターを求めたところ、各臓器のKd値はいずれも4-21nMと高親和性を示し、飽和性の特異的な組織分布機構が存在する事が示唆された。各臓器でのendothelin receptorの発現量とBQ-123の飽和性組織分布のKp値との間に相関が見られた。臓器の膜画分を調製し、BQ-123の特異的結合を測定したところ、肺、心臓、脾臓にKd値が1-3nMの明確な飽和性の結合が観察された。ここで得られたendothelin receptorのKd値とin vivoへの臓器分布から得られたKd値とは、肺や大動脈を除く多くの臓器で近い値であったことを考え合わせると、BQ-123の飽和性組織分布にendothelin receptorが関与している可能性が示唆された。

2.低分子ペプチド類の肝胆系移行

 これまで、胆管側膜上には内因性または外因性物質を排泄する一次性能動輸送の存在が報告されており、glutathion抱合体、グルクロン酸抱合体を含む有機アニオンを排泄するcanalicular multispecific organic anion transporter(cMOAT)、タウロコール酸(TCA)などのbile acid transporter、さらにはvincristineなどのamphipathicな性質を持つ有機カチオンに対するP-glycoproteinが知られている。EHBRはcMOATが欠損しているmutant ratsであり、胆汁排泄機構の解析のtoolとして用いた。低分子ペプチドの肝胆系移行動態を比較した結果、octreotideとBQ-123はともにEHBRにおいて胆汁排泄が低下していた。速度論解析より、BQ-123はEHBRで肝臓中から胆汁中への輸送を反映するCLbile,hが1/3に低下したことより、おそらくcMOATの欠損による胆管側膜上における輸送能の低下がその要因である可能性が示唆された。一方、octreotideはCLbile,pにおいてのみEHBRで有意な低下が観察され、CLbile,hは変わらなかったことより、胆管側膜を介したoctreotideの胆汁排泄能力はEHBRにおいても維持されており、むしろ血管側膜上の輸送能力の低下が示唆された。見かけ上、両ペプチドの胆汁排泄はEHBRで低下していたが、そのメカニズムは異なることが明らかとなった。

 そこで、octreotideの肝臓への取り込みがEHBRで低下しているかを調べた。これまで遊離肝細胞を用いた研究によりoctreotide、BQ-123の肝取り込みに担体輸送が関与する事、胆汁酸や有機アニオンによって阻害を受ける事が報告されている。肝とりこみ能力をin vivoで評価する目的で、積分プロットによる解析を行い、組織取り込みクリアランス(CLup)を算出した。octreotideは肝臓、腎臓において高いCLupが観察されたが、腎臓への取り込みの70%は糸球体濾過で説明できることがわかった。肝臓のCLupはTCA、DBSPによって大きく低下し、octreotideの肝取り込みは胆汁酸や有機anionによって阻害されうる輸送機構を介することが明らかとなった。また、EHBRのCLupはcontrolラットの約25%に低下し、EHBRにおけるoctreotideの胆汁排泄の低下は肝取り込みの低下によることが示唆された。さらに、初代培養肝細胞によるoctreotideの取り込みがSDラットのplasma添加と比較してEHBRのplasma添加により低下したことより、取り込み能力低下の要因の少なくともその一部に、EHBRのplasmaに存在する何らかの内因性物質の関与が考えられた。

3.胆管側膜ベシクルを用いた排泄輸送特性の解析

 先のin vivoにおける解析から、ペプチドの胆管側膜上の輸送に違いがあることが示唆された。そこで、胆管側膜ベシクル(CMV)を用い、これら低分子ペプチドの胆汁排泄機構の解析をおこなった。cation性ペプチドであるoctreotideのCMVへの取り込みはATPにより顕著に増大し、取り込みのピークを示し、その後取り込みの減少が生じるover shoot現象が観察された。ATPをADPまたはGTPに置き換えることによって、octreotideのCMVへの取り込みは低下した。このATPによる取り込み促進効果はvanadateによって阻害され、octreotideの胆管側膜上における輸送はATPの加水分解と共役していることが示唆された。取り込みには濃度依存性が観察され、ATP依存性の取り込みのKm値は6.1M、Vmaxが530pmol/min/mg proteinであり、octreotideの胆汁排泄にはATP依存性一次性能動輸送が関与していることが明らかとなった。この取り込みはEHBRより調製したCMVにおいても維持されており、octreotideはcMOATとは異なるメカニズムで排泄されることが明らかとなった。この取り込みはTCAでも阻害されず、P-glycoproteinの阻害剤として知られているverapamil、PSC833及び基質であるvincristineによって阻害された。このことよりoctreotideの胆汁排泄にはcMOATやbile acid transporterではなく、P-glycoproteinが関与している可能性が示唆された。一方、anion性ペプチドであるBQ-123のCMVへの取り込みもATPによって顕著に増大し、over shoot現象も観察された。ATP依存性取り込みには明確な濃度依存性が観察され、Km値は15.7M、Vmaxは1.38nmol/min/mg proteinであった。ATPのみに輸送の促進効果が観察され、取り込みはvanadateで抑制され、ATPの加水分解と共役した輸送であることが明らかとなった。このATP依存性取り込みはEHBRより調製したCMVではSDラットと比較して顕著に低下していた。このことは先に示したin vivoでのCLbile,hの低下を反映するものであり、BQ-123の胆汁排泄にcMOATが関与することが示唆された。CMVへのBQ-123のATP依存性取り込みはDBSPによって阻害され、阻害の程度は輸送が飽和していると考えられる300MのBQ-123自身の最大阻害と同程度であった。さらにTCA、verapamilの阻害の程度はせいぜい25%程度であり、BQ-123の主要なtransporterはbile acid transporterでもP-glycoproteinでもないことが明らかとなった。BQ-123の取り込みはoctreotideによる阻害も低く、同じ低分子ペプチドであってもtransporterは異なることが明らかとなった。

 以上のことより、薬埋レセプターが組織分布を決定し、transporterが体内からの消失を支配していることが明らかとなり、胆管側膜を介した排泄には、少なくとも2種の異なるtransporterが関与する事が明らかとなった。anion性ペプチドであるBQ-123の胆汁排泄には主にcMOATが関与し、cation性ペプチドであるoctreotideの胆汁排泄にはP-glycoproteinの関与が示唆された。cMOAT、P-glycoproteinのもつ基質認識性を考え合わせると、低分子ペプチド類の物理化学的特性、とりわけChargeに依存して異なるtransporterによって排泄される可能性が示唆された。

審査要旨

 近年、somatostatin analog、renin inibitor、endothelin receptor antagonistなどの代謝抵抗性合成低分子ペプチドが医薬品として多く開発されている。これらは効率よく肝臓に取り込まれ、投与量の大部分が未変化体として速やかに胆汁中へ排泄され、肝初回通過による消失が大きくバイオアベイラビリティの低下を生じるため、医薬品としての開発上大きな問題となっている。これらは肝への取り込みに能動輸送が関与する事が報告されている。一方、胆管側膜上における排泄機構については未だ十分な情報が得られていない。低分子ペプチドの体内動態の支配要因を明らかとすることは医薬品としての開発上、重要であると考えられる。本研究ではcation性のsomatostatin analog、octreotideならびにanion性のendothelin receptor antagonist、BQ-123を代謝抵抗性合成低分子ペプチドのモデル化合物として用い、その体内動態の支配要因を解明する事を目的とした。

1.低分子ペプチドの組織分布

 octreotideならびにBQ-123のラットにおける定常状態血漿中濃度(Cpss)と組織分布についてin vivoで検討した。octreotideの標的臓器であり、somatostatin receptorの存在が報告されている膵臓においてのみCpssの上昇にともなう明確な組織-血漿中濃度比(Kp値)の低下が観察され、低濃度での高いKp値はreceptorへの結合を反映している可能性が考えられた。BQ-123についても肺、心臓、脾臓を含むendothelin receptorの存在が報告されている多くの臓器においてKp値に血漿中濃度依存性が観察された。endothelin receptorのKd値とin vivoでの臓器分布から得られたKd値とは、肺や大動脈を除く多くの臓器で近い値であったことより、BQ-123の飽和性組織分布にendothelin receptorが関与している可能性が示唆された。

2.低分子ペプチド類の肝胆系移行

 octreotideならびにBQ-123はともにEHBRにおいて胆汁排泄が低下していた。速度論解析より、BQ-123はcMOATの欠損による胆管側膜上における輸送能力の低下がその要因である可能性が示唆された。一方、octreotideは血管側膜上の輸送能力の低下が示唆された。このように、両ペプチドの胆汁排泄はEHBRで低下していたが、そのメカニズムは異なることが明らかとなった。octreotideの組織取り込みクリアランス(CLup)を調べたところ、肝臓においてのみ特異的に取り込まれることが明らかとなった。肝臓のCLupは胆汁酸であるTCA、代表的有機anionであるDBSPによって大きく低下し、octreotideの肝取り込みは胆汁酸や有機anionによって阻害されうる輸送機構を介することが明らかとなった。また、EHBRのCLupはSDラットの約25%に低下し、EHBRにおけるoctreotideの胆汁排泄の低下は肝取り込みの低下によることが示唆された。初代培養肝細胞によるoctreotideの取り込みがSDラットのplasma添加と比較してEHBRのplasma添加により低下したことより、取り込み能力低下の要因の少なくともその一部に、EHBRのplasmaに存在する何らかの内因性物質の関与が考えられた。

3.胆管側膜ベシクルを用いた排泄輸送特性の解析

 胆管側膜ベシクル(CMV)を用い、両ペプチドの胆汁排泄機構の解析をおこなった。octreotideならびにBQ-123のCMVへの取り込みにはAPT依存性および濃度依存性が観察された。ATP依存性の取り込みのKm値はそれぞれ6M、16M、Vmaxはそれぞれ0.53nmol/min/mg protein、1.38nmol/min/mg proteinであった。低分子ペプチドの胆汁排泄にATP依存性一次性能動輸送が関与する事が初めて明らかとなった。octreotideの取り込みはEHBRより調製したCMVにおいても維持されており、cMOATとは異なるメカニズムで排泄されることが明らかとなった。この取り込みはTCAにより阻害されず、P-glycoproteinの阻害剤として知られているverapamil、PSC833および基質であるvincristineによって阻害されたことより、bile acid transporterではなく、P-glycoproteinが関与している可能性が示唆された。一方、BQ-123の取り込みはEHBRより調製したCMVでは顕著に低下しており、BQ-123の胆汁排泄にcMOATが関与することが示唆された。CMVへのBQ-123の取り込みはDBSPによって阻害され、BQ-123自身の最大阻害と同程度であった。TCA、verapamilの阻害の程度はせいぜい25%程度であり、BQ-123の主要なtransporterはbile acid transporterおよびP-glycoproteinとは異なることが明らかとなった。BQ-123の取り込みはoctreotideによる阻害も低く、同じ低分子ペプチドであってもtraneporterは異なることが明らかとなった。

 以上、薬理receptorが組織分布を決定し、transporterが体内からの消失を支配していることを明らかとした。胆管側膜を介した排泄には、ATP依存性一次性能動輸送が関与し、anion性であるBQ-123の胆汁排泄には主にcMOATが関与し、cation性であるoctreotideの胆汁排泄にはP-glycoproteinの関与が示唆された。cMOAT、P-glycoproteinのもつ基質認識性を考え合わせると、低分子ペプチドの物理化学的特性、とりわけchargeに依存して異なるtranspoterによって排泄される可能性が示唆された。以上の結果から、本研究は博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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