C型肝炎ウイルス(HCV)は、輸血後非A非B型肝炎の原因ウイルスとして1989年に初めてそのcDNAの一部がクローニングされ、それを元にしたスクリーニング系の開発により輸血によるC型肝炎の発生はほとんど見られなくなった。しかし、現在でも世界の総人口のほぼ1%がウイルスキャリアーであると推察され、我が国でも100万人以上のキャリアーが存在すると考えられる。C型肝炎は高率に慢性化し、肝硬変から肝細胞癌へと移行する深刻な感染症であり、新規患者の発生がほとんど見られなくなった現在では、感染者からウイルスを排除する方法を確立することが極めて重要な課題となってきている。 HCVは現在まで十分な感受性を示す細胞培養系が存在せず、従来のようなウイルス学的手法を用いた解析が困難であり、分子生物学的手法を用いた解析が行われてきた。HCVはプラス極性を持つ一本鎖のRNAウイルスであり、そのゲノム構造からフラビウイルス科に属すると考えられている。これらのウイルスは、細胞に侵入後ゲノムRNAがそのままmRNAとして働き3種の構造蛋白(ウイルス粒子を構成する)と6種の非構造蛋白質(ウイルス粒子中には含まれない)を合成する。その非構造蛋白質の内で最も重要な役割を担っているのがRNA依存RNAポリメラーゼ(RdRp)であり、そのアミノ酸配列からウイルス遺伝子の3’末端にコードされていると推定されていた。このRdRpはHCVのゲノムRNAを鋳型としてまず相補鎖のマイナス鎖RNAを合成し、次いでこのマイナス鎖RNAを鋳型として多量のゲノムRNAを合成する。このRdRpは宿主細胞には存在しないため、その阻害剤は理想的な抗ウイルス剤となりうる可能性を秘めていると考えられる。 まず私は、このHCV複製に最も重要であると考えられるRdRpに着目し、この酵素の性状解析を行った。当研究室にてクローニングされたHCV遺伝子より本酵素をコードする領域を切り出し、バキュロウイルストランスファーベクターに組み込み、常法に従って組換えバキュロウイルスを作製した。昆虫細胞にこのウイルスを感染させることにより、本酵素は感染細胞内に多量に発現し、その粗抽出液からRdRp活性を検出することができた。また、Heparin-SepharoseおよびPoly(U)-Sepharoseを用いて高純度のRdRpを精製し、その性状を詳細に解析した。その結果、本酵素は、至適pHは8.0、至適温度は32℃であり、2価の陽イオンが活性発現に必須で、特に10mMのマグネシウム添加時に最も強い活性を示すことを見出した。これらの性質は陽性対照として用いたポリオウイルスのRdRpと非常によく類似していた。また、本酵素はプライマーに依存して相補RNAを合成する活性ばかりでなく、既にポリオウイルスのRdRpで見出されている鋳型RNAの3’端にヌクレオチドを付加する活性も保持していた。現在まで鋳型RNAの基質特異性は見出されておらず、本酵素が選択的にHCVRNAのみを複製するメカニズムは明らかになっていない。 次いで、本酵素の活性中心部位の検索を行う目的で、RNAポリメラーゼのconsensus sequenceと考えられる部位に変異を導入し、ポリメラーゼ活性およびRNA結合活性の有無を検討した。3カ所のconsensus sequenceに変異を導入するといずれもポリメラーゼ活性は消失し、これらの配列が活性発現に必須な役割を果たしていることが強く示唆された。一方、RNA結合活性は、3カ所の内2カ所では活性は保持されており、これらの変異を導入した場合のポリメラーゼ活性の消失はRNA結合能が失われたためではなく、変異の導入によりヌクレオチド付加反応が行われなくなったためであると推察された。残り1カ所の変異ではRNA結合活性も消失し、この部位がRNA結合能に重要であると考えられた。また、N端およびC端から欠失変異体を作製し、同様にポリメラーゼ活性およびRNA結合活性の有無を検討したところ、いずれもポリメラーゼ活性は消失したが、RNA結合活性はN端からの欠失体でのみ結合能を失ったことからN端部分にRNAとの結合に必須な領域が存在するものと考えられた。これらの知見は、不明な点の多いHCVの複製メカニズムに重要な情報を与えるだけでなく、HCVの抗ウイルス剤の開発にも有用であると考えられる。 一般的に、生体からのウイルス排除には中和抗体が重要な役割を果たすが、HCV感染においてはウイルス排除は極めて困難である。その理由として、HCVのエンベロープ蛋白には高頻度で変異を起こす領域(hypervariable region)が存在し、宿主の免疫応答から巧妙に逃れるメカニズムが存在することが挙げられる。チンパンジーを組換えエンベロープ蛋白で免疫後HCVを接種すると一部のチンパンジーは感染から防御され、その血清中にはエンベロープ蛋白結合中和抗体(neutralization of binding antibody,NOB抗体)が検出された。このNOB抗体の測定法は、固層としてプレートの代わりにヒト培養細胞を用いるため、よりnativeに近い抗原決定基を検出できると考えられる。 一方、慢性C型肝炎からの自然治癒は非常にまれであるが、このような患者の免疫応答を解析することは生体からのHCVの排除に有用な知見を提供するものと思われる。私は、上記のNOB抗体に着目し、慢性C型肝炎からの自然治癒例のNOB抗体価をretrospectiveに検討した。その結果自然治癒例では高率にNOB抗体価が上昇しており、その抗体価の上昇時期とウイルスの生体からの消失時期がよく一致していることを見いだした。一方、急性C型肝炎例や慢性C型肝炎で治癒しなかった例では本抗体価の上昇はほとんど見られなかった。以上の結果から、生体からのHCVの排除にNOB抗体が重要な役割を果たしていることが明らかとなった。また、現在C型肝炎の唯一の治療法はインターフェロン投与であるが、インターフェロン投与により慢性C型肝炎から治癒した例および治癒しなかった例で同様に抗体価を測定したところ、いずれの群でも抗体価の上昇はほとんど見られなかった。以上の結果より、NOB抗体は慢性C型肝炎患者からのHCVの排除に重要な役割を果たす抗体であると同時に、慢性C型肝炎からの治癒の指標に成りうると考えられる。またこの抗体が認識しているエピトープを同定できれば、治療用の組換え抗体およびpost-infection vaccineの開発にも大きく寄与するものと思われる。 |