日本においては外来種タンポポの分布拡大に伴い、1970年代半ば以降、外来種タンポポと在来種タンポポの分布調査(いわゆるタンポポ調査)が各地で市民参加により行なわれてきた。本研究では、在来2倍体種タンポポ(カントウタンポポ)から外来種タンポポへの交代現象の実態を、空間的分布と生育地特性および両種の生活史特性の側面から解明し、環境の人為的撹乱下における種の侵入または衰退過程を通した生物多様性保全の基礎的検討を行なった。 東京を中心とする南関東地域におけるタンポポ調査は、予備調査として1978〜79年に、また1980〜82年には、調査地点をあらかじめ東西南北500mごとに決めて両種の勢力比と群落の相対的大きさなどを調査する手法で行なった(80年代調査)。また1990〜92年には、80年代調査と同一地点を同一方法で調べる90年代調査(10年後調査)を行なった。 予備調査および80年代調査から、市街地部分ではセイヨウタンポポを主とする外来種が優勢であり、郊外では在来2倍体種も出現頻度が上昇し、在来2倍体種優勢の区画も確認された。例外的に、周囲を在来2倍体種に囲まれた郊外でも新設のゴルフ場など土地改変の著しい場所で外来種の、市街地でも保存的管理下にある庭園・緑地などで在来2倍体種の優勢が認められた。また、郊外では中位の群落サイズが多く、東京湾岸沿いに小群落で外来種のみの地域が広がっていることが判明した。これらの事実から、都市化の影響は、在来2倍体種に対しては個体群の分断と消滅、外来種に対しては群落サイズの矮小化として現れていることがわかった。90年代調査の結果、東京区部ではほとんど変化がなかったものの、郊外地域では在来2倍体種の優勢区画はなくなり、外来種のみである区画が増加した。 80年代および90年代調査にあわせて行った調査地点の土地利用形態調査の結果、外来種の出現拠点は路傍、あき地、駐車場、児童公園など都市化に結びついた土地利用形態、在来2倍体種のそれは耕作地、雑木林など田園的土地利用形態および墓地など比較的保存された場所であり、外来種の比較的小群落が家の庭、路傍駐車場に出現しやすいことが判明した。90年代調査から、80年代に在来2倍体種が他地域より多かった南多摩地区では、在来2倍体種は出現拠点である耕作地などの地点の激減と平行して出現地点数が半減した。外来種の出現地点数は、地点そのものが減少した路傍、あき地、耕作地などで減少し、地点が増加した駐車場、児童公園などで増加したが、地区全体では5%減少した。北多摩でも同様に、在来2倍体種は半減した。これらの事実から、外来種が在来2倍体種を駆逐しているのではなく、生育地そのものの減少が在来2倍体種を減少させたことが明らかとなった。 種子発芽についての野外調査および発芽実験から、外来種の種子は休眠性がなく、種子散布後すみやかな一斉発芽が確認された。一方在来2倍体種では、一部の種子は初夏に発芽し、休眠種子が未発芽で残った(相対休眠)。種子休眠は初夏に解除されるが、その時はすでに発芽可能温度域を超えた高温になっていて種子は秋の温度低下とともに発芽し、一部の種子は、翌年の早春に発芽した(季節的シードバンクの形成)。両種とも、1年を超えるシードバンクは期待できなかった。 野外における外来種の生残率は低く、種子の多産により生残数を確保していると考えられる。在来2倍体種はいずれの発芽期においても、生残がみられた。在来2倍体種の生育地において初夏、秋、早春に播種実験を行った結果、両種とも秋生実生の生残率が比較的高かった。両種の親株の生育をみると、在来2倍体種は夏季に地上部を激減させ、基本的に冬型多年草の特徴を示し、共存植物との生育期の時間的すみわけを行っていることが明らかとなった。外来種には顕著な夏の生育中断はみられなかった。 外来種は夏季の休眠がないため、他の植物との時間的共存ができず、常に植生の排除を伴う人為的撹乱に依存し、無融合生殖により1個体で繁殖できるため、撹乱地を飛び石状に利用して生育圏を拡大し、一方在来2倍体種は強い自家不和合性の繁殖特性ゆえに集団を維持できる保存的条件下に存続する。タンポポ類はこのように、外来種においては撹乱地と、在来2倍体種においては保存的土地利用と結びついた指標性が期待できる。 在来2倍体種タンポポが残存する保存的条件は、他の生物を保存する可能性も高い。都市域においては、こうした生物群集は都市化以前の自然を伝える自然史的遺産であり、自然回復を図る際の生態系のモデルとなり遺伝資源の供給源となりうる。都市部にある庭園・緑地は、生態系の保全拠点として、また景観から遺伝子プールまでの保全対象としての位置付けが期待される。 以上要するに本研究は、タンポポ類の在来2倍体種から外来種への交代現象を野外調査と実験から生態学的に明らかにし、人為による撹乱に関する生物多様性保全の基礎的知見を提示した研究として評価できる。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |