学位論文要旨



No 213920
著者(漢字) 大内山,直樹
著者(英字)
著者(カナ) オオウチヤマ,ナオキ
標題(和) 含窒素芳香族化合物の微生物分解に関する研究
標題(洋)
報告番号 213920
報告番号 乙13920
学位授与日 1998.07.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13920号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大森,俊雄
 東京大学 教授 高木,正道
 東京大学 教授 魚住,武司
 東京大学 教授 松本,聰
 東京大学 助教授 山根,久和
内容要旨

 我が国では1960年代前半に深刻な公害問題が起き、PCBによるカネミ油症事件や、有機水銀による水俣病などは未だ多くの人の記憶に新しいところである。それらを教訓として、化学物質の安全性を事前に審査し規制することを目的とした「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)」が制定された。化審法によって規定された分解度試験では、活性汚泥を用いて同一条件下で化学物質の分解度を測定している。この活性汚泥の分解活性の力価を測定するための指標物質としてanilineが用いられている。しかし、分解度試験条件下において活性汚泥中のどのような細菌がaniline分解に関与しているのか、活性汚泥の培養期間が長くなるとラグライムはなぜ長くなるのかなど未解明な部分が多く残っていた。特に、ラグタイムが7日以上になると分解度試験が成立しないことから、試験の実施に際して重要な問題となっている。そこで、まず活性汚泥中のaniline分解菌数の測定方法を確立し、これを用いて培養時にラグタイムが長くなる原因を明らかにすることとした。さらに、活性汚泥からaniline分解菌を単離し、細菌学的同定、および活性汚泥への添加効果を調べることも試みた。

 一方、anilineと同様に含窒素芳香族化合物であり、工業原料として多く利用され、難分解性の環境汚染物質としても知られているcarbazoleの微生物分解に関する研究を行った。本研究を開始した時点では、carbazoleを資化する細菌、および分解経路についての報告はなかった。このため先ず分解菌の単離を試み、次いで分解菌の分布、分解代謝経路の解明、さらに分解系酵素遺伝子の単離および解析を実施した。

1.分解度試験におけるanilineの分解 -活性汚泥中のaniline分解菌数の計測と分解菌の単離-

 Aniline分解菌に関しては、多数報告されているが、分解度試験に用いられる活性汚泥中のaniline分解菌に関する研究報告はほとんどない。本論文では、活性汚泥中のaniline分解菌数の計測にMPN法を適用し、aniline分解菌数が培養4週目から6週目にかけて急激に減少することを明らかにした。

 また、活性汚泥からaniline分解菌、Pimelobacter simplex N1株およびArthrobacter sp.Y5株を単離した。両菌株によるaniline分解代謝経路を明らかにするために、GC-MSを用いて分解代謝物の同定を行った。その結果、anilineは脱アミノ反応によりcatecholに変換され、続いてcatecholのortho開裂によりcis,cis-muconic acidに分解されることが判明した。一方、活性汚泥にN1株あるいはY5株を添加することにより、aniline分解のラグタイム(通常3〜5日)が、約1.5日と短縮されたことから、単離菌株の活性汚泥への添加が顕著な分解促進をもたらすことも示された。

2.Carbazole分解菌の単離と分解代謝経路の解明

 202種類の農耕地土壌と4種類の下水処理場活性汚泥からcarbazole分解菌をスクリーニングし、千葉県内の農耕地土壌からPseudomonas sp.CA06株を、東京都内の活性汚泥からPseudomonas sp.CA10株を単離した。両菌株はcarbazoleを炭素源および窒素源として利用することが判明した。また、carbazole分解菌は、活性汚泥から高頻度で見出されたことにより、農耕地土壌よりも活性汚泥における存在確率が高いと考えられる。

 Carbazoleは水に難溶であることから分解効率を高めるために溶媒によるcarbazoleの分散効果を検討した。分散助剤として終濃度3%のジメチルスルホキシドを用いてcarbazoleをcarbon-freeの培地に溶解し、それにCA06株あるいはCA10株を接種・培養することで、17mMのcarbazoleが210時間で95%以上分解されることが確認された。また、同時に著量の分解代謝物の生成も認められた。GC-MS分析によって、分解代謝物は、anthranilic acidおよびcatecholと同定された。さらに微量の代謝物として、2’-aminobiphenyl-2,3-diolと、そのmeta開裂化合物である2-hydroxy-6-oxo-6-(2’-aminophenyl)hexa-2,4-dienoic acidも同定された。また、carbazoleの代謝中間体のanthranilic acidを生育基質として培養した場合、代謝物としてcatecholとcis,cis-muconic acidが同定された。以上の結果から図に示すcarbazoleの分解代謝経路が明らかになった。

Proposed pathway of carbazole degradation in strains CA06 and CA10.(1),carbazole;(2),2’-aminobiphenyl-2,3-diol;(3),2-hydroxy-6-oxo-6-(2’-aminophenyl)hexa-2,4-dienoic acid;(4),anthranilic acid;(5),catechol;(6), cis,cis-muconic acid;(7),2-hydroxypenta-2,4-dienoic acid;(8),2,6-dioxo-6-(2’-aminophenyl)hexa-4-enoic acid;(9),6-oxo-6-(2’-aminophenyl)hexa-4-enoic acid;(10),5-oxo-5-(2’-aminophenyl)penta-3-enoic acid;(11),2-hydroxy-6-oxo-6-(2’-aminophenyl)hexanoic acid.
3.Carbazole分解系酵素遺伝子の単離と解析

 新たに福岡県および佐賀県の下水処理場の返送汚泥からcarbazole分解菌をスクリーニングし、Pseudomonas stutzeri OM1株を単離した。Carbazoleからの代謝物を調べた結果、OM1株は、先に取得されたCA06株やCA10株と同様に、carbazoleをanthranilic acidに変換する代謝経路を有していた。しかし、catecholの分解代謝はCA06株およびCA10株と異なり、meta開裂経路によることが判明した。

 次に、OM1株を用いてcarbazoleのクリアーゾーンを指標としてcarbazole分解系酵素遺伝子のクローニングを試みた。その結果、carbazoleからanthranilic acidまでの変換に関与する6.9-kb EcoRI遺伝子断片が得られ、これの塩基配列の決定と解析を行った。6.9-kb EcoRI遺伝子断片には8個のORFが認められ、データベース検索を実施したところCA10株のcarbazole分解系酵素遺伝子と、全長にわたって高い相同性を示すことが判明した。また、ORF1とORF2は全く同じ塩基配列であり、Rieske-typeの[2Fe-2S]クラスターとの結合に関与すると考えられるアミノ酸配列(CXHX16-17CXXH)があり、さらに酸素活性化部位と予想される配列(GX3-4DX2HX4-5H)も見い出された。以上の結果から、ORF1およびORF2はcarbazole dioxygenase(CARDO)のterminal oxygenase componentと推定され、これをCA10株の分解系酵素遺伝子と同様にcarAaと名付けた。ORF3は、サブクローニング実験の結果からmeta開裂酵素をコードすることが予想され、ORF4から推定されるアミノ酸配列は、protocatechuate 4,5-dioxygenase familyのLigBと31.3%の相同性を示した。CA10株の分解系酵素遺伝子との比較から、ORF3とORF4は、ともにmeta開裂酵素活性に関与すると判断され、それぞれcarBaとcarBbと名付けた。

 同様に、ORF5、ORF6、およびORF8は、それぞれmeta開裂化合物加水分解酵素、ferredoxin、ferredoxin reductase componentをコードすると推定されたことから、CA10株と同様に、それぞれcarC、carAcおよびcarAdと名付けた。ORF7に関しては、DNAおよび推定アミノ酸配列のデータベース検索を実施したが、類似の配列は確認されず、現在のところ、その機能は明らかではない。

 Catecholのmeta開裂により生ずる黄色物質を指標にショットガンクローニングによって得られたcatecholのmeta開裂酵素遺伝子を含むpSP101には3個のORFの存在と4番目に位置するORFの5’-末端の存在が確認された。データベースの相同性検索結果からORF1がchloroplast-type ferredoxinを、ORF2はcatechol 2,3-dioxygenase(C23O)を、ORF3が2-hydroxymuconic semialdehyde dehydrogenase(HMSD)を、ORF4が2-hydroxymuconic semialdehyde hydrolase(HMSH)をコードすることが判明した。ORF2およびORF3から推定されるアミノ酸は、xyleneやtolueneの分解に関与するTOL plasmid pWW0の分解系酵素と約90%の相同性を示したことから、これらとの関連が強く示唆された。

 芳香族化合物の異化様式はcatabolic funnelと形容されるように、初発酸化反応は多くの化合物にとって多様性に富むが、catecholから下流の代謝経路は共通になると考えられている。Carbazoleの代謝経路においても、初発酸化反応の様式はきわめて特異なものであったが、catecholよりも下流の分解系酵素については、その他の芳香族化合物の分解系酵素と類似性の高いものであることが遺伝子配列より確認された。さらに、地理的に1000km以上離れた地区の下水処理場の活性汚泥から単離されたCA10株とOM1株が、同様のcarbazole分解代謝経路および分解系酵素遺伝子を保有していたことは、活性汚泥に存在する細菌間での分解系酵素遺伝子の水平伝播の可能性を示すものであり、遺伝子の水平伝播のメカニズムを解明する一つの手がかりが得られたものと思われる。

審査要旨

 我が国では、化学物質の安全性を事前に審査し規制することを目的とした「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」が制定されている。同法によって規定された分解度試験では、aniline(AN)を指標物質とした、一定の力価をもつ活性汚泥を用いて化学物質の分解度が測定されている。しかし、従来活性汚泥は力価が変動しやすく、安定した分解度試験を行うことが困難であった。そこで、本研究では、AN分解菌の菌数や諸特性の解析を通して、活性汚泥の力価が変動する原因を明らかにすることを目的とした。また、分解度試験で難分解性物質として認定されている含窒素芳香族化合物であるcarbazole(CA)を資化する細菌を単離し、分解菌の分布、分解代謝経路の解明、さらに分解系酵素遺伝子のクローニングおよび解析を行うことも目的とした。本論文は4章よりなる。

 第1章では研究の背景を述べ、第2章においては、活性汚泥におけるAN分解活性とAN分解菌数との関連について述べている。活性汚泥中のAN分解菌数の計測にMPN法を適用し、AN分解菌数が培養4週目から6週目にかけて急激に減少することが分解活性低下の原因であることを明らかにした。また、活性汚泥からAN分解菌としてPrimelobacter simplex N1株およびArthrobacter sp.Y5株を単離するとともに、活性汚泥にN1株あるいはY5株を添加すると、ANの分解が顕著に促進されることも示した。

 第3章においては、CA分解菌(Pseudomonas sp.CA06株、Pseudomonas sp.CA10株)の単離とそれら分解菌におけるCAの分解代謝経路について述べている。202箇所の農耕地土壌と4箇所の下水処理場活性汚泥からCA分解菌をスクリーニングし、前者からPseudomonas sp.CA06株を、後者からPseudomonas sp.CA10株を単離した。CA06、CA10両菌株におけるCA代謝物の同定結果に基づいて、両菌株において、CAは2’-aminobiphenyl-2,3-diol、anthranilic acid、catecholのortho開裂経路を経てTCA cycleへと代謝されていくことが示された。この経路のうち、初発酸化は窒素原子の隣の核間炭素原子とその隣接する部位に起こり、続いて自発的な環開裂により2’-aminobiphenyl-2,3-diolが生成するという反応で、本研究ではじめて明らかにされたきわめてユニークなものである。

 第4章においては、九州の下水処理場活性汚泥からのCA分解菌(Pseudomonas stutzeri OM1株)の単離とそのCA分解系酵素遺伝子のクローニングについて述べている。OM1株は先の2菌株と同様にCAをanthranilic acidに変換する代謝経路を有しているが、catecholの分解代謝は先の2株と異なり、meta開裂経路によることが示された。また、OM1株を用いてCAのクリアーゾーンを指標としてCA分解系酵素遺伝子のクローニングを試み、anthranilic acidまでの変換に関与する6,9-kb EcoRI遣伝予断片を得た。これは、CA10株のCA分解系酵素遺伝子と、全長にわたって高い相同性を示したが、その他の化学物質分解系酵素遺伝子との類似性は低く、特異な構造を有する分解系酵素遺伝子であることが判明した。CA10株と同様、carAaAaBaBbCAc(ORF7)Adという遺伝子構造をとっており、2個のcarAaはCA dioxygenase(CARDO)のterminal oxygenase component、carBaBbはmeta開裂酵素の2つのサブユニット、carCはそれぞれmeta開裂化合物加水分解酵素、carAcAdはそれぞれCARDOのferredoxin、ferredoxin reductase componentをコードすると推定された。さらにcatecholのmeta開裂経路酵素遺伝子には3個のORFの存在と4番目に位置するORFの5’-末端部分の存在が確認され、それらは、xyleneやtolueneの分解系に存在する一連のcatechol分解系酵素と約90%の相同性を示した。CA10株とOM1株の分解系酵素遺伝子群のうち、CAからanthranilic acidまでの分解系酵素遺伝子のG+C含量が51.9%であるのに対し、両菌株のゲノム全体のG+C含量が61〜64%であることは、共通の起源からCA分解系酵素遺伝子が両菌株へ転移してきたことを示唆するものであり、細菌間での分解系酵素遺伝子の水平伝播による難分解性物質分解系獲得機構を解明するための手がかりを与えたものと考えられる。

 以上、本論文は、含窒素芳香族化合物であるANおよびCAの微生物分解に関する新規知見を明らかにしたもので、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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