学位論文要旨



No 213922
著者(漢字) 飯田,真己
著者(英字)
著者(カナ) イイダ,マサミ
標題(和) シアリルルイス型糖脂質の合成研究
標題(洋)
報告番号 213922
報告番号 乙13922
学位授与日 1998.07.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13922号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 瀬戸,治男
 東京大学 教授 長澤,寛道
 理化学研究所 理事 小川,智也
 東京大学 助教授 山口,五十麿
内容要旨

 本論文は、シアリルルイス型糖脂質の効率的な合成法に関するもので四章よりなる。

 シアリルルイス型糖脂質は、古くは腫瘍関連糖鎖抗原として、また、最近になり接着因子のリガンドとして重要な役割を担う物質であることが明らかにされてきており、新しいモノクローナル抗体の作製、並びにより強い接着因子のリガンド探索を目的に、立体及び位置選択的な効率的合成法の開発による純粋なサンプル提供が必要になってきている。しかし、これらの糖脂質合成の際には、保護基の導入及び脱保護、供与体への変換、立体及び位置選択的なグリコシル化反応など、煩雑な操作が必要とされている。そこで著者は、以下に掲げる特徴を有するI型及びII型のシアリルルイス型糖脂質の効率的全化学合成ルートの開拓に着手した。

 1)糖鎖ブロックの構築を行い、それらを繋ぎ合わせるブロック合成法を利用する。

 2)糖鎖合成に特徴的な立体及び位置選択的なグリコシル化反応の検討を行い、その立体化学を確立する。

 3)数種類の供与体によるグリコシル化反応の検討を行い、その収率を向上させる。

 4)目的化合物と原料との分子量の差を利用して分離精製するゲルーパーミエーションの利用可能な合成戦略を検討し、精製を容易にする。

 5)オルソゴナルグリコシル化反応を取り入れ、反応工程数を短縮する。

 第一章第一節では、代表的な腫瘍関連糖鎖抗原を列挙し、現代までに報告されているルイス型糖脂質の合成研究について述べた。

 第二節では、これまでに報告されてきた接着分子(E,L,P-セレクチン)のリガンド研究において、合成されたシアリルルイス型糖脂質と接着分子との反応性による構造活性相関について述べた。

 第二章ではII型糖脂質の合成研究について述べた。

 第一節では、シアリルダイメリックルイスXラクトシルセラミドの合成について述べた。シアリルダイメリックルイスXラクトシルセラミドは、接着分子であるP,E-セレクチンのリガンドとして、また癌転移と関連づけられる腫瘍関連糖鎖抗原であるが、癌組織から少量得られるのみであるため、その機能の解明には全合成アプローチによる原料の安定供給が必要とされている。しかし、現在までに、糖鎖部分の合成例はあるものの糖脂質型の全合成の報告はない。そこで、全合成法を確立することを目的として、以下の化学合成を行った。シアル酸の供与体とルイスX3糖性受容体とのグリコシル化反応において、entry1ではメタノールによる再結晶法によりシアリルルイスX4糖性糖鎖を分離精製することが出来た。entry2ではオルソゴナル化反応によりを,entry3では立体選択的にを得ることが出来た。ルイスX3糖性供与体とラクトース受容体とのグリコシル化反応は、いずれも収率よく5糖性糖鎖を得ることが出来た。

 

 

図表

 

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 シアリルルイスX4糖性供与体と5糖性受容体とのグリコシル化反応では、entry3において目的とする9糖性糖鎖を得ることが出来た。

 9糖性糖鎖をトリクロロアセトイミデート供与体へと誘導し、セラミド誘導体とのグリコシル化反応後、順次脱保護を行い目的化合物シアリルダイメリックルイスXラクトシルセラミドを得ることが出来た。

 第二節では、VIM-2の合成について述べた。全合成法を確立することを目的として、以下の化学合成を行った。

 シアリルルイスX4糖性供与体と5糖性受容体とのグリコシル化反応ではチオグリコシル体を使うことにより目的とする9糖性糖鎖の収率を向上させることが出来た。

 シアリルダイメリックルイスXラクトシルセラミドの合成と同様にして、セラミド誘導体とグリコシル化反応後、順次脱保護を行い目的化合物VIM-2を得ることが出来た。

 

 

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 第三章では合成法の確立が比較的遅れていたI型糖脂質の合成研究について述べた。

 第一節では、シアリルルイスAラクトシルセラミドの合成について述べた。シアリルルイスAラクトシルセラミドは消化器癌の血清診断に用いられているモノクローナル抗体CA19-9の糖鎖抗原であるが、これまでにその化学的合成法の確立はされていなかった。そこで、全合成法を確立することを目的として、以下の化学合成を行った。

 シアル酸の供与体とルイスA3糖性受容体とのオルソゴナルグリコシル化反応により、シアリルルイスA4糖性供与体を得、続いて、ラクトース受容体とのグリコシル化反応を行い非常に効率的に目的とする6糖性糖鎖を得ることが出来た。この6糖性糖鎖を供与体へと導き、アジドスフィンゴシン誘導体とのグリコシル化反応により収率良く6糖性糖脂質を得た後、7工程を経て目的化合物シアリルルイスAラクトシルセラミドを得ることが出来た。

 

 第二節では、シアリルダイメリックルイスAラクトシルセラミドの合成について述べた。全合成法を確立することを目的として、以下の化学合成を行った。シアリルルイスA4糖性供与体と5糖性受容体とのグリコシル化反応ではチオグリコシル体を使うことで目的とする9糖性糖鎖の収率を向上することが出来た。

 この9糖性糖鎖をトリクロロイミデート体とフルオリド体の2種類の供与体に変換後、セラミド誘導体とのグリコシル化反応の検討を行った。得られた9糖性糖脂質を順次脱保護を行い、目的化合物シアリルダイメリックルイスAラクトシルセラミドを得ることが出来た。

 

 

図表

 

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 第四章では、I型糖脂質とII型糖脂質のハイブリッド型糖脂質の合成研究について述べた。全合成法を確立することを目的として、以下の化学合成を行った。

 シアリルルイスA4糖性供与体と、ルイスX5糖性受容体とのグリコシル化反応を行い、9糖性糖鎖を得た。この9糖性糖鎖を4工程を経て供与体へと変換後、アジドスフィンゴシン誘導体とのグリコシル化反応の検討を行った。この場合トリクロロアセトイミデート体を使うことにより、収率を向上することが出来た。得られた9糖性糖脂質をシアリルルイスAラクトシルセラミド合成と同様の操作法により、7工程を経て、目的化合物のハイブリッド型ガングリオシドを得ることが出来た。

 

 以上、冒頭に述べた幾つかの特徴的な手法を開発し、駆使することによりシアリルルイス型糖脂質の非常に効率の良い、位置及び立体選択的な化学合成法を確立することにより、シアリルルイス型糖脂質5種類(シアリルダイメリックルイスXラクトシルセラミド,VIM-2,シアリルルイスAラクトシルセラミドシアリルダイメリックルイスAラクトシルセラミドハイブリッド型ガングリオシド)の合成を成功することが、達成できた。

審査要旨

 本論文は、シアリルルイス型糖脂質の効率的な合成法に関するもので四章よりなる。

 シアリルルイス型糖脂質は、腫瘍関連糖鎖抗原や接着因子のリガンドとして重要な役割を担う物質であることが明らかになり、モノクローナル抗体の作製や強力な接着因子のリガンド探索を目的に、効率の良い合成法の開発による純粋なサンプル提供が必要とされている。しかし、これらの糖脂質合成の際には、保護基の導入及び脱保護、供与体への変換、グリコシル化反応の選択性など、種々の問題を抱え、煩雑な操作が必要である。申請者はこの点に着目し、シアリルルイス型糖脂質の効率的化学合成ルートの開拓を目的として以下の研究を行った。

 第一章でこれまでに報告されているルイス型糖脂質の合成研究ならびに本研究の背景と意義について言及した後、第二章では二型糖脂質の合成研究について述べている。まず、シアリルダイメリックルイスXラクトシルセラミド1の合成を行った。シアル酸の供与体3種類とルイスX3糖性受容体とのグリコシル化反応によりシアリルルイスX4糖性糖鎖とした後、供与体へと誘導した。また、ルイスX3糖性供与体2種類とラクトース受容体とのグリコシル化反応では、いずれも収率よく5糖性糖鎖を得た。これらのシアリルルイスX4糖性供与体と5糖性受容体とのグリコシル化においては、トリクロロアセトイミデート供与体が適しており、9糖性糖鎖を得た。保護基の変換後、トリクロロアセトイミデート供与体へと変換し、セラミド誘導体と縮合させて9糖性糖脂質を得た。以下、保護基を除去してシアリルダイメリックルイスXラクトシルセラミド1を得ることに成功した。

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 次いで、VIM-2 2の合成を行った。シアリルルイスX4糖性供与体と5糖性受容体とのグリコシル化反応ではチオグリコシル供与体が最適で、収率良く9糖性糖鎖を得た。以下、1の合成と同様にしてセラミド誘導体と縮合後、順次脱保護を行いVIM-2 2を得た。

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 第三章では合成法の確立が比較的遅れていた一型糖脂質、シアリルルイスAラクトシルセラミド3の合成について述べている。シアル酸の供与体とルイスA3糖性受容体とのオルソゴナルグリコシル化反応により、シアリルルイスA4糖性供与体を得、ラクトース受容体とのグリコシル化反応を行い、非常に効率良く6糖性糖鎖を得た。このものを供与体に変換後、アジドスフィンゴシン誘導体とのグリコシル化反応により収率良く6糖性糖脂質とし、7工程を経てシアリルルイスAラクトシルセラミド3を得ることに成功した。

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 次に、シアリルダイメリックルイスAラクトシルセラミド4の合成について述べている。シアリルルイスA4糖性供与体と5糖性受容体とのグリコシル化反応においてはチオグリコシル体を使うことにより9糖性糖鎖の収率が向上した。9糖性糖鎖をトリクロロイミデート体とフルオリド体の2種類の供与体に誘導し、セラミド誘導体とのグリコシル化を検討した。得られた9糖性糖脂質を順次脱保護を行い、シアリルダイメリックルイスAラクトシルセラミド4を得ることに成功した。

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 第四章では、一型糖脂質と二型糖脂質のハイブリッド型糖脂質の合成研究について述べている。シアリルルイスA4糖性供与体と、ルイスX5糖性受容体とのグリコシル化反応を行い、9糖性糖鎖を得た。このものを4工程を経て同じく2種類の供与体に誘導し、アジドスフィンゴシン誘導体とのグリコシル化を検討した。この場合トリクロロアセトイミデート体を使うことにより収率が向上した。得られた9糖性糖脂質を3の合成と同様にして、7工程を経てハイブリッド型ガングリオシド5を得ることに成功した。

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 以上本論文は、ブロック合成法の利用、供与体の選抜による立体及び位置選択的なグリコシル化反応の検討、分子量の差を利用したゲルーパーミエーションによる分離精製の簡略化、オルソゴナルグリコシル化反応の検討などの特徴的手法を開発、駆使することにより非常に効率の良い糖脂質の化学合成法を確立し、複雑なシアリルルイス型糖脂質5種の合成に成功したものであって、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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