学位論文要旨



No 213923
著者(漢字) 石倉,正治
著者(英字)
著者(カナ) イシクラ,マサハル
標題(和) 微細藻類-無脊椎動物の共生における共生体 : 宿主の役割と進化
標題(洋)
報告番号 213923
報告番号 乙13923
学位授与日 1998.07.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13923号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 伏谷,伸弘
 東京大学 教授 高橋,正征
内容要旨

 「共生」という言葉は、異なった生物が一緒に生活している関係を示すのに用いられる。微細藻類と無脊椎動物の共生は、クロレラの一種とヒドラのように一部淡水に生息する生物の間でも見られるが、日照量の豊富な低緯度地方海洋域のサンゴ礁ではより一般的に見ることができる。サンゴ礁の生物の中で藻類と共生関係にある無脊椎動物は原生動物、海綿動物、腔腸動物、有櫛動物、軟体動物、原索動物など非常に多岐にわたっている。一方、共生藻もzooxanthellaeと呼ばれる渦鞭毛藻を代表として、紅藻、珪藻、ラン藻、原核緑藻などやはり多岐に渡っている。これらの海域では、藻類にとって光合成に必要な太陽光に恵まれているが、海水中のリン、窒素などの栄養塩が少ないために必ずしも増殖しやすい環境とはいえない。また、植物プランクトンを餌とする動物にとっても、植物プランクトンの生息密度が低く、餌がとりやすいとはいえない。このような環境で、動物は餌を採って消化する栄養様式から取り込んだ藻類を消化せず、有機物を分泌させる戦略を発展させ、藻類は外敵からのシェルターを手に入れる代償として、光合成産物を少し分け与えながら宿主体内で生き残る戦略を採用することにより共生関係を進化させて来たと思われる。第二章では海洋の二枚貝において、zooxanthellaeを有す種と近縁の有しない種について、18SrDNA遺伝子の配列を調べることにより、zooxanthellae-二枚貝の共生系の進化を分子系統学的な手法により解析し、このような共生関係がいかにして獲得されたかを考察した。また、これらの共生生物の住む低緯度地域は、オゾン層が薄いために地表に届く紫外線が強く、さらに南洋の澄んだ海水は紫外線が透過しやすいため、この地域に棲む藻類は豊富な日照量を利用できる反面、強い紫外線にも晒されることになる。そこで第三章では共生藻が共生の成立によって利益を得る場合の例として、共生系における紫外線防御機構をプロクロロン(原核緑藻)-ホヤ(原索動物)およびzooxanthellae(渦鞭毛藻)-シャコガイ(軟体動物)の共生系について調べた。栄養の授受に関しては、共生藻が光合成により固定した有機炭素のうちかなりの部分は、共生藻から宿主へ移行しており、宿主からは栄養塩類が共生藻へと移行していると考えられている。そして、zooxanthellaeの場合単離したzooxanthellaeが宿主の組織抽出液の存在下でグリセロールを分泌することなどから、宿主中で移行している光合成産物はグリセロールだとする報告が多いが、まだ確定していない。そこで、第四章では、シャコガイではzooxanthellaeが細胞外共生しているため、宿主とzooxanthellaeの分離が容易なことを生かし、宿主側が利益を得る場合の例としてzooxanthellaeからの宿主へ移行する光合成産物についての研究を行った。

共生二枚貝の共生進化に関する分子系統学的アプローチ(第二章)

 共生渦鞭毛藻を持つ10種の共生二枚貝と近縁の非共生2種の二枚貝について、18SrDNA遺伝子を、真核生物のユニバーサルプライマーを用いてポリメレース連鎖反応を行い増幅し、塩基配列を決定した。決定した塩基配列は、近隣結合法、最大節約法、最尤法を用いて解析を行い、系統樹を作成した。これら、3つの方法での解析結果は基本的に、上記二枚貝の形態分類に基づく分類結果と基本的に一致し、共生二枚貝は、ザルガイ科に属するFragum属、Corculum属とシャコガイ科に属するTridacna属、Hippopus属の2つの系統にわかれた。しかし、3つの解析結果ともザルガイ科非共生二枚貝はシャコガイ科共生二枚貝とクレードを形成しザルガイ科共生二枚貝よりもシャコガイ科と近縁であることが示唆された。(図1)。このことから、二枚貝では、zooxanthellaeの共生が進化の途上、2度起こったか、もしくは1度起きその後ある系統(ザルガイ科非共生二枚貝)の二枚貝において共生が失われたかのどちらかであることが明らかとなった。

図1最尤法(ML法)によって作成した共生二枚貝および非共生二枚貝の系統樹分岐点に示した数値はサンプリングを1000回繰り返した場合のブートストラップ値を示す。学名の網掛けは共生二枚貝を示す。
微細藻-無脊椎動物の共生における紫外線吸収物質の存在(第三章)

 パラオの浅い海に生息する群体ボヤ(Lissoclinum patella)に共生しているプロクロロンの光合成能は、宿主から単離して紫外線を照射した場合にはパラオでの野外の紫外線と同等の強度で重大な障害を受けた。一方、共生藻を宿主から単離せずに紫外線を照射した場合には光合成能は障害を受けなかった。そこで、宿主の群体ボヤを覆う分厚いゼラチン状の皮嚢を調べた結果、皮嚢は光合成に必要である可視光領域(400-700m)は83-90%透過するにも関わらず、生体に有害な紫外線(波長312m)は、2-7%しか透過できないこと、そして可視領域に吸収を持たないマイコスポリン様アミノ酸(MAAs)と呼ばれる一群の紫外線吸収物質を含んでいることが明らかとなった。プロクロロンは、宿主ホヤと比較しタンパク当たり約半分濃度のMAAsを含んでいるにもかかわらず、紫外線の照射により光合成に障害を受けた。

 ヒメシャコガイ(Tridacna crocea)の場合にも単離zooxanthellaeは紫外線-Bの照射によって、ほぼ完全に光合成が障害を受けるのに対し、シャコガイ外套膜組織中のzooxanthellaeには、紫外線-Bはほとんど影響を及ぼさなかった。外套膜組織中には有害な紫外線を吸収するMAAsが含まれており、MAAsの組織内濃度は腎臓およびzooxanthellaeを多く含む外套膜において高く、外套膜中では、ほとんどのzooxanthellaeが存在する最表層に蓄積されていた(図2)。zooxanthellaeを持つ他の二枚貝からもヒメシャコガイと同等の量のMAAsが検出されたが、近縁のzooxanthellaeを持たないナンヨウザルガイからも同程度の濃度のMAAsが検出された。一方でこれらのどのzooxanthellaeからもMAAsは検出されなかった。また、深海に住み紫外線に晒される機会のないシロウリガイからはMAAsは検出されなかった。これらのことから、MAAsは二枚貝の生育には必須でないが、MAAsは共生無脊椎動物の共生藻の紫外線防御に役立っていることが明らかとなった。

図2 ヒレナシシャコガイ外套膜(厚さ約2cm)を水平方向に4層にスライス(厚さ4-5mm)した場合の各層のMAAs(■)およびクロロフィルa(□)の濃度1-層が最表層で4-層が最も内側の層を示す。棒線は標準誤差を示す(n=3)。
ヒメシャコガイ体中でzooxanthellaeが分泌する光合成産物について(第四章)

 zooxanthellaeが、宿主シャコガイ体内で分泌している光合成産物を調べるために、zooxanthellae単離後宿主抽出液の存在下および非存在下さらにzooxanthellaeを含むシャコガイ外套膜組織の光合成により固定された炭素の動態を13Cおよび14C同位体を用いて調べた。単離されたzooxanthellaeが宿主抽出液非存在下で分泌する光合成産物は、全固定量の1%以下であった。一方で、宿主抽出液存在下で単離共生藻は全固定量の1.2-5.6%を主にグリセロールとして分泌した。宿主シャコガイに14Cを取り込ませた後、共生藻とシャコガイ組織を分け、14Cの分布を調べたところ、14C標識の46-80%は共生藻からシャコガイ組織に移行していた。取り込み5分後のシャコガイの体液を分析した結果、体液中での移行産物は87%がグルコース、9%がマルトースであった。共生藻を含む外套膜中から80%エタノールで抽出された(抽出効率74%)主要な14C標識光合成産物はグルコース(全固定量の36%)であった。グリセロールがシャコガイ組織中でグルコースに変換される可能性を、[14C(U)]-グリセロールをシャコガイ貝柱から組織中に注入し、その変化をみることにより調べた。注入5分後には体液中に14C標識されたグルコースはほとんど検出されなかったが、60分後には全14C標識のうち約20%がグルコースに入っていた。このことは、シャコガイ体内でグリセロールが急速にグルコースに変換されてはいないことを示している。また、シャコガイ外套膜切片から分泌された13C標識光合成産物を13C-NMRで分析した結果、C-3,4の位置に取り込まれた13C標識がC-1,6位よりも多かったことからこのグルコースはzooxanthellaeの光合成により生産されたものであることが示唆された。従来、単離したzooxanthellaeが組織抽出液存在下でグリセロールを分泌することから、シャコガイ体中でもzooxanthellaeはグリセロールを分泌していると考えられてきた。しかし、以上の結果から、共生藻はシャコガイ組織中では、グリセロールではなくグルコースを分泌していると考えられた。以上現在サンゴ礁に生息するzooxanthellae-二枚貝の共生関係は、分子系統的な解析によると二度おきているか、または1度獲得された後、ある系統で失われたか打あることが明らかとなった。無脊椎動物-微細藻類藻類の共生において、共生藻は低緯度地域の強い紫外線から宿主の群体あるいは固体表面の特定組織最表層に蓄積されている紫外線吸収物質によって保護されていることが明らかとなった。そして一方でヒメシャコガイのzooxanthellaeは宿主体内で光合成により固定した光合成産物をグルコースとして分泌して宿主に与えていることが示された。

審査要旨

 本論文は、微細藻類と無脊椎動物の共生における共生体-宿主の役割と進化に関するもので四章よりなる。異なった生物が利益を分かち合いつつ一緒に生活する共生現象は、自然界でしばしば見られる。申請者は、微細藻類と無脊椎動物の共生を対象にして、この巧妙な生命現象における両者の役割や進化について分子生物学的な観点から、またそれに関わる物質群の同定などにより科学的な見地から究明することを目的として以下の研究を行った。

 第一章で研究の背景と意義について概説した後、第二章では共生渦鞭毛藻を持つ共生二枚貝の共生の起源に関する分子系統学的なアプローチについて述べている。共生渦鞭毛藻を持つ10種の二枚貝と近縁の2種の非共生二枚貝について、18SrDNA遺伝子の塩基配列を決定した。決定した塩基配列は、近隣結合法、最大節約法、最尤法を用いて解析を行い、系統樹を作成した結果、3つのトポロジーは基本的に、上記二枚貝の形態分類に基づく分類結果と一致し、共生二枚貝は、ザルガイ科とシャコガイ科の2つの系統にわかれた。しかし、ザルガイ科共生二枚貝は、シャコガイ科共生二枚貝がザルガイ科非共生二枚貝と分かれるよりも以前にザルガイ科非共生二枚貝と分岐したことが示唆された。以上から、これらの二枚貝では、渦鞭毛藻の共生が進化の途上、2度起こったか、もしくは1度起きその後、ザルガイ科のある系統の二枚貝において共生が失われたことが明らかとなった。

 第三章では、共生藻とその宿主無脊椎動物に存在する紫外線吸収物質とその役割について考察している。パラオ産群体ホヤ(Lissoclinum patella)から単離したプロクロロンおよびヒメシャコガイの共生藻の光合成能はパラオ野外で観測される強度の紫外線で強く阻害された。一方、どの共生藻も宿主中では同強度の紫外線照射により阻害を受けなかった。宿主のホヤを覆う皮嚢を可視光は83-90%透過するが、生体に有害な312nmの光は、2-7%しか透過しなかった。この皮嚢およびシャコガイ外套膜ともにマイコスポリン様アミノ酸(MAAs)と呼ばれる一群の紫外線吸収物質を含んでいた。シャコガイ外套膜中では、MAAsは、共生藻が存在する最表層に蓄積されていた。シャコガイ科、ザルガイ科の4種の共生二枚貝からも、また近縁のザルガイ科非共生二枚貝からも同程度の濃度のMAAsが検出された。一方、深海に住み紫外線を浴びる機会のないシロウリガイからはMAAsは検出されなかった。これらのことから、MAAsは共生無脊椎動物の共生藻の紫外線防御に役立っていることが明らかとなった。また、MAAsの存在は二枚貝と共生藻の共生の成立に必須ではないことが示唆された。

 第四章では、ヒメシャコガイ中でzooxanthellaeが分泌する光合成産物について述べている。zooxanthellaeが、宿主シャコガイ体内で分泌している光合成産物を調べるため、単離後宿主抽出液存在下および非存在下、シャコガイ外套膜組織中でのzooxanthellaeの光合成産物をトレーサーを用いて調べた。宿主抽出液非存在下で単離共生藻が分泌する光合成産物は、主としてグルコース(全固定量の1%以下)であり、宿主抽出液存在下では主にグリセロール(全固定量の5.6%以下)であった。宿主シャコガイに14Cを取り込ませたのち、その分布を調べたところ、46〜80%がシャコガイ組織に移行していた。取り込み5分後のシャコガイの体液を分析した結果、体液中での主要な標識産物はグルコース(87%)であった。グリセロールがシャコガイ組織中でグルコースに変換される可能性を、14Cグリセロールをシャコガイ貝柱から組織中に注入した結果、5分後では、体液中に14C標識されたグルコースはほとんど検出されなかった。また、シャコガイ体液中に移行した13C標識された光合成産物を13C-NMRで分析した結果、C-3,4の位置に取り込まれた13C標識がC-1,6位よりも多かったことからこのグルコースは共生藻の光合成により生産されたものであることが示唆された。従来、単離共生藻が組織抽出液存在下でグリセロールを分泌することから、シャコガイ中で共生藻はグリセロールを分泌していると考えられてきた。しかし、以上の結果から、共生藻はシャコガイ組織中では、単離後組織抽出液存在下とは異なり、グルコースを分泌していることが示唆された。

 以上本論文は、微細藻類とホヤや二枚貝など無脊椎動物間の共生現象について、進化の過程を分子系統的に追究し、宿主中の紫外線吸収物質の存在による保護の仕組みや、宿主に与える光合成産物としてグルコースの存在の示唆など新知見を得たものであって、学術上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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