本論文は、微細藻類と無脊椎動物の共生における共生体-宿主の役割と進化に関するもので四章よりなる。異なった生物が利益を分かち合いつつ一緒に生活する共生現象は、自然界でしばしば見られる。申請者は、微細藻類と無脊椎動物の共生を対象にして、この巧妙な生命現象における両者の役割や進化について分子生物学的な観点から、またそれに関わる物質群の同定などにより科学的な見地から究明することを目的として以下の研究を行った。 第一章で研究の背景と意義について概説した後、第二章では共生渦鞭毛藻を持つ共生二枚貝の共生の起源に関する分子系統学的なアプローチについて述べている。共生渦鞭毛藻を持つ10種の二枚貝と近縁の2種の非共生二枚貝について、18SrDNA遺伝子の塩基配列を決定した。決定した塩基配列は、近隣結合法、最大節約法、最尤法を用いて解析を行い、系統樹を作成した結果、3つのトポロジーは基本的に、上記二枚貝の形態分類に基づく分類結果と一致し、共生二枚貝は、ザルガイ科とシャコガイ科の2つの系統にわかれた。しかし、ザルガイ科共生二枚貝は、シャコガイ科共生二枚貝がザルガイ科非共生二枚貝と分かれるよりも以前にザルガイ科非共生二枚貝と分岐したことが示唆された。以上から、これらの二枚貝では、渦鞭毛藻の共生が進化の途上、2度起こったか、もしくは1度起きその後、ザルガイ科のある系統の二枚貝において共生が失われたことが明らかとなった。 第三章では、共生藻とその宿主無脊椎動物に存在する紫外線吸収物質とその役割について考察している。パラオ産群体ホヤ(Lissoclinum patella)から単離したプロクロロンおよびヒメシャコガイの共生藻の光合成能はパラオ野外で観測される強度の紫外線で強く阻害された。一方、どの共生藻も宿主中では同強度の紫外線照射により阻害を受けなかった。宿主のホヤを覆う皮嚢を可視光は83-90%透過するが、生体に有害な312nmの光は、2-7%しか透過しなかった。この皮嚢およびシャコガイ外套膜ともにマイコスポリン様アミノ酸(MAAs)と呼ばれる一群の紫外線吸収物質を含んでいた。シャコガイ外套膜中では、MAAsは、共生藻が存在する最表層に蓄積されていた。シャコガイ科、ザルガイ科の4種の共生二枚貝からも、また近縁のザルガイ科非共生二枚貝からも同程度の濃度のMAAsが検出された。一方、深海に住み紫外線を浴びる機会のないシロウリガイからはMAAsは検出されなかった。これらのことから、MAAsは共生無脊椎動物の共生藻の紫外線防御に役立っていることが明らかとなった。また、MAAsの存在は二枚貝と共生藻の共生の成立に必須ではないことが示唆された。 第四章では、ヒメシャコガイ中でzooxanthellaeが分泌する光合成産物について述べている。zooxanthellaeが、宿主シャコガイ体内で分泌している光合成産物を調べるため、単離後宿主抽出液存在下および非存在下、シャコガイ外套膜組織中でのzooxanthellaeの光合成産物をトレーサーを用いて調べた。宿主抽出液非存在下で単離共生藻が分泌する光合成産物は、主としてグルコース(全固定量の1%以下)であり、宿主抽出液存在下では主にグリセロール(全固定量の5.6%以下)であった。宿主シャコガイに14Cを取り込ませたのち、その分布を調べたところ、46〜80%がシャコガイ組織に移行していた。取り込み5分後のシャコガイの体液を分析した結果、体液中での主要な標識産物はグルコース(87%)であった。グリセロールがシャコガイ組織中でグルコースに変換される可能性を、14Cグリセロールをシャコガイ貝柱から組織中に注入した結果、5分後では、体液中に14C標識されたグルコースはほとんど検出されなかった。また、シャコガイ体液中に移行した13C標識された光合成産物を13C-NMRで分析した結果、C-3,4の位置に取り込まれた13C標識がC-1,6位よりも多かったことからこのグルコースは共生藻の光合成により生産されたものであることが示唆された。従来、単離共生藻が組織抽出液存在下でグリセロールを分泌することから、シャコガイ中で共生藻はグリセロールを分泌していると考えられてきた。しかし、以上の結果から、共生藻はシャコガイ組織中では、単離後組織抽出液存在下とは異なり、グルコースを分泌していることが示唆された。 以上本論文は、微細藻類とホヤや二枚貝など無脊椎動物間の共生現象について、進化の過程を分子系統的に追究し、宿主中の紫外線吸収物質の存在による保護の仕組みや、宿主に与える光合成産物としてグルコースの存在の示唆など新知見を得たものであって、学術上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |