学位論文要旨



No 213924
著者(漢字) 笠原,直人
著者(英字)
著者(カナ) カサハラ,ナオト
標題(和) 弾性追従概念に基づく非弾性挙動予測法に関する研究
標題(洋)
報告番号 213924
報告番号 乙13924
学位授与日 1998.07.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13924号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 朝田,泰英
 東京大学 教授 渡辺,勝彦
 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 助教授 加藤,孝久
 東京大学 助教授 中村,俊哉
内容要旨

 1963年その初版が発行された米国機械学会のボイラー圧力容器設計規則Sec.IIIは、材料の弾塑性挙動を考慮して設計許容値を定める方法を採用した、世界で初めての設計規格となった。これが提案した方法は、「解析による設計」と称され、構造材料の破損形態として、塑性崩壊、機能を損なう過大な進行性変形、および低サイクル疲労を指定し、これらの発生を防止するに必要な制限値を定め、これらを設計許容値とした。本規則は、総体的には弾性状態の構造物の局部に生じる塑性ひずみ挙動に関する洞察を行い、塑性ひずみに起因する破損を、弾性解析によって得られる仮想的な応力を制限することにより防止する特徴を有しており、弾性解析による応力を前述の三種の破損形態に対応させる為に、一次、二次、ピークの三成分に分類した。

 一次応力とは、主として外力との釣り合いを満たすために構造内部に発生する応力の成分である。二次応力とは、主として変形の適合条件を満足させる為に構造内部に発生する自己制限型の応力である。ピーク応力とは、構造全体から見れば局所的な高応力発生部で二次応力同様自己制限型であるが、高応力の発生する領域の広さが異なる。これらは構造全体の健全性に及ぼす影響の違いを考慮して区別したものであり、一次応力に対しては塑性崩壊防止の観点から、一次+二次応力に対しては進行性変形防止の観点から、一次+二次+ピーク応力に対しては疲労き裂発生防止の観点から、それぞれ、制限される。

 上の様な性格を持つが故に、一次応力は荷重制御型、二次応力とピーク応力は変位制御型と呼ばれ、構造の健全性に及ぼす影響が異なる。この概念を拡張すると、構造物に作用する負荷の分類にも応用できる。例えば、圧力、自重等の負荷は、構造物を崩壊に至らしめる性格を有し、荷重制御型と呼ぶことができる。一方、熱膨張等の熱負荷は、それによって構造に生じる応力が自己制御型であって、負荷が無制限に増加しない限り塑性崩壊には到らず、変位制御型である。

 Sec.IIIの規格は、材料にクリープが生じない低温で使用される構造を対象にしていた。1960年代の後半、米国で高速増殖炉開発計画が推進されると同時に、Sec.III規則をクリープ温度域に適用できるよう拡張する試みが始まった。この検討で、弾性追従と呼ばれる構造の破損形態が注目される事となった。弾性追従(Elastic Follow-up)とは、構造物中に高剛性低応力の部分と低剛性高応力の部分が併存するとき、低剛性高応力部で生じたクリープ変形の結果として生じる応力緩和によって高剛性低応力部に除荷が生じ、高剛性低応力部の変形の弾性回復分だけ低剛性高応力部の歪或いは変形が増加する結果、この部分に弾性変形では生じない過大な歪の集中が生じる現象である。その問題点は、たとえ、負荷が変位制御型であっても、又、応力が二次或いはピーク応力であっても、低剛性高応力部の歪は自己制御型ではなくなる点であって、応力分類上では変位制御型であっても荷重制御型としての性格を持つに到る点である。即ち、変形が自己制御型であると思っていた所に、予想よりも過大な変形が生じ、これが構造の思わぬ破損を招く原因となる可能性のあることである。

 弾性追従を生じる構造の設計は、荷重制御型と変位制御型の中間に位置する不静定問題となり、応力とひずみを求めるには、幾何学的適合条件、釣り合い式、および非弾性構成方程式を連立させる必要があり、ほとんどの場合非弾性有限要素法に頼ることとなる。非弾性有限要素法は、決定的な非弾性構成方程式が存在しないため使用者による解のバラツキが大きく、設計への適用が難しい。

 これに対し、弾性追従挙動は、高剛性低応力の棒と低剛性高応力の棒を直列に結合し全体の伸びを一様に保つ簡単なモデルで定性的に記述され、本モデルでは弾性追従係数なる唯一の指標を用いて、低剛性高応力局部の非弾性歪の集中を弾性解析結果から予測することが出来る。一般構造に対しても等価な弾性追従係数が定義できれば設計解析に利用できるため、多数の実験と非弾性解析の経験に基づき、工学的判断によって保守的な係数が定められた。

 但し、この様に定められた弾性追従係数は、あくまでおよその目安を与えるものと理解されてきた。又、その適用方法も、普遍的に応用できる様一般化されたものではなかった。

 ところで、この挙動に着目すると、同様な挙動が弾塑性解析の際にも存在する事が分かる。全ひずみ理論によって弾塑性問題を解析する場合、1回の荷重増分の間に繰り返し計算を行って、その荷重増分で生じた塑性歪増分を定めるが、この繰り返し過程で修正される応力と歪の軌跡は、弾性追従の場合と類似の挙動となる。この事から、弾性追従を解明することによって、それを弾塑性解析を初めとする構造物の応力解析に応用する事が可能であろうとの予測ができる。高速増殖炉等、高い信頼性を要求される高温構造物の設計では、計算の困難さ、経済的不利にも拘わらず、非弾性解析を多用した設計解析を行わざるを得ない状況にある。もし、弾性追従を利用した非弾性解析手法が開発されれば、たとえその結果が近似値を与えるものであっても、実用上のメリットは極めて大きい事が容易に予想できる。更に、現在の弾性追従係数のおおまかさを修正して、構造の幾何学的性質、負荷の力学的性質、材料の機械的特性の個々の相違を考慮に入れた、高精度の弾性追従係数を個別に決定する事を可能にし、高温構造設計全体を高度化する事も可能であろう。

 本研究は、以上の背景を考慮に入れ、先ず、本来のクリープによる弾性追従を再検討した。その結果、変断面棒では棒の剛性比と応力ひずみの非線形性から唯一の弾性追従係数が定量的に定まること、また、一般構造との相違点は、構造物中では二次応力再配分と局所的なピークひずみ集中の重畳による冗長性のため、弾性追従係数が負荷によって変化することであることが分かった。

 次に、クリープによる弾性追従と弾塑性変形の等価性を検討した。これにより、変断面棒モデルでは、クリープと同様に弾塑性に対しても、唯一の弾性追従係数が定量的に定まり、本係数による弾塑性挙動予測が可能となることが論証出来た。また一般構造に対しても、クリープと塑性の弾性追従挙動の間に類似性があることを、非弾性有限要素解析により確認した。

 以上の結果を踏まえ、一般構造に関する弾性追従係数の定量化の可能性を調べるため、冗長性の少ない実機構造例である直管と一個の応力集中部を有する切欠領域を選び、等価な弾性追従係数概念の有無を確かめた。その結果、直管に関しては材料や荷重に依らないほぼ一定の弾性追従係数を有していること、および応力集中部にも応力集中係数と材料特性の非線形性により決まる唯一の弾性追従係数が存在することを明らかにした。弾性追従モデルによる解析と強度評価の結果を検証するため、非弾性有限要素解析の解、および構造物クリープ疲労試験データとの比較を行ったところ、それぞれ妥当なものであることが確かめられた。

 更に、実構造で重要な複雑構造中の応力集中局部の非弾性歪に着目し、これを予測できるように弾性追従モデルの拡張を行う。一般構造の弾性追従挙動は、構造全体の剛性比が関与する二次応力再配分と局部に支配されるピークひずみ集中との2つの基本的な現象に区分できる。そこで、二次応力再配分とピークひずみ集中は、単独では冗長性が少ないため唯一の弾性追従係数を有し、それぞれを個別に決定した後に重畳させることによって、一般構造への弾性追従概念の適用が可能となると考えた。実際に、プラントに典型的な不連続構造であるYピースと胴板接合を取り上げ、二次応力再配分とピークひずみ集中の重畳挙動を調べた結果、重畳のメカニズムは直列並列弾性追従モデルで記述でき、両者に対する弾性追従係数が与えられれば、一般構造の弾性追従モデルによる非弾性挙動予測が可能となる見通しを得ることが出来た。

 構造を限定すれば、ピークひずみ集中と二次応力再配分に対してそれぞれ弾性追従係数を決定することが出来る。溶接構造物の強度低下の主要因は、材料不連続による二次応力再配分と、溶接余盛り端のピークひずみ集中の重畳と考えられる。従って、材料不連続に対する弾性追従係数と、ピークひずみ集中に対する弾性追従係数が得られれば、溶接構造物の非弾性挙動予測が可能となる。そこで、材料不連続に対する弾性追従係数が得られるように、変断面棒を拡張した一般化モデルを提案した。さらに、材料不連続に対する弾性追従係数と、余盛り端のピークひずみ集中に関する弾性追従係数とを、直列並列弾性追従モデルで重畳させた、溶接構造物の弾性追従モデルを提案した。一方、管板構造は複雑な3次元構造であり、多孔部と周辺部との間の二次応力再配分、および多孔部内の孔周りのピークひずみ集中が重畳する。そこで、両者に対する弾性追従係数を、孔径、孔ピッチ、および多孔部の等価直径といった基本的な形状パラメータによって予測する評価式を提案し、これらを直列並列弾性追従モデルで重畳させた管板構造の弾性追従モデルを開発した。

 一般構造物に対しても、二次応力再配分とピークひずみ集中のそれぞれに対する弾性追従係数を予測することが出来れば、弾性追従概念の適用が可能となる。そこで、一般構造物の弾塑性クリープ挙動と弾性追従係数の関係を調べ、二次応力再配分とピークひずみ集中の両者に対し、弾性追従係数が構造物中の弾塑性クリープひずみ領域の分布形状により定まることを明らかにした。この結果に基づき、弾性解析によって得られる応力分布と材料の降伏応力を用いて塑性ひずみの領域を予測し、構造物と等価な変断面棒の断面積と長さを評価することによって、二次応力再配分とピークひずみ集中に対する弾性追従係数を求める方法を提案した。こうして得られた弾性追従係数を直列並列モデルで重畳させることにより、弾性解析による一般構造物の非弾性挙動の評価が可能になる。本モデルは、クリープ変形と弾塑性変形に対する弾性追従挙動の等価性を利用することにより、クリープと塑性の両者に対して適用することが出来る。

 上記のように提案した、弾性追従の一般化モデルの妥当性を調べるため、段付き円筒モデルとYピースに対し、弾塑性ひずみを予測し、弾塑性有限要素法との相互比較を行った。その結果、提案した弾性追従の一般化モデルは、実用的な予測精度を有していることが確かめられた。

審査要旨

 本論文は、「弾性追従概念に基づく非弾性挙動予測法に関する研究」と題し、8章からなる。弾性追従とは、高温で使用される構造物に於いて、クリープ変形による応力再分布の結果として、高応力低剛性の局部に過大な歪集中が生じる現象であり、高温構造設計に於ける重要な検討課題として知られている。本研究は、この弾性追従の機構を、構造物中の応力分布と関連させて詳細に検討し、一般の高温構造物の局部歪集中と弾性追従との関連を明らかにし、更に、弾塑性理論に於ける全歪理論での応力歪の逐次近似解の挙動が弾性追従と同等であることを明らかにした。この結果を応用し、弾性解析によって求められた構造物の応力分布に基づいて、応力集中部等の高応力部の非弾性歪を、弾性追従概念に基づいて、高精度で予測できる実用的な手法を開発したものである。

 第1章は「序論」であり、構造物に生じる応力の状態を整理し、高温構造物の健全性に於ける弾性追従の重要性について述べ、弾性追従の程度を表現する弾性追従係数が、構造物に発生する応力分布と密接な関係を有することを指摘し、この係数を用いて構造物の非弾性歪の予測を行う事が可能である事を指摘し、複雑な形状、負荷状態にある一般の構造物について、弾性追従係数を一般的、且つ、高精度で決定する手法の開発を目的とする事を述べている。

 第2章は「弾性追従のメカニズムと定量モデル」と題し、基本的な変断面棒モデルを用いて弾性追従の基本的性質を検討し、クリープ変形と塑性変形に於ける歪の局部集中の機構が同一である事を明らかにした。又、この局部歪集中と非弾性変形による応力再分布の挙動を解析して、構造物全体に占める高歪領域の程度により弾性追従の大きさが異なる事を明らかにし、より精緻な弾性追従係数の決定を行う必要のあることを示した。

 第3章は「弾性追従定量モデルの直管・切欠への適用」と題し、熱応力を受ける管の詳細非弾性解析を行い、弾性追従係数を決定すると同時に、応力集中部の弾性追従係数を応力集中係数を用いて記述する方法を提案した。

 第4章は「組合せ弾性追従モデルの提案と構造不連続部評価への適用」と題し、典型的な複雑形状、応力分布を有するYピースの詳細非弾性解析を行って、高応力局部の応力と領域の大小を考慮できる弾性追従モデルとして直列並列モデルを考案し、その弾性追従係数を決定した。

 第5章は「材料不連続に対する弾性追従モデルの提案と溶接構造物評価への適用」と題し、溶接部に生じる局部歪集中の挙動を考察し、材料不連続を考慮する弾性追従モデルを考案し、その弾性追従係数を決定した。

 第6章は「多孔板の弾性追従モデルと管板構造評価法の提案」と題し、過渡的熱応力を受ける管板の非弾性変形挙動を詳細に解析し、この結果に基づいて、管孔部周辺の応力再分布を総体的な部分と局部的な部分に分離し、それぞれに対して弾性追従係数を決定した。更に、これを直列並列弾性追従モデルの概念を用いて結合し、管板等の多孔板構造の弾性追従モデルを考案し、詳細解析結果、試験結果と比較してその妥当性を検証した。

 第7章は「弾性追従の一般化モデルの構築」と題し、前章までに提案し、検証を行ってきた直列並列弾性追従モデルの一般化を行ったもので、本論文の主要部である。即ち、前章までの検討結果を総合し、一般構造に於ける応力分布が、低応力の弾性核部分と、構造不連続部等の広い高応力部、更に、その中の応力集中部からなることに着目し、弾性解析により得られた応力分布から、これらの領域の広さと剛性を定める手順を提案し、この結果を用いて5要素からなる直列並列弾性追従モデルを構成し、各部位の弾性追従係数を求める手続きを決定した。この結果を詳細非弾性解析結果と比較検討し、極めて良好な一致を示すことを明らかにし、この手法によって、弾性解析結果から、構造物局部の非弾性歪を容易に予測する事を可能にした。

 第8章は「結論」であって、各章で得られた知見を総合して、本研究で得られた成果を要約している。

 以上要するに、本論文は、高温構造で生じる弾性追従挙動を理論、数値解析、及び、実験により詳細に検討し、クリープだけでなく塑性にも拡張できることを明らかにし、次いで、構造物中の応力分布、非弾性変形による応力再分布挙動と比較して、直列並列弾性追従モデルを考案して構造不連続部に加え、局部的な応力集中の効果を取り入れる事ができるよう弾性追従概念を拡張し、最終的に、構造物の弾性応力解析結果から直列並列モデルを構成し、且つ、その弾性追従係数を決定する一般的方法を提案し、それによる構造局部の非弾性歪の正確な予測が可能であることを示したもので、機械工学、材料力学の発展に貢献する所が極めて大きい。

 よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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