学位論文要旨



No 213926
著者(漢字) 井田,次郎
著者(英字)
著者(カナ) イダ,ジロウ
標題(和) 高速・低消費電力サブミクロンCMOSデバイス技術の研究
標題(洋)
報告番号 213926
報告番号 乙13926
学位授与日 1998.07.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13926号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊藤,良一
 東京大学 教授 尾鍋,研太郎
 東京大学 教授 白木,靖寛
 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
内容要旨

 シリコン半導体大規模集積回路(Si-LSI:Silicon-Large Scale Integrated Circuit)は、1970年初頭の汎用プロセッサとDRAMの登場以来、3年で4倍の集積度向上が実現され、今日では、あらゆる電子機器の基幹構成要素となっている。その構成要素となるデバイスは、縮小化に適したMOSFET(etal-xide-emiconductoer ield-ffect ransistor)である。また、そのゲート長が1mを切るサブミクロン時代となり低消費電力であることと設計の容易さからCMOS(omplementary )が主流のデバイスとなった。その高集積化、高速・低消費電力に代表される高性能化は、留まること無く発展している。さらに、近年のマルチメディア化で要求される3次元画像処理、並びに、情報機器の携帯化は、CMOSプロセス・デバイスに今以上の高速・低消費電力化を要求している。

 本論文はゲート長が1mを切るサブミクロンCMOSプロセス・デバイス技術において、高速化・低消費電力化の追究に主眼を置き検討した内容をまとめたものである。CMOSプロセス・デバイスで高速・低消費電力化を図るには、MOSFETの縮小化による高駆動力化が、まずその基礎となる。サブミクロン時代になると、さらに、それ以外の寄生抵抗・容量の低減が重要になる。すなわち、MOSFETのソース・ドレイン領域の寄生抵抗・容量の低減、さらには、配線抵抗・容量の低減が、高速・低消費電力化のための重要課題として追加される様になった。ここでは、これらの3つの観点から具体的な検討を行なった。すなわち、MOSFETの縮小化の検討、ソース・ドレイン領域の寄生抵抗と容量の低減の検討、さらには、配線負荷の低減の検討である。

 第1章で研究の背景と目的、さらに、論文の構成と概要を述べた。第2章では、第3章以降の具体的な検討の基礎として、MOSFETを縮小化する上での課題とサブミクロン時代となり寄生抵抗・容量が顕在化した理由をまとめた。第3章では、MOSFET単体の縮小化について具体的に検討した内容を述べた。第4章では、ソース・ドレインの寄生抵抗・容量の削減について、それを実現するTiSi2のサリサイドプロセスとそれを発展させたTiSi2のローカル配線プロセスの検討を通して述べた。第5章においては、近年その重要性が高まっている配線負荷の低減について検討した内容を述べた。

 本研究の具体的な内容と得られた成果を要約すると以下の様になる。

(1)MOSFETの縮小化の検討

 a.サブミクロン時代には、ホットキャリア効果の抑制のためLDD(Lightly Doped Drain)構造MOSFETが主流となった。そのLDD構造MOSFETの性能評価の基礎となるソース・ドレイン間の距離に正確に対応する実効ゲート長の測定法の提案を行った。ゲート電圧によるLDD層の抵抗変調に起因した従来法の不正確さをなくすため、この方法では、一旦あるゲート電圧近傍でそのゲート電圧での実効ゲート長を求め、それをしきい値電圧に外挿することで正確に測定できる様にした。

 b.この方法を使うことにより、異なるLDD構造MOSFET間でのデバイス性能の比較を初めて物理的イメージと合う形で可能とした。特に、サブミクロンMOSFETのAC動作解析で重要なオーバーラップ容量の解析を可能とした。

 c.同一実効ゲート長で比較すると、0.8m時代に提案されたオーバーラップ型LDD構造MOSFETではオーバーラップ容量の増大がドレイン電流の増大を上回わってしまう。その結果、通常型LDD構造MOSFETに比べて伝搬遅延時間が遅くなることを初めて明確に示した。

 d.以上の検討を基礎として、低電圧でも高速なハーフミクロンCMOSデバイス構造であるNarrow Sidewall型CMOS構造の提案を行った。この構造は、Narrow SidewallとRetrogradeチャネルプロファイルの2つの特徴を持つ。前者は、ホットキャリア耐性を維持しつつ駆動電流を大きくでき、後者は、短チャネル効果を抑制しつつ垂直方向の電界を弱めることで駆動電流を大きくできる。さらに、5ボルトから3.3ボルトへと電源電圧を低電圧化しても、この構造がこれまでの5ボルト系での比例縮小則のトレンドに沿った高速性を持つことを実証した。

 ここで提案した測定法は、現在も国内外で広く使用・検討されている。また、Narrow Sidewall型CMOSは、0.5m時代の最適解のひとつとして実用化・量産されている。

(2)ソース・ドレイン寄生抵抗・容量の低減の検討

 a.ソース・ドレイン領域に選択的に低抵抗な金属珪化物を成長させることで低抵抗化ができるサリサイドプロセスについて詳細に検討した。特に、このプロセスをサブハーフミクロンMOSFETに適用する場合、不純物の再分布が重大な課題になることを明確にした。浅い接合を持つP型チャネルMOSFETにおいて、さらに、ポストアニールを行なうとドレイン電流の劣化が起こることを見い出した。物理分析と、新たに構築したプロセス・デバイスシミュレーションの解析によりTiSi2中への不純物の再分布がその原因であることを明確にした。

 b.この問題の解決法であり、かつ、設計自由度の高い2重ソース・ドレイン構造を提案した。2重ソース・ドレイン構造では、高濃度不純物注入を微細MOSFET用とサリサイド用にそれぞれ最適化し2回行う。2回目の注入は、比較的長いサイドウォールをマスクとして行うことで、微細MOSFETの短チャネル効果に影響を与ることなく、ドレイン電流の低下を防止でき、さらに、接合リーク電流の増加も防止できることを実証した。

 c.抵抗ばかりでなく、ソース・ドレイン領域の寄生容量も低減可能なTiSi2ローカル配線プロセスについて詳細に検討した。特に、ローカル配線層で接続されたN+/P接合とP+/N接合では、P+/N接合の特性のみ劣化することを見い出した。また、評価用のテストパターンを工夫することで、これが不純物の相互拡散によっていることを示した。さらに、この現象を説明する相互拡散モデルを提示した。すなわち、TiSi2ローカル配線での相互拡散は、SiからTiSi2への拡散とTiSi2からSiへの拡散の2つのステップから成っている。ボロンは、TiSi2中でTiBとなり第2のステップが起こらないためP+/N接合の特性のみ劣化する。

 d.このローカル配線技術が、今後の低電源電圧下でのさらなる低消費電力CMOS技術として重要であることを示した。基本回路に適用し1ボルトの電源電圧で25%の低消費電力化が達成されることを示した。さらに、SRAMマクロにも適応して大規模LSI中での消費電力低減の効果も具体的に実証した。同世代の微細加工技術であるにもかかわらず、マクロの面積は31%小さくなり、消費電力は1ボルトの電源電圧でやはり25%程度小さくなることを示した。

 e.ローカル配線の適用で実現される小さな2ポートSRAMで問題となるビット線間の干渉による誤動作を防止する方式として、Divided Layer Bitline Dual Port方式SRAMを提案した。この方式は、従来同じ配線層で形成していたビット線対を異なる層の配線層で形成し、その間にシールドのため電源・グランド線を配置するものである。実際に、ビット線間の干渉ノイズを1/10にでき誤動作しないことを実証した。

(3)配線負荷の低減

 a.配線抵抗と配線容量のLSI中での位置づけを対比して検討し、低抵抗材料はグローバルな配線領域のみで遅延時間改善に効果があるのに対して、低誘電率膜はLSI中のローカル、及び、グローバルの両配線領域で効果があることを示し、低誘電率膜開発の重要性を指摘した。

 b.低誘電率絶縁膜であるフッ素添加の酸化膜(SiOF膜)をLSIに適用し、デバイス特性に現れる新しい現象を見い出した。メタル配線上層の膜として窒化膜を堆積した場合のみ、SiOF膜中の沸素がMOSFETのゲート酸化膜へも有為な程度、拡散し、その誘電率を下げ、相互コンダクタンス等のデバイス特性を変化させることを明らかにした。また、この結果から正確な評価を可能とし、SiOF膜による遅延時間改善の効果を0.35m CMOSで実証した。

 c.さらに、回路シミュレーションでの解析も併用して、比例縮小則に沿って回路の遅延時間と消費電力に関する検討を行った。その結果、隣接容量の増大に起因した配線容量の増大がトランジスタ性能の向上の効果を上回り、0.35m CMOS世代において遅延時間と消費電力とも前世代より悪くなり得ることを明確にした。この意味で、SiOF膜に代表される低誘電率膜が0.35m CMOSで既に不可欠であることを示した。

 本研究が契機のひとつとなり、低誘電率膜の研究が近年盛んになっている。また、SiOF膜の形成装置も装置メーカーより発表される様になった。

審査要旨

 本論文は「高速・低消費電力サプミクロンCMOSデバイス技術の研究」と題し、サブミクロンCMOS(Complementary Metal-Oxide-Semiconductor)大規模集積回路の高速化と低消費電力化を達成するため、プロセス・デバイス技術を総合的に追究した結果をまとめたものである。

 シリコン半導体大規模集積回路は、1970年初頭の汎用プロセッサとDRAMの登場以来、3年で4倍の速度で集積度が向上し、今日ではあらゆる電子機器の基幹構成要素となっている。その中心となるデバイスは、低消費電力化と設計の容易性からCMOSが主流であり、その高集積化、高性能化は留まること無く発展してきた。特に近年マルチメディア技術で要求される3次元画像処理と情報機器の携帯化は、CMOSプロセス・デバイスにさらなる高速・低消費電力化を要求している。

 本論文ではサブミクロンCMOS大規模集積回路の高速化・低消費電力化を達成するため、プロセス・デバイス技術の立場からその基礎となるMOSFETの縮小化、サブミクロン時代に顕在化してきたソース・ドレイン領域の寄生抵抗・容量の低減、さらには、昨今の重要課題である配線抵抗・容量の低減について幅広く検討し、高速化・低消費電力化の追究を行なっている。

 本論文は6章より構成されている。

 第1章は「序論」であり、研究の背景と目的、さらに、論文の構成について述べている。

 第2章は「MOSFET縮小化の課題と寄生抵抗・容量の顕在化」と題し、第3章以降の具体的な検討の技術的背景をまとめている。短チャネル効果、比例縮小則、駆動力向上率の劣化、ホットキャリア効果とMOSFET構造の変遷、及び寄生効果の顕在化をまとめている。

 第3章は「MOSFET縮小化による高速・低消費電力化の検討」と題し、集積回路の高速・低消費電力化の基礎となるMOSFET単体の縮小化について検討した内容を述べている。サブミクロン時代に主流となったLDD(Lightly Doped Drain)構造MOSFETにおいて、正確なチャネル長が得られる測定法を提案している。この方法により、物理的に意味のあるデバイス構造間の性能比較がはじめてできる様になったことを述べ、また、その応用により、それまで不明確であったオーバーラップ型LDD構造MOSFETのAC特性の解析を行ないこの構造の欠点を明確にしている。その知見をもとに低電圧でも高速なNarrow Sidewall型CMOS構造を提案しその性能を実証している。

 第4章は「ソース・ドレイン寄生抵抗・容量の低減の検討」と題し、ソース・ドレインの寄生抵抗・容量の削減に関して、チタンシリサイドのサリサイドプロセスとそれを発展させたローカル配線プロセスの検討結果を述べている。サリサイドプロセスをサブハーフミクロンMOSFETに適用する場合、不純物の再分布が重大な課題になることを試作、物理分析、およびプロセス・デバイスシミュレーションにより明確にしている。また、それを解決するデバイス構造である2重ソース・ドレイン構造を提案している。抵抗に加えて、ソース・ドレイン領域の寄生容量も低減可能なローカル配線プロセスについて詳細に検討し、ローカル配線層で接続された両極性の接合では、P+/N接合の特性だけが劣化するという接合リーク現象を見出しその原因を解析し解決法を示唆している。さらに、この方式を実際のSRAMマクロに適用し、高速・低消費電力化の効果を実証している。また、この検討の中で生まれたビット線間の干渉による誤動作を防止するDual Port SRAMとして、Divided Layer Bitline Dual Port方式を提案し効果を実証している。

 第5章は「配線負荷の低減の検討」と題し、近年その重要性が高まっている配線負荷の低減について検討している。集積回路構成の考察とモデル化による遅延時間の計算により配線抵抗と配線容量のLSI中での重要性を対比して検討し、それまで強調されていなかった低誘電率膜開発の重要性を指摘している。また、低誘電率膜の例としてフッ素添加の酸化膜(SiOF膜)をLSIに適用しデバイス特性に現れる新しい現象を見出しその原因を解析している。SiOF膜による遅延時間改善の効果を0.35m CMOSで実証し、さらに回路シミュレーション解析も併用することで比例縮小則に沿っての配線負荷の低減の必要性を明確に示している。

 第6章は「総括」と題し、本論文の内容、得られた成果を簡潔にまとめている。

 以上の様に、本論文はサブミクロンCMOSプロセス・デバイスにおいて、高速・低消費電力化を図る上で必要な諸技術を総合的に深く掘り下げている。ここで得られた実効ゲート長の測定法は現在国内外で広く使われており、また新デバイス構造の提案、新現象の解析、開発指針の提案、そしてこれらの結果得られたサブミクロンCMOSの高速・低消費電力化はシリコン大規模集積回路の性能向上に大きく寄与し、物理工学への貢献が大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51080