本論文は「0.8〜1.0m帯GaAs系高出力半導体レーザの研究」と題し、光ディスクなどの情報端末機器や光ファイバ増幅器励起に用いる発振波長0.8〜1.0m帯の横モード制御された高出力・高信頼半導体レーザを実現することを目的として行なわれた研究についてまとめたものである。 発振波長0.8〜1.0m帯高出力半導体レーザを実用化するには、高出力時まで安定に横モード動作すること、高出力動作時における高信頼性を実現することが必須となる。横モード動作を不安定にする要因は、ビームシフトまたは高次モード発生によって生じる半導体レーザの光出力-電流特性のキンクの発生である。したがって、高出力までキンクが発生しない構造の実現が必須となる。また、高出力時の劣化は、劣化部位により内部劣化、端面劣化に分類される。内部劣化は、結晶性の不良および素子作製プロセス中に導入されたた結晶欠陥から発生する。素子駆動中にこの結晶欠陥が増殖し、ついには素子を破壊するに至るのである。また、端面劣化は波長1.0m以下の高出力半導体レーザに特有の劣化モードで、過大光出力による端面の結晶溶融により起こる。したがって、高信頼度化を実現するためにはこれら内部劣化と端面劣化を抑制することが必須となる。このように、高出力かつ長寿命の0.8〜1.0m帯半導体レーザを実用化するには、数々の課題を解決する必要がある。本論文は、これらの課題を解決することにより、高出力まで横モード制御された0.8〜1.0m帯高信頼性半導体レーザを実現することを目的としている。 本論文は7章から構成されている。 第1章は「序論」であり、本研究の背景と目的、及び本論文の構成について述べている。 第2章は「高出力半導体レーザの設計理論」と題し,導波路の最適設計手法として本研究で採用したマトリックス接続法を紹介している。さらに、半導体レーザの高性能化に重要な量子井戸構造の理論についても紹介している。 第3章は「AlGaAS系0.8m帯自己整合型半導体レーザ」と題し、光ディスク、レーザビームプリンタ等光情報端末機器の光源用として0.8m帯AlGaAs系自己整合型半導体レーザを検討している。ここでは、従来課題であった再成長界面の結晶性の劣化を抑制するために、新たに提案した界面改良型自己整合型構造の導波路設計、試作、評価結果が記述されている。本構造では、再成長界面に界面改良層を導入し、かつ、界面改良層が光電界分布に及ぼす影響を抑制するために埋め込みクラッド層を屈折率の小さい材料により形成した点が新しい。この結果、再成長界面での結晶性が向上し、MOVPE法による半導体レーザとしては研究遂行当時最高光出力、最長時間である20mW、2000時間の安定動作(雰囲気温度50℃)を得、高出力高信頼動作を実現している。このように、酸化されやすいAlを含む材料系であるAlGaAs系半導体レーザにおいて再成長界面での酸化の問題を解決したことは、高信頼性を有するAlGaAs系半導体レーザの実現の為の開発指針となるものである。 第4章では「位相同期型半導体レーザアレイ」と題し、0.8m帯AlGaAs半導体レーザの高出力化を目的として、互いに光結合した複数のストライプを有する位相同期型半導体レーザアレイを検討している。まず、位相同期型半導体レーザアレイの横モード特性の理論解析を行い、その結果に基づいてストライプとストライプの間に損失を設けた構造による180°位相同期型半導体レーザアレイを作製し、パルス駆動時において180°モードの単一横モード発振を得ている。また、連続駆動時において最外部のストライプのみ位相同期せず、これがストライプ領域内の温度分布に起因することを実験的、理論的に示している。ついで、連続駆動時における横単一モード動作実現を目的として、ストライプ領域内の温度分布を均一化するためにダミーストライプを設けた180°位相同期型半導体レーザアレイを提案、作製し、ストライプ領域幅15m以上の素子において初めて連続駆動時において単一横モード発振を得ている。本結果は、位相同期型半導体レーザアレイのみならず、幅広いストライプ領域を有するすべての半導体レーザにおいてストライプ領域の温度分布均一化による横モード安定化実現の為の開発指針となるものである。 第5章では「InGaAsP系0.98m帯歪量子井戸半導体レーザ」と題し、長距離大容量光伝送システムに用いられるErドープ光ファイバ増幅器励起用光源としてAlを含まない材料系であるInGaAsP系を用いた0.98m帯半導体レーザの検討結果が記述されている。まず、本研究で新たに提案したリッジ埋込型実屈折率導波構造の導波路設計、試作、評価結果が記述されている。本構造では、ストライプ領域内のみに屈折率の高い光導波路層を設けることにより実屈折率導波構造を実現している点が新しい。さらに、素子表面が平坦化されているため、従来広く用いられてきたリッジ構造と比較して、放熱特性、内部ストレスの面で有利である。また、実屈折率導波の設計自由度が高い。本研究では、構造を最適化することにより安定な横モード動作を得ている。また、活性層の内部歪抑制により結晶性を向上し、高信頼度化を図るために活性層にInGaAs圧縮歪量子井戸とは反対方向の引っ張り歪を有したInGaAsP障壁層を導入した歪補償量子井戸構造を採用している。障壁層をInGaAsPとすることにより量子井戸層と障壁層とのエネルギーギャップ差を大きくすることが可能となり、従来構造であるGaAs障壁層の場合と比較して温度特性の改善を図っている。また、歪補償量子井戸構造を有する素子において初めて信頼性を確認し、内部歪抑制による活性層の結晶性向上を図ることによる高信頼度化を示している。このように、本研究により高出力まで安定な横モードを有し、かつ、内部劣化要因を抑制した高信頼度化の為の開発指針となるものである。 第6章では「InGaAsP系0.98m帯半導体レーザの端面劣化抑制による高信頼度化」と題し、高出力時における端面劣化を抑制することにより高信頼化を図った検討結果を述べている。まず、端面部に電流非注入領域を設けることにより端面での非発光再結合に起因する端面劣化抑制を図っている。この結果、最高光出力は端面劣化発生ではなく熱飽和により制限された。次に、安定な横モード特性を維持しながら出射端面でのスポットサイズ拡大することによって高信頼度化を図るべく、光密度の小さい後端面でストライプ幅が狭く、前端面で光密度低減のためストライプ幅が広く、また、モード変換が損失なく行なえるよう指数関数的にストライプ幅が変化する遷移領域を設けた指数関数型フレアストライプ構造を初めてレーザに適用、検討を行っている。その結果、キンク発生光出力は後端面側のストライプ幅によって決定され、前端面での光スポットサイズは前端面側のストライプ幅によってそれぞれ独立に決定されていることが判明し、指数関数型フレアストライプ構造の採用により従来トレードオフの関係にあったキンク発生光出力向上と最高光出力向上を同時に実現することのできる構造であることを示している。この素子の光出力150mWにおける推定寿命は約20万時間以上であり、実用レベルであることが判明した。この結果は、本研究遂行当時の世界トップレベルの高出力・高信頼性である。 第7章では「総括」と題し、本論文の内容を簡潔にまとめている。 以上のように、本研究では、高出力・高信頼性半導体レーザを実現するために、導波路構造と素子構造の最適化による内部劣化の抑制、端面での非発光再結合の抑制、新しいストライプ構造の提案による端面劣化の抑制を行った。この結果、0.8〜1.0m帯の横モード制御された高出力・高信頼性半導体レーザを実現することができた。これらの成果は半導体レーザ工学へのインパクトが大きく、したがって、物理工学への貢献が大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |