学位論文要旨



No 213929
著者(漢字) 佐川,みすず
著者(英字)
著者(カナ) サガワ,ミスズ
標題(和) 0.8〜1.0m帯GaAs系高出力半導体レーザの研究
標題(洋)
報告番号 213929
報告番号 乙13929
学位授与日 1998.07.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13929号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊藤,良一
 東京大学 教授 尾鍋,研太郎
 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 助教授 五神,真
内容要旨

 本研究は、情報端末機器で用いられる光ディスク書き込み及びレーザビームプリンタ用の光源、長距離大容量光伝送システムで用いられるErドープ光ファイバ増幅器励起用光源として用いるための発振波長0.8〜1.0m帯の横モード制御された高出力・高信頼半導体レーザを実現することを目的として行なわれた。

 高出力まで安定に横モード制御するために、導波路構造として実効屈折率導波による実屈折率導波路構造を採用した。また、素子を構成する膜厚、材料組成、共振器長等の構造パラメータを最適設計した。この結果、高出力まで安定な横単一モード動作する素子を実現した。このように、本研究で検討した構造が安定な横モード動作に適していることを示した。また、高出力動作時における高信頼度化を実現するために、素子構造、素子作製プロセス、結晶材料系による、内部歪、結晶欠陥、構造ストレスに帰因した内部劣化の抑制、及び、出射端面での光スポットサイズ拡大や非発光再結合抑制による、発振波長1m以下の素子に特有の劣化モードである端面劣化の抑制の検討を行った。この結果、高出力動作時における高信頼度化を実現した。このように、本研究により横モード制御された発振波長0.8〜1.0m帯高出力半導体レーザの実用化への指針を得た。

 得られた結果を各章ごとにまとめると以下の通りである。

<第1章>

 高出力・高信頼半導体レーザを実現するためには、最適な導波路構造、内部劣化や端面劣化の抑制等、様々な課題を解決する必要がある。本研究は、これらの課題を解決することにより、発振波長0.8〜1.0m帯の高出力まで横モード制御された高出力・高信頼半導体レーザを実現することを目的とした。

<第2章>

 高出力まで安定な横モード動作を実現するためには導波路の最適設計は必須である。本章では、本研究で用いたマトリックス接続法による導波路の解析方法の詳細を紹介した。さらに、半導体レーザの高性能化に重要である量子井戸構造の理論についても紹介した。

<第3章>

 光ディスク、レーザビームプリンタ等光情報端末機器の光源として用いられることを目的とした0.8m帯自己整合型半導体レーザにおいて、再成長界面での酸化の影響を抑制するためにAlGaAs界面改良層を導入した構造を新規に提案、設計、作製した。作製した素子において、光出力100mW以上まで安定な横単一モード発振を得た。また、雰囲気温度50℃における20mW一定光出力条件下での信頼性試験にかけたところ2000時間経過後も顕著な劣化も見られず、高信頼動作を実現した。MOVPE法によるモード制御された0.8m帯AlGaAs系高出力半導体レーザ素子において、本研究遂行当時、上記信頼性試験条件の光出力20mWは最大の光出力であり、また、2000時間の安定動作は最長時間である。このことから、再成長界面の結晶性が十分に良好であり、且つ、本構造が高出力・高信頼度化に適した構造であることが示された。

<第4章>

 0.8m帯AlGaAs半導体レーザのさらなる高出力化を目的として、互いに光結合した複数のストライプを有する位相同期型半導体レーザアレイの検討を行なった。位相同期型半導体レーザアレイの横モード特性の理論解析の結果に基づいてストライプとストライプの間に損失を設けた構造による180°位相同期型半導体レーザを作製し、パルス駆動時において高次モードの一つである180°モードにおける単一横モード発振を得た。しかしながら、連続駆動時において最外部のストライプのみ位相同期せず、これがストライプ領域内の温度分布に起因することを実験的、理論的に示した。連続駆動時においてもストライプ領域内の温度分布を均一化するためにストライプ領域の外側に電流は注入されるが発振には寄与しないダミーストライプを設けた構造を新規に提案、作製し、連続駆動時において180°モードにおける単一横モード発振を得た。このように、ダミーストライプによるストライプ領域の温度分布均一化により、連続駆動時、パルス駆動時のいずれの場合も安定な横モード特性を有する位相同期型半導体レーザアレイの実現が可能であることが判明した。位相同期型半導体レーザアレイ素子において、パルス駆動時における横単一モード発振を得た光出力90mWは本研究遂行時点で世界最高光出力である。また、高出力動作時に重要となるストライプ領域幅が15m以上の素子において、連続駆動時に横単一モード動作を得たのは本研究が初めてである。

<第5章>

 長距離大容量光伝送システムに用いられるErドープ光ファイバ増幅器励起用光源としてAlフリー材料系であるInGaAsP系を用いた0.98m帯半導体レーザを作製した。まず、独自の構造であるリッジ埋込型導波路構造を提案、設計、作製した。この結果、初期特性として100mW以上まで安定な横モード動作を得、本構造が安定な横モード動作に適していることが判明した。また、活性層閉じ込め係数低減による温度特性劣化の抑制及び活性層内部歪抑制による結晶性の向上を目的として、活性層にInGaAs圧縮歪量子井戸とは反対方向の引っ張り歪を有したInGaAsP障壁層を導入した歪補償量子井戸構造を採用した。高出力化実現の為に活性層閉じ込め係数低減が必須である0.98m帯半導体レーザにおいて、量子井戸層内への注入キャリア閉じ込めの高効率化は駆動電流、雰囲気温度の観点から本質的である。本構造において、障壁層として従来広く用いられてきたGaAsに代えてInGaAsP層を採用することにより量子井戸層のポテンシャル障壁拡大を図り、注入キャリアの閉じ込めを強め、高出力化への指針を得た。さらに、歪補償量子井戸構造を有する素子において初めて信頼性を確認し、高信頼度化の指針を得た。本研究で得られた結果は本研究遂行当時、世界トップレベルの高出力・高信頼性を示している。さらに、縦モード安定化の為に分布帰還型構造を本材料系で初めて試作し、分布帰還モードでの発振を得た。この素子の縦モード特性は通常のファブリペロー型素子と比較して発振波長の駆動電流依存性は1/10以下、温度依存性が1/5であった。このように、分布帰還型構造とすることにより、駆動電流、雰囲気温度の変動に対して安定な縦モード動作を得ることができることが示された。

<第6章>

 高出力まで安定に横モード制御された0.98m帯半導体レーザにおいて、端面劣化を抑制することによる高信頼度化の検討を行った。特に、高度な技術や複雑な素子作製プロセスを導入することなく効果的に端面劣化を抑制する方法として、端面電流非注入構造、及び、フレアストライプ構造の検討を行った。まず、端面での非発光再結合抑制による端面温度上昇を抑えるために端面電流非注入構造を有する素子を作製した。本素子において、最高光出力が端面破壊発生ではなく熱飽和により制限された。このように、端面電流非注入構造が端面劣化抑制のために極めて有効であることが判明した。次に、安定な横モード特性を維持しながら出射端面での光スポットサイズ拡大を図ることにより端面での光密度を低減し、光吸収による温度上昇抑制を図るために共振器長方向にストライプ幅が変化するストライプ構造の検討を行った。まず、ストライプ幅が端面近傍のみ広くなっている端面幅広型フレアストライプ構造を検討し、キンク発生光出力は素子内部のストライプ幅で決定され、最高光出力は端面部のストライプ幅で決定されることを示した。この結果、共振器長方向にストライプ幅を変化させるフレアストライプ構造が安定な横モード発振と端面劣化抑制を同時に実現させるために有効な手段であることが示された。さらに、安定な横モード特性を維持ながら出射端面での光スポットサイズの拡大をさらに効率よく行うために、光密度の小さい後端面でストライプ幅が狭く、前端面で光密度低減のためストライプ幅が広く、また、モード変換が損失なく行なえるよう指数関数的にストライプ幅が変化する遷移領域を設けた指数関数型フレアストライプ構造を初めてレーザに適用、検討を行った。この構造は、ストライプ幅の変化が指数関数的であるためにモード変換損失がほとんどないため、端面幅広型フレアストライプ構造と比較して、より高出力化に適していると考えられる。本構造は、キンク発生光出力は後端面側のストライプ幅によって、前端面での光スポットサイズは前端面側のストライプ幅によってそれぞれ独立に決定されており、キンク発生光出力向上と最高光出力向上を同時に実現することのできる構造であることが判明した。また、25℃における光出力150mW推定寿命は20万時間以上であり、実用レベルであることが判明した。本研究で得られた結果は、本研究遂行当時、世界トップレベルの高出力・高信頼性を示している。これらのことから、本素子はErドープ光ファイバ増幅器の励起用光源として有望である。

<第7章>

 高出力・高信頼半導体レーザを実現するために、導波路構造の最適化、素子構造の最適化による内部劣化抑制、新規ストライプ構造の提案による端面劣化の抑制を行った。この結果、発振波長0.8〜1.0m帯の高出力まで横モード制御された高出力・高信頼半導体レーザを実現することができた。

審査要旨

 本論文は「0.8〜1.0m帯GaAs系高出力半導体レーザの研究」と題し、光ディスクなどの情報端末機器や光ファイバ増幅器励起に用いる発振波長0.8〜1.0m帯の横モード制御された高出力・高信頼半導体レーザを実現することを目的として行なわれた研究についてまとめたものである。

 発振波長0.8〜1.0m帯高出力半導体レーザを実用化するには、高出力時まで安定に横モード動作すること、高出力動作時における高信頼性を実現することが必須となる。横モード動作を不安定にする要因は、ビームシフトまたは高次モード発生によって生じる半導体レーザの光出力-電流特性のキンクの発生である。したがって、高出力までキンクが発生しない構造の実現が必須となる。また、高出力時の劣化は、劣化部位により内部劣化、端面劣化に分類される。内部劣化は、結晶性の不良および素子作製プロセス中に導入されたた結晶欠陥から発生する。素子駆動中にこの結晶欠陥が増殖し、ついには素子を破壊するに至るのである。また、端面劣化は波長1.0m以下の高出力半導体レーザに特有の劣化モードで、過大光出力による端面の結晶溶融により起こる。したがって、高信頼度化を実現するためにはこれら内部劣化と端面劣化を抑制することが必須となる。このように、高出力かつ長寿命の0.8〜1.0m帯半導体レーザを実用化するには、数々の課題を解決する必要がある。本論文は、これらの課題を解決することにより、高出力まで横モード制御された0.8〜1.0m帯高信頼性半導体レーザを実現することを目的としている。

 本論文は7章から構成されている。

 第1章は「序論」であり、本研究の背景と目的、及び本論文の構成について述べている。

 第2章は「高出力半導体レーザの設計理論」と題し,導波路の最適設計手法として本研究で採用したマトリックス接続法を紹介している。さらに、半導体レーザの高性能化に重要な量子井戸構造の理論についても紹介している。

 第3章は「AlGaAS系0.8m帯自己整合型半導体レーザ」と題し、光ディスク、レーザビームプリンタ等光情報端末機器の光源用として0.8m帯AlGaAs系自己整合型半導体レーザを検討している。ここでは、従来課題であった再成長界面の結晶性の劣化を抑制するために、新たに提案した界面改良型自己整合型構造の導波路設計、試作、評価結果が記述されている。本構造では、再成長界面に界面改良層を導入し、かつ、界面改良層が光電界分布に及ぼす影響を抑制するために埋め込みクラッド層を屈折率の小さい材料により形成した点が新しい。この結果、再成長界面での結晶性が向上し、MOVPE法による半導体レーザとしては研究遂行当時最高光出力、最長時間である20mW、2000時間の安定動作(雰囲気温度50℃)を得、高出力高信頼動作を実現している。このように、酸化されやすいAlを含む材料系であるAlGaAs系半導体レーザにおいて再成長界面での酸化の問題を解決したことは、高信頼性を有するAlGaAs系半導体レーザの実現の為の開発指針となるものである。

 第4章では「位相同期型半導体レーザアレイ」と題し、0.8m帯AlGaAs半導体レーザの高出力化を目的として、互いに光結合した複数のストライプを有する位相同期型半導体レーザアレイを検討している。まず、位相同期型半導体レーザアレイの横モード特性の理論解析を行い、その結果に基づいてストライプとストライプの間に損失を設けた構造による180°位相同期型半導体レーザアレイを作製し、パルス駆動時において180°モードの単一横モード発振を得ている。また、連続駆動時において最外部のストライプのみ位相同期せず、これがストライプ領域内の温度分布に起因することを実験的、理論的に示している。ついで、連続駆動時における横単一モード動作実現を目的として、ストライプ領域内の温度分布を均一化するためにダミーストライプを設けた180°位相同期型半導体レーザアレイを提案、作製し、ストライプ領域幅15m以上の素子において初めて連続駆動時において単一横モード発振を得ている。本結果は、位相同期型半導体レーザアレイのみならず、幅広いストライプ領域を有するすべての半導体レーザにおいてストライプ領域の温度分布均一化による横モード安定化実現の為の開発指針となるものである。

 第5章では「InGaAsP系0.98m帯歪量子井戸半導体レーザ」と題し、長距離大容量光伝送システムに用いられるErドープ光ファイバ増幅器励起用光源としてAlを含まない材料系であるInGaAsP系を用いた0.98m帯半導体レーザの検討結果が記述されている。まず、本研究で新たに提案したリッジ埋込型実屈折率導波構造の導波路設計、試作、評価結果が記述されている。本構造では、ストライプ領域内のみに屈折率の高い光導波路層を設けることにより実屈折率導波構造を実現している点が新しい。さらに、素子表面が平坦化されているため、従来広く用いられてきたリッジ構造と比較して、放熱特性、内部ストレスの面で有利である。また、実屈折率導波の設計自由度が高い。本研究では、構造を最適化することにより安定な横モード動作を得ている。また、活性層の内部歪抑制により結晶性を向上し、高信頼度化を図るために活性層にInGaAs圧縮歪量子井戸とは反対方向の引っ張り歪を有したInGaAsP障壁層を導入した歪補償量子井戸構造を採用している。障壁層をInGaAsPとすることにより量子井戸層と障壁層とのエネルギーギャップ差を大きくすることが可能となり、従来構造であるGaAs障壁層の場合と比較して温度特性の改善を図っている。また、歪補償量子井戸構造を有する素子において初めて信頼性を確認し、内部歪抑制による活性層の結晶性向上を図ることによる高信頼度化を示している。このように、本研究により高出力まで安定な横モードを有し、かつ、内部劣化要因を抑制した高信頼度化の為の開発指針となるものである。

 第6章では「InGaAsP系0.98m帯半導体レーザの端面劣化抑制による高信頼度化」と題し、高出力時における端面劣化を抑制することにより高信頼化を図った検討結果を述べている。まず、端面部に電流非注入領域を設けることにより端面での非発光再結合に起因する端面劣化抑制を図っている。この結果、最高光出力は端面劣化発生ではなく熱飽和により制限された。次に、安定な横モード特性を維持しながら出射端面でのスポットサイズ拡大することによって高信頼度化を図るべく、光密度の小さい後端面でストライプ幅が狭く、前端面で光密度低減のためストライプ幅が広く、また、モード変換が損失なく行なえるよう指数関数的にストライプ幅が変化する遷移領域を設けた指数関数型フレアストライプ構造を初めてレーザに適用、検討を行っている。その結果、キンク発生光出力は後端面側のストライプ幅によって決定され、前端面での光スポットサイズは前端面側のストライプ幅によってそれぞれ独立に決定されていることが判明し、指数関数型フレアストライプ構造の採用により従来トレードオフの関係にあったキンク発生光出力向上と最高光出力向上を同時に実現することのできる構造であることを示している。この素子の光出力150mWにおける推定寿命は約20万時間以上であり、実用レベルであることが判明した。この結果は、本研究遂行当時の世界トップレベルの高出力・高信頼性である。

 第7章では「総括」と題し、本論文の内容を簡潔にまとめている。

 以上のように、本研究では、高出力・高信頼性半導体レーザを実現するために、導波路構造と素子構造の最適化による内部劣化の抑制、端面での非発光再結合の抑制、新しいストライプ構造の提案による端面劣化の抑制を行った。この結果、0.8〜1.0m帯の横モード制御された高出力・高信頼性半導体レーザを実現することができた。これらの成果は半導体レーザ工学へのインパクトが大きく、したがって、物理工学への貢献が大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク