No | 213930 | |
著者(漢字) | 大石,泰章 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オオイシ,ヤスアキ | |
標題(和) | サンプル値制御系で達成可能な最良性能 | |
標題(洋) | The Best Achievable Performance of Sampled-Data Control Systems | |
報告番号 | 213930 | |
報告番号 | 乙13930 | |
学位授与日 | 1998.07.16 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 第13930号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 計数工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | サンプル値制御系とは,連続時間(アナログ)の制御対象を離散時間(デジタル)の制御器で制御するという系である.これに対して連続時間の制御対象を連続時間の制御器で制御する系は連続時間制御系と呼ばれる.近年の制御器はデジタルコンピュータで実現することが多いので,現実に構成される制御系のほとんどがサンプル値制御系であると言ってよい. サンプル値制御系は連続時間の要素と離散時間の要素の両方を含むため数学的取扱いが難しく,連続時間制御系と違って長くうまい設計法がなかった.しかしYamamotoによるリフティングテクニックの導入[1]により事情は一変した.本テクニックは,連続時間信号を関数空間に値を持つ離散時間信号とみなすことに基づく手法である.これを使うことで連続時間制御系と同じようにサンプル値制御系についても,達成可能な最良の性能を計算すること,およびそれを達成する制御器を求めることができるようになった([2,3]など).ここで疑問に思われることがある.離散時間の制御器が動作する時刻間の長さをサンプル周期と言うが,これを零に近付けるときサンプル値制御で達成できる最良性能は連続時間制御で達成できる最良性能に収束するのだろうか.実は以下に示すようにこの予想は一般には成立しない. 図1は,ある連続時間の制御対象について連続時間制御とサンプル値制御の両方でロバスト安定化を行なった結果を示している.横軸はサンプル値制御におけるサンプル周期を表し,縦軸は各々の制御系で達成できる最良のロバスト安定化性能を表している.数値が小さいほどロバスト安定化性能がよい.サンプル値制御においては使うサンプラの種類を変えて二つの場合を試みた.その結果,第一の場合にはサンプル周期が零に近づいてもその最良性能は連続時間制御系の達成可能最良性能に収束しないことがわかる.一方第二の場合は収束している. 現実の応用にはサンプル値制御系が使われることが多い.この背景にはサンプル周期さえ十分短ければ,サンプル値制御を使ってもその最良性能は連続時間制御のそれに十分近くなるだろうという予想に基づく安心感があるのではないかと考えられる.しかしこの予想は常に成り立つわけではない.この予想の大切さを考えると,どういうときにこの予想が成立し,どういうときに成立しないのかを明らかにしなくてはならない.本論文はこの問題をリフティングテクニックを駆使して解決しようというものである. 本論文では図2(a)のような連続時間制御系および(b)のようなサンプル値制御系を考える.まず(a)においてGは連続時間の制御対象である.またKは連続時間の制御器であり,連続時間制御器全体の集合をと書く.次に(b)においてGは上と同じとし,Kdは離散時間の制御器で,離散時間の制御器全体の集合をと書く.さらにSはサンプラ,Hはホールドであって,[0,∞)上で定義された関数(t),(t)を使ってたたみこみの形式で表現されるものとする.以下関数(t),(t)をそれぞれS,Hの核関数という.離散時間制御器Kd,サンプラS,ホールドHが動作する最小周期時間をサンプル周期といい,で表す. 図2(a)の連続時間制御系において信号(t)を信号(t)に写像する作用素を(G,K)と書く.一方,図2(b)のサンプル値制御系において(t)を(t)に写像する作用素を(G,HKdS)と書く.本論文では制御理論の標準的問題設定にしたがい,これらの作用素の誘導ノルムをできるだけ小さくすることが制御の目的であるとする.誘導ノルムを‖・‖と書くならば,連続時間制御で達成可能な最良性能(または最良連続時間制御性能)はと表され,サンプル値制御で達成可能な最良性能(または最良サンプル値制御性能)はと表される. リフティングを使って連続時間信号を関数空間に値を持つ離散時間信号とみなすと,入力,出力のどちらか一方または両方が連続時間であるような作用素,例えば連続時間の制御対象G,サンプラS,ホールドHなども離散時間作用素と考えることができる.さらにこれらを離散時間作用素と見なしてz変換に基づく伝達関数を定義することができ,それぞれと書く.これらはリフティングに基づく伝達関数と呼ばれ,一般に作用素値関数になるところが特徴的である. 核関数やリフティングの概念を使ってサンプル値制御系に関して多くの性質が導かれ,これに基づいて次節の結果が得られる. 前節では最良サンプル値制御性能を定義した.この値は制御対象Gだけでなく,サンプル周期,サンプラS,ホールドHにも依存している.以下この三つ組(,S,H)をサンプル環境と呼ぶ. サンプル環境を調節することで最良サンプル値制御性能はどこまで改善できるであろうか.これに関して次の定理が得られる. 定理1.任意の連続時間の制御対象Gに関して次が成立する:
ただし集合は,集合に属す連続時間作用素K0で,そのLaplace変換に基づく伝達関数がs=∞で零になるようなもののすべての集合とする. ここで,であるから
であり,等号は一般には成立しない.等号が成立しないときは,どんなに離散時間制御器Kdやサンプル環境(,S,H)を選んでも,サンプル値制御を使って連続時間制御の達成可能最良性能を回復することはできないことがわかる. 1節で使ったGの場合,実は式(1)で等号が成り立つ.したがってサンプル環境をうまく選べば,最良サンプル値制御性能は最良連続時間制御性能に収束するはずである.第一の場合において収束しなかったのは,環境の選び方に問題があり,最良サンプル値制御性能がその理論的限界を漸近的に達成していないからである.以下では,サンプル環境の列がどのような条件を満たせば
となるかを考える.この問題に対しては,実用的には十分弱い仮定のもとで必要十分条件が得られる. 定理2.与えられたサンプル環境列において,jはj→∞で零に収束し,SjとHjはそれぞれリフティングに基づく状態空間表現を持つとする.この列に整合する次元を持つすべての制御対象Gに関して式(2)が成立するための必要十分条件は,リフティングに基づく伝達関数が有理関数になるようなサンプラの列とホールドの列で,それぞれ
となるものが存在することである.ただし,RはそのLaplace変換に基づく伝達関数が{1/(s+1)}Iになるような連続時間作用素である. 考えるGの範囲を式(1)で等号が成立するものに限れば,上の定理の条件は考えている範囲のすべてのGについて最良サンプル値制御性能が最良連続時間制御性能に収束するための必要十分条件を与える. 定理2が与える必要十分条件は必ずしも判定が容易であるとはいえない.以下ホールドに関する条件(3)に着目し,これよりも判定が容易であるような同値な表現を得ることを考える.サンプラに関する条件(4)についても同様の結果を導ける. まずいくつかの概念を導入する.ホールドHjおよび連続時間作用素Rのリフティングに基づく伝達関数をそれぞれと書く.関数をインナ・アウタ分解し,得られたインナ関数をと書いて,関数を定める.さらに作用素のHankelノルムをと書く.インナ・アウタ分解もHankelノルムもともに制御理論における基本的な道具である.さらにHjの核関数のLaplace変換をと書く.このとき次が得られる. 定理3.与えられたサンプル環境列に対して,定理2で考えたが存在するための必要十分条件は,以下の二つが満たされることである:
(b)任意の>0について,
がj→∞のときすべての||<で一様に零に収束する.ただしm:=+2m/jとする.□ 与えられたホールドHjやサンプラSjが特別な形をしている場合には,さらに判定が容易な必要十分条件を求めることができる.これを使うことで1節の実験結果を理解することができる. 本論文ではリフティングテクニックに基づいてサンプル値制御系の理論的枠組みを作り,最良サンプル値制御性能の性質について直感的に明らかでない結果をいくつか導いた.この結果により,サンプル値制御系において直感に基づく議論は危険であり,注意深い取り扱いが必要であることがわかる.また,注意深い取り扱いにはリフティングテクニックが有効であることもわかった. 主として本論文ではサンプル環境が与えられたときの解析に関して考えた.これをさらに発展させて,望ましい性質を持つサンプル環境の設計を考えることは今後の課題である.また本論文で扱ったサンプル値制御と連続時間制御の違いは,制御に使うことができる情報量の違いに起因すると考えられる.情報という視点から制御と同定を見直すことは興味深い問題である.これに関しても今後考えていきたい. | |
審査要旨 | 本論文は「The Best Achievable Performances of Sampled-Data Control Systems」と題し、英文5章と付録5節から成る。計算機制御は本質的にサンプル値制御であり、一方制御対象は多くの場合連続時間で動く物理システムである。制御対象の連続時間性と制御器の離散時間性との間のギャップをどのように橋わたしすればよいかについての理論的な考察は今まで残念ながら十分なされてこなかった。制御理論には連続時間の理論と離散時間の理論が独立に併存していたにすぎない。このような状況が改善され、両者の橋わたしが可能となるような理論的枠組が形成されたのはごく最近である。本論文は連続時間制御とサンプル値制御との関係にかかわる最も基本的な問題であるサンプル間隔を0に近づけたときのサンプル値制御の漸近的性質に関して考察し、これに関連した長年にわたる未解決問題を解決した結果の報告である。 第1章はIntroductionで、問題の背景と論文の全体的構成について述べている。 第2章はこの論文全体を通じて用いられる数学的な道具について述べている。この論文では離散時間と連続時間の橋わたしが主なテーマなので、少なくとも離散→連続、連続→連続、連続→離散、離散→離散の4種類の作用素が用いられる。したがって数学的な構造はきわめて複雑なものとなる。この章ではこれらの作用素の記法と性質に関して述べている。「Lifting」とよばれるサンプル値制御系の新しい解析法を本書では随所に用いているが、これについては少し詳しく述べている。 第3章はサンプル値制御系の一般的な枠組みについて述べている。特に一般化されたサンプラやホールダを導入し、その効果について考察している。この章のハイライトはある仮定のもとで連続時間制御器を離散時間近似で置き換えることが可能であることを示した点にある。Liftingの手法が本質的に用いられている。 第4章が本論文の主要な結果である。サンプリング間隔を小さくしていくとき、ゆるい制約条件のもとでサンプル値制御系の最適な性能指標は連続時間制御系の最適な性能指標に漸近することが証明されている。 第5章は本論文のむすびであり、得られた結果の要約と今後の課題が述べられている。 以上これを要するに、サンプル値制御系の性能が連続時間の制御系性能にサンプル間隔を小さくすれば近づき得るための条件を示した本論文は、制御理論における長年の未解決問題を解決し、連続時間制御と離散時間制御のスムースな橋わたしを可能にしたという点でその貢献は大きい。この結果を導くにあたって準備した数学的な手法も今後のサンプル値制御理論の発展にとって有用である。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/54088 |