学位論文要旨



No 213932
著者(漢字) 柴田,良一
著者(英字)
著者(カナ) シバタ,リョウイチ
標題(和) 射出スリーブ内で初晶を粒状化する半凝固ダイカストの開発
標題(洋)
報告番号 213932
報告番号 乙13932
学位授与日 1998.07.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13932号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 菅野,幹宏
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 教授 相澤,龍彦
 東京大学 教授 木内,學
内容要旨

 輸送機器分野における軽量化のニーズは常に存在しているが,特に最近では環境汚染の問題や地球温暖化問題との関係から法規制が予定されていることから、不可避の情勢となっている。この中で最も容易に軽量化を達成しうる方法は比強度の低い鉄系材料から比強度の高い軽合金への材料置換であると考えられる。しかし,軽合金の展伸材はその価格が大幅に上昇するために適用範囲は限られている。一方,鋳造材は展伸材よりも経済的であるが機械的性質や耐圧性の面での信頼性が低くなり,軽量化の度合いが下がる問題があった。

 これらの問題点を解決しうる鋳造方法として期待されているのが半溶融(半凝固)鋳造技術であるが,現状のチクソキャスティング法やチクソモールディング法はコストや品質上のの問題で,産業界のニーズに十分答えていない。この点を改善し,産業界のニーズに答えうる鋳造方法としてダイカストのスリーブ内で初晶を粒状化させ,その後半凝固の状態で鋳造する方法の開発を目的として,技術開発を進めた。

 まず,微細化剤による初晶粒状化の可能性の検討を行ったが,TiやBなどの微細化剤の添加のみでは,通常の鋳造条件においては,初晶が粒状化したミクロ組織を得ることは出来なかった。

 次に,初晶組織におよぼす注湯温度の影響を調査した。底面ににチラーをあてた砂型を使用して,注湯温度とチラー温度を変えた実験を行った。この結果,液相線近傍(液相線-5Kから液相線+20K程度高い温度範囲からの注湯)によりチラー表面から5mm程度以内を除き,粒状の初晶相が得られた。この相の粒径は円相当径において50m程度と微細であった。また,液相線より10K高い温度からの注湯においても過冷が検出され,この現象が液相線より高い温度での核生成によるものでは無いことを明らかとした。

 次に溶湯を射出スリーブ中に注湯して,実際のダイカスト機の射出スリーブにおける粒状化について検証した。60mmのスリーブに初晶温度+10Kで注湯することによりスリーブへの注湯においても初晶相は粒状化することを確認した。また,図1に示すごとく,微細化剤の添加により粒状化する温度範囲は初晶温度+40Kまでに広がることを明らかにした。

図1 円形度におよぼす注湯温度と微細化剤の影響

 射出スリーブ内の温度の均一化を図る目的およびせん断による初晶の粒状化を目的として,コールドクルーシブル法の原理を用いた射出スリーブシステムによる電磁攪拌が初晶相におよぼす影響を調査した。

 一旦デンドライトを晶出させた材料を等温攪拌した結果では初晶形状は180s以内に粒状化した。863Kでの等温攪拌では粒状化した相の粒子径は粒径の3乗が時間に比例した。同一攪拌時間では温度の上昇により結晶粒径は大きくなった。

 連続冷却の実験では通常の993Kからの冷却では電磁攪拌が無い場合には典型的なデンドライト組織を示した。一方,電磁攪拌を実施した試料においてはも粒状の相が得られたが,液相線直上で電磁攪拌を中止して冷却したものにおいても粒状の相が得られた。冷却速度が0.1K/s程度になると,円形度は低くなる傾向が見られた。

 液相線直上の903Kから冷却した試料は電磁攪拌の有無に関わらず粒状化した相を有する組織となる。これらから,電磁攪拌の作用は一旦デンドライトが出た試料のデンドライト組織をせん断によりを破壊して粒状化する作用の他に,材料内の温度を均一化して低温注湯と同一の核生成速度の上昇の効果を与え,デンドライト成長が抑制される事により,相を粒状化する役割も有るものと考えられる。結晶粒径はほぼ図2の如くほぼ冷却速度の-1/3乗に比例した。

図2 冷却速度と結晶粒径の関係

 本開発の鋳造技術においては,固相率によらず鋳造速度がゲート通過時で2m/sを超えると鋳物内にガス巻き込みや材料内せん断による欠陥が多くなり,特性が大幅に劣化する。そのため,流動長は鋳物の主要部分の肉厚の50倍程度が適性である。また,流動性の向上には固相率を下げる事が有効である。本鋳造法において発生する鋳造欠陥には不廻り,ふくれ,溶湯供給不足,ガス欠陥,酸化物巻き込みなどの通常の鋳造法と同じ種類のものが多い。また,偏析は層流ダイカストと同様の機構で発生する。しかし,偏析の程度は層流ダイカストに比較して軽い傾向がある。本鋳造法に特徴的であり,しかも最も注意すべき欠陥は湯口部に発生する凝固部と充填過程の未凝固部の摩擦に起因する発熱作用を伴うものである。

 鋳物全体としての健全性は非常に高く,X線で検知しうる大きさの欠陥の発生はまれである。これらから,信頼性の高い鋳物を得ることが可能である。

 半凝固ダイカストにおけるミクロ組織と機械的性質の調査を行った。Al-7w%Si-0.6%Mg合金の鋳物のミクロ組織と機械的性質を層流ダイカストやチクソキャスティングによる鋳物と比較して調査した。相の円相当径は開発した鋳造方法による試料ではチクソキャスティングの約1/2である。共晶相のSiの大きさや形状は3者ほぼ同じであるが,Al-Si-Fe系化合物の量には大きな差が見られ,本研究の方法が最も少なかった。これらは,層流ダイカストにおける偏析の激しさやチクソキャスティングにおける半溶融域における再加熱時の長時間保持によるMgの相内への固溶に関連している。また,破面の観察結果において、層流ダイカスト材は共晶部のみを通って破断するのに対し,本研究の方法およびチクソキャスティングでは相の破壊も見られた。図3に示すように本開発の半凝固ダイカストでは機械的性質,特に伸びが優れている。

図3 各種鋳造法による鋳物の引張試験結果

 本研究の鋳物に関する鋳造欠陥の影響を調査した結果,引張り強さや伸びには図4の如く最大の欠陥の影響が最も大きいことを明らかにした。また,欠陥が無い場合や小さい場合には,ミクロ組織中の最弱部から亀裂が発生する。

図4 破面の最大欠陥の円相当径(d)が機械的性質におよぼす影響

 本研究の方法で重量3kgの実用サスペンション部品の鋳造を行い,良好な結果を得た。

 本開発技術は材料や鋳造条件の選択肢が広く,柔軟にそれぞれの部品のニーズに答えらることや,経済性も高いこと及び実生産に容易に適用できるなどの優れた特性を有しており,今後幅広い範囲の製品に適用できる。

 2000年以降には自動車の排出ガス規制や燃費規制が強化されることが確実となっている。これに対し自動車産業ではエンジンの改良の他に,25〜30%削減させる計画を進行中である。

 鋳造材において最高の特性を有する半溶融(半凝固)鋳造技術において,経済性,材料選択の自由度および鋳造条件の自由度を高めた本技術はその遂行に有力な武器となるものと考えられる。

審査要旨

 1970年代から開発が進められてきた半凝固・溶融加工法によって高品質な信頼性の高いアルミニウム合金製品が期待でき,多くの方法が試行されてきた.現在自動車部品などにおいて実用化されている半溶融加工法においては,連続鋳造によるビレットの作製・切断・再加熱が必要とされ,原価の上昇のみならず,鋳造業者の独自の合金開発が困難であった.このような状況から,ダイカスト機の射出スリーブにおいて短時間に初晶を粒状化し,そのまま固液共存状態から射出することにより,低コストで機械的性質や鋳造性に優れる半凝固プロセスの確立が望まれてきた.本研究はそのような背景から行われてもので全7章から成る.

 第1章は序論である.これまでの研究を概観し,現在での問題点を明示し,本研究での目的・構成を述べた.

 第2章は結晶粒微細化剤として用いられているTiやBのAC4CH合金(Al-7%Si-0.3%Mg)への添加効果について再検討した.マクロ組織は約300m程度に微細化するが,ミクロ組織はデンドライトを呈し,初晶は粒状化せず,半凝固加工用としては不十分であった.

 第3章においては,低温鋳造によって初晶の粒状化が実現できる条件を明確にした.粒状化は,低温注湯による鋳物全体での急速な核生成による等軸晶化とデンドライトアームの成長の抑制の結果であるとしている.

 第4章においては,射出スリーブ内における電磁撹拌による初晶粒状化について検討した.コールドクルーシブル法の原理を応用しAC4CH初晶形状におよぼす撹拌温度ならびに撹拌時間による初晶の粒状化および結晶粒径への影響を調べた.また,連続冷却時における電磁撹拌の効果も検討した.粒状化した組織の結晶粒径と冷却速度の関係を求め,その機構を検討した.

 第5章は,前章までにえられた結果を踏まえ,半凝固ダイカストの鋳造特性を検討した.すなわち,射出スリーブに低温注湯し,均熱化も兼ねてコールドクルーシブル法による電磁撹拌を印加し,初晶の粒状化をはたした半凝固溶湯の湯流れ特性や鋳造欠陥の発生条件を検討した.固相率によらず鋳造速度が2m/sを超えると鋳物内にガス巻込みや材料内剪断による欠陥が多くなり,特性が大幅に劣化する.流動長は主要部分の肉厚の50倍程度が適切であった.通常のダイカストと同様な鋳造欠陥が不適正な鋳造条件では発生する.特有な欠陥は湯口部に発生する凝固部と充填過程の未凝固部の摩擦に起因する発熱を伴うものがあり,この防止条件を明示した.

 第6章は,半凝固ダイカストの金属組織ならびに機械的性質を検討した.AC4CHに対し本法,層流ダイカスト,チキソキャスティングの比較をした.共晶Siの大きさ・形状は同様であったが,初晶の円相当径は本法のものはチキソキャスティング法の約1/2であった.針状Al5FeSi系介在物の量には大きな差がみられた.本法のものが最も少なく,さらに塊状なAl8Si6Mg3Fe介在物が生成した.これにより強度・靭性の向上が得られた.

 第7章は総括である.

 以上を要するに,本研究は,半凝固ダイカストを開発し,その鋳造特性・金属組織・機械的性質を明らかにしたもので,凝固工学の進展に寄与する.よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる.

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