学位論文要旨



No 213934
著者(漢字) 坂村,博康
著者(英字)
著者(カナ) サカムラ,ヒロヤス
標題(和) ガラスの内部摩擦に関する研究 : 産業活動によって生じる環境負荷の定量的評価
標題(洋)
報告番号 213934
報告番号 乙13934
学位授与日 1998.07.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13934号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安井,至
 東京大学 教授 工藤,徹一
 東京大学 教授 七尾,進
 東京大学 助教授 宮山,勝
 東京大学 助教授 岸本,昭
 東京大学 講師 亀井,雅之
内容要旨

 ガラスの内部摩擦の温度スペクトル上に現れる種々のピークの緩和機構に関する研究は古くから多くの研究者によって調べられてきたが、大部分はまだ未解決の状態となっている。本研究では、ピークに関わる緩和機構の相互関連性について検討し、とくに混合アルカリ効果として現れる混合アルカリピークについて詳細に検討を行った。論文の内容を以下のようにまとめた。

 (1)ピーク挙動とガラス中の非架橋酸素の存在量との関係を明確にするため、ガラス中の非架橋酸素量が調整可能なアルカリホウケイ酸塩ガラスを用いて内部摩擦を調べ、高温ピークの高さと非架橋酸素量の間には相互関係があることがわかった。ただし、非架橋酸素が存在しても高温ピークが現れない領域があることから、高温ピークは従来から提案されている非架橋酸素の動きのみとする非架橋酸素単独説は成り立たないことを示した。

 (2)内部摩擦における混合アルカリピークと高温ピークは同種のものか別種のものか明確にはなっていない。両者の緩和機構の相違を明確にするために、ガラス中に非架橋酸素が存在しない混合アルカリアルミノケイ酸塩ガラスを用いて内部摩擦を測定し、混合アルカリピークは非架橋酸素の有無に関係なく2種アルカリの混在で発現することがわかった。その結果、高温ピークと混合カチオンピークは別種であると判断し、高温ピークと混合アルカリピークの同一説を否定した。さらに混合アルカリ系で非架橋酸素が存在しているときの高温側のピークは混合アルカリピークと高温ピークの重複したものであるとする考えを提案した。ただし高温ピークと混合アルカリピークが分離して観察されないことから、両者の緩和機構には共通の緩和要素であるアルカリイオンの動きが関与していると考えた。さらに高温ピークはアルカリイオンと非架橋酸素の共存によって生じることから、主として非架橋酸素の影響を強く受けたアルカリイオンなどの1価イオンの動きによるものであり、それに伴う非架橋酸素の動きも含まれる可能性もあると推測した。一方低温ピークは、非架橋酸素の影響をほとんど受けていないアルカリイオンの独立した動きによるものであると推測した。このような考えは、一般的に受け入れられているガラス中に存在するすべてのアルカリサイトは同種のものであるとする前提条件に反することになり、複数のアルカリサイトが共存することになる。

 (3)これまで総アルカリ含有量が5mol%以下のガラス組成領域での混合アルカリ効果の研究は、電気伝導度や拡散ではもちろんのこと、内部摩擦でも全く行われていなかった。非架橋酸素のない(すなわち高温ピークが現れない)アルカリ含有量が低濃度の混合アルカリアルミノゲルマン酸塩ガラスの内部摩擦を測定し、2つのピークを観察した。このピークは両者とも低温ピークであることから、低温ピークは複数存在することもあり得ることを示した。さらにアルカリ量を徐々に増やしていくと、低温側のピークはピーク高さを増して高温側へ、高温側のピークは高さを増して低温側へ変化し、ついには1つの大きなピークへと変化した。この結果から、2種の低温ピークが徐々に混合アルカリピークへと連続的に変化し、一般的に認められている大きな混合アルカリピークへと変化していったと判断した。この結果をもとにすれば、これまで1つしかないと考えられていた混合アルカリピークは複数存在し、しかも低温ピークと混合アルカリピークは密接に関係していることになる。したがって混合アルカリ効果に貢献できるアルカリサイトは低温ピークと同種のものであり、高温ピークに関係しているアルカリサイトは混合アルカリ効果に貢献していないことになる。このことから混合アルカリピークの緩和機構には、基本的には低温ピークの緩和機構と同様に、アルカリイオンの個々の動きが関与していると推察した。ただし混合アルカリピークは、異種アルカリイオンのそれぞれの動きの重複したものによって生じるものであり、その点が単独のアルカリの動きによる単一アルカリ系の低温ピークと異なると考えた。より具体的な緩和機構を想像すると、アルカリイオンが単独で動いた後にただちに隣接している異種のアルカリイオンが動くというイメージとなる。低温側の混合アルカリピークはまず小さいイオンが動き、続いて大きいイオンが動くことによって生じ、高温側のピークは大きいイオンが最初に動き、小さいイオンが後で動くことによって生じると考えた。混合アルカリ効果の現象が現れるのは、電気伝導度や拡散の研究者を含めた多くの研究者によって提唱されている酸素を介在して異種アルカリイオンが互いに隣接してくることによって生じる異種アルカリイオン間の相互作用によるものであり、異種イオン対のほうが同種イオン対より安定している、すなわち動きにくくなったためとしている考えが大勢を占めている。著者も混合アルカリピークの発生は異種アルカリ間の相互作用が根本原因であると推測しているが、同種イオン対の安定化という考えは電気伝導度や拡散(長距離の移動)には適用できるかもしれないが、内部摩擦では多少の疑問が残る。内部摩擦の観点(電気伝導度や拡散と比べてより局所的)からみると、異種アルカリ間の相互作用によって小さいイオンは動きにくくなってくるが、大きいイオンは逆に動きやすくなり、アルカリ総量がある程度多くなると、両者の動きやすさはほとんど同じとなってくる。

 (4)混合アルカリピークが異常に大きくなるのは、一回の緩和過程で失うエネルギーが大きくなるだけでなく、局所的に動けるアルカリイオンの数も増加したためであると推測した。低温ピークに使用されたアルカリイオンが混合アルカリ化で混合アルカリピークに使用されるようになったとするだけでは混合アルカリピークの巨大化は説明できない。単一アルカリ系に異種アルカリイオンが導入されると、隣接する2種アルカリイオンの数は導入された異種アルカリイオンの数より多くなり、連続的にまた複数隣接するようになる。また単一アルカリ系ガラスより混合アルカリ系ガラスの方がアルカリ分布が均質化しており、隣接している異種アルカリイオンが多く存在していると予想されることから、混合アルカリ効果に貢献するアルカリイオンの数が増加したと推測した。また混合アルカリ化によりイオンの移動の過程でアルカリイオンが同種アルカリサイトだけでなく異種アルカリサイトにも入ることから一回の緩和過程で失うエネルギーが大きくなることも考えられる。以上のような理由により、混合アルカリピークが異常に大きくなるものと考えた。

 (5)水分を含むアルカリリン酸塩系の内部摩擦を測定し、水素イオンがアルカリイオンと類似の挙動を示すことが確認された。したがって水素イオンとアルカリイオン間でも混合アルカリ効果と同じ現象、すなわち混合カチオン効果が現れていると考えた。また高温側のピークの高さおよびピーク位置と3成分のガラス組成との関係を明確にすることで、組成からおよそのピークの位置と高さが予測できるようにした。この関係はケイ酸塩系やゲルマネート系でも範囲を広げて測定すれば同様の関係が成り立つと推測している。

 (6)2価イオンを含むアルカリアルミノケイ酸塩ガラスの内部摩擦を測定し、これまでガラスの不均質によるものとされてきた300℃以上の高温で現れるピークは、混合アルカリピークと類似の挙動を示すことが確認された。したがってこのピークは1価-2価イオンによる混合カチオンピークであると判断し、1価-2価イオン間でも混合アルカリ効果と同様の混合カチオン効果が現れる、すなわち混合アルカリ効果と混合カチオン効果は同じ現象であり、アルカリ-2価イオン系の混合カチオンピークは、アルカリと2価イオンの複合的な動きによって生じると推測した。ただしアルカリイオンの動きが第一義的であり、2価イオンの動きは副次的なものと推測している。また1価イオン-2価イオンのイオン半径比に対する混合カチオンピークの高さおよび温度との相関関係調べることで、1価イオン-2価イオンによる混合カチオン効果の大きさの予想を可能とした。

 (7)これまで内部摩擦ピークは存在しないといわれてきた修飾イオンが含まれていないカルコゲナイドガラスやガラス形成酸化物のみで構成されているネットワークガラスにも内部摩擦ピークが発現することをみいだした。この結果をもとに、内部摩擦ピークが発生するためには、ガラス構造中に強部と弱部の共存が必要条件となると考えた。アルカリ等の修飾イオンを含む酸化物ガラスに現れる内部摩擦ピークに対しては、修飾イオンを含むイオン結合部が酸化物ガラスの弱部であり、3次元のガラスネットワーク自体が強部とすれば、酸化物系ガラスにもこの考えを拡大することができる。

 (8)単一アルカリケイ酸塩ガラスを結晶化させて内部摩擦を測定した結果、低温ピーク、高温ピークとも結晶化によって減少、消滅し、結晶化がさらに進むと高温側に新しいピークが発現することが確認された。この新たに発現したピークは結晶化が完了しても消えることがないことから、ピークの発生メカニズムとして、ガラス部分と結晶粒との間の相互作用によるものではなくて、結晶粒と結晶粒の間の相互作用によるものであると考えた。

 (9)試料に電圧を加えた状態あるいは電圧を加えた後の状態で内部摩擦を測定し、内部摩擦ピークに関わるアルカリイオンの挙動を調べ、前述したピークの緩和機構の提案に対していくつかの傍証を得た。

審査要旨

 本論文は、「ガラスの内部摩擦に関する研究追補:産業活動によって生じる環境負荷の定量的評価」と題し、様々なガラスの内部摩擦から、ガラスの混合カチオン効果を主題とするガラス中におけるイオンの移動の研究をまとめたもので、序論と13章より構成されている。さらに、今回の審査の対象とはしなかったが、最近の研究成果として、産業活動によって生じる環境負荷の定量的評価が追補になっている。

 序論では、内部摩擦の研究がガラス科学にどのように使用され、どのような情報を得られるかについて概観し、本研究の特徴を述べている。

 第1章では、非架橋酸素量を変化させて内部摩擦を調べ、高温ピークは非架橋酸素と密接な関係をもつこと、アルカリが低濃度の領域では非架橋酸素が存在しても発現しないこと、を明確にし、従来から提案されている非架橋酸素単独の動きという説を否定している。また高温ピークは非架橋酸素とアルカリイオンの両者の動きが関係していることから、アルカリイオンと非架橋酸素の共存によって生じることを提案している。

 第2章では、非架橋酸素を含まないガラスの内部摩擦を調べ、非架橋酸素が存在しなくても混合アルカリピークが発現することから、高温ピークと混合アルカリピークは別種であると結論し、混合アルカリピークと高温ピークは同種のものとする通説を否定している。ついで、高温ピークは主として非架橋酸素の影響を強く受けたアルカリイオンの動きによるものであり、低温ピークは非架橋酸素の影響をあまり受けないアルカリイオンの独立した動きにより生じるとし、アルカリを含むガラスには2種類のアルカリサイトが存在していることを提案している。

 第3章では、これまで研究されていないアルカリの少ない領域での混合アルカリ効果の研究を、非架橋酸素の存在しない混合アルカリアルミノゲルマン酸塩ガラスを用いて調べ、アルカリ量の少ない領域で2つの低温ピークの存在を確認している。この2つのピークはアルカリ量増加により2つの混合アルカリピークへと連続的に変化し、ついには一般的に観察されている1つの巨大なピークになっていくことを明らかにした。混合アルカリピークは複数存在すること、および低温ピークと混合アルカリピークは密接に関係していることから、混合アルカリピークと低温ピークの緩和機構に関係するアルカリサイトは同質のものであるとする説を提案している。

 第4章では、水分を含むアルカリリン酸塩ガラスの内部摩擦を測定し、水素イオンがアルカリイオンと類似の挙動を示すことから、水素イオンとアルカリイオン間でも混合アルカリ効果と同じ現象、すなわち混合カチオン効果が現れているとしている。また高温側のピークの高さおよびピーク位置と3成分のガラス組成との関係を図式化し、ガラス組成からピークの高さおよび位置が予測できることを示した。

 第5章では、2価イオンを含むアルカリアルミノケイ酸塩ガラスの内部摩擦を測定し、300℃以上の高温で現れるピークは、混合アルカリピークと類似の挙動を示すことを明確にした。このピークはガラスの不均質にもとづくとの通説を否定し、1価イオンと2価イオンによる混合カチオンピークであるという考えを示した。

 第6章では水素イオンと2価イオン間で現れるピークは混合アルカリ効果と類似の挙動をすることから、水素イオンと2価イオン間でも混合カチオン効果が現れることを明らかにし、アルカリ同士だけでなく2種の異なるカチオンであれば混合カチオン効果が現れることを提案している。

 第7章、第8章では試料に電圧を加えた状態、あるいは電圧を加えた後の状態で内部摩擦を測定し、上記に述べた高温ピークの発生原因をより明確にしている。

 第9章、第10章では、板状アルカリ含有ガラス試料に電圧下、あるいは無電圧下で周期的応力を与え、アルカリの動きによる微小電流、電圧の発生を確認している。この発生した電流、電圧は内部摩擦ピークと深い関係を示すことを明らかにした。

 第11章、第12章では、カルコゲナイドおよび修飾イオンを含まないネットワークのみの酸化物ガラスの内部摩擦を測定し、内部摩擦ピークは存在しないとされてきたガラスでも、ピークが発生することを確認している。ついでこのピークの発生原因は、ガラス構造中に弱部と強部が共存することによって生じるものとする新しい考えを示している。

 第13章では、リチウムケイ酸塩ガラスを結晶化させて内部摩擦を測定し、結晶化によるピーク挙動を調べ、高温側に発現するピークは結晶粒同士によるずれによって生じるとする考えを示している。

 本研究はガラスの内部摩擦に現れるピーク挙動を、非常に広範囲にわたるガラス組成依存性の観点から調べ、まだ未解決となっているアルカリ混合効果の機構について、アルカリ同士だけでなく、様々なカチオン間でも現れること、その機構は単一でなく重複していることなど、多くの通説を修正すると同時に、これまでにない新しい考えを示した。さらに修飾イオンを含まないガラスでも内部摩擦ピークが現れることを明確にし、結果としてすべてのガラスにおいて、ピーク発現の必要条件を明らかにした。以上要するに、組成による物性制御法として実用上重要である混合アルカリ効果に新たな解釈を与え、加えて、低原子価イオンからみたガラス構造の新たなる描像を得ている。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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