本論文は、「ガラスの内部摩擦に関する研究追補:産業活動によって生じる環境負荷の定量的評価」と題し、様々なガラスの内部摩擦から、ガラスの混合カチオン効果を主題とするガラス中におけるイオンの移動の研究をまとめたもので、序論と13章より構成されている。さらに、今回の審査の対象とはしなかったが、最近の研究成果として、産業活動によって生じる環境負荷の定量的評価が追補になっている。 序論では、内部摩擦の研究がガラス科学にどのように使用され、どのような情報を得られるかについて概観し、本研究の特徴を述べている。 第1章では、非架橋酸素量を変化させて内部摩擦を調べ、高温ピークは非架橋酸素と密接な関係をもつこと、アルカリが低濃度の領域では非架橋酸素が存在しても発現しないこと、を明確にし、従来から提案されている非架橋酸素単独の動きという説を否定している。また高温ピークは非架橋酸素とアルカリイオンの両者の動きが関係していることから、アルカリイオンと非架橋酸素の共存によって生じることを提案している。 第2章では、非架橋酸素を含まないガラスの内部摩擦を調べ、非架橋酸素が存在しなくても混合アルカリピークが発現することから、高温ピークと混合アルカリピークは別種であると結論し、混合アルカリピークと高温ピークは同種のものとする通説を否定している。ついで、高温ピークは主として非架橋酸素の影響を強く受けたアルカリイオンの動きによるものであり、低温ピークは非架橋酸素の影響をあまり受けないアルカリイオンの独立した動きにより生じるとし、アルカリを含むガラスには2種類のアルカリサイトが存在していることを提案している。 第3章では、これまで研究されていないアルカリの少ない領域での混合アルカリ効果の研究を、非架橋酸素の存在しない混合アルカリアルミノゲルマン酸塩ガラスを用いて調べ、アルカリ量の少ない領域で2つの低温ピークの存在を確認している。この2つのピークはアルカリ量増加により2つの混合アルカリピークへと連続的に変化し、ついには一般的に観察されている1つの巨大なピークになっていくことを明らかにした。混合アルカリピークは複数存在すること、および低温ピークと混合アルカリピークは密接に関係していることから、混合アルカリピークと低温ピークの緩和機構に関係するアルカリサイトは同質のものであるとする説を提案している。 第4章では、水分を含むアルカリリン酸塩ガラスの内部摩擦を測定し、水素イオンがアルカリイオンと類似の挙動を示すことから、水素イオンとアルカリイオン間でも混合アルカリ効果と同じ現象、すなわち混合カチオン効果が現れているとしている。また高温側のピークの高さおよびピーク位置と3成分のガラス組成との関係を図式化し、ガラス組成からピークの高さおよび位置が予測できることを示した。 第5章では、2価イオンを含むアルカリアルミノケイ酸塩ガラスの内部摩擦を測定し、300℃以上の高温で現れるピークは、混合アルカリピークと類似の挙動を示すことを明確にした。このピークはガラスの不均質にもとづくとの通説を否定し、1価イオンと2価イオンによる混合カチオンピークであるという考えを示した。 第6章では水素イオンと2価イオン間で現れるピークは混合アルカリ効果と類似の挙動をすることから、水素イオンと2価イオン間でも混合カチオン効果が現れることを明らかにし、アルカリ同士だけでなく2種の異なるカチオンであれば混合カチオン効果が現れることを提案している。 第7章、第8章では試料に電圧を加えた状態、あるいは電圧を加えた後の状態で内部摩擦を測定し、上記に述べた高温ピークの発生原因をより明確にしている。 第9章、第10章では、板状アルカリ含有ガラス試料に電圧下、あるいは無電圧下で周期的応力を与え、アルカリの動きによる微小電流、電圧の発生を確認している。この発生した電流、電圧は内部摩擦ピークと深い関係を示すことを明らかにした。 第11章、第12章では、カルコゲナイドおよび修飾イオンを含まないネットワークのみの酸化物ガラスの内部摩擦を測定し、内部摩擦ピークは存在しないとされてきたガラスでも、ピークが発生することを確認している。ついでこのピークの発生原因は、ガラス構造中に弱部と強部が共存することによって生じるものとする新しい考えを示している。 第13章では、リチウムケイ酸塩ガラスを結晶化させて内部摩擦を測定し、結晶化によるピーク挙動を調べ、高温側に発現するピークは結晶粒同士によるずれによって生じるとする考えを示している。 本研究はガラスの内部摩擦に現れるピーク挙動を、非常に広範囲にわたるガラス組成依存性の観点から調べ、まだ未解決となっているアルカリ混合効果の機構について、アルカリ同士だけでなく、様々なカチオン間でも現れること、その機構は単一でなく重複していることなど、多くの通説を修正すると同時に、これまでにない新しい考えを示した。さらに修飾イオンを含まないガラスでも内部摩擦ピークが現れることを明確にし、結果としてすべてのガラスにおいて、ピーク発現の必要条件を明らかにした。以上要するに、組成による物性制御法として実用上重要である混合アルカリ効果に新たな解釈を与え、加えて、低原子価イオンからみたガラス構造の新たなる描像を得ている。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |