学位論文要旨



No 213935
著者(漢字) 田中,裕久
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ヒロヒサ
標題(和) 自動車排気ガス浄化用ペロブスカイト触媒に関する研究
標題(洋)
報告番号 213935
報告番号 乙13935
学位授与日 1998.07.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13935号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 御園生,誠
 東京大学 教授 工藤,徹一
 東京大学 助教授 宮山,勝
 東京大学 助教授 辰巳,敬
 東京大学 助教授 水野,哲孝
内容要旨 1.研究の目的

 本研究の目的はペロブスカイト型複合酸化物およびセリウム系複合酸化物という結晶性セラミックスの触媒活性点を原子レベルで制御することにより、必要とされる新しい機能を創成しようとするものである。すなわち新規構造の活性点、機能の複合化、反応場の制御により、自動車触媒の課題である過渡領域における酸化還元変動雰囲気下の触媒性能の向上を狙った。具体的には、La0.9Ce0.1Co1-xFexO3ペロブスカイト触媒とCe1-x-yZrxYyO2-(y/2)セリウム系複合酸化物の各々の組成を制御しパラジウムを複合させることにより、自動車触媒の使用される環境下での耐久性を改善し、COと炭化水素(HC)の酸化活性を高め、NOxの還元に対する触媒活性を発現できた。特に酸化還元雰囲気の変動に対し特異的に高い活性追随性を実現でき、狙いとする過渡領域での応答性に優れた触媒を完成した。

 さらに組成を制御したPd複合ペロブスカイト触媒は、自動車触媒の使用される環境での温度と雰囲気の変化によってPdがペロブスカイト型結晶構造中に固溶・析出・再固溶を繰り返す。この現象は使用過程中に自己再生し高活性な状態を維持できる『インテリジェント触媒』として示唆に富んでおり、まさに本研究が目的とする新しい機能の創成といえる。今後Pd以外の貴金属への応用と発展が期待できる。

 本研究のもう1つの目的として、実用自動車触媒上で起こる複雑な化学反応や状態変化を整理し解明することにより、これからの触媒研究の方向性を示すことを試みた。自動車排気ガスをシミュレートするため、種々の運転条件での排気ガス成分を酸化性ガスと還元性ガスに整理し、モデルガス組成を設定した。そして上記のペロブスカイト触媒を用い、実際のエンジンと車両による評価とモデルガスによる評価を相関付けることが出来た。さらにモデルガス中で耐久処理したモデル触媒を機器分析によって詳細に材料解析するとともに、より基礎的なプロパン酸化活性と結びつけて考察し、ペロブスカイト触媒の活性を構造安定性から解き明かした。このように複雑な要因の絡む実用自動車触媒の特性を、触媒化学や結晶化学の基礎的知見と照らし合わせて明らかにできた。このことは次世代の触媒の研究開発にとって、極めて重要で有効な手法だと考えている。以下各々の研究項目について総括する。

2.ペロブスカイト触媒のBサイト組成と特性

 La0.9Ce0.1Co1-xFexO3ペロブスカイト触媒において、大気中や酸化雰囲気中で使用する場合の触媒活性はBサイトのCo含有率に支配され、La0.9Ce0.1CoO3が最も良好でLa0.9Ce0.1FeO3が最も低い活性を示した。しかしながら、自動車触媒のように900℃を越える高温かつ酸化還元変動雰囲気に曝され続ける環境ではLa0.9Ce0.1CoO3ペロブスカイト触媒は還元され、K2NiF4型層状結晶構造に変化し活性が低下することが判った。La0.9Ce0.1Co0.4Fe0.6O3ペロブスカイト触媒は高温酸化還元変動雰囲気下でもABO3型結晶構造を維持することにより、高い活性と耐久性をあわせ持つことが確認できた。またLa0.9Ce0.1FeO3は構造安定性には優れるが活性に劣り、ABO3型結晶構造を保ちながらBサイトにCoイオンを配置させることが触媒活性にとって重要であることを明らかにした。

3.ペロブスカイト触媒への貴金属複合効果

 La0.9Ce0.1CoO3ならびにLa0.9Ce0.1FeO3ペロブスカイト触媒にRu、Rh、Pd、Ptといった貴金属を担持することにより、NOxの還元を含む良好な三元触媒活性が発現することが判った。調製後の触媒活性はRu/La0.9Ce0.1CoO3を除き、全ての系で良好であった。エンジン排気ガス中にて900℃で50時間耐久した後は、三元浄化活性ではRhが温度特性ではPdが最も優れた。Ruを担持したペロブスカイト触媒は活性が大きく低下した。Rhはペロブスカイト触媒の組成差や構造変化による活性の変化が小さく、貴金属自体の活性が大きく作用しているものと考えられる。Pdはペロブスカイト触媒の組成や構造変化によって触媒性能が影響されやすく、Bサイトを制御したLa0.9Ce0.1Fe0.6Co0.4O3と組合わせることにより性能が大幅に向上できることが判った。Pd/La0.9Ce0.1Fe0.6Co0.4O3は三元触媒活性と低温からの活性に優れ、Rh/La0.9Ce0.1CoO3ならびにRh/La0.9Ce0.1FeO3以上の特性を持つことが確認された。

4.ペロブスカイト触媒への耐熱性担体複合効果

 ペロブスカイト触媒と組合わせる耐熱性担体として工業的に広く用いられている-Al2O3、CeO2、ZrO2、SiO2、MgOの他ペロブスカイト構造を持つSrTiO3を用いて検討した。ペロブスカイト触媒用担体としてはCeO2とZrO2が良好であり、担体との物理的混合によって三元触媒活性の向上と低温からの活性化が図れた。しかしながら、実用触媒の担体として用いるには高温での比表面積の低下が課題であった。この課題を解決すべくCeO2にZrとYを添加し均一な固溶体をつくることにより、その耐熱性を大幅に改善できることを明らかにした。Ce1-x-yZrxYyO2-(y/2三元系酸化物はCe1-xZrxO2二元系酸化物に比べ高温での結晶安定性に優れ、CeO2からZr0.75Y0.25O1.875までの全域に渡り安定な固溶体をつくることが確認できた。微量のPtを担持したCe0.6Zr0.3Y0.1O1.95は、1000℃にて酸化還元変動耐久後も高い酸素吸蔵能力が維持できることが判った。この材料はペロブスカイト触媒用担体としてのみならず、自動車触媒用材料として広く応用できるものと期待される。

5.自動車触媒への応用

 La0.9Ce0.1Fe0.6Co0.4O3ペロブスカイト型酸化物とCe0.6Zr0.3Y0.1O1.95を混合しパラジウムを担持したPd/ペロブスカイト触媒は、自動車排気ガス浄化用三元触媒としてPd/アルミナ触媒やPt-Rh/アルミナ触媒よりも優れた触媒活性と耐久性を持つことが判った。Pd/ペロブスカイト触媒の比表面積はPd/アルミナ触媒やPt-Rh/アルミナ触媒の比表面積より大幅に小さいにもかかわらず、エミッション試験結果からもその優位性が確認できた。

 さらにPd/ペロブスカイト触媒は本研究の狙いとする過渡運転領域に相当する大きな空燃比変動下で、従来触媒にない良好な活性追随性を持つことを明らかにした。これはLa0.9Ce0.1Fe0.6Co0.4O3ペロブスカイト触媒とCe0.6Zr0.3Y0.1O1.95の持つ優れた酸素吸蔵能力によるとともに、ペロブスカイト触媒に担持したPdが非常に高活性な状態であることが示唆された。

6.ペロブスカイト触媒に複合したPdの状態解析

 エンジン排気ガス中で耐久処理したPd/ペロブスカイト触媒は、Pd/アルミナ触媒やPt-Rh/アルミナ触媒に比べて、担持した貴金属の粒成長が抑制されていることが走査型電子顕微鏡による観察から明らかとなった。Pdが粒成長しにくいのは、耐久中の温度と雰囲気の変化によってPdがペロブスカイト型結晶構造中に固溶・析出・再固溶を繰り返し、Pdが再分散することによると考えられる。一例としてPd担持後よりも高温耐久後の方がペロブスカイト触媒の格子定数が大きくなり、またPdの結合状態が2価よりも高エネルギー状態になっているのはPdがペロブスカイト触媒中へ固溶しているものと考えられる。さらにこの複合酸化物の結合状態は、アルミナ上のPdOが還元されて金属Pdになる950℃以上の高温でも維持されていた。

 粉末触媒をモデルガス中で耐久処理した実験から、Pdのペロブスカイト型結晶中への固溶しやすさはBサイトの元素のイオン半径や原子価に影響されると考えられる。LaCoO3系よりもLaFeO3系、さらにはLaFe0.6Co0.4O3系の方が結晶中のPdが安定であることが明らかになった。このLaFe0.6Co0.4O3系ペロブスカイト触媒は高温での耐久処理後も微細な粒子を維持しており、粒子サイズが小さいこともPdが結晶中に安定して存在するのに影響すると考えられる。ペロブスカイト型結晶中のPdは通常取り得るよりも高い結合エネルギー状態で存在でき、より触媒活性を高めているものと推定される。酸化還元変動雰囲気でのモデルガス中にて1000℃で処理することにより一部が金属状態に還元され析出したが、その粒子は極めて微細であることが走査型電子顕微鏡により観察された。

 従来明らかでなかったペロブスカイト触媒に複合したPdの状態について解明することを試み、多くの部分が理解できたものと考える。この試みにより明らかとなった新しい機能は、使用過程中に自己再生し高活性な状態を維持できる『インテリジェント触媒』として示唆に富んでおり、今後Pd以外の貴金属に対しても同様の手法の応用と発展が期待できる。

審査要旨

 本研究では、「自動車排気ガス浄化用ペロブスカイト触媒に関する研究」と題し、結晶性セラミックスの一つであるペロブスカイト型複合酸化物の組成変化により触媒活性点を制御し、さらに、複数の機能を組み合わせることにより、自動車排気ガス浄化用触媒として求められる三元活性の高速応答性と耐久性の向上をはかった研究をまとめたものである。La0.9Ce0.1Fe0.6Co0.4O3ペロブスカイト型複合酸化物粉末とCe0.6Zr0.3Y0.1O1.95セリウム系複合酸化物粉末を物理混合しパラジウムを担持すると、自動車触媒の使用される環境下での耐久性に優れ、一酸化炭素と炭化水素の酸化だけでなく窒素酸化物の還元に対して高活性を示し、酸化還元雰囲気の変動に対し特異的に高い活性追随性を有する触媒系が得られること、さらにその理由を種々の分析により解明した点が特徴である。本論文は全7章より構成されている。

 第1章は序論であり、自動車排気ガス浄化触媒とペロブスカイト触媒に関する歴史的背景を述べ、ペロブスカイト触媒の特長を論じた上で、本研究の意義と目的および概要について述べている。

 第2章では自動車触媒の評価方法について実際の車両やエンジンを用いた試験・耐久処理、さらには排気ガスのモデルガスを用いた活性試験と耐久処理に関する検討結果をまとめたものである。排気ガスを用いた場合の触媒活性がモデルガスの結果と一致することから、排気ガス中の活性、耐久性がモデルガスを用いた実験結果に基づき議論できることを明らかにしている。

 第3章ではペロブスカイト触媒のBサイトがコバルトと鉄の場合についてその組成が触媒活性と構造安定性に与える影響を調べている。はじめにLa0.9Ce0.1Fe0.6Co0.4O3の反応の特徴について、このペロブスカイト触媒は一酸化炭素と炭化水素の完全酸化に対して活性を示すが、窒素酸化物の還元活性は示さないことを示している。さらにABO3型のペロブスカイト型結晶構造を維持したまま、活性金属種であるコバルトをより多く結晶格子中に分散させることが高い酸化活性を達成するために重要であること、Bサイトの60%以上をコバルトが占めるペロブスカイト型複合酸化物は、高温かつ酸化還元変動雰囲気ではK2NiF4型層状結晶構造を持つ複合酸化物に変化し触媒活性が低下することを明らかにしている。

 第4章ではペロブスカイト触媒に白金系貴金属を担持し、その三元触媒活性を検討している。三元触媒活性はロジウム、温度活性はパラジウムが優れていることを明らかにし、さらに、高い比表面積を有する耐熱性酸化物粉末とペロブスカイト触媒を物理混合し、触媒特性と構造安定性を検討して、セリウム酸化物を物理混合すると性能が一層向上することを見出している。

 第5章ではペロブスカイトとパラジウムとセリウム系複合酸化物からなる触媒を実際のエンジンを用いて従来の白金系排ガス浄化触媒と比較検討し、過渡応答性を含めペロブスカイト触媒の優位性を明確にしている。

 第6章では、パラジウムを担持したペロブスカイト触媒が高い活性と耐久性を示す要因をパラジウムの状態解析によって明らかにしている。XPS分析によるとパラジウムの状態はアルミナ上に担持した時は850℃以下で2価、950℃以上で0価であるのに対し、ペロブスカイト型複合酸化物に担持したパラジウムは1050℃以下で通常の2価よりも結合エネルギーが高く、パラジウムは単純に担持されているのではなく、ペロブスカイト型複合酸化物に固溶あるいは新規な複合酸化物を形成し、これが触媒として機能していることが示唆されている。

 第7章は自動車用ペロブスカイト触媒の構造と機能を整理し、本研究の意義と今後の展開について総括している。

 以上のように本論文では、ペロブスカイトの持つ特長を利用し、さらに貴金属や酸素吸蔵能力を有する酸化物と混合することによって実用自動車排気ガス雰囲気下でも優れた触媒系が得られることを見出すとともにその要因について触媒工学的に解析している。ここで得られた結果は、ペロブスカイト型複合酸化物を環境触媒として実用化する上での基本的指針を提供するものであり、触媒工学上重要であるばかりでなく、材料化学、環境工学上も有意義な成果であると評価される。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51081