学位論文要旨



No 213936
著者(漢字) 新井,智也
著者(英字)
著者(カナ) アライ,トモヤ
標題(和) 蛍光X線分析装置の開発とその応用
標題(洋)
報告番号 213936
報告番号 乙13936
学位授与日 1998.07.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13936号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 二瓶,好正
 東京大学 教授 澤田,嗣郎
 東京大学 助教授 樋口,精一郎
 東京大学 助教授 尾張,真則
 国立環境研究所 副所長 合志,陽一
 東京理科大学 助教授 宮村,一夫
内容要旨 1.蛍光X線分析装置の研究

 分析装置のハードウエア的な意味の改善改良をおこなった。

1-1X線管から発生する一次X線の測定

 蛍光X線分析法の信頼性を高めるために励起X線の強度とその分布を正確に情報化しなければならない。短波長X線に関する報告は数多くあるが軽元素分析に深く関係する長波長X線の特性を必要としている。薄いベリリウム箔付きの端窓型X線管の電子線のふるまいとターゲット表面の関係を明らかにするために実測した。X線分布測定のためにLiF(200)およびPET(002)を用いた結晶分光法を採用した。タングステン,金および白金等については従来の報告と比較した。特にRh-L系列X線に注目しつつ、横窓型と端窓型X線管の比較とベリリウム箔の効果も検討した。短波長X線の特性は従来の結果と同じであり、横窓型と端窓型X線管の比較では中波長(例えばW-L系列)および長波長(W-M系列,Rh-L系列)に関して両X線管の差は大きく、又管電圧依存性の違いも明らかになった。両X線管の強度比較では2〜3倍端窓型X線管の方が優れていることも明らかにした。

1-2蛍光X線分析装置に於ける平行X線束法の諸特性

 走査型蛍光X線分析装置にはソーラースリットを用いた平行X線束法が採用されている。分光器には分光結晶回転と検出器アームが同軸で倍角回転する回折X線分析装置と同じ原理のものが採用されている。今日では、真空通路採用(液体試料分析の時はヘリウム通路)と計算機制御の構成から自動定性・定量分析運転が基本で、諸々の要素を計算機プログラム化することにより測定目的を達成する自動分析システムになっている。平行X線束法の測定されるプロフィルはソーラースリットの透過X線(二等辺三角形)と分光結晶のモザイク面の合成で与えられる、更に箔の全反射X線によるひろがりを考慮する必要があり、合成プロフィルは裾幅をひろげるのでモザイク加工を適切に行い更に二重ソーラースリットの採用により性能の良いプロフィルを作り出すことが出来た。

1-3グラファイト分光結晶の特性

 グラファイト結晶は有望な物質であるがその単結晶性が重要である。現在ひろく採用されている製作方法は気相成長法でモザイク性が大きく、反射強度は強く、回折線の幅は広い。特に製作方法に基づく品質むらが大きい。それに対して新しい方法として開発されたポリイミド膜を重ねて加圧・高温処理をする方法はポリイミド有機膜に含まれる酸素および水素を放出して炭素の積層状態を作るもので、将来有望な方法である。現状では50%強度幅および反射強度は前記気相方法と同じレベルであるが50%強度幅を半減させピーク強度を2倍にする必要がある。

1-4-(1)パルス計数方式に於ける数え落としとその補正

 X線用NaI(T1)シンチレーション計数管ではシンチレーターの発光時間は0.5secであることから前置増幅器,比例増幅器と波高分析計の高速化と計算式の導入により100万cpsで±1%と言う性能に改善することができた。一方、比例計数管ではパルス信号の時間幅を中心線の近傍に発生した電子移動の時間に限ることにより(0.1〜0.2sec)パルスの立ち上がり時間0.2〜0.3secと後段に微分回路を挿入することにより400万cps±1%と云う高速計数システムを開発した。両検出器の高速計数時の補正計算式は窒息型であることを示した。

1-4-(2)ガスフロー型比例計数管動作時の波高値移動

 比例計数管の検出原理に関係する特性で高計数率測定の時増幅率が低下する。この波高値の低下は測定されるX線のエネルギー,その強度および計数管の増幅度(印加電圧と中心線の太さ)に支配される。以下に実例としてAl-Kの測定値を示す(PRガスフロー型)。色々なエネルギーの異なるX線を検出する時は、エネルギーの比例性が失なわれることも見出されており、実際の計数システムには波高値の移動に対しての簡単な補正式を採用している。

2.軟X線・超軟X線測定装置の開発と応用

 励起X線源には薄いベリリウム箔付端窓型X線管(封入型)と検出器には薄窓付ガスフロー型比例計数管を用いた装置をベースにして、長い波長のX線の分光技術の開発を行なった。全反射ミラーとフィルターを結合した分光と人工累積膜格子の分光性能と薄膜測定についてFP法と結合した新しい分析法について論究する。

2-1全反射ミラーとフィルターを結合した分光

 分光素子に全反射ミラーとフィルターを組み合わせたものを採用した。C-KX線の測定を1982年に、次いでB-KX線の測定を1983年にそれぞれ行った。B-KX線(6.67nm)の測定には水晶ミラーとポリプロピレン1m膜をフィルターとして用いて酸化ホウ素を含む色々なガラスについて分析した。B2O3で1〜20wt%に対して正確度は1〜2wt%で、重なり妨害としてはK2OからのK-LX線(4.7nm),PbOからのPb-NX線(10.0nm)があった。第2はC-KX線(4.47nm)の測定でLiFミラーを用いた。石炭中の炭素分析では、成分全体にわたり正確度は約1wt%で測定出来ることがわかった。次に鋼および鋳鉄からのC-KX線について測定した。B-K(6.67nm),W-N(5.9nm)およびMo-M(6.438nm)X線等はX線の波長が長いために重なり補正が必要であり、ケイ素を多く含む試料はC-KX線に対する吸収が多く、C-KX線強度は低下する。又、分析試料は急冷して炭素の析出を十分に防ぐことが必要であった。

2-2人工累積膜格子による分光

 人工累積膜格子はスパッター法により作製したもので、反射層の重元素膜層とスペーサーの軽元素膜を交互に50〜100層積み重ねた累積膜である。分光素子として軟X線分光に用いられた報告はGilfrich等により1.5nmまでのX線について行なわれた。更にC-KおよびB-KX線などの超軟X線についての報告は1985年に初めて著者によって行なわれた。反射強度については、フィルター付全反射ミラーは強く、人工累積膜格子は弱いものであったが信号/雑音比が良いことおよび分光学的分解能が良好であることからC-KおよびB-KX線についても十分に実用に耐えるものであった。Be-KX線(11.4nm)測定にはMo/B4C(2d=16.0nm)格子を用いた。試料は銅-ベリリウム合金で2wt%以下の含有量に対し正確度は0.01wt%であった。

 ガラス中のB2O3の測定に於いてはフィルター付全反射ミラー分光法に比べて信号/雑音が改善されており、妨害線にはO-KX線(2.362nm)の3次線が新たに発生した。2〜3wt%ホウ素を含むステンレス鋼が製造され、その分析に用いられた。鉄鋼中の炭素分析については信号/雑音は改善され特にW-NとMo-MX線の重なり妨害係数もそれぞれ小さくなり、正確度の改善もみられた。N-KX線の測定には、分光素子に人工累積膜格子(W/Si-2d:8.0nm)を採用し、最も困難な石炭中の窒素の分析を行った。含有量は1.0〜2.2wt%に対し正確度で0.13wt%であった。ここに4Be〜92Uの元素範囲の分析が可能になったわけである。

2-4薄膜測定

 軟・超軟X線を採用することにより1m以下の薄膜測定が可能になった。更にFP法との結合により単層膜・多層膜の物理計算による分析値を求めることが出来るようになった。色々な物質の測定に適用した結果を以下に示す。(正確度/含有量又は厚さ)シリコンウェハー上のSiO2膜についての結果はO-KX線(2.36nm)を測定線として0.2nm/1.0〜15.0nm,アルミニウム板上のクロメート処理膜については5.0nm〜30.0nmの試料についてO-KX線とCr-LX線(2.16nm)を用いて測定した。両X線の計算による飽和厚さはO-KX線の場合2.2mでありCr-L1X線では0.74mであった。磁気ディスク面のハード炭素膜の測定では2.2nnm/0〜90nmの値を示した。多層膜厚さ測定例(単位はnm)では磁気ディスクのC(0.0〜90.0),Co20Ni80(40〜120),Cr(40〜310),Ni88P12(20〜23m)と光磁気ディスクではポリカーボネイト板上のSi3N4(〜100),FeTbCo(〜100),Si3N4(〜100)などがある。集積回路製造過程中に於いてPSG又はBPSG膜の分析にX線法が用いられている。PSGの場合では、P2O5;0.3wt%/10〜25wt%,厚さ測定では0.01m/0.5〜1.5mであり、BPSGの場合ではB2O3;0.2wt%/3〜10wt%,P2O5;0.2wt%/2〜25wt%厚さ測定;0.01m/0.3〜1.5mでありこれ等の場合の測定精度は1/2〜1/5の値を示している。別の応用例としてシリコンウェハー上のタングステンシリサイドの測定について、W-NX線(5.84nm)を用いて成分(72〜74wt%)を決め、W-LX線(0.148nm)を用いて厚さ測定(46〜250nm)を行った。

3.蛍光X線法による応用分析

 X線の性質と試料の特性を考慮しながら正確度の高い分析方法を検討した。以下に分析方法の特徴を示す応用例を述べる。

3-1蛍光X線分析に於けるバックグラウンドX線

 本法のバックグラウンドのX線強度は電子線励起のX線分光のそれに比べて低いことが知られている。しかし実際の微量分析に於いてバックグラウンドX線の存在とその強度変化が大きい組織誤差を発生させている。バックグラウンドX線と試料の成分の関係を解析しX線分析値への影響を調べた。バックグラウンドX線を大きく支配する要因は励起X線の試料からの散乱X線である。鉄鉱石,鋼などの試料の固体,粉体およびガラスビード試料について調べた。

3-2鉱石の分析

 天然の産物の分析は不均一性とマトリックス効果のために常に正確度を検討する必要がある。鉄鉱石の場合、Fe-KX線はX線管から発生する一次X線により発生し、マトリックス効果は吸収減衰のみで、それは鉱石自身の成分で決まる。補正係数を算出するに当たり、一次X線の強度を一定として波長積分を行ない、補正式を導出した。定積分に於ける下限値をパラメータとして補正係数を求めた。50〜70Fewt%に対し0.23wt%の正確度で分析出来た。微量成分の補正には吸収効果のみを考えた。特に酸素の分析ではチタンおよびカルシウムのO-KX線に対する吸収が大きいことが目立った。鉄鉱石の基本成分を重元素群と軽元素群の二成分系と見なし軽元素成分の分析情報を持つX線管から発生するRh-KX線の試料からのコンプトン散乱X線を内部標準線とする分析方法を検討した。約50種の鉄鉱石の測定結果では全鉄50〜70wt%に対し0.2wt%の正確度で測定することが出来た。特に鉄鉱石の鉱山での粉体試料の分析に有効である。

 石炭・鉄鉱石中の酸素の定量分析を行った。不均一系およびマトリックス効果の分析上の問題を検討した。鉄鉱石中の微量成分の分析のためにガラスビード法(Na2O407)とRh-Kコンプトン散乱X線を内部標準とする分析法を適用した。その分析結果を(正確度/含有量)以下に示す。ZnO;0.0034wt%/0.004〜0.2wt%,V2O5;0.0025wt%/0.005〜0.2wt%,K2O;0.016wt%/0.01〜1.8wt%,PbO;0.0025wt%/0.0032〜0.34wt%であった。更にこの方法をマンガン,ニッケルおよび銅鉱石に適用した。世界各地の銅鉱石および銅精錬工程中のおよびにも適用出来た。

3-3水中の微量重金属の電着濃縮法による定量

 工場排水,河川水等に含まれる重金属測定を試みた。本法は表面分析の一種であることとバックグラウンドX線を低減して検出感度を上げることを目的としてメッキの原理を応用し、金属イオンを電気的に金属板の表面に(白金,銅又はアルミニュウム板)折出する方法を採用した。PHの影響、電着時間と電着量、溶液濃度と電着量、液温度等の関係を調整し、定量の条件を明らかにした。クロム,カドミウム,水銀のppmレベル以下の濃度に対してそれぞれ0.01〜0.03ppmの誤差で分析出来た。

3-4蛍光X線分析の分析誤差

 低合金鋼の標準試料(NBS)1261〜1265を表面研磨するたびごとにX線強度を測定し、その変化を観測した。Mn-KとS-KX線の変動は比較的大きく、Mo-K,Ni-K,Cr-KおよびP-KX線の強度は変動の少ないことがわかった。十分に焼鈍された試料ではMnSが折出すると云われていること一致している。即ち一般論としてX線分析値と化学分析値の差の大きい元素については試料の作成条件も含めて性状調査を必要とする。

審査要旨

 本論文は「蛍光X線分析装置の開発とその応用」と題し、蛍光X線分析の装置に関し、装置特性を定めるうえで重要な一次X線の発生強度分布、ソーラースリットの効果、分光結晶特性ならびに検出器の性能向上について実験とモデル計算に基づき検討し、また、装置系全体の改良を行って超軟X線領域の蛍光X線を精度良く測定可能とすると共に半導体薄膜試料分析への発展の道を拓き、さらにこれらの装置を種々の鉱石、鉄鋼材料、ならびに工場排水中の金属等の元素分析、状態分析に応用したものであり、全5章からなる。

 第1章は序論であり、蛍光X線分析装置の開発に関し、歴史的沿革、装置化の発展について述べ、本法の分析機器ならびに工業分析化学的特徴を述べている。

 第2章では、装置の基本的構成要素に関する検討の結果について述べている。すなわち、まず、ファンダメンタルパラメーター(FP)法による分析のための正確度の向上と軽・超軽元素分析のために、X線管から発生する一次X線の発生強度の分布測定を行い、薄いベリリウム板を窓材とした端窓型X線管の特性が重要であることを明らかにした。ついで、平行X線束法の光学系の解析を行ない、ソーラースリット箔の全反射・二重ソーラースリット効果とLiF(200)モザイク特性をもとに、より合理的な光学系設計の基礎を明らかにした。また、新しい製作方法によるグラファイト分光結晶の特性を検討した。さらに、計数測定の性能の向上を目的として、高計数測定の際の数え落としの補正ならびにガスフロー型比例計数管特有の波高値の低下の補正の検討を行なった。

 第3章では、軟・超軟X線装置の開発と応用について述べている。まず、封入型ベリリウム薄板を用いた端窓型ロジウムターゲット付X線管と薄い有機膜を窓材としたガスフロー型比例計数管を用いて二種類の分光素子の研究を行なった。分光素子として全反射ミラー、フィルター、波高選別器という組合わせの分光系と、人工累積膜格子と波高選別器を用いた分光系による軟・超軟X線の測定を行なった。ここに累積膜格子を用いることにより1Be〜92Uの全元素が蛍光X線で分析可能となった。また、全反射ミラー方式は測定される強度は強いが分光能力は低いため、C-KおよびB-KX線の測定にのみ用いることが出来るが、累積膜格子は反射強度は低いが分光能力は優れており、SN比が良く複雑な試料の分析に適していることを明らかにした。さらに、軟・超軟X線の測定とFP法の結合により1.0〜100.0nmの薄膜および多層膜の測定を可能とし、半導体集積回路における種々の薄膜の測定に応用した。

 第4章では、蛍光X線分析装置の応用について述べている。蛍光X線分析による微量分析ではバックグラウンドX線が分析誤差に大きく影響を与えるので、その原因である試料からの一次X線を詳しく検討した。鉱石分析は最も重要な応用の一つであるが、その分析誤差の主な要因は、試料が天然物の混合物であることと、マトリックス効果が大きいことによっている。そこで、試料からのRh-KX線のコンプトン散乱X線を内部標準として用いることにより、鉄、マンガン、ニッケルおよび銅の鉱石分析を行なった。製品分析の例としては低合金鋼の分析誤差を測定し、MnSにみられるような析出による偏析が発生している状態の解析を行なった。また、表面分析の特質を生かして、工場排水などにふくまれる低濃度の重金属元素の分析を電着法による濃縮法を用いて分析した。

 第5章は総括であり、蛍光X線分析装置の発展に伴って、装置化の重点が、構成素子の高性能化、システム化、自動化、汎用化などと変遷したこと、また、試料の均一性と分析精度の関係などの重要性などについて述べ、さらに、今後の課題と展望について述べている。

 以上本論文は、蛍光X線分析装置の開発と応用について、極めて初期の段階から次第に高性能化を実現していくほぼ全ての過程に関し種々の問題点を詳細に検討・解析し解決したことを述べており、また、その結果が蛍光X線分析法の市販装置の開発および応用・普及を通して、社会に貢献したことを論じている。したがって、工業分析化学、X線分光学、計測物理・化学等の各分野にたいし貢献することが顕著である。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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