学位論文要旨



No 213941
著者(漢字) 廣井,透雄
著者(英字)
著者(カナ) ヒロイ,ユキオ
標題(和) GPI-アンカーの蛋白質前駆体への固定に必須な酵母GAA1蛋白のヒトおよびマウスのホモログの単離同定
標題(洋) Molecular cloning of human and murine homologs of yeast GAA1 which is required for attachment of glycosyl phosphatidyl inositols to proproteins.
報告番号 213941
報告番号 乙13941
学位授与日 1998.07.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13941号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 岡崎,具樹
 東京大学 講師 小池,和彦
内容要旨 (1)緒言

 翻訳後におこる蛋白質前駆体へのグリコシルフォスファチジルイノシトール(GPI)-アンカーの付加は、細胞膜に蛋白質を繋ぎとめる方法の一つとして、全ての種類の真核細胞で行われており重要である。現在までに、寄生虫の表面蛋白、リンパ球の表面抗原、水解酵素、細胞接着分子など80種以上の蛋白質がGPI-アンカーによる細胞膜への固定を受けていることが発見されている。このGPI-アンカーによる細胞表面への蛋白質の固定は他の固定方法と異なり、フォスフォリパーゼ分解による細胞表面からの蛋白質の放出、細胞のシグナル伝達、蛋白質のソーティングなどに関与し、さらには細胞間の蛋白質の受け渡しにも関与している。GPI-アンカーはリン酸エタノールアミン、3つのマンノース、フォスファチジルイノシトールについたアセチル化されていないグルコサミンを骨格に持ち、その研究は、GPI-アンカーを合成できない酵母、哺乳類の種々の突然変異体を用いることにより進んできた。変異体の多くはGPIアンカー前駆体の合成各段階の酵素に異常をもち、その責任遺伝子も同定されてきている。その中でもヒトにおけるPIG-A遺伝子の変異は、血球系細胞におけるCD55、CD59(DAF)の発現を妨げ、X染色体にリンクした発作性夜間色素性尿症(PNH)の原因と考えられている。一方GPI-アンカーを蛋白質前駆体に付加する段階はトランスアミダーゼによる反応と考えられ、この異常をきたす変異体は、酵母において2つの原因遺伝子(GAA1、GPI8)が同定されていた。しかしながら高等生物においては、その原因遺伝子は不明であり、この研究では、GPI-アンカーを蛋白質前駆体に付加する機構の一部をなす遺伝子mGAA1、hGAA1を高等生物において初めて明らかにした。

(2)酵母GAA1ホモログのクローニング

 近年開発された、アミノ末端にシグナルシークエンスを持つ蛋白質のクローニング法(シグナルシークエンストラップ法)を用いて、マウス胚性幹細胞を6日間分化させた細胞塊(Embryoid Body)より、アミノ末端にシグナルシークエンスを持つcDNAクローンを解析する過程において、アミノ酸レベルで酵母GAA1とのみホモロジーを示すクローンを得た。得られた遺伝子断片を用いてマウスおよびヒトのcDNAをクローニングし、全塩基配列を決定した。cDNAの長さはともに約2.0kbで大きなORFを持ち、621アミノ酸からなる蛋白質をコードし、アミノ末端にはシグナルシークエンスを持っていた。アミノ酸レベルではマウス、ヒト間では91%同一で、95%相同であり、酵母GAA1蛋白とは25%の同一性、57%の相同性を持ち、酵母GAA1のホモログと考えられた。

(3)GAA1mRNAの発現

 GAA1mRNAの発現をヒト胎児、成人、マウス胎児、新生児、成人の各臓器で検討したところ、普遍的に発現していたが、その発現は胎児期、新生児期で多く、成人では減少していた。またラット心臓の発生段階、初期発生分化モデルであるマウス胚性幹細胞の分化系においても同様に、発生の進行とともに発現は減少していた。

(4)GAA1遺伝子構造と染色体位置の決定

 マウスGAA1cDNAを用いてマウスのジェノミックライブラリーより約16kbの遺伝子をつり上げ、制限酵素地図を作成し、サザンブロット法を用いて解析したところ、約3.6kbのBamHI断片にcDNAが含まれていた。この部分を含む8.4kbの塩基配列を解読し、GAA1遺伝子の12個のエクソンと11個のイントロンを決定した。次にRadiation Hybrid PanelをPCRでスクリーニングし、ヒトGAA1遺伝子が染色体8番長腕テロメア近傍に位置することをつきとめた。さらにヒトBACライブラリーをPCRでスクリーニングし、得られたクローンをサザンブロットで確認した後FISHを行い、ヒト染色体8番長腕の8q24に存在することを確認した。

(5)GAA1蛋白質の活性

 GAA1遺伝子の活性を見るため、GPI-アンカー蛋白のレポーター遺伝子(CD8-DAF)とともにヒトGAA1センスまたはアンチセンスcDNAをK562細胞に一過性にトランスフェクションし、蛍光抗体を反応させ、FACSで解析したところ、GPI-アンカーされたレポーター遺伝子の細胞膜表面への発現はアンチセンスにより有意に減少し、センスにより有意ではないが、わずかに上昇した。またマウスGAA1アンチセンスを発現する3T3細胞のセルラインでは、本来GPI-アンカーされているLy6もCD24も細胞両面に検出できなかった。

(6)結語

 酵母GAA1は蛋白質前駆体にGPI-アンカーを付着するトランスアミダーゼ機構の一部をなすものと考えられており、高等生物では初めてクローニングすることに成功した。この遺伝子はマウス、ヒト、酵母間で高度に保存され、分化発生初期の段階で多く発現し、以後減少することより、真核生物の基本機能ならびに分化発生に大きな役割をはたしていると考えれらた。今後、この蛋白のより詳細な機能を知るために、GAA1遺伝子ノックアウトマウスの作成、解析を行っていく予定である。

審査要旨

 本研究は、真核細胞に普遍的に存在するグリコシルフォスファチジルイノシトール(GPI)による蛋白質の細胞膜への固定に必須であるGPI anchor attachment(GAA1)蛋白を高等生物で初めて明らかにした研究であり、下記の結果を得ている。

 1.シグナルシークエンストラップ法を用いて、621アミノ酸からなる蛋白をコードする約2kbの新たなcDNAを単離、同定し、アミノ酸配列のホモロジー検索により、これが酵母GAA1と25%の同一性、57%の相同性を持つ高等生物におけるホモログであることを明らかにした。

 2.GAA1mRNAが各臓器に普遍的に発現していること、またマウス胚性幹細胞および心臓の分化、発生とともに減少することをノーザンブロット法により示した。

 3.マウスジェノミックライブラリーより約16kbのマウスGAA1遺伝子のクローニングを行い、8.4kbの塩基配列を解読し、約3.6kbのBamHI断片の中に12個のエクソンと11個のイントロンからなることを明らかにした。またBACライブラリーのスクリーニングによりヒトGAA1遺伝子をクローニングし、FISH、Radiation Hybrid Panelによりヒト染色体8番長腕の8q24に存在することを示した。

 4.GAA1アンチセンスを一過性に発現することにより、本来細胞表面にGPIアンカーされる蛋白の細胞表面への発現が減少すること、恒久的に発現することにより、細胞表面に発現されないことを示した。

 以上、本論文は蛋白質を細胞表面に固定するGPIアンカーの付加に必須であるGAA1蛋白を酵母以外の真核細胞について、世界で初めて明らかにした。本研究はGPIアンカーの研究の伸展に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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