学位論文要旨



No 213942
著者(漢字) 西村,慶太
著者(英字) Nishimura,Keita
著者(カナ) ニシムラ,ケイタ
標題(和) 滑膜の軟骨分化の特徴器官培養、凝集培養を用いたIn Vitro研究
標題(洋) Characteristics of Chondrogenesis of the Synovium An In Vito Study Using Organ Culture and Aggregate Culture
報告番号 213942
報告番号 乙13942
学位授与日 1998.07.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13942号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 町並,陸生
 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 講師 赤居,正美
 東京大学 講師 大西,五三男
内容要旨

 臨床の場ではしばしば、病因は不明であるが明らかに滑膜が軟骨に分化することにその原因があると思われる疾患や病態に遭遇する。例えば滑膜骨軟骨腫症である。本疾患は滑膜内に多発生に骨軟骨腫ができるものであるが原因は不明である。さらには、変形性関節症にみられる骨棘形成である。骨棘形成には様々な要因が関与するとされているが、骨棘を構成する細胞の起源など骨棘形成の正確なメカニズムは明らかになっていない。Transforming Growth Factor-1(TGF-1)をマウス関節内に投与した最近の報告では骨棘が形成される際、最初に出現する軟骨細胞様の細胞は骨膜起源であることを示唆している。しかしこの報告では滑膜増殖が同時にみられ、骨膜が解剖学的にない膝蓋骨周囲からも骨棘形成がみられることから骨膜よりも滑膜由来であると考える方がより自然と思われる。

 基礎研究の分野では、未分化間葉系細胞はある条件下で骨や軟骨に分化する能力があることは知られている。最近の知見では間葉系組織のひとつである骨膜は、アガロースゲルにTGF-を加えた器官培養系で軟骨に分化することが報告されている。

 以上の臨床的及び基礎的研究から、骨膜と同様の間葉系組織である滑膜も軟骨に分化する能力があることが予想される。しかし現在のところ、Bone Morphogenetic Proteinでコートした培養皿中で滑膜細胞が軟骨に分化したという報告や滑膜骨軟骨腫症のような臨床的な傍証があるだけで、骨膜のように器官培養系で実際に滑膜が軟骨に分化したという報告はない。In vitroの実験系で滑膜組繊を軟骨に誘導できれば、その条件や分化の特徴を分析することで滑膜骨軟骨腫症や骨棘形成の病態解決につながるであろう。

 本研究の目的は、摘出滑膜片に軟骨分化能があることを示し、その特徴を明らかにすることである。まず滑膜組織片をTGF-1添加アガロースゲル内で培養し滑膜の軟骨分化能を確認し、その分化能とTGF-1や血清との関係、あるいは滑膜採取部位やドナーの年齢との関係等を検討した。最後に滑膜組織片から滑膜細胞を分離し、新しく確立された細胞培養システムである凝集培養(ペレット培養)系を用い、細胞レベルでの軟骨分化能を検討した。

 まず滑膜のアガロースゲル培養であるが、滑膜は雄ニュージーランド白色家兎[月齢、1ケ月(5匹)、4ケ月(5匹)、9ケ月(3匹)、計13匹]の膝関節内の異なる5ケ所から採取した(S1:膝蓋骨の内側で線維層と共に関節包を形成している部分S2:大腿骨内顆に付着している部分S3:膝蓋骨の外側で線維層と共に関節包を形成している部分S4:大腿骨外顆に付着している部分S5:膝蓋骨下脂肪体)。また滑膜と同時に骨膜も脛骨近位前内側面から採取した。そして摘出組織片をアガロースゲル内に6週間浮遊培養した。培養液は、Dulbecco Minimum Essential Medium(DMEM)に10%牛胎児血清と5g/mlアスコルビン酸を加え、さらにこれらに10ng/mlのTGF-1を最初の9日間加えた群と、TGF-1を全く加えなかった群の2群に分けた。そして得られた標本切片をトルイジンブルーで染色し組織学的分析を行い、さらに免疫組織化学的検討としてII型コラーゲンの検出を行った。そしてマトリックスの異染性、形態的な軟骨細胞の特性、II型コラーゲンの陽性、をもって軟骨と判定した。

 結果、TGF-1を加えた124滑膜組織片中、27例(21.8%)に軟骨がみられた。一方TGF-1を加えなかった群では、127例中軟骨産生は1例のみ(0.8%)であり、有意にTGF-1投与群に軟骨産生が多くみられた。骨膜組織も同様の結果で、骨膜と滑膜の間に軟骨産生の頻度に有意な差はなかった。

 月齢別にみると、1ケ月の家兎が47組織中4例、4ケ月が48例中16例、9ケ月が29例中7例と、1ケ月家兎から摘出した滑膜組織の軟骨化能が他に比べて低く、1ケ月と4ケ月の間では有意な差があった。一方、骨膜では、月齢による有意な差はなかった。さらに骨膜と滑膜を比較すると1ケ月家兎において骨膜は滑膜より有意に高い軟骨化能を示していた。

 膝関節内の採取部位による軟骨化能の違いをみてみると、大腿骨内外顆に付着している滑膜(S2+S4)では50例中15例、線維層と共に関節包を形成している部分から採取した滑膜(S1+S3)では48例中7例に軟骨がみられ、2群間に有意な差はなかった。しかし、1ケ月齢家兎を除いて部位による違いをみてみると、それぞれ30例中14例、30例中5例と有意に大腿骨内外顆に付着している部分から摘出した滑膜が高い頻度の軟骨産生を示した。

 次にこの軟骨分化に寄与する因子がTGF-1以外にあるか明らかにするために、同じ培養系を用いて血清添加培養液、及び無添加培養液の2つの群で比較した。材料は1ケ月齢家兎から採取した骨膜片及び膝蓋骨下脂肪体片で、6週間培養を行いTGF-1は両群とも全期間投与した。

 その結果、血清添加群では骨膜及び脂肪体とも、顕著な軟骨産生がみられたが、血清無添加群では軟骨に分化したのは1例の脂肪体のみであった。

 細胞凝集(ペレット)培養については、月齢4ケ月のニュージーランド白色家兎の膝から採取した滑膜組織をコラゲナーゼ処理し、滑膜細胞を分離した。これを10%牛胎児血清を含むHum’s F12培養液で単層培養し、コンフルエントに達した段階でトリプシン処理を行い、2×105個の細胞を15mlポリプロピレン試験管内で遠沈(500×g)し、できた細胞凝塊を1週、2週及び3週浮遊培養した。培養液は血清を含まない培養液を基本に、1.デキサメサゾン(10-7M)を加えたもの2.TGF-1(10ng/ml)を加えたもの3.両者を加えたもの(1+2)4.両者とも加えなかったものの4群を用意した。

 その結果、TGF-1を培養液に加えなかった細胞塊では、軟骨形成はなかったが、TGF-1を加えた群では、培養1週めで全ての細胞塊に軟骨化がみられた。デキサメサゾン及びTGF-1の両者加えた群では、TGF-1単独群よりも細胞がより大型化し、より肥満軟骨細胞様に変化する傾向が強かった。

 最近の基礎研究、及び臨床面の研究において滑膜に軟骨化能があることが示唆されているが、実際に滑膜が器官培養系で軟骨を形成したという報告は未だない。本研究は、滑膜には軟骨に分化する能力があり、TGF-1がその分化に必須であることを明らかにした。

 この結果は臨床的な面で滑膜骨軟骨腫症の病態や、変形性関節症における骨棘形成の機序の解明につながるであろう。さらには、骨膜の軟骨化能を利用した軟骨欠損の治療が臨床上も行われつつあることから、滑膜も軟骨欠損部への移植材料として今後使用できる可能性がある。

 また、4ケ月及び9ケ月の家兎では軟骨面に近い大腿骨顆部の滑膜が関節包を形成する滑膜に比してより高い軟骨化能を有していることから、滑膜の軟骨化能に部位による違いがあることが明らかになった。このことは軟骨に分化する能力のある細胞が軟骨により近いところに多くあることを示唆している。さらに、血清添加培養液の方が無添加よりも軟骨を誘導したことは、TGF-1以外に血清中の何らかの因子が滑膜の軟骨化に関与していることが示唆される。また初期9日間TGF-1を投与した月齢1ケ月の家兎では滑膜の軟骨化が低かったのに対し、TGF-1を全期間投与した同じ月齢の家兎では軟骨を確実に分化した点で、TGF-1が滑膜の軟骨分化に関与する期間が1ケ月家兎と4ケ月、9ケ月の家兎では異なる可能性がある。

 ペレット細胞培養系は、未分化間葉系細胞が軟骨に分化する過程をIn vitroで研究する有力な手段として最近開発されたものであるが、滑膜細胞を使っての軟骨産生の報告は未だない。今回の結果は、滑膜細胞の軟骨分化への過程を研究する上でこのペレット培養系が有力な手段となり得ることを示した。そして細胞レベルでも滑膜細胞が軟骨細胞に分化する際にTGF-1が必須であることを明らかにした。さらにペレットを構成する細胞が主に線維芽細胞であることから滑膜内の線維芽様細胞が軟骨分化に関与することが示唆された。

 まとめると、本研究において以下の結果が得られた。

 1.滑膜組織はTGF-1の存在下で軟骨に分化しえた。

 2.この軟骨分化能は関節内の部位や月齢よって差異があった。

 すなわち、4ケ月、9ケ月家兎では軟骨に近い部位がより高い分化能を示し、1ケ月家兎より4ケ月家兎が高い分化能を示した。

 3.培養液に血清を加えた方が無添加よりも高い軟骨分化能を示した。

 4.凝集培養においてもTGF-1の存在下で滑膜細胞は軟骨に分化しえた。

 そしてこれらの結果より、1ケ月家兎と4ケ月、9ケ月家兎ではTGF-1の感受性に違いがあり、またTGF-1以外にも血清中のなんらかの因子が滑膜の軟骨分化に関与していることが示唆された。さらに滑膜内の線維芽様細胞がこのような軟骨分化に関与していることが考えられた。

審査要旨

 本研究は滑膜骨軟骨腫症や変形性関節症にみられる骨棘形成において重要な役割を演じていると考えられる関節内の滑膜組織の軟骨分化のメカニズムを明らかにするため、器官培養系および新しく確立された細胞培養システムである凝集培養系を用いて滑膜の軟骨分化能の特徴の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.雄ニュージーランド白色家兎の膝関節より採取した滑膜組織片をTGF-1を加えたアガロースゲル内に6週間浮遊培養した結果、124滑膜組織片中、27例(21.8%)に軟骨がみられた。一方TGF-1を加えなかった群では、軟骨産生は1例のみ(0.8%)であり、滑膜組織はTGF-1の存在下で軟骨に分化しえることが示された。

 2.同じ器官培養系を用い1ケ月、4ケ月、9ケ月家兎で月齢による軟骨分化能の差異をみたところ、1ケ月家兎から摘出した滑膜組織の軟骨化能は他に比べて低く、軟骨分化能は月齢によって差異があることが示された。

 3.さらにこの軟骨分化能は4ケ月、9ケ月家兎では関節内の滑膜の部位よっても差異があった。すなわち大腿骨内外顆に付着している滑膜と線維層と共に関節包を形成している部分から採取した滑膜とを比較すると、大腿骨内外顆に付着している部分から摘出した滑膜が高い頻度の軟骨産生を示した。この結果より関節軟骨に近い部位がより高い分化能をもっていることが示唆された。

 4.軟骨分化に寄与する因子がTGF-1以外にあるか明らかにするために、同じ培養系を用いて血清添加培養液、及び無添加培養液の2つの群で比較したところ、血清添加群でより顕著な軟骨産生がみられた。すなわちTGF-1以外にも血清中のなんらかの因子が滑膜の軟骨分化に関与していることが示唆された。

 5.滑膜組織から滑膜細胞を分離して単層培養後トリプシン処理にて得られた細胞を遠沈し、できた細胞凝塊を3週浮遊培養したところ、TGF-1を培養液に加えなかった細胞塊では、軟骨形成はなかったが、TGF-1を加えた群では、培養1週めで全ての細胞塊に軟骨分化がみられた。この結果は、滑膜細胞の軟骨分化への過程を研究する上でこの凝集培養系が有力な手段となり得ることを示し、そして細胞レベルでも滑膜細胞が軟骨細胞に分化する際にTGF-1が必須であることを明らかにした。さらに細胞塊を構成する細胞が主に線維芽細胞であることから滑膜内の線維芽様細胞が軟骨分化に関与することが示唆された。

 以上、本論文は器官培養および凝集培養を用いて滑膜の軟骨分化にはいくつかの特徴があることを明らかにした。本研究は滑膜骨軟骨腫症の病態や変形性関節症における骨棘形成の機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50704