学位論文要旨



No 213943
著者(漢字) 星,澄夫
著者(英字)
著者(カナ) ホシ,スミオ
標題(和) ニワトリにおける消化管免疫の特性
標題(洋)
報告番号 213943
報告番号 乙13943
学位授与日 1998.09.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13943号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 助教授 伊藤,喜久治
 東京大学 助教授 甲斐,知恵子
 東京大学 助教授 辻本,元
 東京大学 助教授 松本,芳嗣
内容要旨

 不活化抗原の経口投与は、安全性および投与の簡便さなどの実用面とともに、それにより引き起こされる特徴的な免疫応答から経口ワクチンとしての有用性の観点から注目されている。タンパク質抗原の経口投与後の免疫応答には2つの側面があることは、ホ乳類(主として齧歯類あるいはウサギ目)を対象とした解析により明らかにされている。すなわち、粘膜面への分泌型IgA(sIgA)の誘導と全身性の免疫抑制を特徴とする経口免疫寛容の成立である。病原体に特異的なsIgAは、粘膜面からの病原体の侵入を阻止する働きを持つことから、生体において第一線の感染防御機構としての役割を果たしているものと考えられている。

 ニワトリの不活化経口ワクチンを考える上で、その免疫応答を知ることは重要であると考えられるが、ニワトリをはじめとする鳥類においては、タンパク質抗原の経口投与により引き起こされる免疫応答については不明な点が多い。本論文では、モデル抗原としてウシ血清アルブミン(BSA)を用い、経口投与後のニワトリの局所性および全身性の免疫応答を調べるとともに、アジュバントによるその免疫応答の修飾について検討した。さらに、微細粒子化した抗原のニワトリでの経口免疫への適用を探るために、先ずモデル粒子としてラテックス・マイクロスフェアーを用い、ニワトリへの経口投与後の腸管リンパ組織への取り込み部位を確定し、次いで徐放性製剤のマトリックスとして用いられる各種のポリ乳酸/ポリグリコール酸共重合体(PLGA)を用いて蛍光色素を含有するマイクロスフェアーを作製し、ニワトリの腸管リンパ組織への取り込みを比較した。さらに、抗原を含有するマイクロスフェアーを作製し、ニワトリでの経口免疫試験を行った。

第一章:ニワトリにおけるタンパク質抗原の経口投与後の免疫応答、およびフッ化ナトリウムによるその修飾.

 抗原として用いたBSAは、ゾンデにより食道深部に投与(経口投与)し、血清、涙、あるいは胆汁中の抗原に対するIgGあるいはIgA抗体を酵素抗体法により測定した。抗原単独の場合、大量に投与しても血清IgG抗体の誘導は極めて低いものであった。このニワトリの免疫状態を知るために免疫寛容試験を行った。すなわち、最終経口免疫2週後にフロイント不完全アジュバント(FIA)とともに抗原を筋肉内注射し、その2週後の血清IgG抗体価を対照群と比較することで行った。その結果、抗原単独経口投与群ではその後の全身性の免疫に対しても応答は低く、陽性対照とした非経口免疫/筋肉内注射群の応答と比較して87.5%の抑制が見られた(p<0.05)。このことは、タンパク質抗原単独の経口投与により、ニワトリにおいても経口免疫寛容が引き起こされることを示すものと考えられる。

 これに対し、抗原とともにフッ化ナトリウム(NaF)を粘膜アジュバントとして経口投与した群では血清IgG応答の誘導が認められ、その効果は400mM以上のNaFの投与で顕著であった。これらのニワトリについても免疫寛容試験を行ったところ、低濃度のNaF投与群では非経口免疫群に匹敵する応答を示し、また、高濃度のNaF投与群では応答が増強される傾向が示された。以上のことは、NaFがニワトリにおいて、経口免疫寛容を解除し全身性の免疫応答を高める粘膜アジュバントとして働くことを示すものである。NaFの濃度を400mMに固定し抗原量を変えて経口投与した成績から、少なくとも50mgの抗原量で血清IgG応答が認められた。

 胆汁中のIgA抗体は、抗原単独経口投与群ではほとんど認められないのに対し、NaFとともに経口投与した群では個体によるばらつきはあるものの抗体応答が認められた。さらに、この経口免疫群では、低率ではあるが涙中のIgA抗体が検出された。FIAとともに筋肉内注射した群では血清中のIgGおよびIgA応答、さらに胆汁および涙中のIgG応答は認められたが、これらの分泌液中のIgA応答はほとんど認められなかった。このことは、IgA抗体産生の誘導において局所性(腸管)と全身性の免疫系の質的な違いを反映しているものと考えられた。

第二章:経口免疫後の血清IgG応答における各種粘膜アジュバントの効果の比較.

 NaF以外の粘膜アジュバントとしての効果が期待される候補として、タウリン、塩化リチウム(LiCl)、およびQuillaja saponin(Q-SAP)が挙げられる。そこで、経口免疫後の血清IgG応答におけるこれらの物質のアジュバント効果をNaFのそれと比較した。この比較では抗原量を200mgとし、初回経口免疫後4週目の血清IgG抗体価を測定した。この試験においても抗原単独経口投与群の応答は認められないか低いものであるのに対し、NaFを加えて投与した群の応答は高いものであった。NaFのアジュバント効果と比較してLiClおよびタウリンではそれを上回る効果は認められなかったが、Q-SAPとの併用経口免疫では、統計学的な有意差はなかったがNaFよりも高い抗体価を誘導する傾向を示した。

第三章:経口投与ポリスチレンラテックス・マイクロスフェアーのニワトリ消化管リンパ組織への取り込み.

 粒子径0.75mのFITC合有ポリスチレンラテックス・マイクロスフェアー(PL・MS)をニワトリに経口投与し、ファブリキウス嚢および計15箇所の各部腸管を採材後凍結切片を作製し、蛍光顕微鏡下で粒子の所在を観察することで取り込み部位を特定した。ホ乳類で報告されているように、ニワトリにおいてもパイエル氏板へのマイクロスフェアーの取り込みが認められ、その分布は粘膜固有層に散在するほか、一部リンパ濾胞への集簇像としても認められた。この部位でのマイクロスフェアーの分布はパイエル氏板に限局され、絨毛上皮で覆われたリンパ組織の発達の悪い粘膜への分布は見られなかった。パイエル氏板以外でマイクロスフェアーの取り込みが認められた部位は、メッケル憩室とその近傍の空腸、および空腸開始部とメッケル憩室の中間部であったが、その頻度はパイエル氏板よりも低いものであった。ファブリキウス嚢を含めたその他の検索部位での取り込みは認められないか、極めて少ないものであった。特に、リンパ組織の非常に発達した盲腸扁桃および盲腸末端部では管腔にマイクロスフェアーが存在するにも拘わらず、パイエル氏板で見られたような取り込みはなかった。

 粒子径2.0mあるいは4.5mのPL・MSについても同様の試験を行ったところ、パイエル氏板への取り込みが観察された。しかし、少なくとも同一重量の粒子の投与では、取り込み効率は粒子径0.75mのPL・MSより低く、これは粒子径が増すほどその傾向が見られた。

第四章:各種ポリ乳酸/ポリグリコール酸共重合体・マイクロスフェアーのニワトリ・パイエル氏板への取り込み効率の比較.

 生体内分解性の性質をもつポリ乳酸/ポリグリコール酸共重合体(PLGA)は薬剤の徐放性製剤のマトリックスとして利用され、乳酸とグリコール酸の重合比および重合度により徐放性に特徴を与えることが知られている。この物理化学性状のニワトリ・パイエル氏板への取り込みにおける影響を検討した。

 重量平均分子量が20,000、60,100あるいは99,800の3種類のPLGAを用いて液中乾燥法により蛍光物質であるクマリン6を含有するマイクロスフェアーを作製し、ニワトリ・パイエル氏板への取り込みを比較した。その結果、全てのPLGAで取り込みが認められるものではなく、特に、重量平均分子量20,000のPLGAで作製したマイクロスフェアーでは、パイエル氏板への取り込みは認められなかった。これに対し、重量平均分子量60,100あるいは99,800のPLGAで作製したマイクロスフェアーではパイエル氏板への取り込みが認められ、その分布はPL・MSで観察されたものと同じであった。取り込み効率は、重量平均分子量60,100のPLGAで作製したマイクロスフェアーにおいて高い傾向にあり、1回投与よりも1日間隔2回投与において高い傾向が認められた。

第五章:ニワトリにおけるタンパク質抗原含有ポリ乳酸/ポリグリコール酸共重合体・マイクロスフェアーの経口免疫への応用.

 重量平均分子量60,100のPLGAをマトリックスとし、BSA単独、BSAとともに粘膜アジュバントとしてNaFあるいはQ-SAPを含有するマイクロスフェアーを作製した。マイクロスフェアーから抽出したBSAのSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動像、およびウエスタンブロット後の酵素抗体法による抗BSA免疫血清との反応性から、マイクロスフェアーの作製過程で、タンパク質ならびに抗原性の変性は起こっていないことが確認された。これら3種のマイクロスフェアーを用いて経口免疫試験を行ったところ、Q-SAPを加えて作製したマイクロスフェアーを投与したニワトリにおいて血清抗体応答が誘導された。しかし、その抗体価は低く、また、週を追う毎に徐々に低下していった。

 以上の研究成績は、次のように要約される。

 1.ニワトリへのタンパク質抗原の経口投与では、局所のIgA応答の誘導は効果的ではなく、また、全身性の抗体応答の抑制、すなわち経口免疫寛容が誘導される。この免疫応答は粘膜アジュバントを併用することにより修飾可能であり、NaFおよびQ-SAPにその効果が認められた。これらのアジュバントは、特に全身性の抗体応答の改善に有効であった。

 2.ニワトリ消化管リンパ組織においても、粒子状物質を取り込む性質を有することが確かめられた。この性質は特にパイエル氏板において認められた。さらに、生体内分解性を示すPLGAを用いて作製したマイクロスフェアーのニワトリ・パイエル氏板への取り込み効率は、用いたPLGAの種類により異なり、特に重量平均分子量60,100のPLGAにおいて良好であることが判明した。このことから、このPLGAをマトリックスとして用いることによりニワトリでの経口免疫への応用が可能であると考えられた。

 3.PLGAを用いて、抗原性を失活させることなくBSAを微細粒子化することが可能であった。BSA含有PLGA・MSのニワトリへの経口免疫試験で、血清抗体応答の誘導には抗原単独の封入では不十分であり、抗原とともにサポニンを添加して封入することが必要であることが判明した。

 これらの結果は、ニワトリの不活化経口ワクチンを考える上で有用な知見となるものと思われる。

審査要旨

 不活化抗原の経口投与は、安全性及び投与の簡便さなどの実用面と共に、特徴的な免疫応答から経口ワクチンの観点から注目されている。タンパク質抗原の経口投与後の免疫応答はホ乳類を対象として解析されているが、ニワトリにおいては不明な点が多い。本論文ではウシ血清アルブミン(BSA)の経口投与後のニワトリの局所及び全身性の抗体応答を調べると共に、アジュバントによる修飾について検討した。更に、微細粒子化した抗原のニワトリでの経口免疫への適用を探るために、ポリスチレンラテックス・マイクロスフェアー(PL・MS)の経口投与後の腸管リンパ組織への取り込み部位を確定すると共に、徐放性製剤の担体である各種ポリ乳酸/ポリグリコール酸共重合体(PLGA)を用いてMSを作製し取り込み効率を比較した。更に、抗原含有MSを作製し経口免疫試験を行った。論文は5章より成る。

第1章:ニワトリにおけるタンパク質抗原の経口投与後の免疫応答、及びフッ化ナトリウム(NaF)によるその修飾.

 BSA単独のニワトリへの経口免疫では、血清IgG抗体応答を誘導することは困難であると共に、その後の全身性の免疫に対して低応答性を示すことから、経口免疫寛容が成立するものと考えられた。このような免疫応答はNaFとの併用投与により修飾可能であり、血清IgG応答の有意な誘導が認められた。

 局所のIgA抗体応答は、抗原単独経口投与群ではほとんど認められないのに対し、NaFと共に投与した群では個体によるばらつきはあるものの認められた。また、この群では、胆汁のみならず、低率ではあるが涙中にIgA抗体が検出され、共通粘膜免疫系が働いているものと思われた。FIAと共に筋肉内注射した群ではこれら分泌液中のIgA抗体はほとんど検出されず、IgA抗体の誘導において局所と全身性の免疫系の質的な違いを反映しているものと思われる。

第2章:経口免疫後の血清IgG応答における各種粘膜アジュバントの効果の比較.

 タウリン、塩化リチウム(LiCl)、及びキラヤサポニン(Q-SAP)について、そのアジュバント効果をNaFのそれと比較したところ、LiCl及びタウリンではそれを上回る効果は認められなかった。Q-SAPとの併用経口免疫では、統計学的な有意差はなかったがNaFよりも高い抗体価を誘導する傾向を示した。

第3章:経口投与PL・MSのニワトリ消化管リンパ組織への取り込み.

 粒子径0.75mPL・MSを経口投与し、ファブリキウス嚢(F嚢)及び各部腸管での粒子の取り込み部位を特定した。取り込みが認められた部位はパイエル氏板(PP)の他、メッケル憩室とその近傍の空腸、及び空腸開始部とメッケル憩室の中間部であったが、その頻度はPPよりも低いものであった。F嚢を含めた他の検索部位での取り込みは認められないか、極めて少ないものであった。粒子径2.0mあるいは4.5mのPL・MSについても同様の試験を行ったところ、PPへの取り込みが観察された。しかし、少なくとも同一重量の粒子の投与では、粒子径が増すほど取り込み効率は低下する傾向が認められた。

第4章:各種PLGA・MSのパイエル氏板への取り込み効率の比較.

 PLGAは乳酸とグリコール酸の重合比及び重合度により種々のものがあるが、その物理化学性状のPPへの取り込みにおける影響を検討した。用いたPLGAは、平均分子量20,000、60,100及び99,800の3種類である。平均分子量20,000のPLGAで作製したMSでは、取り込みは認められなかったが、その他のPLGAで作製したMSでは取り込みが認められ、その効率は、平均分子量60,100のPLGAで作製したMSにおいて、また、1回投与よりも1日間隔2回投与において高い傾向が認められた。

第5章:ニワトリにおけるタンパク質抗原含有PLGA・MSの経口免疫への応用.

 BSA単独、BSAと共にNaFあるいはQ-SAPを含有するPLGA・MSを作製した。MSから描出したBSAの電気泳動像、及びウエスタンブロット後の酵素抗体法による抗BSA免疫血清との反応性から、MSの作製過程でタンパク質並びに抗原性の変性はないことが確認された。これら3種のMSを用いて経口免疫試験を行ったところ、Q-SAPを加えて作製したMSを投与したニワトリにおいて血清抗体応答が誘導された。しかし、その抗体価はまだ低く、また、週を追う毎に徐々に低下していった。

 以上の研究内容は鶏のワクチン投与の際に併用する免疫増強物質、およびその投与法を開発する際に重要な基礎情報と考えられる。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク