学位論文要旨



No 213948
著者(漢字) 西井,國夫
著者(英字)
著者(カナ) ニシイ,クニオ
標題(和) 好熱性細菌を用いたバイオリアクターによるテルペン類の連続変換
標題(洋)
報告番号 213948
報告番号 乙13948
学位授与日 1998.09.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13948号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 魚住,武司
 東京大学 教授 松澤,洋
 東京大学 教授 大森,俊雄
 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 助教授 正木,春彦
内容要旨

 生化学反応を触媒する酵素は、常温・常圧・中性条件下で反応を進行させ、かつ反応基質に対する高い選択性(立体選択性、位置選択性)を示すという、一般の化学触媒にない特徴を持っている。しかし反面、酵素は熱や化学物質に対して不安定で、また生産性が低い等の弱点を持っており、化学工業に応用する事が困難であった。そこで本研究では好熱性微生物を生体触媒として工業的に利用する事を目的に、有用な好熱性微生物の探索とこれを利用したバイオリアクターの検討を行った。

[1]好熱性微生物によるテルペン類の微生物変換

 テルペン類は香料の原料として有用であるが、光学活性を有するものが多いので合成が困難な物が多い。本研究では温泉、土壌等よりテルペン類の不斉合成に有用な好熱性微生物を分離しバイオリアクターへの応用を検討した。タバコの香料成分であるDihydro-4-oxoisophorone(DOIP)(2)を基質としてスクリーニングを行った結果、DOIPを不斉還元する好熱性微生物NS-13株を土壌より分離した。NS-13はBacillus stearothermophilusと同定され、この株は53℃を至適温度とする中度好熱性細菌であった。4-oxoisophorone(OIP)(1)を不斉還元する好熱性微生物については、Thermomonospora curvata IFO-12384が報告されていたが、DOIPを不斉還元する微生物の報告は無かった。NS-13はDOIPを不斉還元し4-hydroxy-2,2,6-trimethylcyclohexanone(4-HTMCH)(3)を生成した。また、(1)細胞の比増殖速度と反応物の生成速度の関係、(2)DNA gyrase阻害剤であるNovobiocinを添加した実験より、この変換は増殖連動型であることを明らかにした。

 

[2]バイオリアクターにおけるBacillus stearothermophilus NS-13によるDOIPから4-HTMCHへの連続変換

 Bacillus stearothermophilus NS-13によるDOIPから4-HTMCHへの変換は増殖連動型であることから、バイオリアクターにおいて高い生産性を達成するには微生物の増殖を常に促進しかつ細胞濃度を維持することが必要である。そこで従来より知られている、エアーリフト型リアクター及び撹拌槽型リアクター(CSTR)と新たなホローファイバー型リアクターを用いて検討した。その結果、エアーリフト型、CSTRでは、希釈率を上昇させると細胞のwash-outが起きて細胞濃度が減少し、結果的に生産性の低下を招いた。ホローファイバー型では、細胞を膜で濾過してリアクター内に保持し、細胞濃度を高めることに成功し、変換率も向上した。しかし一定時間(48h)後、細胞濃度が高いにもかかわらず変換率が低下した。この原因は細胞の増殖が阻害された事にあると考え、リアクターのシェル(胴)側から細胞の一部を抜き取る事で増殖を刺激し解決した。ホローファイバー型リアクターの条件検討から、シェル(胴)側からの抜き取り率を培地供給量の10%に保つ事で、最大の細胞濃度と細胞増殖が維持され、高い希釈率においても長時間安定した高い生産性を達成することができた。

[3]二種類の好熱性微生物を用いたOIPから4-HTMCHへの二段変換

 OIPがThermomonospora curvata IFO-12384によりDOIPに不斉還元される事は既に報告されている。本研究ではT.curvataとB.stearothermophilus NS-13を組み合わせることにより、OIPからDOIPを経由して4-HTMCHへの二段変換について検討した。従来二段変換の組み合わせとして、1段目の培養液から細胞を除去する方法、細胞を化学的に処理して失活させる方法が知られているが、コスト面、雑菌汚染の面から工業的な方法としては不適当である。本研究では、1段目の培養液に特別な操作を行わず2段目の培養を行う事を目指して検討した。

 T.curvataとB.stearothermophilusの混合培養系ではB.stearothermophilusが支配的に増殖し二段変換は進行しなかった。1段目をT.curvata単独で培養しその培養液にB.stearothermophilusを植菌し2段目培養した結果、二段変換が達成された。条件検討の結果、1段目培養終了液のpHを中性に修正し、かつT.curvata細胞が存在した方が2段目培養においてB.stearothermophilusの生育が良いことが判った。B.stearothermophilusは新たに栄養源を追加しなくても生育した。B.stearothermophilusは、T.curvata細胞の分解物を栄養源として利用したものと思われる。以上の如く、特別な操作を行うこと無く二段変換を行う条件を確立した。

 

[4]バイオリアクターにおけるOIPから4-HTMCHへの連続二段変換

 単一の微生物変換を行ったバイオリアクターの報告は数多くあるが、二段以上の微生物変換を複数の微生物を用いて行ったバイオリアクターの報告はほとんど無い。本研究では二種類の好熱性微生物を用いて、OIPからDOIPを経由し4-HTMCHへ至る連続二段変換を可能にするバイオリアクターの検討を行った。バッチ二段変換の結果をもとに、1段目ではT.curvata IFO-12384によりOIPからDOIPへ変換し、2段目ではB.stearothermophilus NS-13によりDOIPから4-HTMCHへ変換させる事とした。菌体の固定化にはPAA(polyacrylamide)を使用し、バイオリアクターとしては、(1)エアーリフト型(T.curvata free cell)+エアーリフト型(B.stearothermophilus free cell),(2)エアーリフト型(T.curvata PAA immobilized cell)+エアーリフト型(B.stearothermophilus PAA immobilized cell),(3)撹拌槽型(CSTR)(T.curvata PAA immobilized cell)+ホローファイバー型(B.stearothermophilus free cell)の三種類を用いた。その結果(3)において最も安定した連続二段変換が見られ、かつ高い生産性が達成された。

 本研究は、好熱性微生物菌体を生体触媒として、選択的化学反応を目的とするバイオリアクターに応用出来る事を示した。特に50℃と言う操作温度は、雑菌汚染を防止できかつ温度制御が容易であることから、リアクター構造を単純化し運転コストを低減出来るという工業的利点を持つ。また、従来の微生物変換は主に定常期にある細胞内の酵素を利用したものが多いが、本研究は増殖期の細胞でのみ活性化する酵素を利用できることを示しており、工業的に利用可能な酵素の範囲を拡大した。このような好熱性微生物を用いたバイオリアクターは、光学活性を示す化合物の工業的合成法として今後採用される例が増えて行くものと考えられる。

【公表論文】

 1.Kunio Nishii,Koji Sode,Isao Karube;Journal of Biotechnology,(1989),117-128

 2.Kunio Nishii,Koji Sode,Isao Karube;Biotechnology and Bioengineering,(1990),1155-1160

 3.Kunio Nishii,Koji Sode,Isao Karube;Applied Microbiology and Biotechnology,(1990),245-250

 4.Kunio Nishii,Koji Sode,Isao Karube;Biotechnology Letters,(1995),785-790

審査要旨

 本論文は,タバコの香気成分の一種である4-hydroxy-2,2,6-trimethylcyclohexanone(4-HTMCH)(3)を4-oxoisophorone(OIP)(1)から微生物変換反応によって生産するために,好熱性細菌を対象として検索をおこない,土壌から単離した有用菌株と既知細菌とを組み合わせた2段連続変換系を確立したものであり,9章より成る。

 第1章は緒言であり,香気成分等,各種の光学活性物質の微生物変換とその意義について論じている。

 第2章と第3章では,温泉,土壌並びに堆肥から分離した好熱性細菌210株について,OIPを化学的に還元して調製したdihydro-4-oxoisophorone(DOIP)(2)から4-HTMCHへの変換活性を検索し,その内の1株NS-13が有効であることを認めた。その産物を質量分析(GCMS),1H-NMRとIRスペクトルによって確認するとともに,産物をシリカゲルクロマトにかけて分離したcis体とtrans体の4-HTMCHの旋光度を測定し,cis-(4R,6S):cis-(4S,6R):trans-(4R,6R):trans-(4S,6S)の生成比率が68:25:5:2であることを明らかにした。NS-13株はDOIPを不斉還元する微生物として最初のものである。

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 第4章では、NS-13株の細胞形態,生理的性質と各種培地での生育状態を調べ,これをBacillus stearothermophilusと同定した。

 第5章では,NS-13株によるDOIPから4-HTMCHへの変換のための諸条件を検討し,生育中の菌体のみが強い活性を示して,比増殖速度と比生成速度が相関し静止菌体の活性は弱いことから,この変換は増殖連動型であることを明らかにした。

 第6章では,NS-13を用いる連続培養式のバイオリアクターによって,DOIPから4-HTMCHへの変換の高い生産性を達成するために,菌の増殖を常に促進し,かつ細胞濃度を維持する装置について検討した。既知のエアーリフト型リアクターと撹拌槽型リアクターでは,増殖を促進するために希釈率を上昇させると細胞濃度が減少し生産性が低下した。

 一方,新たに用いたホローファイバー型リアクターでは,培養液を膜で濾過して細胞をリアクター内に保持し,かつ菌の増殖を維持するために,培地供給量の10%に相当する菌液を直接抜き取る方法を考案し,細胞濃度と増殖速度をともに高く維持して長時間の安定した変換生産性を達成した。

 第7章では,OIPからDOIPを経て4-HTMCHへの2段変換をおこなうために,改めて好熱性微生物を検索し上記NS-13株のみがこの活性をもつことを見出した。しかし,DOIP以外にも2種の副産物を生じ,最終産物4-HTMCHの収率は十分でなかった。

 そこで,OIPをDOIPへと不斉還元することが既知であった好熱性紬菌Thermomonospora curvata IFO 12384と本研究で新たに得たB.stearothermophilus NS-13を組み合わせてOIPからDOIPを経由して4-HTMCHへと2段変換する方法について検討したが,両者の単純な混合培養系では後者が支配的に増殖し2段変換は効率的に進行しなかった。OIPを変換の基質として1段目をT.curvata単独で培養し,その培養液のpHを中性に修正したのちB.stearothermophilusを植菌し2段目培養を行うと2段変換が達成された。1段目のT.curvata細胞を除去する必要はなく,これが存在した方が2段目培養においてB.stearothermophilusの生育が良く,新たな栄養源の添加は必要としなかった。

 第8章では,上記2種の好熱性細菌を組み合わせて2段変換を連続的におこなうバイオリアクターの険討を行った。菌体の固定化にはポリアクリルアミドを用い,バイオリアクターとしてはエアーリフト型,攪拌槽型,ホローファイバー型の3種類を種々に組み合わせて用いた。その結果,第1段攪拌槽型(T.curvata固定化菌体)第2段ホローファイバー型(B.stearothermophilus自由菌体)の組み合わせによる50℃の反応において最も安定した連続2段変換が見られ,かつ高い生産性が達成された。

 第9章は結論である。

 以上本研究は,新たに検索した好熱性細菌を生体触媒として,テルペン類の変換反応を行う2段式連続式バイオリアクターを構築し,工業的な利用の可能性を示したものであり,学術上並びに応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値有るものと認めた。

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