酢酸菌の生産するバクテリアセルロース(以下BCと略す)は、植物セルロースにない様々な物性を有しており、様々な分野で新素材として注目されている。今後、汎用新素材として普及させるために大量生産によるコストダウンが望まれている。本研究では、従来のBC生産菌の育種研究で行われていないBCの前駆体の供給の向上に着目し、BCと前駆体を共通にする副生多糖の生産量を削減する方法、及びBCの前駆体の生合成に関与するATP、UTPの菌体内レベルを向上させる方法がBC生産菌の生産性の向上に有効であることを明らかにするとともに、これらの方法を用いて大量生産に適したBC高生産菌を開発している。 1)副生多糖の生産量の削減によるBC高生産菌の育種 BC生産菌BPR2001株は、UDP-グルコース(UDP-G)からBCを生合成すると同時にアセタンと呼ばれる水溶性多糖を副生する。そこで、BPR2001株からアセタン副生量を低下させた変異株を育種することで、BC高生産菌の育種を行った。その結果、アセタン副生量が低下しBC生産性の向上したBPR3001A株を取得した。従って、アセタン副生量の低下がBC高生産菌の育種に有効であることを示した。また、アセタンの生産がBPR3001A株以上に著減したがBC生産性の向上していないA-26株を用い、培地にアセタン等の多糖を添加することで、A-26株がBPR3001A株以上のBC生産性を有することを示した。酢酸菌のBC生産には、少量のアセタン等の多糖がBCの分散のために必要であると推測された。 2)菌体内ATPレベルの向上によるBC高生産菌の育種 BCの前駆体であるUDP-G、グルコース1燐酸、グルコース6燐酸の生合成にはATPが大きく関与していることから、ATPレベルの向上を通しBC高生産菌の育種を行った。ビタミンの一つp-アミノ安息香酸(PABA)を培地に添加することでBPR2001株の菌体内ATP、ADP、AMP(アデノシン関連化合物)、及びBC生産性が向上することを見い出した。さらに、ATPによりBPR2001株のBC生産性が向上することも示した。そこで、PABA生合成経路を強化するために、PABAアナログであるサルファグアニジン(SG)を用いSG耐性株を育種した結果、BC生産性の向上したBPR3001E株を取得した。また、得られたBPR3001E株は菌体内PABA濃度、アデノシン関連化合物濃度も向上していることを示した。従って、SG耐性を用いて菌体内PABAレベルを向上させることでアデノシン関連化合物レベルの向上を通しBC高生産菌が育種できることを示した。 3)菌体内UTPレベルの向上によるBC高生産菌の育種 BCの前駆体であるUDP-Gの生合成にはUTPが必要とされることから、菌体内のUTPレベルの向上によるBC高生産菌の育種を行った。BC生産菌757株を親株として、UTP生合成強化のためにピリミジンアナログである5-フルオロウリジン(5-FUR)を用い耐性株を育種した結果、BC生産性の向上したFUR-35株を取得した。また、FUR-35株の菌体内UTP、UDP-G濃度が親株に比べ大きく向上していることを示した。さらに、UTP生合成経路上のキー酵素であるカルバミル燐酸合成酵素II(CPS)の酵素活性を調べ、FUR-35株のCPS活性が親株に比べ向上し、UTPによるCPSへのフィードバック阻害も親株に比べ解除されていることを示した。従って、5-FUR耐性を用いUTP生合成経路を強化することで菌体内UTPレベルの向上を通しBC高生産菌が育種できることを示した。 以上、従来のBC高生産菌の育種に用いられていないBCの前駆体の供給の向上に着目し、副生アセタンの生産量の削減、及びATP,UTPといったBC前駆体の生成に関与する物質の菌体内濃度を向上させることでBC高生産菌の育種が可能であることを示し、さらに、これらの方法を用いて大量生産に適したBC高生産菌を育種している。 本論文により示された育種方法は、BC生産菌の育種において新たな視点からの育種方法であり、大量生産に適した高生産菌を育種していることから、学術上、産業的応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |