学位論文要旨



No 213949
著者(漢字) 石川,篤志
著者(英字)
著者(カナ) イシカワ,アツシ
標題(和) バクテリアセルロース高生産菌の育種に関する研究
標題(洋)
報告番号 213949
報告番号 乙13949
学位授与日 1998.09.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13949号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 北本,勝ひこ
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 助教授 吉田,稔
内容要旨 第1部、第2部序論、本研究の背景

 ある種の酢酸菌は、バクテリアセルロース(BC)と呼ばれるセルロースを菌体外に生産することが知られており、近年、BCは植物セルロースにない物性を有していることから新素材として着目されている。今後、BCがさらに汎用新素材として広く普及するため、大量生産によるコストダウンが望まれている。

 しかし、通気攪拌培養に適し、安定にBCを生産するBC生産菌がほとんど知られていなかったため、大量生産に適した通気攪拌培養を用いたBC生産研究は遅れていた。近年、この問題を解決するため自然界から通気攪拌培養に適し、安定にBCを生産するAcetobacter xylinum subsp.sucrofermentans BPR2001株、Acetobacter xylinum subsp.nonacetoxidans 757株がスクリーニングされた。

 また、BC高生産菌の育種について見てみると、BC高生産菌の育種の報告は他の有用微生物の育種に比べ極めて少ない。

 現在の発酵生産では、生合成酵素の活性の強化、前駆体の生合成経路の強化、副生物の淘汰といった方法により多くの高生産菌が育種されて、工業レベルでの大量生産が行われている。しかし、このようなBC高生産菌の育種は行われておらず、大量生産に適したBC高生産菌はほとんど知られていない。このこともBCの大量生産が遅れている一因である。

 従ってBCを大量生産するためには、通気攪拌培養に適したBC高生産菌株が必要である。

 本論文ではBCの大量生産を行うことを目的に通気攪拌培養で安定にBCを生産するBPR2001株、757株を用いBC高生産菌の育種に関する研究を行った。

第3部本研究でのBC高生産菌の育種の考え方

 本論文では、副生物の淘汰によるBC高生産菌の育種方法とBC生合成経路の強化によるBC高生産菌の育種方法の二つの方向からBC高生産菌の育種を試みた。また、BC生合成経路の強化によるBC高生産菌の育種方法として菌体内ATPレベルの向上によるBC高生産菌の育種、菌体内UTPレベルの向上によるBC高生産菌の育種といった二つの方法を用いた。

第4部本論第1章副生物の淘汰によるBC高生産菌の育種

 BC生産菌BPR2001株は、UDP-グルコース(UDP-G)からBCを生合成すると同時にアセタンと呼ばれる水溶性多糖を副生する。そこで、BPR2001株からアセタン副生量を低下させた変異株を育種することで、UDP-GのBCへの流れを強化を通しBC高生産菌を育種することができると考えた。

 BPR2001株からアセタン副生量の低下した変異株を育種したところ、糖消費速度、菌体増殖は変わらず、アセタン副生量のみが低下し、BC生産性が向上したBPR3001A株の育種に成功した。一方、BPR2001株から育種したA-26株はアセタンを副生しないにも関わらず、BCのフラスコ壁面への付着等がおこりBCの分散が不良であるためBC生産性は向上しなかった。そこで培地中にアセタンまたはCMC,キサンタンガムを添加したところ、BCのフラスコ壁面への付着が減り、BPR3001A株以上のBC生産量を示した。従って、A-26株は副生アセタンの淘汰によりBPR3001A株以上のBC生産性を有しながら、アセタン量が著しく不足し、通気攪拌培養が良好に行われていないことがわかった。

 以上のようにBPR2001株からのBC生産菌の育種にはアセタンの淘汰は適当ではなく、アセタン副性量を低下させることでBC高生産菌の育種が可能であることがわかった。

第2章BC生合成経路の強化によるBC高生産菌の育種第2章-1菌体内ATPレベルの向上によるBC高生産菌の育種

 BCの生産は菌体の増殖を伴い行われる。BC前駆体の生合成にはATPが関与しており、また、菌体の増殖に必要なプリン、ピリミジン、アミノ酸の生合成にもATPが関与していることが一因と考えられる。そこで、BC生産、菌体の増殖を共に向上させる因子を検索することで、菌体内のATPレベルを向上させる因子を検索できると考えた。そして、その因子の生合成経路を強化した変異株を育種することで、BC生産菌の菌体内ATPレベルの向上を通しBC生産性を向上させることができると考えた。

 BPR2001株のBC生産も菌体の増殖に伴い行われることを確認した上で、p-アミノ安息香酸(PABA)が菌体内ATP、ADP、AMP(アデノシン関連化合物)、及びBC生産、菌体の増殖が向上することを見い出した。さらに、ATPによりBPR2001株のBC生産が上昇することも確認された。

 そこで、PABA生合成経路を強化しBC高生産菌を育種することを目的に、PABAアナログであるサルファグアニジン(SG)を用いBPR2001株からSG耐性株を育種した。得られたSG耐性株BPR3001E株はBC生産、菌体増殖が大きく向上し、さらに菌体内PABA濃度、アデノシン関連化合物濃度も向上していることが確認された。

 以上のようにSG耐性を用いてBC高生産菌の育種が可能であることがわかった。さらに、得られたBC高生産菌BPR3001E株はPABA生合成経路が強化され、PABA供給量が向上することでアデノシン関連化合物の供給が向上しBC生産性が向上したと考えられる。

第2章-2菌体内UTPレベルの向上によるBC高生産菌の育種

 BCの直接の前駆体であるUDP-Gは、UTPとグルコース1燐酸から生合成されることから、UTP生合成経路を強化することで、UDP-Gの供給の向上を通しBC高生産菌の育種を試みた。

 BC生産菌757株を親株として、UTP生合成強化を目的にピリミジンアナログである5-フルオロウリジン(5-FUR)を用い耐性株を育種した。得られた耐性株のうち、最もBC生産性の高いFUR-35株は親株に比べBC生産性が約40%向上していた。

 さらにFUR-35株の菌体内UTP、UDP-G濃度を調べたところ、親株に比べ、これらが大きく向上していることが見い出された。

 一方、多くの微生物ではUTP生合成量は、UTP生合成経路上のカルバミル燐酸合成酵素II(CPS)へのUTPのフィードバック阻害により調節されていることが知られている。

 そこで、FUR-35株のCPS活性を調べたところ、FUR-35株のCPS活性は親株に比べ向上しており、さらに、UTPによるCPSへのフィードバック阻害も親株に比べ解除されていることがわかった。

 以上のように、5-FUR耐性を用いることでBC高生産菌の育種が可能であることがわかった。さらに、得られたBC高生産菌FUR-35株はUTP生合成経路が強化されUTP供給が向上し、UDP-Gレベルの向上を通してBC生産性が向上したことが明らかになった。

第5部総括

 本論文では、副生アセタンの生産量の低下、BC生合成経路の強化によりBC高生産菌株が育種できることを示した。

 そして、これらの方法により育種されたBC高生産菌を用いて、BCの大量生産研究が大きく進捗した。現在、BCの大量サンプルの供給、コストダウンが可能となり、様々な分野で用途開発が進んでいる。今後、さらに多くの用途研究が進みBCが汎用新素材として広く普及することが期待される。

審査要旨

 酢酸菌の生産するバクテリアセルロース(以下BCと略す)は、植物セルロースにない様々な物性を有しており、様々な分野で新素材として注目されている。今後、汎用新素材として普及させるために大量生産によるコストダウンが望まれている。本研究では、従来のBC生産菌の育種研究で行われていないBCの前駆体の供給の向上に着目し、BCと前駆体を共通にする副生多糖の生産量を削減する方法、及びBCの前駆体の生合成に関与するATP、UTPの菌体内レベルを向上させる方法がBC生産菌の生産性の向上に有効であることを明らかにするとともに、これらの方法を用いて大量生産に適したBC高生産菌を開発している。

1)副生多糖の生産量の削減によるBC高生産菌の育種

 BC生産菌BPR2001株は、UDP-グルコース(UDP-G)からBCを生合成すると同時にアセタンと呼ばれる水溶性多糖を副生する。そこで、BPR2001株からアセタン副生量を低下させた変異株を育種することで、BC高生産菌の育種を行った。その結果、アセタン副生量が低下しBC生産性の向上したBPR3001A株を取得した。従って、アセタン副生量の低下がBC高生産菌の育種に有効であることを示した。また、アセタンの生産がBPR3001A株以上に著減したがBC生産性の向上していないA-26株を用い、培地にアセタン等の多糖を添加することで、A-26株がBPR3001A株以上のBC生産性を有することを示した。酢酸菌のBC生産には、少量のアセタン等の多糖がBCの分散のために必要であると推測された。

2)菌体内ATPレベルの向上によるBC高生産菌の育種

 BCの前駆体であるUDP-G、グルコース1燐酸、グルコース6燐酸の生合成にはATPが大きく関与していることから、ATPレベルの向上を通しBC高生産菌の育種を行った。ビタミンの一つp-アミノ安息香酸(PABA)を培地に添加することでBPR2001株の菌体内ATP、ADP、AMP(アデノシン関連化合物)、及びBC生産性が向上することを見い出した。さらに、ATPによりBPR2001株のBC生産性が向上することも示した。そこで、PABA生合成経路を強化するために、PABAアナログであるサルファグアニジン(SG)を用いSG耐性株を育種した結果、BC生産性の向上したBPR3001E株を取得した。また、得られたBPR3001E株は菌体内PABA濃度、アデノシン関連化合物濃度も向上していることを示した。従って、SG耐性を用いて菌体内PABAレベルを向上させることでアデノシン関連化合物レベルの向上を通しBC高生産菌が育種できることを示した。

3)菌体内UTPレベルの向上によるBC高生産菌の育種

 BCの前駆体であるUDP-Gの生合成にはUTPが必要とされることから、菌体内のUTPレベルの向上によるBC高生産菌の育種を行った。BC生産菌757株を親株として、UTP生合成強化のためにピリミジンアナログである5-フルオロウリジン(5-FUR)を用い耐性株を育種した結果、BC生産性の向上したFUR-35株を取得した。また、FUR-35株の菌体内UTP、UDP-G濃度が親株に比べ大きく向上していることを示した。さらに、UTP生合成経路上のキー酵素であるカルバミル燐酸合成酵素II(CPS)の酵素活性を調べ、FUR-35株のCPS活性が親株に比べ向上し、UTPによるCPSへのフィードバック阻害も親株に比べ解除されていることを示した。従って、5-FUR耐性を用いUTP生合成経路を強化することで菌体内UTPレベルの向上を通しBC高生産菌が育種できることを示した。

 以上、従来のBC高生産菌の育種に用いられていないBCの前駆体の供給の向上に着目し、副生アセタンの生産量の削減、及びATP,UTPといったBC前駆体の生成に関与する物質の菌体内濃度を向上させることでBC高生産菌の育種が可能であることを示し、さらに、これらの方法を用いて大量生産に適したBC高生産菌を育種している。

 本論文により示された育種方法は、BC生産菌の育種において新たな視点からの育種方法であり、大量生産に適した高生産菌を育種していることから、学術上、産業的応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク