学位論文要旨



No 213952
著者(漢字) 浅井,昌大
著者(英字)
著者(カナ) アサイ,マサオ
標題(和) 舌がんの頚部リンパ節転移に関する臨床病理学的研究
標題(洋)
報告番号 213952
報告番号 乙13952
学位授与日 1998.09.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13952号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 波利井,清紀
 東京大学 教授 新美,成二
 東京大学 助教授 市村,恵一
 東京大学 講師 石田,剛
内容要旨 I目的

 舌がんの頚部リンパ節転移に対する治療の現状・問題点をふまえて、舌がん症例のretrospectiveな臨床的・病理組織学的検討により以下の点を明確にすることを目的として本研究を行った。

 (1)原発巣と頚部リンパ節転移との関連を明らかにし、頚部リンパ節転移をきたしやすい因子を明らかにするとともに治療前に治療方針決定できる基準を作成する。

 (2)頚部リンパ節転移の状態から予後との関連を明らかにし、追加治療の必要な群の選別を行う。

 (3)N0症例に対する頚部治療方針として経過観察か予防的頚部郭清術かの是非を検討し優劣を明らかにする。

 (4)頚部リンパ節転移に対する頚部郭清術式の検討を行い、基本とすべき頚部リンパ節転移に対する外科的対応を明らかにする。

II対象及び研究方法

 対象は、国立がんセンター中央病院頭頚科において1980年より1990年までに初回根治治療を施行した舌扁平上皮がん329症例であり、年齢は20歳から91歳まで平均年齢は56.7歳であった。性別は男性233例、女性96例であった。臨床期分類は、stage I 101例、stage II 126例、stage III 57例、stage IV 45例であり、原発巣はT1 104例、T2 146例、T3 51例、T4 28例であった。初診時臨床的に頚部リンパ節転移を認めたものは、59例であり、N1 31例、N2 24例、N3 4例であった。原発巣の治療は放射線療法が117例で、T1 28例、T2 72例、T3 13例、T4 4例であった。外科的療法は212例でT1 76例、T2 74例、T3 38例、T4 24例であった。検討した病理学標本は、原発巣に関しては外科的療法例手術時の切除標本で行った。リンパ節に関しては郭清標本より部位ごとに取り出して各リンパ節ごとに転移の有無を検討した。部位に関しては、オトガイ下、顎下、上内深頚部、中内深頚部、下内深頚部、後頚部(副神経周囲)、鎖骨上窩に分類した。

1.原発巣の検討

 原発巣の性状より転移の発生頻度を検討した。外科的切除例は切除標本より長径・短径・深達度を計測した。部位は口部舌を前・中・後と分けてその主部位・進展範囲を臨床所見より分類し、併せて中咽頭・口腔底などへの浸潤の有無について考察した。深部浸潤については病理組織学的に粘膜内・粘膜下・筋層内とし、筋層浸潤は5-6mmを超すものを深部浸潤とした。また脈管侵襲の有無・神経周囲浸潤(perineural invasion)の有無についても検討した。

2.頚部リンパ節転移の検討

 頚部リンパ節転移を生じた症例の予後について検討した。頚部郭清術施行194例の転移の部位・個数などについて検討した。

3.頚部リンパ節転移に対する治療法の検討

 頚部リンパ節転移の状況や術後経過・予後について比較検討した。

 頚部リンパ節転移に対する手術術式の術後経過・予後を比較検討した。

III結果1.原発巣と頚部リンパ節転移との関連a)原発巣と頚部転移の発生頻度

 病理組織学的検討について、分化度は高分化型が多いが予後は差を示さなかった。

 深部浸潤の強さと頚部リンパ節転移の頻度について、原発巣の病理組織学的検査が可能であったのは213例であった。深逹度が粘膜下層までに留まった症例は56例であったがリンパ節転移を生じた症例は1例(1.8%)のみであった。筋層浸潤を示した症例は157例に認められたが、そのうち84例に転移を認め53.7%の転移陽性率であった。舌筋層の深度は5-6mmまでの浅層では38.9%、それ以上では65.9%と深部浸潤例ほど転移出現頻度が高い傾向が認められた。深逹度を臨床所見による腫瘍厚を加味して放射線治療症例も加え全症例を対象に検討すると粘膜下層までが87例中1例(1.2%)、筋浅層までが106例中51例(48.1%)、筋深層が108例中75例(69.4%)と同様な傾向を示した。

 他の病理組織学的な検討では舌内転移・脈管侵襲・神経周囲浸潤を認めた症例は筋層浸潤例157例中43例あり、そのうちの31例(72.1%)にリンパ節転移を認め、さらに高率の転移陽性率を示した。筋層浸潤例の中でこれらのない症例は114例であり、そのうち転移を認めた症例は53例(46.5%)であったこととと比較すると転移の発生率に大きな差を認めた。

b)原発巣と転移リンパ節の部位

 頚部リンパ節転移の出現部位は上深頚部がもっとも多く、ついで顎下と中深頚部であり、以下症例が大きく減少してオトガイ下・下深頚部さらに後頚・鎖骨上窩と続く。下深頚部・後頚・鎖骨上窩はいずれも上方の転移を伴い、単独に発生した症例はなかった。

 原発巣の部位分布は、延べ295症例のなかで前方占拠例66例、中央占拠例125例、後方占拠例63例、口腔底浸潤例27例、中咽頭浸潤例14例であった。前方占拠型は顎下・上中深頚部いずれも多く25%程度であり、オトガイ下・下深頚部が各々10%弱であった。中央占拠型・後方占拠型になると上深頚部の比率が高くなり35%前後を占め中深頚部が20%強に低下した。口腔底に浸潤した症例はオトガイ下に20%近く転移を認めた。中咽頭浸潤型は中央占拠型・後方占拠型と似た傾向ながらオトガイ下部への転移が認められなかった。なお、前方占拠型・口腔底浸潤型は、顎下・上深頚部・オトガイ下部になくとも中深頚部に転移を生じる症例が散見された。一方転移リンパ節部位から原発巣の部位を検討すると、顎下部・上深頚部転移例はほぼ原発部位別の頻度分布と一致したが、中深頚部転移例は比較的前方占拠型の比率が高く、また口腔底浸潤型の比率も他に比べ高かった。オトガイ下部転移例も前方占拠型・口腔底浸潤型の比率が高く認められた。症例ごとに検討したところオトガイ下部転移例は前方型と口腔底浸潤例が高い比率を占め、顎下・オトガイ下・上深頚部に転移がなく中深頚部以下にのみ転移が認められた例は2例を除き前方占拠型か口腔底浸潤例であった。またオトガイ下・顎下に転移のある症例は中深頚部に転移を生じる症例が多く認められた。

2.頚部リンパ節転移と予後

 5年累積生存率に関してはStageIは86.1%、StageIIは68.3%、StageIIIは56.1%、StageIVは35.6%であり、全症例では73.3%という結果であった。原発巣のStage別では、T1 84.6%、T2 66.4%、T3 49.0%、T4 39.3%であった。転移リンパ節のStage別では、N0 72.2%、N1 58.1%、N2 33.3%、N3 0%であった。

 また、原発巣の治療法ごとの予後について外科的切除と放射線療法を比較すると各ステージ・原発巣進度別の5年生存率は差が認められなかった。

 病理組織学的頚部リンパ節転移の検討は頚部郭清術施行194例について行い、転移リンパ節数0個症例の5年生存率では、83.0%、転移数1個では、56.9%、転移数2個では、50.0%、転移数3個では38.1%、転移数4個以上では14.3%であった。

 原発巣の条件をそろえるためT2症例に限ると転移数0個は100%(例数が少ないので経過観察例を含めて87.0%)、1個は69.2%。、2個は63.2%、3個は27.3%、4個以上は0%という結果であり、3個以上は5%以下の危険率で有意に予後不良であった。

 転移部位と予後の関係は、上深頚・顎下部の転移と中深頚部あるいはオトガイ下の転移を比較すると5年生存率は前者が45%であるのに対し後者は32-35%と有意差はないものの後者が不良な傾向が認められた。下深頚部・後頚部・鎖骨上窩の転移症例はいずれもきわめて予後不良で5年生存率は0-10%であった。ただしリンパ節転移個数はいずれも複数(3個以上)であった。

 転移陽性部位の数と予後の関係は複数が単数より明らかに予後不良であった。

3.治療的頚部郭清術の術式に関する検索結果

 頚部郭清術を施行した症例は194例であり、治療態度より見た頚部郭清術の内容は、臨床的頚部リンパ節転移が存在する症例に対し施行された治療的頚部郭清術が142例であり、その術式として根治的頚部郭清術が117例、保存的頚部郭清術や部分的頚部郭清術が25例であった。一方予防的頚部郭清術は52例に施行され根治的頚部郭清術も初期に10例施行されているが、42例は保存的であり、特に36例は上頚部郭清術のみであった。

 術式別の予後と、再発部位について検討比較した。結果は、根治的頚部郭清術例は5年生存率は47.2%であったが、保存的・部分的頚部郭清術例は64.2%と予後は良好であった。病理組織学的転移リンパ節陽性の症例141例に限って予後をみると、全体の5年生存率は41.9%であったが、根治的頚部郭清術施行例は41.4%であり、保存的・部分的頚部郭清術施行例は43.3%と同様の結果であった。

 両群間に頚部リンパ節転移の進行度に差があることが予想されるため、そのバイアスの尺度として病理組織学的頚部リンパ節転移の個数を検討した。その結果、根治的頚部郭清術施行例では転移リンパ節1個が37例(33.3%)、2個25例(22.5%)、3個17例(15.3%)、4個以上32例(28.8%)であったのに反し、保存的・部分的頚部郭清術施行例では転移リンパ節1個が14例(46.7%)、2個9例(30%)、3個4例(13.3%)、4個以上3例(10%)であり、転移リンパ節個数が予後良好と考えられる2個以内の症例が多い傾向にあった。以上より両群間は頚部リンパ節転移の進行度に差があり、有意差検定は無意味であると考えられた。

 術式別の再発症例の検討を行った。明らかな原発巣再発・遠隔転移を除き頚部中心の再発をきたした症例をみると、根治的頚部郭清術施行例では、頚部術野内・周辺部再発が14例(11.2%)副咽頭間隙7例(5.5%)、舌下部5例(3.9%)であるのに対し、保存的・部分的頚部郭清術施行例では、術野内再発が1例(1.5%)、副咽頭間隙3例(4.5%)、舌下部2例(3.0%)と術野内再発が保存的・部分的郭清術例で少ない結果となっており、保存的・部分的郭清術で当初予想された術野内・郭清部領域周辺からの再発はむしろ少ない結果となった。

4.T2の治療方針別予後の結果

 予防的頚部郭清術の適応が問題となるT2症例において、転移の出現頻度及び予後を治療方針ごとに算定し、検討した。

 対象症例は総数146例であり、初回治療的頚部郭清術を施行した症例は17例であった。ほかの129例はすべて初回治療時にN(-)と判断された。初回予防的郭清術を施行したのは23例であり、いずれも原発巣を頚部とともにen bloc切除した例である。頚部の処理は通常supraomohyoidal neck dissectionにより保存的に行っている。その他の106例は初回治療時頚部に触れず、原発巣のみを組織内照射したり口内法による切除で治療し、頚部はwait&watchの方針として経過観察中に明らかな後発転移が出現した場合に治療的頚部郭清術を行っている。

 初回治療的頚部郭清術施行例は転移リンパ節陽性症例は17例中14例(82.4%)ときわめて高率である。この群の予後は5年生存率で47.1%と不良であり、頚部リンパ節転移を有する症例の予後が不良であることと一致する。しかしその予後を予後決定因子である転移リンパ節個数ごとに検討してみると、転移個数0個は66.7%、1個で80.0%、2個で66.7%と良好であるのに比較して3個以上は0%ときわめて不良となっている。

 予防的頚部郭清術を施行した群においては、23例中転移リンパ節陽性症例は7例であり、30.4%が潜在的転移陽性であった。5年生存率は78.3%であった。転移リンパ節個数ごとに予後をみると、0個で5年生存率は87.5%、1個では75.0%、2個は100%、3個以上で0%であった。転移を有した症例からみると7例中4例が生存する結果で5年生存率は57.1%であった。

 頚部経過観察群は106例中に49例と46.2%の症例において頚部リンパ節転移を生じ予防的頚部郭清術施行例と併せて129例中56例(43.4%)の多数に潜在的・後発頚部リンパ節転移を生じたことになる。しかし経過観察例において予後は全体においては5年生存率は67.6%と予防的頚部郭清術とほぼ同等であった。転移リンパ節個数ごとに予後をみても0個で100%(経過観察して頚部再発の認められなかった症例を転移0個とすれば84.2%)、1個で64.7%、2個で60.0%と良好であり、3個以上では17.6%と予後不良であった。個数別の予後の分布は治療的頚部郭清術施行例、予防的頚部郭清術施行例と全く同じ傾向であった。

 また各群において頚部リンパ節転移の個数の分布に差がないかを検討した。治療的頚部郭清術施行例では1個が35.7%、2個が21.4%、3個以上が42.9%であり、予防的頚部郭清術施行例では、一個が57.1%、2個が14.3%、3個以上が28.6%であった。後発転移・経過観察例では1個が34.7%、2個が30.6%、3個以上が34.7%であり、予防的頚部郭清例の症例数が少ないため明らかではないが、予防的郭清例の転移数が少ない傾向であった。他の2群の間には大きな差を認めなかった。

 初回時に治療的頚部郭清術を施行した症例が予後不良であるが、予防的郭清術施行例・経過観察例の予後は良好で両群間には差を認めない。転移陽性例のみに限ってみると、初回時治療的郭清術例・予防的郭清術例・経過観察例の3者は殆ど差がなく5年生存率は40-50%であった。

 頚部郭清術施行後の再発に関してその部位を検討した。明らかに原発巣であったものが16例、原発巣を含めて頚部に認められたもの10例、遠隔転移が16例あった。

IV結語

 1.舌の原発巣深達度が粘膜下浸潤までに留まると頚部リンパ節転移は稀であるが、筋層浸潤(+)となると頚部リンパ節転移が高率に生じ、深部へ進むほど発生頻度は高率となる。また脈管侵襲やperineural invasionが存在するとさらに高率に転移を生じる。

 2.前方占拠型や口腔底浸潤例はオトガイ下転移・中深頚部転移の率が高く、また中深頚リンパ節転移で初発する例もある。

 3.頚部リンパ節転移の個数は予後ときわめて密接な関係があり、特に転移個数3個以上は予後不良である。

 4.頚部転移の分布と部位別の予後から舌がんの基本的な頚部転移手術は全頚部郭清術でなくsupra-omohyoidal neck dissectionで十分であることが確認された。

 5.治療的頚部郭清術において、根治的頚部郭清術と保存的頚部郭清術の術式別に予後を比較検討したところ差を認めなかった。ただしretrospective studyのため母集団の転移個数に差があり、有意差検定は不可能であった。

 6.T2においては頚部リンパ節転移は、初発時顕在化例、潜在例、後発例をあわせると48%に認められきわめて高率に頚部転移を有することが判明した。

 7.後発転移は44%に認められたが、予防的郭清術施行例と経過観察例との間に予後の差はなく予防的頚部郭清術の利点は再入院再手術の減少が主であり、予後については厳重な経過観察で十分と考えられる。

 8.経過観察に伴う担がん状態の長期化による頚部リンパ節転移個数のステージアップは認められなかった。

 9.予防的郭清術施行の場合は保存的なsupraomohyoid neck dissectionで十分であると考えられた。

審査要旨

 本研究は、舌がんの予後決定に重要な因子である頚部リンパ節転移の発生に関する原発巣の条件、予後因子、治療に関係する術式、経過観察か予防的郭清術化の選択などの諸問題について多くの症例の臨床及び病理学的所見を解析することで検討を加えたものであり、以下の結果を得ている。

 1.舌の原発巣深達度が粘膜下浸潤までに留まると頚部リンパ節転移は稀であるが、筋層浸潤(+)となると頚部リンパ節転移が高率に生じ、深部へ進むほど発生頻度は高率であった。また脈管侵襲やperineural invasionが存在するとさらに高率に転移を生じた。

 2.舌原発巣において、前方占拠型や口腔底浸潤例はオトガイ下転移・中深頚部転移の発生率が高く、また顎下や上深頚部を飛び越えて中深頚リンパ節転移で初発する例もあった。

 3.頚部リンパ節転移の個数は舌がんの予後ときわめて密接な関係があり、特に転移個数3個以上は予後不良であった。

 4.頚部転移の分布は顎下・上・中深頚部にきわめて多く、他の部位にはかなり減少すること、及び部位別の予後も顎下・上・中深頚部とそれ以外の部位での差が大きいことから舌がんの基本的な頚部転移手術は全頚部郭清術でなくsupra-omohyoidal neck dissectionで十分であることが確認された。

 5.治療的頚部郭清術において、根治的頚部郭清術と保存的頚部郭清術の術式別に予後・頚部再発を比較検討したところ差を認めなかった。ただしretrospective studyのため母集団の転移個数に差があり、有意差検定は不可能であった。

 6.T2においては頚部リンパ節転移は、初発時顕在化例、潜在例、後発例をあわせると48%に認められきわめて高率に頚部転移を有することが判明した。

 7.後発転移は44%に認められたが、予防的郭清術施行例と経過観察例との間に予後の差はなく予防的頚部郭清術の利点は再入院再手術の減少が主であり、予後については厳重な経過観察で十分と考えられた。

 8.経過観察に伴う担がん状態の長期化による頚部リンパ節転移個数のステージアップは予防的頚部郭清群との間では認められなかった。

 9.予防的郭清術施行の場合は予後改善よりも再手術の減少が利点であることから、できるだけ組織を温存する保存的なsupraomohyoid neck dissectionで十分であると考えられた。

 以上、本論文は舌がんにおいて頚部リンパ節転移の発生しやすい要因や予後の危険因子を明らかにし、再発しやすい症例の選別を可能とし、追加治療を要する症例の抽出を可能としたほか、頚部リンパ節転移に対する治療方法を確立するために各手術法間の比較検討を行い、その長所・短所を明らかにしたものであり、今後の舌がんの治療に大きな貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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