学位論文要旨



No 213953
著者(漢字) 犬飼,浩一
著者(英字)
著者(カナ) イヌカイ,コウイチ
標題(和) 極性を持つ細胞株Caco-2におけるGLUT1-GLUT5キメラ蛋白の細胞内局在の検討
標題(洋) Targeting of GLUT1-GLUT5 Chimeric Proteins in the Polarized Cell Line Caco-2
報告番号 213953
報告番号 乙13953
学位授与日 1998.09.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13953号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 脊山,洋右
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 助教授 岡崎,具樹
内容要旨 (研究目的、並びにその背景)

 促通拡散を担う糖輸送担体は、現在まで、GLUT1(赤血球型)、GLUT2(肝、ラ氏島型)、GLUT3(脳型)、GLUT4(筋、脂肪型)、GLUT5(小腸型)の、5種類の蛋白の存在が知られているが、これらの蛋白は、消化管や腎臓などの上皮系細胞において、管腔側と血管側細胞膜上のいずれかに存在し、管腔内から血管内への糖輸送を可能にしている。GLUT1は、あらゆる細胞において生命維持に必要な糖を取り込むために細胞膜上に存在するが、上皮系培養細胞では血管側細胞膜上に優位に存在する。GLUT2も肝細胞、消化管小腸上皮、腎尿細管上皮ではいずれも血管側に存在する。GLUT4は、インスリン反応組織においてインスリン刺激によって細胞膜上に移行する。一方、GLUT3やGLUT5は、消化管小腸上皮、腎尿細管上皮、上皮系培養細胞などにおいて、その管腔側に存在し、エネルギー依存性ナトリウム共役糖輸送担体とともに、ヘキソースの細胞内への吸収を担うと考えられている。特に、GLUT5は、フルクトースの特異的輸送担体である事も最近明らかとなった(本論文における文献15,Inukai et.al.,文献27,Inukai et.al.を参照)。これら5種類の糖輸送担体が高い相同性を有しているにもかかわらず、なぜこのような際立って異なる細胞内ターゲテイングを示すか興味深い。そこで、分子生物学的手法を用いる事により、糖輸送担体の異なるアイソフォーム間でのキメラ蛋白を作製し、糖輸送担体のどの部位が細胞内ターゲテイングに影響を与えるかを検討した。

(研究方法、並びにその結果)

 ヒト大腸癌由来細胞株Caco-2は、透過性膜上で分化培養させることによって、極性をもつ細胞としての特徴を有し、GLUT1は主に血管側に、GLUT5は主に管腔側に異なる分布をする事が既に知られている。そこで今回、まず、これら2種類の蛋白、並びに下の図1に示す様な3種類のGLUT1-GLUT5キメラ蛋白をコードする遺伝子をPCR法を用いて作成し、発現ベクターpCAGGSに組み込んだ。

図1

 次にこの5種類の遺伝子をリン酸カルシウム法を用いてCaco-2細胞に遺伝子導入し、Geneticin(G418)を用いて選択を行った。数種類の薬剤耐性クローンを拾い、さらにノザンブロットにより導入遺伝子の発現量の多いクローンを選別した。最も発現量の多いクローンを透過性膜上で15日間分化培養し、その細胞膜上に導入蛋白を発現させ、ウエスタンブロットにより蛋白発現を確認した上でそれら糖輸送担体の極性分布を蛍光抗体を用いた免疫組織染色法により検討した。

 まず、導入遺伝子の発現に関して、

 1)5種類の導入遺伝子のmRNAがノザンブロットにより確認された。

 2)5種類の導入遺伝子のコードする蛋白がウエスタンブロットにより確認された。

 次に、免疫組織染色法により発現蛋白の細胞内局在を検討した結果、

 3)野性型GLUT1並びに内因性GLUT1は血管側に分布した。

 4)野性型GLUT5は管腔側に分布した。

 5)3種類のキメラ糖輸送担体は互いに際だった異なる分布を示した。すなわち、GLUT1(N端-第6膜貫通領域)-GLUT5(細胞内ループ領域-C端)キメラ糖輸送担体(GLUT1-5a)は管腔側に分布するのに対し、GLUT1(N端-細胞内ループ領域)-GLUT5(第7膜貫通領域-C端)キメラ糖輸送担体(GLUT1-5b)や、GLUT1(N端-第12膜貫通領域)-GLUT5(細胞内C端領域)キメラ糖輸送担体(GLUT1-5c)は血管側に分布した。

 以上を総括すると、細胞内ループ領域がGLUT1である糖輸送担体蛋白は血管側に、同領域がGLUT5の糖輸送担体蛋白は管腔側に分布する事が明らかとなった。これらの結果より、糖輸送担体の細胞内ループ領域に極性をもつ上皮細胞における細胞内ターゲテイングに関わるシグナルが存在する事が示唆された。そこで、この実験結果をさらに確実なものとするため、下の図2に示す様な、野性型GLUT5の細胞内ループ領域のみをGLUT1に置換したキメラ蛋白をコードする遺伝子をPCR法を用いて作成し、同様の検討を行った。

図2

 リン酸カルシウム法では十分なGLUT5-1-5蛋白の発現量を示すクローンが得られなかったため、今度は、遺伝子導入方法をアデノウイルスを用いた感染方法に変更した。野性型GLUT5並びにGLUT5-1-5キメラ蛋白をアデノウイルスベクターに組み込み、透過性膜上で10日間分化培養させた野性株Caco-2に感染させ、3日後にウエスタンブロットにより導入蛋白の発現を確認した上でそれら糖輸送担体の極性分布を蛍光抗体を用いた免疫組織染色法により検討した。

 その結果、

 1)野性型GLUT5は管腔側に分布した。

 2)GLUT5-1-5キメラ蛋白は血管側に分布した。

 これらの結果から、糖輸送担体の細胞内ループ領域に極性をもつ上皮細胞における細胞内ターゲテイングに関わるシグナルが存在する事が示唆された。

(考察)

 糖輸送担体は約500個のアミノ酸からなり、12回細胞膜を貫通すると考えられている。そして、細胞内N末端側、糖鎖の修飾がついた細胞外ループ領域、細胞内ループ領域、細胞内C末端側とさまざまな部位に分かれており、糖輸送担体の構造と機能を論ずる際、これらの部位がどのような役割を果たすのか、数多くの研究がなされてきた。例えば、GLUT4の脂肪細胞膜上へのトランスロケーションに関わる領域は細胞内C末端側に存在する事が既に知られている。

 今回、この研究において、上皮細胞における管腔側(apical)と血管側(basolateral)のトランスロケーションに関わる領域が細胞内ループ領域にあった事は非常に興味深く、今後、この領域を中心に、トランスロケーションを決定する小胞と関連する蛋白の同定などの研究への手がかりとなりうる事を信ずる。

(まとめ)

 糖輸送担体の細胞内ループ領域に極性をもつ上皮細胞における細胞内ターゲテイングに関わるシグナルが存在する事が示唆された。

審査要旨

 本研究は、なぜ糖輸送担体が、そのアイソフォームの違いによって、消化管や腎臓などの上皮系細胞において管腔側と血管側細胞膜上のいずれかに局在分布するかを明らかにするために、分子生物学的手法を用いる事によって、糖輸送担体の異なるアイソフォーム間でのキメラ蛋白を作製し、糖輸送担体のどの部位が細胞内ターゲテイングに影響を与えるかを検討し、下記の結果を得ている。

 1、ヒト大腸癌由来細胞株Caco-2は、極性をもつ細胞としての特徴を有し、GLUT1は主に血管側に、GLUT5は主に管腔側に異なる分布をする事が既に知られている。そこでまず、これら2種類の蛋白を発現ベクターpCAGGSに組み込み、リン酸カルシウム法を用いてCaco-2細胞に遺伝子導入し、Geneticin(G418)を用いて選択を行った。数種類の薬剤耐性クローンを拾い、さらにノザンブロットにより導入遺伝子の発現量の多いクローンを選別した。最も発現量の多いクローンを透過性膜上で15日間分化培養し、その細胞膜上に導入蛋白を発現させ、ウエスタンブロットにより蛋白発現を確認した上でそれら糖輸送担体の極性分布を蛍光抗体を用いた免疫組織染色法により検討した。その結果、野性型GLUT1並びに内因性GLUT1は血管側に分布し、野性型GLUT5は管腔側に分布した。

 2、GLUT1(N端-第6膜貫通領域)-GLUT5(細胞内ループ領域-C端)キメラ糖輸送担体(GLUT1-5a)、GLUT1(N端-細胞内ループ領域)-GLUT5(第7膜貫通領域-C端)キメラ糖輸送担体(GLUT1-5b)、GLUT1(N端-第12膜貫通領域)-GLUT5(細胞内C端領域)キメラ糖輸送担体(GLUT1-5c)の3つのキメラ糖輸送担体をコードするキメラcDNAをPCR法を用いて作製し、同様にCaco-2細胞に遺伝子導入し、キメラ糖輸送担体の極性分布を蛍光抗体を用いた免疫組織染色法により検討した。その結果、GLUT1(N端-第6膜貫通領域)-GLUT5(細胞内ループ領域-C端)キメラ糖輸送担体(GLUT1-5a)は管腔側に分布するのに対し、GLUT1(N端-細胞内ループ領域)-GLUT5(第7膜貫通領域-C端)キメラ糖輸送担体(GLUT1-5b)や、GLUT1(N端-第12膜貫通領域)-GLUT5(細胞内C端領域)キメラ糖輸送担体(GLUT1-5c)は、血管側に分布した。これらの結果より、細胞内ループ領域がGLUT1である糖輸送担体蛋白は血管側に、同領域がGLUT5の糖輸送担体蛋白は管腔側に分布する事が明らかとなり、糖輸送担体の細胞内ループ領域に極性をもつ上皮細胞における細胞内ターゲテイングに関わるシグナルが存在する事が示唆された。

 3、そこで、この実験結果をさらに確実なものとするため、野性型GLUT5の細胞内ループ領域のみをGLUT1に置換したキメラ蛋白(GLUT5-1-5)をコードする遺伝子をPCR法を用いて作成し、同様にCaco-2細胞に遺伝子導入した。リン酸カルシウム法では十分なGLUT5-1-5蛋白の発現量を示すクローンが得られなかったため、遺伝子導入方法をアデノウイルスを用いた感染方法に変更した。野性型GLUT5並びにGLUT5-1-5キメラ蛋白をアデノウイルスベクターに組み込み、透過性膜上で10日間分化培養させた野性株Caco-2に感染させ、3日後に同様の検討した。その結果、野性型GLUT5は管腔側に分布したのに対し、GLUT5-1-5キメラ蛋白は血管側に分布した。これらの結果から、糖輸送担体の細胞内ループ領域に極性をもつ上皮細胞における細胞内ターゲテイングに関わるシグナルが存在する事が示唆された。

 以上、本論文は、極性を持つ細胞株Caco-2におけるGLUT1-GLUT5キメラ蛋白の細胞内局在の検討により、糖輸送担体の細胞内ループ領域に極性をもつ上皮細胞における細胞内ターゲテイングに関わるシグナルが存在する事が示唆された。糖輸送担体は約500個のアミノ酸からなり、12回細胞膜を貫通し、細胞内N末端側、糖鎖の修飾がついた細胞外ループ領域、細胞内ループ領域、細胞内C末端側とさまざまな部位に分かれており、糖輸送担体の構造と機能を論ずる際、これらの部位がどのような役割を果たすのか、数多くの研究がなされてきた。今回、この研究において、上皮細胞における管腔側(apical)と血管側(basolateral)のトランスロケーションに関わる領域が細胞内ループ領域にあった事は非常に興味深く、今後、この領域を中心に、トランスロケーションを決定する小胞と関連する蛋白の同定などの研究への手がかりとなりうる事が考えられ、学位の授与に値するものと思われる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54089