学位論文要旨



No 213957
著者(漢字) 大島,京子
著者(英字)
著者(カナ) オオシマ,キョウコ
標題(和) 東大式エゴグラム(TEG)第2版を用いた心身症発症の一要因としての人格特徴の抽出の試み
標題(洋)
報告番号 213957
報告番号 乙13957
学位授与日 1998.09.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13957号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗田,廣
 東京大学 助教授 関根,義夫
 東京大学 助教授 中安,信夫
 東京大学 講師 磯田,雄二郎
 東京大学 講師 藤山,直樹
内容要旨 I 研究の目的および背景

 交流分析(Transactional analysis)にて、Eric Berneは人格構造は3つの「自我状態」に分けられるとし、それらに「親」(Parent)・「大人」(Adult、Aと略す)・「子供」(Child)と命名した。さらに「親」は「批判的な親(Critical Parent、CPと略す)」・「養育的な親(Nurturing Parent、NPと略す)」、「子供」は「自由な子供(Free Child、FCと略す)」・「適応した子供(Adapted Child、ACと略す)」に機能的に分けられる。1972年にDusayは、CP・NP・A・FC・ACを5つの尺度とし、その相対的なエネルギー量を図示したものを「エゴグラム」と名付けた。東大式エゴグラム(Tokyo University Egogram、TEGと略す)は、Dusayの発想を元に多変量解析を用いて開発された、妥当性・信頼性をもった質問紙エゴグラムである。東大心療内科にて、1984年に第1版、1993年には第2版が発刊された(以下では第2版をTEGとす)。TEGの結果は、個々の尺度得点の高低、5尺度得点全体で形成されるプロフィールのパターンという2つの方法で解釈され、ともに性格行動上の特徴を示す。パターンは一定の判定基準により判定され、各尺度の優位型5型、低位型5型、混合型9型(台形型・U型・N型・逆N型・M型・W型・平坦型・P優位型・C優位型)、計19型に分けられている。(図1)。

 「特定のエゴグラムによって示される人格の特徴が心身症の発症のリスクとなる」というDusayの仮説の実証をTEGによって行った研究はすでに存在するが、症例数、対照群、単変量の解析であること、発症のリスクに関する検討などの点で方法論上の問題点があると考えられた。そこでより方法論を整えてDusayの仮説を検証するために、東大心療内科を受診した心身症群と健常者群について、TEGおよび感情状態の自己評価式質問紙Profile of Mood State(POMSとす)を施行し、POMSから得られる気分状態の影響を統制した上での、TEGから得られる人格の特徴による心身症発症のリスクを決定することを試みたので報告する。

図1 TEGパターン分類
II.方法1.対象

 1993年10月〜1994年12月の間に東大心療内科外来に受診した新患377名(男性132名、女性245名)から心身症群を選択した。対照群は特に心身に疾患を持たない4478名(男性2408人・女性2070人)から、心身症群と年齢・性別を一致させた同人数を無作為に抽出した。両群それぞれ151名(男性52名、女性99名)で,年齢は16〜63歳(平均31.9歳)であった。

2.統計解析1)単変量の解析

 Statistical Analysis System(以下SASと略す)のFreqプロシジャおよびMeansプロシジャを用いて、両群のTEGパターンの出現率、TEG5尺度得点の平均、POMS6尺度得点の平均を求め、さらにGLMプロシジャによってTEGおよびPOMSの尺度得点について多変量分散分析、t検定を施行した。

2)ロジスティック回帰分析

 本研究では、心身症発症のリスクとしてオッズ比を求めるため、両群の年齢性別をマッチさせた条件付きロジスティック回帰モデルを適用した解析を行うこととした。そのため、説明変数を以下の方法で設定した。

 i)説明変数の設定

 (1)TEG

 適切なカテゴリーの設定のために、説明変数にTEGパターン、結果変数は、心身症の有無として、数量化に相当する操作をSASのGLMプロシジャを用いて行った。芳賀らの方法により、(I)すべての型をカテゴリーとする、(II)カテゴリー毎の外的基準の調整済み平均値(LSMeans)の差の有意性の検定、(III)有意性のないカテゴリーの併合、(IV)有意確率を考慮し、(I)〜(III)の操作を逐次繰り返した。その結果、「AC非優位型」:A優位型・FC優位型・AC低位型・M型・平坦型、「CP・AC優位・FC低位型」:FC低位型・U型・W型、「混合型」:CP優位型・NP優位型・AC優位型・CP低位型・NP低位型・A低位型・台形型・N型・逆N型・P優位型・C優位型という3つのカテゴリーができた。「AC非優位型」をリファレンス(基準=0)として、それに対する「CP・AC優位・FC低位型」をC11、「混合型」をC12として、2個のダミー変数を作成した。

 (2)POMS

 POMSは、緊張-不安(Tention-Anxiety、T-Aとす)、抑うつ-落込み(Depression-Dejection、D-Dとす)、怒り-敵意(Anger-Hostility、A-Hとす)、活気(Vigor、Vとす)疲労(Fatigue、Fとす)、混乱(Confusion、Cとす)という6つの気分尺度で表現される。さらに総感情障害得点(Total Mood Disturbance score、TMDとす、ただしTMD=[T-A]+[D-D]+[A-H]-[V]+[F]+[C].[]内は各尺度の素点)が利用できる。本研究ではSASのCorrプロシジャを用いたところ、多くの尺度間に有意(P<0.01)で意味のある相関(相関係数>0.4)が認められたため、TMDを気分状態を示す説明変数として用いることとした。

 ii)条件付きロジスティック回帰分析

 i)で求められたC11・C12・TMDを説明変数、心身症の有無を結果変数として、SASのPHRegプロシジャを用いて、条件付きロジスティック回帰分析を行った。

 iii)心身症群を疾患別に分類して解析

 心身症群では摂食障害が最も多いため、全体を摂食障害群、摂食障害以外の心身症群に分割して、年齢性別をマッチさせた健常者群とともに対象として、ii)と同様に条件つきロジスティック回帰分析を行った。次に、摂食障害に次いで症例数の多い自律神経失調症の患者群(自律神経失調症群とする)を抽出して、同様の解析を行った。

III. 結果

 心身症群と健常者群において、2検定にてTEGパターンの出現率に差が認められた(2(9)=30.3、p<0.01)。多変量分散分析およびt検定から、CP・FC・AC(p<0.01)およびNP(p<0.05)、T-A・A-H・F(p<0.01)に差が認めら、CP・AC及びT-A・Fは心身症群の方が高く、NP・FC及びA-Hは健常者群の方が高かった。TMDには、2群の間に差は認められなかった。

 健常者群と心身症群を対象とした条件つきロジスティック回帰分析の結果、TMDはオッズ比1.00(95%信頼区間:0.994-1.01、p:n.s.)、C11はオッズ比5.47(95%信頼区間:2.64-11.3、p<0.01)、C12はオッズ比2.78(95%信頼区間:1.40-5.50、p<0.01)であった。TMDの増加はリスクとの関係が認められなかったが、「AC非優位型」に比べて、「CP・AC優位・FC低位型」、「混合型」では、心身症の発症のリスクがそれぞれ5.47倍、2.78倍増加するという結果であった。

 健常者群と摂食障害群あるいは摂食障害以外の心身症群を対象とした場合、それぞれ、TMDはオッズ比1.01(95%信頼区間:0.997-1.02、p:n.s.)、0.998(95%信頼区間:0.989-1.01、p:n.s.)、C11はオッズ比4.08(95%信頼区間:1.09-15.2、p<0.05)、6.70(95%信頼区間:2.66-16.8、p<0.01)、C12はオッズ比1.08(95%信頼区間:0.312-3.76、p:n.s.)、4.35(95%信頼区間:1.84-10.3、p<0.01)であった。健常者群と自律神経失調症群を対象とした場合、TMDはオッズ比1.01(95%信頼区間:0.972-1.05、p:n.s.)、C11・C12は有意性はなく、信頼性のあるオッズ比は求められなかった。

IV. 考察

 「AC非優位型」の示す人格の特徴は、ACが高くないため、協調性や遠慮より理想・利益・望み・世話をしたいなどの自分の意志を行動の指針とする面をもつと考えられる。一方、「CP・AC優位・FC低位型」はいずれもCP・ACが高く、内面的には「こうあるべき」と思いながらも周囲に遠慮している状態で葛藤状況に陥ることを示すと考えられる。またFCが低いため、自分が感じたままの感情を抑圧してしまう傾向があると考えられる。従来よりFCが低いことはalexithymiaの可能性があると言われている。オッズ比の値から、C11が特に心身症発症と有意でかつ強い関係をもつと考えられ、ACが高くないバターンに比べて、CP・ACが高くFCが低いパターンで示される人格の特徴をもつ人は心身症を発症しやすいと考えられた。以上のことは、心身症群を摂食障害群、それ以外の心身症群に分けたときも同様に認められた。自律神経失調症群のみを全体から抽出して条件付きロジスティック回帰分析を行った場合は、TMD・C11・C12ともに有意なオッズ比は持たず、この結果についてはさらに人数を増やしての今後の検討が必要と思われる。

 以上の結果をさらに一般性があるものとするためには、対象群の選択、心身症の診断基準、縦断研究、他の因子の関係などの面での考慮の必要性があると考えた。

審査要旨

 本研究は、心身医学において心身症発症の一要因としての人格特徴の抽出は重要なテーマであること、交流分析理論に基づいて作成された東大式エゴグラム第2版(以下TEGとする)は人格特徴の抽出の目的で心療内科の臨床において広く用いられている心理テストであることを踏まえ、特定のエゴグラムによって示される人格の特徴が心身症発症のリスクとなるというDusayの仮説の実証をTEGを用いて試みたものである。同種の研究はすでに存在するが、対象とした症例数が少ない、対照群がない、単変量の解析であること、リスクを求めていないなどの点で方法論上の問題点があると考えられた。そこで、本研究では、東京大学心療内科外来を受診した心身症群及び対照群として年齢性別をマッチさせた健常者群に対して、TEGおよび感情状態の自己評価式質問紙Profile of Mood State(以下POMSとする)を施行し、POMSから得られる気分状態の影響を統制した上で、TEGから得られる人格要因による心身症発症のリスクを決定することを行った。そして、その結果からTEGから得られる人格要因の心身症発症への関与の大きさおよびその内容について考察し、その結果、下記の知見を得ている。

 1.心身症群と健常者群ではTEGパターンの出現度数、TEG5尺度・POMS6尺度に差が認められ、Critical Parent(以下CPとする) ・Adapted Child(以下ACとする)及びTention-Anxiety・Fatigueは心身症群の方が高く、Nurturing Parent・Free Child(以下FCとする)及びAnger-Hostilityは健常者群の方が高かった。Total Mood Disturbance score(以下TMDとする)には差は認められなかった。

 2.TMD及びTEGパターンをカテゴリー分けしたものを説明変数とし、結果変数を心身症の有無として、条件付きロジスティック回帰分析を行った結果、「AC非優位型」に比べて「CP・AC優位・FC低位型」が5.47倍の有意で意味のある心身症発症のリスクをもった。よって、遠慮が少なく自らの意志を行動の指針とするという特徴をもつものに比べて、葛藤状態に陥りやすく感情を抑圧するという人格の特徴をもつものは気分状態によらず心身症を発症しやすいと考えらえた。

 3.2.のことは、心身症群を摂食障害群、摂食障害以外の心身症群に分けたときも同様に認められた。自律神経失調症群のみを心身症群から抜き出して同様の操作を行ったときは、有意な結果は得られず、対象数を増やして今後の検討が必要と考えられた。

 以上、本論文は、心身症発症の一要因としての人格特徴をTEGを用いて抽出することを試み、条件付きロジスティック回帰分析によりリスクという形で、その重要性を数量的に示した。本研究は、心身症発症への人格要因の関与をより整った方法論で明かにするとともにリスクとなる人格の特徴を考察し、心身症発症の一側面に示唆を与えることで、心身医学に貢献をなしたと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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