学位論文要旨



No 213959
著者(漢字) 菅生,元康
著者(英字)
著者(カナ) スガセ,モトヤス
標題(和) 膣上皮内腫瘍の臨床的およびウイルス学的検討
標題(洋)
報告番号 213959
報告番号 乙13959
学位授与日 1998.09.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13959号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 教授 北村,唯一
 東京大学 助教授 別所,文雄
 東京大学 助教授 辻,浩一郎
内容要旨

 子宮頚癌とその前癌病変である子宮頚部上皮内腫瘍(cervical intraepithelial neoplasia、CIN)とヒトパピローマウイルス(human papillomavirus、 HPV)との関連は1980年代以後精力的に研究され現在ではHPVが頚癌の発生にとって重要な因子と考えられ、ウイルス発癌の代表的疾患として認識されるに至った。一方、腟にも子宮頚癌と類似の扁平上皮癌が存在し、それは腟上皮内腫瘍(vaginal intraepithelial neoplasia、VAIN)という前癌病変を母地として発生すると考えられている。しかし、それら腟病変とHPVとの関連性を検討した報告は極めて少ない。それは腟癌が子宮頚癌に比べ頻度がきわめて低く、またVAINも希な疾患とされており解析するだけの症例を集めるのが困難であったためと考えられる。しかし私は子宮腟部細胞診と腟拡大鏡(コルポスコープ)診の結果が不一致の症例について腟壁をコルポスコープを用いて注意深い観察を行うことによりVAIN例を多数見出した。そしてそれらの症例の臨床像を詳細に検討するとともに、腟病変部から採取した生検組織を研究材料とし病理学的およびウイルス学的方法の両者を用い、VAINとHPVとの関連性についての総合的解析を行った。

対象と方法

 1990年から1995年までの6年間に長野赤十字病院産婦人科を訪れた患者のうち腟壁に病変があり組織学的にVAINと同定できた71例を研究対象とした。これらの症例を臨床的な背景と病変の存在部位によりA、B、C群の3群に分類した。また病変の局在、年齢分布、コルポスコープ所見などの臨床像について検討した。VAIN例は患者の同意を得てなるべく経過観察を行った。観察は3月から6月ごととし方法は細胞診とコルポスコープ診を中心に診断し、もしコルポスコープで異常所見(白色上皮、赤点斑、モザイク)が認められたら生検を採取することを原則とした。病変の変化は消退、存続、進行に分類した。

 VAIN病変部からは5%酢酸加工によるコルポスコープ下狙い生検により組織検体を採取し直ちに2分割し、一方は免疫染色を含む組織検体としてホルマリン固定を行い、他はHPVDNA検索検体として実験まで-80℃に凍結保存した。組織診断は通常のヘマトキシリンエオジン染色で行い軽度異形成はVAIN I、中等度異形成はVAIN II、高度異形成および上皮内癌はVAIN IIIに分類した。koilocytosisが著明で基底細胞層の異型や増殖が軽度のものはVAIN Iに含めた。HPV抗原の検出は抗HPVモノクローナル抗体を用いたABC法による免疫染色により行った。

 VAIN病変部からのHPVDNAの検出は松倉・菅生が開発し1995年に報告したPBM-58法により組織から抽出したDNAを検体として行った。同法は緩やかな条件下でのサザンブロット法でプローブはHPV58型を用い、HPV型の判定は3種類の制限酵素(PstI,BanI,MspI)のそれぞれの切断パターンの多形性を利用して行った。また検体DNAのなかに既知のHPV型のいずれにも該当しないパターンを示す約8kilobase(kb)長のDNAは未同定HPVとした。新たなHPV型か否かは国際HPV分類委員会(Heiderberg,Germany)に照会した。

結果

 71例のVAIN症例の年齢は17才から69才まで平均43才であった。A群は子宮全摘術既往例で15例、B群はCIN合併例(12例)、C群はVAIN単独存在(de novo例,44例)でC群が最も多かった。群間の年齢分布ではA・B間にのみ有意差がありB群が若かった。病変は腟上部1/3に全例存在しmultifocalな傾向が強かった。コルポスコープ所見では白色上皮(扁平型34例;48%、微小乳頭型26例;37%)と赤点斑所見(11例;15%)が主体でモザイクは認められなかった。組織診断ではVAIN Iが53例(74%)、VAIN II15例(21%)、VAIN III3例(4%)とVAIN I例が最も多かった。免疫染色では59例(83%)がkoilocytosisを示す上皮上層細胞の核に陽性所見が認められた。71例中56例が1年以上6年まで(平均3.8年)経過観察できた。そのうち43例(77%)は病変が消退し、13例(23%)が観察期間内で病変が存続した。進行例は1例もなかた。

 HPVDNA解析では71例全ての病変部からPBM-58法で単一のHPVDNAが検出された。同定されたHPV型は既知の15型(HPV16、18、30、31、35、40、42、43、51、52、53、54、56、58、66型)のほかに未同定のHPVDNAが少なくとも7種類以上存在するものと思われた。それらDNAのsingle cut enzymeを探し各酵素に対応するplasmid vector内にクローニングした。それらをHPV国際分類委員会に照会したところ、いずれも既知のHPVとは異なる新しいHPV型と認定され、それぞれHPV59、61、62、64、67、69 71型と命名された。A群の子宮頚部浸潤癌既往例の3例と、CIN合併6例について子宮頚部病変とVAINとのHPV型の比較が可能であった。A群では3例とも型が異なり、一方、B群では5例が同一であった。また病変持続例10例のうち5例で初回と2回目のHPV型が異なっていた。

考察

 本研究では71症例という現在までの報告のなかで最も多数例について臨床的およびウイルス学的解析を行った。従来VAIN患者は高齢者に多いとされていたが本研究対象者の平均年齢は43才であり10代から60才代まで幅広く分布し若年層にも少なくないことを見出した。またCINや頚癌合併例が多いといわれていたが本研究では腟病変単独例(C群)が最も多かった。コルポスコープ所見では微小乳頭型白色上皮が扁平型白色上皮に次いで多い所見であること、multifocalな傾向にあることなどを明らかにした。組織学的には異型の軽い病変が多数を占めること、免疫染色により83%の病変でHPV抗原が陽性になりHPVにとってはproductive infectionの場になっているものと推定され腟管もHPVの性行為感染の重要なreservoirとなっていることが示唆された。一方、患者の追跡調査結果からはVAINが消退傾向の強い疾患であることがうかがわれた。そのために臨床的には直ちに治療するよりはしばらく経過を追うことが重要であると思われた。

 HPVDNAの検出結果では合計22種類ものHPV型が全ての病変から検出されVAINは多様なHPV型の感染により発生する上皮内病変であると考えられた。その上、本研究により7種類もの新たなHPV型を発見することができた。現在まで腟病変から新しいHPVを見出したとの報告は本研究のみで、このことからも腟壁が臨床上の盲点になっていることが推測された。頚癌に続発したVAIN症例やVAINの経過観察例で頚癌とVAIN,または追跡の前後で異なるHPV型が検出される例のあることが明らかになった。これらは今までは再燃や存続と考えられていたが実際には別のHPVによって病変が発生したことになる。HPV関連疾患では病変内に存在するHPV型の同定がいずれ重要な臨床的意義をもつようになるものと思われた。

まとめ

 本研究により次の結果をえた。

 1)71例の腟上皮内腫瘍(VAIN)をA群(子宮全摘既往例)15例、B群(CIN合併例)12例、C群(de novo例)44例の3群に分類した。

 2)病変の数は平均2.5個でmultifocalな傾向があった。また全ての症例で腟上部1/3に病変が存在し13例(18%)で腟壁中1/3まで病変がおよんでいた。

 3)コルポスコープ所見は34例(48%)が扁平型白色上皮、26例(37%)が微小乳頭型白色上皮、11例(15%)が赤点斑であった。

 4)組織分類ではVAIN I53例(75%)、VAIN II15例(21%)、VAIN III3例(4%)でVAIN I例が多数を占めた。

 5)59例(83%)の症例でHPV抗原が陽性であった。

 6)経過観察56例中例43例(77%)は病変が消退し、残りの13例(23%)は存続し、進行例はなかった。

 7)71例全ての病変から単一のHPVが検出された。HPV型の種類は22種類同定された。

 8)本研究で新たなHPV型を7種類(HPV59、61、62、64、67、69、71型)発見した。

 9)腟壁には多くの種類のHPVが感染し、性器型HPVのreservoirの場と考えられた。

審査要旨

 本研究は子宮頚部に較べて研究が進んでいなかった腟上皮内腫瘍(VAIN)症例について、その臨床的背景、コルポスコープ像、病変の消退などの臨床像、および免疫組織化学を含む病理組織像の検討、ならびにVAIN病変組織内に存在するヒトパピローマウイルス(HPV)DNAの検索を行い下記の結果を得ている。

 1.組織学的に診断されたVAIN71例を臨床的背景によりA群(子宮全摘既往例)15例、B群(子宮頚部上皮内腫瘍合併例)12例、C群(de novo 例)44例の3群に分類した。従来の報告例はA、B群が大部分を占めているが本研究によりC群がかなり多数存在することが示された。一方、病変数は平均2.5個でmultifocalな傾向があること、病変部は腟上1/3にもっぱら存在すること、5%酢酸加工下のコルポスコープ像では白色上皮(扁平型48%、微小乳頭型37%)と赤点斑(15%)が主要な所見であることなどが示された。

 2.追跡調査が可能であった56例のうち43例(77%)は病変が消退し進行例はなかった。本研究の症例では繰り返し生検が行われ、必ずしもVAIN病変のnatural historyを観察していることにはならないが、VAINが消退傾向の強い病変であることは推定される。したがってVAINの臨床指針としては診断後直ちに治療を開始するよりは、しばらく経過を追跡したほうが良いことが示された。

 3.組織学的には異型の程度が軽いVAIN I例が75%と多数を占めることが示された。また抗HPVモノクローナル抗体を用いた免疫染色では83%の症例でHPV抗原が上皮表層のkoilocyteの核に証明され、VAINは腟扁平上皮の腫瘍性病変という性格とともにHPV粒子の産生の場でもあることが示された。

 4.HPVの検出は緩やかな条件下でのサザンブロット法(プローブはHPV58)により行われ、型同定は制限酵素(PstI,BanI MspI)切断パターンの多形性を利用して行われた。その結果、71例全ての病変部からHPVが検出されることが示された。それらHPV型の種類は既知の15型(HPV16、18、30、31、35、40、42、43、51、52、53、54、56、58、66)の他に少なくとも6種類の未同定HPVDNAが存在することが判明した。

 5.それら未同定のHPVDNAは順次プラスミッドDNA内にクローニングされ国際HPV分類委員会に照会された。その結果、6クローンすべてがニュータイプのHPVDNAと判明し、それぞれHPV59、61、62、64、67、69、71型と命名された。それらを含めVAINには多種類のHPV型が単独で検出されることが示された。

 以上、本論文は従来まれとされていたVAINを71例集積し、それらについて臨床像の解析を行うとともに、病変組織内に存在するHPVDNAをサザンブロット法を用いた検討を行った。本研究により新たなHPV型が6種類発見され、腟病変はもとより子宮頚部や外陰部など下部女性性器におけるHPVと発癌に関する研究に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51084