本研究は、正常眼圧緑内障(NTG)における視野障害進行因子についての検討を行い、更にその進行因子に対する治療効果が臨床的にどの程度有効であるかについて前向きの検討したものであり、以下の結果を得ている。 1.ハンフリー視野計を用いて同一NTG症例における左右眼の中心視野30度および10度内検査結果の比較を行う事により、視野障害に関与する眼局所因子について重回帰分析にて解析を行った。中心視野30度内の視野検査結果の左右差(103例)については、全体および上方半視野における障害度の左右差に対して眼圧の左右差が、下方半視野における障害度の左右差に対しては眼圧および眼局所循環障害に関連する傍乳頭網脈絡膜萎縮面積/視神経乳頭面積比(PPA/D比)の左右差が負の相関を認めた。また、中心視野10度内の視野測定結果の左右差(97例)については、上方半視野における障害度の左右差に対して眼圧の左右差およびPPA/D比の左右差が負の相関傾向を、全体および下方半視野における障害度の左右差に対しては眼圧およびPPA/D比の左右差が有意の負の相関を認められた。この結果よりNTGの視野障害については眼圧および局所循環障害が関与している事が示された。 2.15mmHg以上のNTG症例(72例72眼、無治療時平均眼圧17.2mmHg)に対し保存的療法を試み、その眼圧下降効果について18カ月以上の経過観察を施行した。眼圧下降幅は無治療時に比べて、カルテオロールのみを使用していた期間では平均1.7mmHg(n=72)、カルテオロールのみでは不充分で、ピロカルピンを併用していた期間では平均1.5mmHg(n=16)、ジピベフリンを併用していた期間では平均1.6mmHg(n=42)、更に点眼薬2剤でも不充分でアルゴンレーザートラベキュロプスティーを行った全眼では平均2.5mmHg(n=25)であった。またoutflow圧下降率は、カルテオロールのみで平均18.6%、点眼薬2剤併用で、各々14.8%、17.2%、ALTを行った眼で25.7%であった。この結果よりNTGに対する保存的眼圧下降療法は、その効果が不充分である事が示された。 3.経過中に視野障害進行の認められたNTG症例(中心30度内全体の視野障害度の指標であるmean deviation(MD)の時間に対する回帰直線(MD slope)が有意に負)のみを対象(21例21眼、術前観察期間42.0カ月)として、線維芽細胞増殖阻害剤を併用した線維柱帯切除術を行った後、2年以上経過観察を行い、MDの変化について検討を行った。術後2年の眼圧は全て無治療下で4〜l5mmHgに分布し(平均9.2mmHg)、術前と比較して有意の低下が認められ、その下降率は41.8%であった。術前後の視野障害については、術直前MDが-13.48dBに対し術後最終MDは-13.60dBであり、差は認められなかった。術後の視野障害進行については、術前MD slopeが-1.48dB/年と有意に低下していたのに対し、術後2年間のそれは+0.13dB/年で有意の変化は認められず、MD slopeは術前後で有意の変化が認められた。この結果から確実に視野障害進行が認められた症例に対して線維柱帯切除術を施行した結果、術後に視野障害進行が予防できた事が示された。 4.15mmHg未満のNTG症例(48例48眼)において、背景因子に差を認めない2群に分類し、無作為に一群に脳循環改善薬であるフマル酸ブロビンカミンを1日60mg内服投与し(brovincamine群)、他群は無治療として(無治療群)視野障害進行に対する効果について24カ月の経過観察を行った。効果判定は観察開始時からのtotal deviation(TD)(各検査点における網膜感度と年齢補正された正常値との差)、MDおよびcorrected pattern standard deviation(CPSD)(中心30度内視野形状の不規則性の指標)について、混合線形効果モデルを用いて各群におけるTD、MD、CPSDの時間変化を算出して比較した。その結果、TDについては無治療群において多くの検査点で経過中有意の低下が認められた。更にMDについては無治療群では-0.78dB/年で有意に負であったのに対して、brovincamin群では-0.07dB/年で傾きOと有意差を認めず、両群間に有意差が認められた。またCPSDについては、無治療群では傾きが+0.38dB/年で有意に正であったのに対して、brovincamin群では傾きが+0.05dB/年で、傾きOと有意差は認められなかったが、両群間の傾きには有意差が認められなかった。また、視野障害の変化に関与する因子を解析した結果、MDに対しては、視神経乳頭出血の既往およびフマル酸ブロビンカミン内服の有無が有意の正の相関を認めた。この結果より15mmHg未満の症例に対してフマル酸ブロビンカミン投与は視野障害進行阻止に有用である事が示された。 以上、本論文は、NTGにおける視野障害進行因子としては眼圧と眼局所における循環障害が関与している事を示し、更に保存的眼圧下降療法ではその効果が不充分である事、確実に視野障害進行が認められた症例に対して線維柱帯切除術を施行した結果では術後に視野障害進行が予防できた事、より眼圧の関与が少ないと考えられる15mmHg未満の症例に対して脳循環改善薬であるフマル酸ブロビンカミンを投与した結果、無治療群と比較して有意に視野障害進行が阻止し得た事が示された。 現在までのNTGの治療効果に関する検討の多くは、経過観察期間が十分長期間であるとは言い難く、更には治療効果の判定についても統一されていなかった。今回の研究の結果は、未だ一定の見解が確立していないNTGの今後の治療方針を考える上で臨床的に重要な貢献をなし、学位の授与に値するものと考えられる。 |