学位論文要旨



No 213961
著者(漢字) ジョセフ,グリーン
著者(英字) Joseph,Green
著者(カナ) ジョセフ,グリーン
標題(和) 血液透析患者および腹膜透析患者における健康関連クオリティ・オヴ・ライフに関する研究
標題(洋) Quality of life among patients undergoing hemodialysis and continuous ambulatory peritoneal dialysis
報告番号 213961
報告番号 乙13961
学位授与日 1998.09.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13961号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小島,通代
 東京大学 助教授 川久保,清
 東京大学 病棟医長 平田,恭信
 東京大学 講師 山本,則子
 東京大学 講師 福原,俊一
内容要旨 背景

 末期腎不全患者に対して一般的に行われる治療法(腎移植を除く)には、主に血液透析と持続的腹膜透析(以下CAPD)がある。末期腎不全患者が、どちらの治療法を受けるのか決める際には、これらの治療をうけた透析患者の予後を調査した過去のデータを参考にすることになる。また最近世界的にさかんになっているアウトカムリサーチおよび医療経済学など、臨床行為あるいは種々の治療法を多角的な側面から評価する研究方法を利用することも見られるようになってきた。ここでいうアウトカムには、死亡率などの伝統的な指標に加えて、個人の主観的な健康度も含まれようになってきており、この指標は健康関連クオリティ・オヴ・ライフ(以下HRQOLと略)ともよばれ、研究者の関心も高まっている。近年、いわゆる包括的HRQOL尺度に加えて、腎不全患者の健康度評価のために、信頼性および妥当性の確立した腎疾患患者特異的クオリティ・オヴ・ライフ評価尺度が開発されるようになった。アメリカで開発されたKidney Disease Quality of Life(以下KDQOLTM)は、そのひとつであり、特に透析を受けている患者のHRQOLを測定するために開発された。KDQOLTMは包括的HRQOLを評価する項目(SF-36)と、腎疾患特異的HRQOLを評価する項目から成り立っている。(包括的尺度及び腎疾患特異的尺度において、高得点ほどHRQOLが高いことを示す。)我々はKDQOLTMの翻訳、文化適合作業を行い日本語版KDQOLTMを作成し、尺度としての妥当性を検討した。妥当性を確認した後、この尺度を用いて血液透析患者とCAPD患者のHRQOLを評価した。

KDQOLTMの翻訳と文化適合作業

 日本語を母国語とする2名の翻訳者が、別々に予備的日本語版KDQOLTMを作成した。この二つの予備的尺度の差異は、ローカルコーディネイターとの話し合いによって解決し、一つの予備的日本語版KDQOLTMを作成した。その後、英語を母国語とする2名の翻訳者によって逆翻訳(日本語から英語へ)を行い、開発者(英語版KDQOLTM)によって確認作業を行った。さらにこの尺度をローカルコーデイネイターと、開発者の間で検討し、変更を加え、日本語版KDQOLTMを作成した。

計量心理学的検討

 透析を受けている日本人患者793名を対象にして、日本語版KDQOLTMの計量心理学的特性を検討した。内的整合性を評価するCronbach’s alphaを求めたところ、殆どの下位尺度で充分な値が得られた。ただし、3つの下位尺度において0.7以下であった。その3つは、「人との付き合い」(周囲の人と、どの程度うまくやっていけるか)0.35,「睡眠」0.61,「勤労状況」0.69であった。再検査信頼性は、60人を対象に検査期間を10日から14日の間隔をおいて測定した。「認知・思考」(0.49)と「人との付き合い」(0.43)以外の下位尺度において相関係数は0.75以上であった。「ソーシャル・サポート」(周囲の人々と過ごす時間・周囲の人々からの支えに対する満足感)では0.56,「透析スタッフの励まし」では0.69,「透析施設でのケアに対する満足感」では0.71であった。収束的妥当性と判別的妥当性を検討するために、項目尺度間相関を求めたところ、充分な値をしめした。ただし、5質問項目で、それぞれが仮説上属する下位尺度において、その妥当性が低い値をとった。この5質問項目が内的性整合性に与える影響をみるため、これらの項目を除外して再びCronbach’s alphaを求めた。ほとんどの場合において、除外することにより信頼性が高くなったが、シャントトラブルあるいはカテーテルトラブルについての質問項目は除外しても信頼性の改善は認められなかった。除外することによって特に信頼性が改善した尺度は「人との付き合い」であり、0.35から0.64に上昇した。さらにこの5質問項目が再検査信頼性に与える影響をみるため、これらの項目を除外して再び相関係数を求めた。1つの下位尺度を除き、4つの下位尺度において信頼性の改善がみとめられた。

 以上の計量心理学的特性に関する結果より、日本語版KDQOLTMは、信頼性および妥当性のある尺度であり、これを用いて透析患者のHRQOLを測定しうることが示された。ただし、いくつかの質問項目は日本での使用には適さないことがわかった。しかし、これらの質問項目を除外することによって問題点の改善がみられた。

透析の種類とHRQOLの関係についての臨床的研究方法

 透析の種類と透析患者のHRQOLの関係を検討することを目的として、418名の血液透析患者と102名のCAPD患者に対して日本語版KDQOLTMを用いてHRQOLの測定を実施した。透析歴、原疾患、併存症、透析合併症などについても他の背景因子とともに調査した。

結果

 1.CAPD患者は、血液透析患者に比べて若干若い(平均年齢:CAPD患者49.2±10.5、血液透析患者54.4±9.9)。また平均収入もCAPD患者の方がやや高かった。

 2.本調査において欠損値は少なかった。約15%の患者が質問表記入に際して、何らかの助けを受けた。このうち半数以上が59才以上で、3分の1以上が69才以上であった。

 3.国民標準値と比較した場合、透析患者のHRQOLは低い値をとった。特に透析患者では、役割機能(身体)、役割機能(精神)、全体的健康観および社会機能の得点が低いことがわかった。

 4.年齢および性別を調整後、2群間のHRQOLを比較したが、血液透析患者の体の痛み、役割機能(精神)および身体機能の得点が、CAPDに比べてやや低かった。

 5.一方、社会機能の得点は、血液透析患者の方が、CAPD患者に比べて著しく高かった。

 6.腎疾患特異的尺度において、血液透析患者がCAPD患者に比して高い得点を示したのは「性機能」のみであった。両群においてほぼ同じ得点を示した下位尺度は、「症状」、「認知・思考」、「人との付き合い」、「睡眠」および「ソーシャル・サポート」であった。「腎疾患の影響」、「勤労状況」および「透析スタッフの励まし」では、血液透析患者がCAPD患者に比べて低い得点を示した。

 7.年齢、性別、透析歴、原疾患、併存症、透析合併症を血液透析患者の得点とCAPD患者の得点との差に与える影響を調整するために、重回帰分析を行った。透析の種類とともに透析歴、原疾患、併存症、透析合併症を説明変数とし、KDQOLTM各下位尺度の得点を従属変数とした重回帰分析の結果、血液透析患者ではCAPD患者に比べて高い社会機能得点を示すが、「腎疾患の影響」、「透析スタッフの励まし」ではCAPD患者の方が高い得点を示すことがわかった。

考察

 計量心理学的検討の結果から、日本語版KDQOLTMを用いて日本の透析患者から信頼性・妥当性の高いデータを得られることがわかった。

 CAPD患者において身体機能の得点が高かったことは驚くに値しない。CAPD患者は血液透析患者に比較してもともと身体機能が高く、透析施設に依存する傾向が弱く、このため腹膜透析治療を選んでいる可能性が高いと考えられる。また腎性貧血の程度が身体機能の得点に影響を与えている可能性がある。

 CAPD患者において社会機能の得点が低かったことは興深いと考えられる。この理由として、以下のような2つのことが挙げられる。(1)CAPD患者は治療から得られる利益について比較的高い期待を持っていることが挙げられる。彼らはこの治療法を選択することによって、社会生活上の制約がほとんどなくなることを期待する傾向があり、現実が期待ほどでなかったために、得点が低くなっている可能性がある。(2)血液透析患者のほうが、約週3回の定期的な透析治療を通じて、医師・透析スタッフと接したり、患者同士で交流する頻度がより高いことも挙げられる。

 他の研究者による先行研究では、CAPD患者の方が血液透析患者よりも高いQOLを示すことが報告されている。これに対して本結果から、CAPD患者では、血液透析患者に比べて社会機能が低かった事は明らかである。しかしながら、この原因が身体的要因によるのか、患者のパーソナリティや治療法に対する期待の大きさによるのか、医療従事者や患者との交流によるのか、治療法による要因によるものなのかを明らかにするためには、今後縦断的な研究をする必要がある。

審査要旨

 血液透析および腹膜透析(CAPD)は、末期腎不全患者に対して我が国で最も良く行われている治療法である。しかし、この二つの治療法による、患者の視点からみたアウトカムの差は明らかにされていない。本研究では、透析患者に対する疾患特異的QOL尺度の一つであるKDQOLTMを日本人患者に対して用い、その信頼性(内的整合性および再検査信頼性)を検討した。さらに、この尺度を用いて、血液透析患者とCAPD患者のQOLを比較した。比較するにあたって、患者自身が重要と認識するQOLのすべての側面を反映すること、その比較によって医療従事者・医療政策決定者および患者に対して何らかの還元ができること、国際比較・異文化間比較をする際の基礎的知見となりうること、に留意した。特に本研究では、

 1.日本の透析患者の健康関連QOLは、国民標準と比較するとどの側面で、どの程度低下しているのか(あるいは低下していないのか)、

 2.CAPD患者の健康関連QOLは血液透析患者に比べて高いのか、

 3.日本における治療法別比較(血液透析vsCAPD)の結果と、諸外国の結果には差があるのか、

 を定量的に明らかにすることを目的とした。

 KDQOLTMの内的整合性の指標として793名の透析患者のデータからCronbach’s 係数を求め、再検査信頼性は60名患者を対象にして評価した。その結果、内的整合性および再検査信頼性は十分高いことが確認された。

 血液透析患者(418名)およびCAPD患者(102名)の健康関連QOLを、KDQOLTMを用いて測定した。KDQOLTMは、包括的QOL尺度であるSF-36と、疾患特異的な項目とから成り立っている。結果を以下に述べる。

 1.すべての下位尺度において透析患者の健康関連QOLは国民標準値に比べて低下していた。

 2.CAPD患者と血液透析患者で有意な差が認められたのは、社会機能のみだった。CAPD患者の社会機能の得点は、血液透析患者よりも有意に低値であり、交絡因子を考慮した重回帰分析からも同様の結果を得た。

 3.同一の尺度を用いて行われた、スコットランド、カナダおよびオランダにおける先行研究と比較した。それぞれの下位尺度についての治療法別比較の結果は、国によって異なっており、国による差は臨床的な意義があると認めるのに十分なほど著しかった。

 本研究は、妥当性・信頼性のある多次元的な尺度を用いて健康関連QOLを測定することの重要性を示した。また、治療法と健康関連QOLとの関連には国によって大きな違いがあることを明らかにした。さらに、本研究の結果はCAPD患者のQOLを向上させる医学的・看護学的・社会福祉的介入が患者の社会機能を改善させる現実的な方策を講じることに重点を置くべきであることを示唆しており、明確で具体的な臨床的意義を持つと考えられた。

 以上、本論文は、患者のQOL向上に対する方策に対して臨床的に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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