学位論文要旨



No 213962
著者(漢字) 金生,由紀子
著者(英字)
著者(カナ) カノウ,ユキコ
標題(和) "全般性チック"とコプロラリアからみたトゥレット症候群の臨床特徴について
標題(洋) Clinical Characteristics of Tourette Syndrome with and without "Generalized Tics"and Coprolalia
報告番号 213962
報告番号 乙13962
学位授与日 1998.09.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13962号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柳澤,正義
 東京大学 教授 金澤,一郎
 東京大学 教授 栗田,廣
 東京大学 助教授 関根,義夫
 東京大学 講師 鈴木,一郎
内容要旨

 トゥレット症候群は、多様性の運動チックと1つ以上の音声チックが1年以上に亘って続くチック障害である。最近ではトゥレット症候群の診断基準が広がり、従来よりも軽症な症例が含まれるようになり、治療方針の設定や予後の予測のためには不都合な面が生じてきた。

 そこで、我々は、濃厚な治療を要する症例を抽出するために、運動チックが重症であるという症候論で定義した"全般性チック"という概念を提案した。自閉症で"全般性チック"について検討したところ、チック症状と適応の障害の両方で重症であった。この"全般性チック"が重症度の指標になるということが、自閉症などの発達障害を伴わないトゥレット症候群でも成り立つのかの検証が必要と思われた。

 また、コプロラリアは、以前はトゥレット症候群に特徴的とされており、重症度の指標となっていた。さらに、トゥレット症候群には強迫性障害(OCD)や注意欠陥多動障害(ADHD)がしばしば合併して適応困難を引き起こしており、コプロラリアは強迫性や衝動性と関連があると指摘されている。コプロラリアと重症度及び強迫性や衝動性の関連について検討し直すことが必要と思われた。

 我が国の精神科における多数のトゥレット症候群患者の臨床特徴について検討した研究はなく、"全般性チック"とコプロラリアに注目しての検討は重要と思われる。

 そこで、本研究の目的は、東京大学医学部附属病院精神神経科外来で診療を受けた64名のトゥレット症候群患者について、第一には、症候論について内外の過去の報告と比較・検討することである。第二には、"全般性チック"の有無によって重症度が異なるかを検討することである。第三には、コプロラリアの有無によって重症度が異なるか、コプロラリアと強迫症状や自傷行為とに強い関連があるかを検討することである。第四には、"全般性チック"とコプロラリアとの組み合わせによって、重症度及び関連する症状が異なるかを検討することである。

<方法>

 対象は、DSM-III-Rの診断基準を満たすトゥレット症候群患者の中で、重度の精神遅滞がなく、十分な情報が得られた64名(平均年齢17.4歳;男性55名、女性9名)である。

 全例について、チック症状とその発展の経過、合併症状や発達歴・既往歴、治療、重症度と転帰などについて、カルテを体系的に調査した。カルテの調査にあたっては、2名の精神科医の合議で判定をした。精神科的診断にはDSM-III-Rを用いた。

 チック症状は、発症時、初診時、"主症状のそろった時"、調査時、全経過について調べた。"全般性チック"は、"通常の随意運動よりも動きの激しい複雑運動チックが、突然跳んだり跳ねたりスキップするなどのように全身に広がり、しばしば種類・頻度・強さを変動しながら長期間に亘る"と定義した。音声チックの有無は問わないこととし、まばたきなどの顔面の典型的な単純運動チックの混在によってこの動きがチックであることを確認するとした。コプロラリアの定義は、社会的に受け入れ難いまたは卑猥な音、単語、句や文を不随意的に発することとした。

 合併症状としては、OCDに関連した症状と自傷行為は、発症時、初診時、調査時、全経過について調べた。強迫行為または強迫観念を有する場合に、強迫症状ありとした。強迫症状は、日本語訳されているYale-Brown Obsessive-Compulsive Scaleの症状リストを参考にして分類した。ADHDに関連した症状は、調査時、全経過について、不登校などの不適応行動は、全経過について調べた。

 治療については、当科での経過中及び調査時の薬物療法を調査した。

 重症度の評価には、Shapiro Tourette Syndrome Severity Scale(STSSS)を日本語に訳して用いた。STSSSは、チック症状と適応の障害に関する項目からなる。その総合重症度評価は、0(ない)から6(きわめて重度)の7段階に分けられ、初診時、当科における最悪時、調査時について評価した。また、重症度の他の指標としてトゥレット症候群のための精神科への入院歴をみた。

 対象患者64名中39名については、我々が1回以上面接しており、了解を得て患者本人や両親の半構成的面接を行った。これらの情報を総合して記述し、"全般性チック"の有無、コプロラリアの有無、両者の有無の組合せで比較した。

<結果と考察>1.全体の記述

 チックの発症年齢は、平均6.9歳で、運動チックの部位は、顔面が最も多かった。初診時年齢は、平均13.5歳で、"全般性チック"、コプロラリア共に25%に認められた。調査時に、"全般性チック"が15.6%に、コプロラリアが17.2%に認められた。チックの種類別の出現年齢は、単純運動チックが平均7.8歳と最も低く、複雑音声チックが平均11.4歳と最も高かった。全経過でのチック症状では、"全般性チック"が64.1%に、コプロラリアが50%に認められた。

 全経過の合併症状では、強迫症状が62.5%に、衝動性が48.4%に、多動傾向が31.3%に認められ、ADHDが17.2%に合併していた。自傷行為が13名(20.3%)に認められ、そのうち12名で強迫行為も認められた。2回以上通院した55名の90%以上に薬物療法が行われており、ハロペリドールが最多であった。STSSSの評価では、初診時と最悪時共に、4(著明)が40%以上で最も多く、調査時には、3(中度)が26.6%で最も多かった。

2."全般性チック"の有無による比較

 "全般性チック"を認めた41名(GT群)では認めない23名(NGT群)よりも、初診時の複雑運動チックが有意に多く、初診時の複雑音声チック、調査時の複雑音声チック及びコプロラリア、全経過での複雑音声チックが多い傾向があった。最悪時のSTSSSの評価では、5(重度)の者はGT群のみに認められ、GT群が有意に重症であった。また、入院歴のある者はほとんどGT群であった。

3.コプロラリアの有無による比較

 コプロラリアを明確に認めた32名(COP群)では全く認めない30名(NCOP群)よりも、初診時及び調査時の複雑音声チックが有意に多かった。全経過での強迫症状は両群とも約60%であったが、掃除と洗浄に関する強迫行為がCOP群で有意に多かった。全経過での自傷行為はCOP群で多い傾向があった。STSSSの評価では、初診時、最悪時、調査時のすべてでCOP群が有意に重症であった。

4."全般性チック"とコプロラリアの有無の組合わせによる比較

 両者の組合わせにより4群に分けて検討した。"全般性チック"とコプロラリアを有する23名(GT/COP群)では、調査時の複雑運動チック及び複雑音声チックが約40〜50%と4群中で最多で、全経過でのエコラリアが有意に多かった。また、GT/COP群のみで調査時に自傷行為を認めた。STSSSの評価では、初診時、最悪時、調査時のすべてでGT/COP群が4群中で最も重症であった。

 コプロラリアのみを有する9名(NGT/COP群)では、複雑音声チックの平均発症年齢が9.6歳と最も低かった。NGT/COP群では、ADHDの合併が44.4%と最も多く、多動傾向、衝動性、不器用、掃除と洗浄に関する強迫行為も最も多かった。薬物療法では、ハロペリドール及びピモジド以外の神経遮断薬、抗痙攣薬がNGT/COP群で4群中最多であった。

<考察>

 チック症状とその発展の経過のほとんどは内外の過去の報告とかなり類似していた。但し、コプロラリアの頻度については、本研究では50%であり、Shapiroらの666名の研究(32%)よりも高かった。また、我が国の他の研究と比較すると、小児神経科の患者における値(4%)よりもかなり高く、精神科における青年期以降の患者を含めた値(約40%)と近似していた。

 Shapiroらの研究との差異は、心理社会的要因や調査施設の特性によるのかもしれない。また、コプロラリアは、様々な精神・行動の障害が出揃ってくる思春期かそれ以降に発症する傾向があるので、我が国の小児神経科での研究との差異は、患者の年齢や症状の種類に応じた受診行動によると思われた。

 "全般性チック"は運動チックの重症度に基づいて定義されたにもかかわらず、トゥレット症候群で"全般性チック"を有する者は、音声チックを含めたチック症状自体でも適応の障害を含めても重症であった。従って、"全般性チック"は、発達障害を伴わないトゥレット症候群でも自閉症の場合と同様に濃厚な治療を要する患者を選択する重症度の指標として有用と思われた。

 コプロラリアを有するトゥレット症候群患者は、掃除と洗浄に関する強迫行為をそうでない者より有意に多く示していた。この強迫行為は従来の強迫神経症の中核症状と考えられ、この所見からは、コプロラリアと強迫性との強い関連性が示唆された。また、コプロラリアを有する者は自傷行為が多い傾向があった。トゥレット症候群の自傷行為には、禁だからこそ破りたくなり、しかも実際に破ってしまうというコプロラリアと共通する強迫性と衝動性の高さが考えられた。

 "全般性チック"とコプロラリアでトゥレット症候群患者を4群に分けると、チック症状と適応の障害の両面で、両方を有する者は最も重症であり、両方共を示さない者が最も軽症であった。コプロラリアのみを示す者は、ADHDに関連した症状と強迫性を合わせ持つことが多く、それらの治療のためにも多様な薬物療法を要することが多かった。

 トゥレット症候群は、"全般性チック"とコプロラリアの有無によって、重症度及び強迫性や衝動性が異なっていた。それらの有無は、治療方針の設定の助けになると共に、生物学的異質性を示唆していると思われた。

審査要旨

 本研究は、我が国の精神科における多数のトゥレット症候群患者について、症候論を記述して内外の過去の報告と比較・検討すると共に、"全般性チック"及びコプロラリアというチック症状に注目してそれらの有無によって重症度や関連する症状が異なるかを検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1.チック症状とその発展の経過のほとんどは内外の過去の報告とかなり類似していた。但し、コプロラリア(社会的に受け入れ難いまたは卑猥な音、単語、句や文を不随意的に発することと定義された複雑音声チック)の頻度は50%であり、アメリカの精神科における代表的な研究よりもやや高かった。また、これを我が国の他の研究と比較すると、小児神経科における頻度よりもかなり高く、精神科における頻度と近似していた。

 2.運動チックが重症であるという症候論で定義された"全般性チック"を有するトゥレット症候群患者は、そうでない者に比べて、多様な複雑音声チックが多い傾向があり、運動チック、音声チックの双方で重症であった。また、チック症状の重症度と適応の障害を評価する尺度であるShapiro Tourette Syndrome Severity Scale(STSSS)で重度以上とされたのは、すべて"全般性チック"を有する者であった。"全般性チック"は、自閉症においてチック症状と適応の障害の両面について重症であることの指標であったが、発達障害を伴わないトゥレット症候群でも同様に濃厚な治療を要する患者を選択する重症度の指標として有用であることが示された。

 3.コプロラリアを有するトゥレット症候群患者は、そうでない者に比べて、掃除と洗浄に関する強迫行為を有意に多く示していた。この強迫行為が従来の強迫神経症の中核症状と考えられることから、コプロラリアと強迫性との強い関連性が示唆された。また、コプロラリアを有する者では自傷行為が多い傾向があった。自傷行為を有するトゥレット症候群患者はほとんどが強迫行為も示しており、自傷行為とコプロラリアには強迫性と衝動性とを合わせ持つという共通点があることが示唆された。

 4."全般性チック"とコプロラリアの組み合わせでトゥレット症候群患者を4群に分けると、両方を有する者は、多様な複雑チックを最も多く有し、STSSSの評価でも最も重症であり、チック症状と適応の障害の両面で最も重症であることが示された。これに対して、両方とも有しない者は、チック症状、合併症状、薬物療法、STSSSの評価などすべての点で最も軽症であることが示された。コプロラリアのみを示す者は、注意欠陥多動性障害(ADHD)に関連した症状と強迫性を合わせ持つことが多く、それらの治療のためにも多様な薬物療法を要することが多いことが示された。

 以上、本論文は、我が国の精神科としては多数のトゥレット症候群患者について、"全般性チック"とコプロラリアの有無によって、重症度及び強迫性や衝動性が異なっていることを明らかにした。本研究は、トゥレット症候群の治療の評価を検討する参考になると共に疾患の本質に迫るものであり、治療法の開発や本態の解明を進めていく上で参考になると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54091