医薬品開発において、Phase-I臨床試験を実施した医薬品候補化合物の約半分が開発中止に至っており、その中止理由の多くが体内動態上の問題によることから、前臨床の段階でヒトにおける体内動態を予測することは、医薬品開発を効率的に進める上で極めて重要であると考えられる。多くの薬物は肝代謝によって体内から消失するので、ヒト肝における薬物代謝能を予測することが最も重要と考えられる。本研究では、痴呆症状改善薬として開発中のYM796をモデル薬物として用い、in vitro代謝データからin vivo薬物代謝動態を予測する方法について検討した。また、本方法を臨床上大きな問題となり得る非線形な血中薬物動態の予測に適用して、ラット、イヌおよびヒトにおけるin vivo体内動態の投与量依存性の予測を試み、in vivoで認められた顕著な薬物代謝能の種差について検討を加えた。 1.ヒトにおけるin vitro代謝データに基づくin vivo薬物代謝能の予測 まず、ヒト肝ミクロソームを用いてYM796の代謝について検討した。CYP3A4含量の異なる12種のヒト肝より調製されたミクロソームについて、それぞれCYP3A4含量と線形時の代謝固有クリアランス(CLint,all)との関係でplotしたところ、個々の代謝活性には最大で10倍もの個体差が認められたものの、CYP3A4含量とCLint,allとの間には非常に高い相関性が得られ、すなわち、CYP3A4含量あたりに換算するとCLint,allはほぼ一定の値を示した。 次に、各種ヒトP-450分子種の遺伝子を発現させたヒトB-リンパ芽球様細胞から調製されたミクロソームにおいてYM796の総代謝物の生成について検討したところ、CYP3A4の発現系ミクロソームにおいてのみ高い代謝活性が認められた。CYP3A4の発現系ミクロソームより得られた代謝パラメータを用いて、CYP3A4含量を考慮して補正することにより各ヒト肝ミクロソームにおける代謝固有クリアランスの予測を試みたところ、各ミクロソーム試料間で最大7倍以上のCYP3A4含量の個体差が存在するにもかかわらず、12種の異なるヒト肝よりより調製されたミクロソームのそれぞれについて、得られた代謝固有クリアランスの予想曲線はいずれも実測値と近い値を示し、良好な予測性が得られた。 さらに、各ヒト肝ミクロソームにおいて得られたCLint,allをもとにdispersion modelを用いて肝クリアランス(CLh)および肝アベイラビリティー(Fh)を計算し、未変化体の尿中排泄や消化管吸収率の情報も考慮に入れて、ヒトにおけるin vivo経口投与時のAUCoralの予測を試みたところ、予測値は5.5〜56.5(19.0±14.6、n=12)nmol・min/mlであり、実測値(20.2±7.1nmol・min/ml、n=6)と良好に一致した。以上の結果は、本方法がP-450により代謝される薬物のヒトにおける経口投与時の血漿中濃度の予測に適用できることを初めて示すものである。本予測法は、医薬品開発において、類似化合物間での体内動態面からのスクリーニングや臨床試験の用量設定を行う上で極めて有用であると期待される。 2.In vitro代謝データに基づく非線形条件下におけるin vivo経口投与時の薬物動態の予測 これまでに非線形な薬物動態を定量的に解析した例はないため、本研究において、非線形条件下でもin vitroデータからin vivo経口投与時の薬物動態の定量的予測が可能かどうかについて検討を加えた。ラット、イヌおよびヒトにYM796を経口投与した時、ラットのみ、AUCoralおよびバイオアベイラビリティー(F)が投与量に対して顕著な非線形性を示した。そこで、ラット、イヌおよびヒトにおいて、in vitro代謝データに基づくin vivo薬物動態の投与量依存性の予測を試みた。ラット、イヌおよびヒトにおける高親和性componentのKm値(Km1)はそれぞれ13.4、8.1および1.7Mであり、ラットとイヌでは同程度であったが、最も代謝能の低いヒトにおいて最も小さい値を示した。これに対し、Vmax値(Vmax1)はそれぞれ520,10.9および1.2nmol/min/g liverであり、代謝能の著しい種差は主として酵素量(Vmax)の種差に起因することが示唆された。In vivo経口投与を想定して、肝初回通過時における代謝の非線形性を仮定し、一次吸収速度式に従って門脈内へ本薬物を流入させたときのAUCoralおよびFを、in vitroで得られた代謝kinetic parameterを用いてdispersion modelに基づいて予測したところ、代謝能の著しい種差にもかかわらず、予測性はいずれの動物種においても良好であった。特に、ラットにおいてin vivoで観察された非線形性はin vitroデータからの予測結果においても再現され、一方、イヌおよびヒトにおいては非線形性があまり顕著でないことも再現された。以上の検討から、線形条件下のみならず、代謝に非線形性の観察されるような場合においても、門脈血中への吸収速度を考慮に入れることにより、in vitroデータからin vivo経口投与時の代謝動態の定量的予測が可能であることが初めて示された。本方法を用いることにより、臨床においてより効率よく、かつ、安全な薬効発現のためのdose escalationが可能になることが期待される。 以上の結果から、本研究は博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。 |