学位論文要旨



No 213973
著者(漢字) 栗原,光二
著者(英字)
著者(カナ) クリハラ,コウジ
標題(和) 高速道路の交通容量改善に関する研究
標題(洋)
報告番号 213973
報告番号 乙13973
学位授与日 1998.09.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13973号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 桑原,雅夫
 東京大学 教授 太田,勝敏
 東京大学 教授 森地,茂
 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 教授 柴崎,亮介
内容要旨 1.研究の背景と目的

 高速道路(片側2車線)の一般単路部における交通容量が3600台/h程度であるのに対し,単路部ボトルネックの交通容量は高々2700台/hであるために,交通需要が増加するとこの交通容量差が原因となって大渋滞が起きる。単路部ボトルネック現象は,高速道路上に数多く存在するトンネルやサグ(縦断勾配の凹部)が原因となるために,高速道路は至る所で交通容量低下が発生する。

 わが国において1970年代中頃から頻発するようになったこの交通障害事象に関し,越1)は「道路工学上も交通工学上も予期しなかった現象であり,世界中のどんな教科書にもHCMにも書かれていない。交通工学にとっては大きな挑戦である」として,その初期段階より現象の分析やその克服の為の研究を進めており,貴重な成果を提供している。

 多くの需要交通量に対し高いモビリティを提供すべき高速道路にとって,より高い交通容量を確保することは極めて重要であり,その為の実用的な手法の確立および実施が強く望まれている。

 1)越 正毅日本大学教授

2.交通容量改善の考え方

 交通容量改善の目標は,ボトルネックを克服することにより交通容量の格差を解消し,高速道路を一般単路部交通容量の限度一杯に機能させることである。

 一方,単路部の始点となるICやJCTの合流部においては,合流車線の消滅によって3車線から2車線への絞り込みが行われるが,ここでは走行車線が効率よく活用されることから交通容量が大きく,単路部にとっては十分な交通量が供給される。したがってこの交通量を,単路部全域がその限度一杯の交通容量を発揮して通すことができれば,ボトルネック現象は発生することなく,高い交通容量と自由流状態とが実現する。

 なお,ボトルネック以外の一般単路部区間の交通容量は必ずしも均一では無く,ボトルネックの克服がそのまま一般単路部の最大交通容量の実現に結びつくとは限らないが,一般単路部区間に交通容量の低い箇所が存在するする場合にも,ボトルネックの克服と同様な対策を施こすことにより,上記目標は実現可能と考えられる。

3.トンネルにおける現象と対策

 トンネルは地中をくり抜いて築造されることから,車道空間(スペース)は狭くかつ堅牢なコンクリートで覆われ,そして昼夜を問わず人工照明によって明かるさを保たねばならない点が,明かり部(土工,橋梁区間)と根本的に異なる。

 交通量が増加すると,トンネルの上流側の一般単路部において,車両間の走行速度差が原因となって車群が形成される。車群の先頭はその一団の中で最も遅い車両であり,後続の車両は追越しの機会を狙って前方車両との間を可能な限り縮めて走行する為に,車群内は極めて高密度となる。この高密度車群がトンネル入口にさしかかると,車群内の各ドライバーは安心を得ようとそれまでの前方車両との距離や時間間隔を拡大しようとするが,その為には前方車両よりも速度を下げなければ成らない。この挙動は連なって走る車両間を伝搬する間に増幅し減速波となる。この前方車両との距離や時間間隔の拡大は車頭時間を大きくし,その結果交通容量は低下する。

 1981年に行った調査では,小仏トンネルの直上流明かり部約500m区間に目隠し板(仮囲い)を設置し,トンネル部とほぼ同じ幅員として渋滞発生を期したが,車頭時間の拡大すなわち減速波は発生しなかった。また1995年には,明かり部と同じ路肩幅員を持つ特殊な大断面トンネル(名神改築の梶原トンネル)を対象に側方余裕の効果について検証を行ったが,車頭時間の拡大が依然生じることを確認できた(図-1)。この2つの事実から,側方余裕の大小は交通容量とは直接結びつかないことが知られた。

 また,小仏・梶原・天王山トンネル等で照明設備を改良して明かるさを2〜3倍とし,また内装板の取り替えも実施して交通容量増加を期待したが,輝度差が余りにも大き過ぎる為に,明かり部との交通容量差を埋める効果を持たないことも明らかとなった。

図-1 明かり部とトンネル部の車頭時間分布
4.付加車線の効果

 高速道路の一般単路部では,車線間の速度差によって交通量の車線分布が生じるが,交通量がピーク状態を迎えると追越車線の利用率は60%を越える。ボトルネック現象は追越車線における車群形成に端を発し減速波の発生へと進展するのが常であることから,まず追越車線間に交通容量差が存在していると見るべきである。追越車線最大交通量と車線利用率の関係を用いて,ボトルネック(黒マーク)と一般単路部(白マーク)とを比較したのが図-2である。黒マークの全ての箇所は追越車線交通量が1800台/時を少し越えた当たりで一様に揃っている。

図-2 追越車線交通量-利用率

 付加車線(登坂車線を含む)は走行車線の左側に設置されるが,走行車線上から一部低速車両を分担し,走行車線上をより低密度にする機能を持つ。走行車線が低密度になると次の効果として速度が上昇傾向となり,超過密状態で走る追越車線上の車両にとって車線変更し易い条件が整えられ,追越車線からの移行を促す。そして減速波がボトルネックから発生する場合にも,車両は速度低下を強いられる前に容易に走行車線への移行ができ,これによって減速波の増幅伝搬が遮断され,自由流状態が維持される。この状況は東名大井松田IC(上り)の登坂車線延伸区間で検証することができた。(図-2の●印)

 また,下り小仏トンネルの手前には1.0kmの登坂車線が設けられており,これによって追越車線の交通量が適正化されてボトルネック化を免れ,自由流状態が保たれることも検証できた(図-2の▲印)。図-2の黒マークによれば,自由流状態が維持される場合も,渋滞に至る場合も含めて観測される交通量の最大値が約1800台/時で頭打ちとなっているが,追越車線の交通量が1800台/時程度を越えなければ,自由流状態が維持でき,ボトルネックでの渋滞が発生しない可能性は高い。

5.実用性のある対策

 サグにおいては,勾配差によって走行抵抗が増加するが,それを補う加速が遅れ速度低下するにも関わらずそれまでと同じ車間距離が保たれるので,車頭時間が拡大して減速波が発生する。ボトルネック現象にはトンネル・サグに関わらず様々な事象と過程が存在するが,その原点を辿ればボトルネック固有の大きな車頭時間が必要になることであり,それによって生じる車頭時間の拡大にどのように対処するかが対策の要点となる。

 ドライバーに対し,ボトルネックにおいても一般単路部と同じ車頭時間で走ってもらおうというのは現実的でなく,寧ろ拡大が生じにくい交通流,また生じても自由流状態を保持できる交通流の実現を目指すのが実用的な取り組みであろう。

 追越車線への過剰な負荷を軽減し,追越車線での1800台/時程度を実現するには,キープレフトの励行と共に,付加車線によるボトルネック手前の車線数増加は効果的である。大井松田IC(上り)の事例においては,付加車線が交通量の約10%を担うことで追越車線の利用率を50%まで軽減し,このとき走行車線と付加車線とが残る1800台/時を負担すること,そしてこの両車線の合流は支障無く行われることが確認できた。これによって,ボトルネックの交通容量は一般単路部に等しい3600台/時程度へ改善することができる。

審査要旨

 本論文は、都市間高速道路の自然渋滞を引き起こすトンネル入り口、縦断勾配の変化するサグに焦点を当て、ボトルネックにおける実証的な交通現象解析をとおして、交通容量の改善策を提案するものである。

 まず、ボトルネック現象及び渋滞発生メカニズムに関する既往の研究をレビューし、渋滞開始直前から渋滞後にかけて交通容量自体が変化していく現象,一般に期待されている交通容量に比較して、かなり低い容量しか観測できないこと、トンネルやサグでも容量値に差があること等を整理した。また、追従理論によって説明されている渋滞発生メカニズム、および渋滞後のボトルネック先頭からの発進流率低下について、これまでの知見を整理している。

 また、これまでの知見の確認として、独自に収集した名神高速道路の車両感知器生パルスデータを用いて、交通量の車線分布と車群形成について解析し、追い越し車線に偏重する交通量が渋滞発生の引き金になっていることを実証した。また、渋滞発生後には交通量が次第に追い越し車線から走行車線に移行して行く現象、渋滞先頭からの発進流率(容量)が渋滞経過とともに減少していく現象を、東北、名神、中央高速のデータによって確認している。

 次に、トンネル入り口における自然渋滞の解析を、トンネル内の照度、トンネル断面、側方余裕などの視環境と関連づけて行っている。中央高速道路の上り小仏トンネルに於いて1981年から1986年にかけて実施された視環境改善対策(照明改良、内装版改良、デリニエータ設置、ペースメーカー設置など)と1981年に行われた側方余裕を変化させた実験の事前事後の交通容量分析によって、側方余裕(路肩幅員)の拡大が必ずしも容量改善には結びつかないこと、照度による改善効果は渋滞後の容量を増大させる効果はあるが、どんなに照度を上げても明かり部との輝度差は非常に大きく、渋滞を解消させるだけの効果は認められないことなどを実証した。一方、1995年の名神高速天王山・梶原トンネルの改築工事によって観測することができたトンネル断面と交通容量との関連分析では、路肩幅が750mmの旧トンネルに比べて路肩幅が1000mmの縮小路肩トンネルは、容量を8%程度改善させているが、路肩幅が3000mmの完全路肩トンネルの容量は、縮小路肩トンネルと殆ど同じであることを実証し、今後のトンネル建設に対して有用な知見を提供している。

 自然渋滞の発生原因として、追い越し車線側に交通量が偏重することが知られているが、これを修正するために付加車線の設置が効果的であることを提案している。付加車線(登坂車線も含む)によって走行車線の交通が一部付加車線に分担されるため、追い越し車線の交通を走行車線に移行させる効果も持つ。従って、追い越し車線に偏重していた交通が、より均衡して走行車線と追い越し車線に分布するために,渋滞を免れる効果がある。このことを東名高速上りの大井松田ICの登坂車線延伸区間および中央高速下りの小仏トンネル手前の登坂車線区間によって実証している。

 最後に、以上の実証分析に基づいて実用性のある対策について整理を行っている。付加車線に設置については、効果的な設置区間のあり方、中央分離帯側への設置についての考察、付加車線による車線分布均等化効果の持続性などについて考察を行っている。また、利用者が心がけるべきキープレフトの励行、さらには道路交通のインテリジェント化にともなって開発されているACC(Adaptive Cruise Control)システムの効果についても研究している。

 以上のように本論文では,都市間高速道路の交通容量に関する長年の蓄積データを、総合的かつ統一的に解析し、自然渋滞の交通現象解明に有用な成果を上げているだけでなく、新設および既存の道路容量を改善する実用的な方策についても提案しており、学術的にも実務的にも高く評価できる。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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