学位論文要旨



No 213976
著者(漢字) 鈴木,大隆
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ヒロタカ
標題(和) 積雪寒冷地における断熱外壁の防露・防水・断熱性向上、および、屋根の積雪障害防止に関する研究 : 環境と地域に向けた住宅断熱外皮技術の再構築と具現化への提案
標題(洋)
報告番号 213976
報告番号 乙13976
学位授与日 1998.09.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13976号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 助教授 加藤,信介
 東京大学 助教授 松村,秀一
内容要旨

 地球環境への対応に向けて住宅の断熱化は重要な課題であるが、断熱を前提とした住宅外皮技術には、未だ耐久性や断熱性向上に向けて多くの課題を有しているのが現状である。さらに、地域における住宅生産体制の維持・継承のためには、地域の住宅技術者に向けて、事象の解明や予測の研究、特定の障害解決に向けた研究の他に、実現可能な技術として統合化し、具現化することを目的とした研究への取り組みも重要である。

 以上のことから、本論文は、断熱を前提とした住宅外皮技術に着目して、様々な制約条件の中で耐久性や断熱性向上が求められる断熱外壁及び屋根に着目し、設計要件やそれに対応する技術の具現化の検討を行い、積雪寒冷地における断熱外皮技術を、普遍的技術の集合体として構築・提案することを目的に検討を行ったものである。

 本論文は、序(1章)、I部(2〜7章)、II部(8〜12章)、結(13章)の全13章から構成されており、主な内容と構成は以下のとおりである。

 1章では、近年の住宅技術の変化と課題を傍観し、断熱化と関連する問題への取り組みと地域の住宅技術者に向けた技術の整合化と具現化のための研究が必要であることを論じた。そして、住宅外皮のうち多くの要求性能と制約条件が伴う外壁に着目し、その設計要件と具現化への検討を行い、他部位への応用を図り、耐久性・断熱性向上に向けた住宅外皮技術の具現化を図ることをI部の目的とした。また、屋根はI部で明らかにする外壁の設計要件に加えて、積雪寒冷地では冬期の屋根雪への対応が必要となることを述べ、屋根面積雪障害防止の設計要件と具現化への検討を行うことをII部の目的とした。

[I部 外壁の防露と防水,断熱性向上に関する研究]

 I部の冒頭として2章では、まず、断熱外壁の変遷と現状の課題を整理し、耐久性向上に関しては、躯体の長期的乾燥維持を図るための建築的対応が必要で、その技術構築には、内部結露防止の他に壁内保有水分の扱いや外部漏水防止の設計要件を捉えることが重要であることを述べ、検討対象を明らかにした。断熱性向上に関しては、諸外国と我が国の断熱手法に対する考え方の相違に触れ、構造熱橋を含めた評価を行い、特殊材料・技術を要さない高断熱化手法の技術構築が重要であること述べ、検討対象を明らかにした。

 3章では、主に繊維系断熱材の充填断熱壁体における室内、他部位及び壁内を源とする湿気・水分への対応に関して検討を行った。冒頭で、特に開放系木造外壁の湿気性状の予測に際して、数値解析手法では施工要因や壁内通気のモデル化が難しいことなどの課題を述べ、実際の構法的条件や施工要因をモデル化した実験研究の有効性を述べた。これらの要因を考慮した実物大実験壁を対象とした、室内からの水蒸気移動、壁内保有水分などに関する3種の実験から、断熱材内側の防湿気密層と通気層の設置、壁内を他部位と空間的に独立することなどの設計要件を明らかにした。

 4章では、断熱壁体の外部漏水への対応に関して検討を行った。冒頭で、現状の乾式外装技術はシーリング材の早期劣化などに起因して、長期防水の信頼性が低いこと、多層で構成される断熱外壁に合致した既往研究が少ないことを述べた。そして、構法要因や各層の施工要因等を勘案した実物大壁体の実験から、壁体の漏水には壁内気流の有無、防風層や防湿気密層の気密性などが大きく係わり、その防止には、通気層の設置と壁内空隙の気密性の確保が重要であることなどを明らかにした。また、外部漏水防止の設計要件は、3章で導かれた設計要件とも概ね合致すること、これを満たせば住宅用薄板外装材の開放目地による外装システムの構築も可能であることなどに触れた。

 5章では、前章までで有効性が明らかとなった通気層に関して、その空隙を長期的に確保するための構法的検討を行った。各種防風材・断熱材を用いた壁体の比較実験により、防風層として一般的なシート材を用いた場合、断熱材復元力や施工時の僅かな緩みにより、通気層空隙が部分的に閉鎖され、有効開口面積が設計値の10%程度に減少する危険性があることなどを明らかにした。そして、シート材を含む各種防風材を用いた場合の通気層空隙を確保するための設計施工方法を提案した。

 6章では、住宅の一層の熱性能向上には、住宅総熱損失量の40%程度を占める外壁の性能向上が重要であり、まず、部位全体の実質熱貫流率を簡便に求めるための住宅構造別の熱橋面積比率と算定法を提案した。計算結果から、充填断熱は30〜50%程度の熱損失を占める熱橋の存在により、向上し得る断熱性能に限界があり、特に熱橋が多い枠組壁工法やパネル化工法ほどその影響が大きいこと、外張断熱は熱橋を防止し効率的な高断熱化が図れるが、施工断熱厚の制約から性能向上に限界があることを示した。そして、充填+付加断熱は、特殊な材料・工法によらずに大幅な性能向上が可能で、費用対効果にも優れることを示し、付加断熱部の下地構成に関する設計施工上の留意点に触れた。また、内部結露防止に効果的で施工性も良好な、繊維系断熱ボード材による付加断熱手法を提案した。

 I部の小括として7章では、断熱性能の向上、防露性能の確保、防水性の向上に対応する各技術を具現化し、在来木造住宅及び枠組壁工法の充填断熱と、外張断熱工法の計3種を対象に、耐久性・断熱性向上に向けた断熱外壁技術として提案した。次に、断熱外壁の設計要件を基に、床・天井・屋根などの他の断熱外皮に関する考察を行い、各部位の技術の具現化を図った。そして、地域の住宅供給の主体を担う現場生産型の住宅において、新技術を導入する際に求められる5つの条件を考察した上で、我が国の主流を占める在来木造工法を対象に、その条件を満たす断熱外皮技術の構法的な提案を試みた。

[II部 屋根の積雪障害防止に関する研究]

 II部の冒頭として8章では、我が国の積雪寒冷地は、世界でも希なほど多雪気候にあることを述べ、すがもり、氷柱、落雪事故などの屋根面積雪障害に対して生まれた材料的あるいは設備的対処が有する問題点を整理し、既往の研究が極めて少ないことを示した。そして、耐久性向上に向けた住宅屋根の技術構築には、屋根面積雪障害の防止を目的とした設計手法の構築と技術の具現化が重要であることを述べ、検討対象を明らかにした。

 9章では、各種断熱・換気条件を適用した実験建物の実測・観察結果から、屋根面積雪障害の原因としては小屋裏・通気層温度が大きく係わっていること、小屋裏・通気層温度の性状は、断熱方式や換気手法によって大きく異なることなどを明らかにした。そして、屋根面積雪障害発生の程度は、外気温が0℃未満の時に、小屋裏・通気層温度が-1℃以上になる頻度が概ね20〜25%程度を超えるか否かが判断の目安になることを示した。

 10章では、屋根面積雪障害に関係する小屋裏・通気層温度を捉えるためのシミュレーションプログラムの検討・開発を行った。プログラムの特徴としては、屋根面積雪モデルは、既往の実測研究を参考に、扱いの難しい降水量から屋根面積雪量への変換、融雪・再凍結時の積雪保有含水量や圧密の影響などを考慮することで、また小屋裏換気量・屋根通気量は、風洞実験によって立地条件・住宅形状・風向別に各部の風圧係数を求めて算定することで、より実態に近い条件で扱ったことである。そして、9章で述べた実測値との比較から、ここで開発したシミュレーションプログラムが、実際の小屋裏・通気層温度性状をほぼ再現できることを示した。

 11章では、まず、計算期間、立地条件、検討対象部位を絞り込んだ上で、住宅形状、断熱・換気方式の異なる45パターンの小屋裏換気量・温度、屋根通気量・温度の計算を行った。そして、屋根面積雪障害の防止に向けて、先述の温度発生頻度を25%以下に保つ断熱・換気性能を条件別に捉えるとともに、ケーススタディを行った。そこで、断熱性能の向上や換気量・通気量の確保などが障害の防止に有効であること、屋根勾配、断熱方式や換気方式の違いによって、必要な断熱性能や換気量が異なることなど、実際的な断熱・換気設計上の知見を整理した。そして、屋根面積雪障害の防止に向けた断熱・換気設計手法として、地域で展開する実務者に向けた簡便な設計法も含む3つの考え方を提案した。また、既往の小屋裏換気基準の考え方に関して、いくつかの問題点を指摘した。

 II部の小括である12章では、検討結果を基に屋根雪処理、屋根形状、断熱方式に対応する屋根面積雪障害の防止に向けた屋根設計フローを提案した。次に、換気手法、断熱手法、屋根葺材などの各構成技術の具現化を図り、融雪装置などの機械的設備に依存しない住宅屋根技術は、新たな技術開発の延長上にあるのではなく、既存の技術基盤をベースに断熱・換気を初めとする建築的手段との整合化の中から、対応策が生まれてくることを示した。そして、積雪寒冷地における屋根技術として5つの条件を考察した上で、望ましい屋根デザインを提案した。

 13章は、全体のとりまとめであり、本研究で得られた結論と今後の課題を総括した。

審査要旨

 住宅の断熱化は、昨今では地球環境問題への対応という視点から社会的にも重要な課題と考えられるようになった。しかし、耐久性向上や効率的な断熱手法という点において、断熱を前提とした住宅外皮技術には、まだ多くの課題が残っていることも事実である。また、一方では、全国各地において、地域に根ざした住宅産業を発展させることが求められており、それゆえ、地域の気候・風土・特産品などの地域性を如何にして住宅設計に取り込むかということも大きな課題になっている。

 本論文は、北海道という寒冷かつ積雪のある地域において、木造住宅の外皮の断熱性と耐久性に着目し、両性能を満足させるための設計要件や建築仕様を実験と計算を駆使して明らかにしたものであり、上記のような課題に積極的に取り組んだ-研究と見なすことができる。本論文は、序(1章)、I部(2〜7章)、II部(8〜12章)、結(13章)の全13章から構成されていることからも分かるように、その内容は、外壁の耐久性と断熱性に関する研究(I部)と、屋根の積雪障害に関する研究(II部)に大別される。

 I部では、断熱外壁の変遷と現状の課題を整理し、外壁においては耐久性の確保と高断熱化が大きな課題であることを示したのち、以下に示す四つの研究を行い、外壁の耐久性向上と高断熱化のための設計要件や仕様について明らかにした。第一の研究では、繊維系断熱材の充填断熱壁体においては、断熱材内側の防湿気密層と通気層の設置、および、壁内を他部位と空間的に独立することが、防露の観点から重要な設計要件になることを実験的に明らかにした。第二の研究では、外壁の外部漏水防止のためには、通気層の設置と壁内空隙の気密性の確保が重要であることを実験的に明らかにした。第三の研究では、有効性が明らかとなった通気層に関する施工実験を行い、さらにその空隙を長期的に確保するための設計施工方法を提案した。第四の研究では、簡易計算法を用いて断熱性を効果的に向上させるための検討を行い、「充填+付加断熱工法」が特殊な材料・工法によらずに大幅な性能向上が可能であり、費用対効果においても優れていることを示した。

 II部では、積雪寒冷地では屋根面の積雪障害(すがもり、氷柱、落雪など)を防止することが耐久性向上の観点から重要であることを示したのち、四章に分けて積雪障害が発生しない屋根の設計法について論じている。まず、屋根面の積雪障害発生の程度は、外気温が0℃未満の時に小屋裏か通気層温度が-1℃以上になる頻度に依存し、その頻度が概ね20〜25%を超えると、障害発生の頻度が高まることを、実測と観察によって明らかにした。次に、積雪障害に関係することが明確になった小屋裏や通気層の温度について、屋根積雪の融雪・再凍結や圧密の影響なども勘案しつつ、それを予測するためのシミュレーションモデルを構築し、予測値と実測値との比較検証を行ってこのモデルの妥当性を確認した。そして、このモデルに基づく計算プログラムを駆使して様々なケーススタディを行い、屋根断熱性能の向上や換気量・通気量の確保などが積雪障害の防止に有効であることを示し、それらの結果を屋根の積雪障害を防止用のするための断熱・換気設計手法としてとりまとめた。最後に、これらの要件を考慮しつつ、積雪寒冷地において望ましい屋根デザインをいくつか提案した。

 以上のように、本論文は、住宅の外皮設計という建築技術においては基本と見なされるような実用的な課題に対して、積雪寒冷地という限定条件は課せられるものの、耐久性と断熱性という二性能を両立させるという立場からその解を論じ、一般解とは限らないが、様々な立場の人が一応満足のいく解答を示したものである。建築学は、従前から総合学問を標榜しつつも、学問分野の総合化や統合化についてはその兆しがあまり見られないのが現実である。その意味から、本論文は、耐久性(材料施工学分野)と断熱性(環境工学分野)という従来は全く異なる分野において研究されてきた性能を、公平に、かつ、シミュレーション等の最新技術や地道な実験・実測を用いつつ実証的に、論じており、既存の類例がほとんどないユニークな論文といえよう。また、本論文は、設計要件や仕様、建築デザイン仕様にも触れているので、実用性に富む内容が多々含まれており、地域の住宅産業界における直接的な貢献度も大きいものと予想される。このように、本論文は、いくつかの点において建築学における新たな方向を示唆しており、高い評価を与えてよいものと判断される。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51085