学位論文要旨



No 213978
著者(漢字) 加藤,源
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,ゲン
標題(和) 都市開発プロジェクトにおける都市デザインの技法と実現手法
標題(洋)
報告番号 213978
報告番号 乙13978
学位授与日 1998.09.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13978号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西村,幸夫
 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 篠原,修
 東京大学 助教授 北沢,猛
 東京大学 助教授 大野,秀敏
内容要旨

 近年わが国においては、都市開発プロジェクトに携わる多くの主体において"景観形成"の言葉のもとに、道路や広場、公園の舗装や植栽、照明器具、あるいは建築物や工作物の意匠等々、主として都市空間の表層を美しく、魅力的なものにしようとする取り組みが活発になされるようになってきている。しかしながら、その一方で、都市空間の基礎となる道路や広場、公園、河川等の基盤施設の配置や規模、形状、またこれらに接する建築物等の用途や形態的な構えと基盤施設とが造り出す都市空間の機能や形態、またそこで展開される、あるいは誘発しようとする様々な活動との対応等都市空間そのものを適切に計画、構成し、設計しようとする取り組みはまだ充分にはなされていない状況にある。

 都市の空間は、それが持つ機能や形態、スケール、またテクスチャー等によってその質が規定され、その結果、その空間の社会、経済的な意味やそこで展開される活動が異なってくる。従って、都市開発プロジェクトにおいて都市空間を適切に構成していくことは、プロジェクト地区の賑わいの創出、さらには都市活力の涵養等の側面において景観形成に比してより効果的に、またより強く作用することになる。

 このようなことから、都市開発プロジェクトにおいては、景観形成とともに、空間構成にも積極的に取り組むことが求められることになるが、これに応えるためには都市開発プロジェクトの構想、計画づくりから諸施設の設計、さらには工事監理に至るまでの各段階において、空間構成並びに景観形成に的確に取り組んでいくことが必要とされる。

 しかしながら、わが国の都市開発プロジェクトの現状に照らして、これらに係わる取り組み、殊に空間構成に係わる取り組みが適切になされているものは必ずしも多くなく、これは一つには都市開発プロジェクトにおいてこれらの取り組みの技法や、またその展開の過程が然るべく体系化され、関係する人々の間で共有されていないこと、また二つには造り出そうとする空間を実現していくための制度や手法が充分に理解され、また活用されていないことが背景になっている。

 このようなことから、本論文の目的は、都市開発プロジェクトを対象としつつも、広く様々な都市開発事業に敷衍できることも視野に収めつつ、これらに係わる多くの人々が共有し得る都市デザイン展開の体系を明らかにするとともに、都市デザインに係わる取り組みの技法と実現手法について考察することを目的としている。この場合都市開発プロジェクトとは、土地区画整理事業をはじめ都市計画法に言う市街地開発事業を基幹的な事業手法として進められるプロジェクトを言い、また都市デザインとは上記の空間構成と景観形成の両方の含んだ概念であるとしている。

 序章においては、「都市づくりのこれからと都市デザイン」の標題で、都市に住まう人々の意識やライフ・スタイルの変化等様々な側面における社会変化を捉えるとともに、これらを高度成長期から今日に続く都市づくりの実態と対比させて、今後の都市づくりにおいて求められる方向を考察し、その中で都市デザインに係わる取り組みの重要性を指摘している。そしてその上で、わが国における都市デザインへの取り組みの近年の状況を概観し、本研究を進めるに際しての問題意識を明らかにするとともに、本論文の目的並びにこれに係わる領域を明確化している。

 第I章は本論文の導入部であるが、「わが国における都市デザインの現状」の標題で、全国の都道府県や政令市、公団を対象に実施したアンケート調査を通じて把握された土地区画整理事業によってなされた都市開発プロジェクト約150地区における都市デザインに係わる約420の取り組みを類型化しつつ考察、分析し、取り組みの実態を把握するとともに、その結果から土地区画整理事業における場合を中心に、広く都市開発プロジェクトにおける都市デザインの展開に係わる課題を明らかにしている。

 具体的な課題としては、都市デザインへの取り組みをより幅広い対象や範囲に広げていく必要があること、そして殊に空間構成に係わる取り組みをより積極的に進める必要があること、またこのためには都市開発プロジェクトの推進に係わる既往の計画制度や事業制度を積極的に活用していくこと、都市デザインの意図に即して建築物の設計にも関与していくこと、そして都市デザイン展開のための体系を確立することが必要であること等が明らかにされた。

 第II章においては、「都市開発プロジェクトの構想、計画づくりの体系」の標題のもとに、都市開発プロジェクトにおける都市デザイン展開の体系を明らかにするための準備として、都市開発プロジェクトの構想、計画づくりの体系について考察している。

 わが国においては、多くの都市開発プロジェクトにおいて都市デザインに係わる取り組みが時宜を得て的確になされていない。これはまず第一に都市デザインに係わる取り組みの時機を規定する都市開発プロジェクトの構想、計画づくりの体系が、これに係わる事業主体や関係機関等の間で充分に共通したものになっていないことによっている。そして、このような状況は、都市開発プロジェクトの事業目的がプロジェクトによって異なること、またその実現には複数の事業が組み合わされることが一般的で、従って、その体系はプロジェクトによって、また事業主体によって、さらには計画者によって異なることが多いことによっている。

 このようなことから、本章においては、まず多くの都市開発プロジェクトを包摂し得る構想、計画づくりの体系を明らかにすることとし、土地区画整理事業における場合等既往の体系について考察するとともに、筆者がこれまでに係わった都市開発プロジェクトの中から4つのプロジェクトを事例として取り挙げ、これらにおける構想、計画づくりの段階的な展開の過程を整理し、これらを踏まえて都市開発プロジェクトにおける構想、計画づくりの段階区分、体系について論じている。

 4つの事列プロジェクトは、帯広駅周辺地区、花巻駅周辺地区、丸亀駅前広場周辺地区、旭川市都市拠点地区である。また、都市開発プロジェクトの構想、計画づくりの体系は、まずプロジェクトの推進に係わる事業手法や主体等について関係機関間の合意形成に至るまでを区切りとして、これを基本構想段階とし、次に都市計画決定や事業認可に至るまでの段階を基本計画段階、そして基本計画に即して、プロジェクトを構成する各施設や各部について基本設計、実施設計を進める段階を設計段階、さらに設計に即して工事を進める段階を工事監理段階として4つの段階に区分することが適切であるとした。

 第III章においては、「事例プロジェクトにおける都市デザインの取り組み」の標題のもとに、4つの事例プロジェクトそれぞれにおける都市デザインに係わる取り組みを先の4つの段階に即して体系的に整理している。

 4つのプロジェクトは、いずれ都市デザインに幅広く取り組んでいるものであるが、ここでは各プロジェクトにおける多数の、また多様な取り組みについて、その狙いや目的、またこれに即した空間構成や意匠面での工夫、そしてこれらを実現していくための制度や手法の活用、また関係機関や権利者等の調整の実態等について考察している。これは同時に都市開発プロジェクトにおける都市デザインの取り組みの広がりを明らかにすることでもあった。

 第IV章は、本論文の結章として、前章までの考察に基づき、本研究の目的である都市開発プロジェクトにおける都市デザインの技法と実現手法を取りまとめている。

 まず、都市開発プロジェクトにおける都市デザイン展開の体系を第II章で考察した都市開発プロジェクトの構想、計画づくりの体系に対応させて明らかにし、その上で、各段階において取り組むべき都市デザインの内容やその技法、また当該の取り組みを実現していくための手法について、各取り組みごとに論じている。

 そして、最後に本研究を振り返り、また筆者のこれまでの都市デザインへの取り組みを通じて、わが国における都市デザインのより一層の充実に向けて、今後取り組むことが望まれる方向を明らかにしている。

審査要旨

 本論文は、わが国における都市デザイン展開の体系を明らかにするとともに、都市デザインに係わる取り組みの技法と実現手法について考察することを目的としている。

 第1章は土地区画整理事業によって実現した都市開発プロジェクト約150地区における合計約420の都市デザインに関連した取り組みついて類型化し、その実態を明らかにするとともに都市デザイン展開に係わる課題を明らかにしている。

 第2章は3章以降の考察の枠組みを提供するために4つの事例研究から都市開発における構想、計画づくりの段階的な展開の過程を整理し、その体系についてまとめている。

 第3章は事例プロジェクトにおける都市デザインの取り組みについて先に触れた4つのケースについて4段階に分けて論じ、都市開発プロジェクトにおける都市デザインの取り組みのあり方について論じている。各プロジェクトの多様な取り組みについて、そのねらいや目的に即した空間構成や意匠面での工夫、これらを実現していくための制度や手法保活用、関係機関や権利者等の調整などについて詳細に考察している。

 とりわけ第3章で詳細に紹介された帯広駅周辺地区、花巻駅周辺地区、丸亀駅周辺地区、旭川都市拠点地区の都市デザインの取り組みは、それ自体、わが国における都市デザインの実践事例としてもっとも先端的なものであり、その成果はすでに都市計画学会賞(設計部門)として評価が定着している。こうした業績を計画段階に即して具体的な都市デザインの技法の面で論じた本論文によって、はじめてプロジェクトの全体において都市デザインがどのような関連の中で役割を果たし得るのかを明確に示したということができる。

 第4章はまとめとして、都市開発プロジェクトにおける構想、計画づくりの体系の各段階において取り組むべき都市デザインの内容とその技法が整理され、その取り組みを実現させていくための整備手法について各段階ごとに論じている。

 さらに第4章では、都市デザインの技法と実現手法を基本構想段階(プロジェクトの推進に係わる事業手法や主体等について関係機関の合意形成に至るまでの段階)、基本計画段階(都市計画決定や事業認可に至るまでの段階)、設計段階(基本設計に即してプロジェクトを構成する各施設や各部について基本設計・実施設計を進める段階)、工事監理段階(設計に即して工事を進める段階)という各段階ごとに明らかにしている。また、各段階における取り組みは基盤施設整備に係わる取り組み、空間構成に係わる取り組み、土地利用・建物利用に係わる取り組み、具体化に係わる取り組みなどの4つに分類され、それぞれに関して技法と実現手法とについて論じている。

 これまで都市デザインは建築物が竣工した後の外構の整備の一部であるという誤った考え方が少なくなかったが、本論文によって基本構想段階にまでさかのぼって都市デザインとの整合性をはかることが成功するデザインの条件として不可欠であることを実例をもとに明らかにしている。さらに、巻末に今後の都市デザインの展開の充実に向けてコーディネーターの登用、人材の育成、都市デザイン評論の展開など8つの具体的な提言が述べられており、本論文の実用的な価値を高めている。

 このように本論文は土地区画整理事業を中心とした都市開発プロジェクトのデザインの現況を明らかにし、これらプロジェクトの構想・計画づくりのあるべき体系を提案した研究として、わが国に例を見ないものであり、その構想力の高さと実績に裏付けられた分析の確かさ、ならびに実現化のための手法にまで言及する提言の具体性は特筆すべきものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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