本論文は、「磁気ディスク・スライダ間の接触負荷低減設計に関する研究」と題し、9章からなっている。 信頼性設計に関する分野であり、磁気ディスク装置の信頼性設計においては、信頼性向上と記録密度向上とを両立させることが重要である。 本論文は信頼性向上の手法の中で、ディスクとスライダとの接触時に働く力学的な負荷、すなわち接触負荷に着目し、接触負荷を低減しながら記録密度を向上する設計方法について、設計論の考察、接触負荷の測定と解析、設計指針の提案と検証を行ったものである。 第1章「序論」では、まず現在の信頼性向上設計の手法とその問題点を述べている。その中で、信頼性向上設計には、接触負荷低減設計と耐摩耗性向上設計があるが、従来はこれらがはっきり区別されておらず、結果として不明確な接触負荷のもとでディスクの耐摩耗性向上ばかりが行われてきたことを説明している。次に、この問題をさらに明確にするために、従来の研究を参照しながら、ディスク・スライダ間接触の4つの形態ごとに、本研究で解明すべき接触現象や測定すべき接触負荷を述べている。 以上の動機付けの次に、本研究の目的が、接触負荷低減設計指針を提案し、その有効性を検証して将来の設計に役立てることであると述べ、研究の位置づけとして、研究の対象や設計指針の適用範囲をも明確に記述している。次に本研究の特徴が、設計思想、工業化、測定技術と解析結果にあることを述べ、その次に本論文の構成を述べている。構成に関して、本研究が対象とする現象や技術、および年代の範囲が広いために論文を設計論で整理したこと、そのために大きな特徴であるにもかかわらず測定技術を付録に配置したことを特筆している。 第2章「接触負荷低減設計の提言」では、本論文の骨子となる設計論を述べている。まず問題を広く捉え、情報記録装置に要求される機能とそれを実現する機構を論じてる。多くの情報機器が共通の原理や課題のもとでそれぞれが特徴的な機能を実現しており、従って本研究の成果が磁気ディスク装置に留まるものではないことを示唆している。 接触負荷低減の機能を主たる設計対象の機能とし、それと対立することが予想される記録密度向上の機能を両立すべき機能として、これらの2つの機能を設計の範囲に設定している。さらに、抵触してはならない機能としてディスクの耐摩耗性向上の機能、また工業的に非常に重要である低価格化や構造の簡素化の機能を制約条件として設定している。 ここで、設計の名称は接触負荷低減設計であるが、その内容は上述のように、制約条件のもとで接触負荷低減と記録密度向上を両立する設計であることを特筆している。以下、第3章から第6章はディスク・スライダ間接触の形態ごとに、接触現象の解明、接触負荷の測定の結果を説明している。 第3章「CSS動作時の接触現象の解明」では、装置の起動・停止の方式のひとつであるCSS:Contact Start Stop動作時の、ディスク・スライダ間の接触現象を、開発した浮上量センサ、摩擦力センサ、接触センサを用いた実験と、有限要素法を用いた計算により詳細に解析している。その結果、CSS寿命を支配する接触現象は、ディスクとスライダの固体接触現象であり、この時の接触負荷つまり、固体接触の接触回数や接触強度はスライダの弾性変形固有振動に起因するスティックスリップ現象によって増大することを解明している。さらに、スライダの弾性変形固有振動数を定式化し、接触負荷低減つまり、スティックスリップ現象を緩和するにはスライダの弾性変形固有振動数の高域化が有効であり、そのためにスライダ材料の比剛性向上とスライダサイズの小形化が有効であることを解明している。 第4章「ランプ式ロード/アンロード動作時の接触現象の解明」では、装置の起動・停止のもうひとつの方式であるロード/アンロード動作時の、ディスク・スライダ間の接触現象を、実験と計算により詳細に解析している。その結果、サスペンションの姿勢角誤差が原因となり接触を生じること、この時の接触負荷である相当力積が接触時間に比例することを明らかにし、その接触時間を定式化してロード/アンロード動作時の接触のメカニズムを解明している。さらに、接触負荷低減には、スライダの小形化などが有効であると述べている。 第5章「浮上状態における衝突力の測定」では、これまで測定が困難とされてきた、浮上状態のスライダとディスクが衝突した際の衝突力を、逆問題法を応用して測定する手法を開発している。この測定法は、衝突直後のスライダの運動と、伝達される力に関して、実測波形と理論波形をフィッティングして、元の衝撃入力を逆演算で求める方法であり、衝突時の2方向の衝突力を測定している。その結果、この時の接触負荷である衝突力積は、スライダが浮上している時の空気膜剛性に線形であることを解明している。接触負荷低減には、空気膜剛性を低減する必要があるが、これは記録密度向上の要求と干渉するので、第7章で考察するとしている。 第6章「装置運転停止状態における微小振動振幅の測定」では、運転停止状態の磁気ディスク装置が外部から加振された場合、ディスクとスライダとが微小振幅で往復摺動し、それによってフレッティング摩耗が生じるという現象を対象にしている。本研究以前の基礎実験において、ディスクの寿命が振動振幅に反比例することは解明されており、ここではこの場合の接触負荷であり、従来測定が困難であった、実機状態でのディスク・スライダ間の微小振動振幅の測定に重点をおいている。スピンドルモータとボイスコイルモータを発電機として利用し、これらに生じる起電力を積分して振動を測定する手法を開発している。測定の結果、振動現象は解明されたが、防振などの振動工学的手法では仕様を満足するように振幅を低減するのは困難であることを述べている。そこで、ロック機構やロード/アンロード方式の採用など、上位システムで解決することが有効であるという工業的に有益な知見を示している。 第7章「接触負荷低減設計指針の提案」では、第3章から第6章で説明した接触現象解明あるいは接触負荷測定の結果、得られた接触負荷低減方法を整理し、特に接触負荷低減と記録密度向上とで干渉する設計パラメータについて、これらを両立する設計方法を論じている。その結果、接触負荷低減と記録密度向上を両立する設計指針、つまり接触負荷低減設計指針は次の式が成立するように設計することであると述べている。 但し、 スライダ荷重比:We=W2/W1 浮上量比:H=h2/h1添字1:基準とする装置における値(基準値) スライダ等価質量比:M=m2/m1添字2:設計する装置における値(設計値) この関係式は、近年生じた磁気ディスク装置の急激な発達の特徴を明確に表し、今後も重要な設計指針となる関係式であることが第8章で検証される。 第8章「接触負荷低減設計指針の検証と応用」では、これまで実際の磁気ディスク装置が上記関係式を満たすことで信頼性向上と記録密度向上を実現してきたことを検証している。また上記関係式を満たすために、最近の10年間でスライダの小形・軽量化という手段だけが突出して進展してきたこと、この手段が生産技術からもはや限界にきていることを明確に示している。そこで、本設計指針の次世代磁気ディスク装置への応用として、サスペンションの小形・軽量化が重要であり、その生産技術の限界をも超えるためには、樹脂製射出成形のサスペンション製造技術が重要であると述べている。 第9章「結論」では本研究で得られた結果をまとめて述べている。 以上のように本論文は、磁気ディスク装置の信頼性向上の手法の中で、ディスク・スライダ間の接触負荷低減に着目した特徴的な設計思想、高度な測定技術により接触現象を解明した点、接触負荷を低減しながら記録密度を向上する設計方法について、設計論の考察、設計指針の提案と検証が十分に行われている点、また多くの実機設計の実績を積んでいる点から、機械工学、特に設計工学の発展に寄与するところが大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |